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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第二十一章 『幻想揺らめく、魔族の大陸』
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第百四十八話 『笑う怪物』

 渾身の加速と力で叩き込んだ一撃は、見事四天王の顔を捉え、殴り飛ばした。確かな手応えと共にクロノが見たのは、不適に笑うディムラの顔だった。




(…………っ!)




 恐怖を振り払うように、クロノは右腕を振り上げる。裏拳気味に叩き込まれた右拳が、ディムラの顔を跳ね上げた。



(手応えはある……反撃は来ない……!)

(チャンス? それとも誘ってる?)

(知るかっ!! 攻めろっ!!)




「ああああああああああああああああっ!!」



 烈迅風の速度を生かし、クロノは連続で拳を叩き込む。鎌風を巻き起こしながら数十発の連撃を打ち込み、最後に思いっきり蹴りつけて距離を取った。




「………………はぁ、はぁ……」





「……震えとるな」

「ビビリまくりやん、可愛いなぁ」

「セシルちゃん幸せやね? 随分大切に想って貰えて」




 顔を押さえながらゆっくりと体勢を戻すディムラ。顔を覆っていた手を退けると、傷一つ無い綺麗な顔が見えた。




「……そんな、効いてないのか……!?」




「さて、どうかなぁ?」

「ねぇ君、名前は?」




「クロノ・シェバルツ……」




「クロノ君かぁ、君……助けるって言ったよな?」

「この場にぶっ倒れてる勇者も、セシルちゃんも……助けたいわけや」

「ワイを相手に、本当に出来ると思ってるん?」



 変わらない様子で笑い続ける四天王、それは余裕からの笑いなのか、クロノには分からない。正直勝てる気なんて全くしない、出来る事なら逃げ出したい思いすらある。だが、逃げ道は夢に続かない。




「出来る出来ないは、この際関係ないんだよ」




「好きやで、そーゆうの」

「んじゃ、遊ぼうか」




 肥大化していた右腕が、ジュプッと変な音を立てて抜けた。そして、抜け落ちた箇所から新たな右腕が生えてきた。




「貴様っ! クロノに手を出すなら許さんぞ!」




「あらぁ~? そーゆう感じ?」

「ワイはその方がええなぁ、二対一大歓迎やで?」




(…………こんな状況であれなんだけど、セシルの台詞が嬉しい……)


(本当にあれだね)


(実は結構余裕だったり~?)


(な訳ねぇけどな)


(…………来る、よ)



 数秒ほど和んだが、そんな暇は当然無い。ディムラは笑いながら、空中に飛び上がってきた。



「たはは、クロノ君ー」

「見せてよ、君の力」

「ワイを、楽しませてや」



 身体を捻り、右腕を振るってくるディムラ。その腕が鞭のように伸び、襲い掛かってきた。




「うわっ!!」




 その一撃を横に飛んで避ける、さっきまで立っていた地面が一撃で爆ぜた。



「よっと」



 器用に空中で回転し、ディムラは左腕を振るう。左腕も鞭のように伸び、クロノ目掛けて襲い掛かってきた。




「手を出すなと警告はしたぞ!」




「ごめんセシルちゃん、まだ待っててや」




 ディムラとクロノの間に割り込んだセシルが、その左腕を弾き飛ばす。上に弾き飛ばされた左腕が二股に裂け、セシルの横をすり抜けた。




(……っ! こいつに決まった形は存在しない……水体種スライムに近い性質なのは分かった……)

(ならば…………)

「クロノッ! 10秒凌げっ!」




「10秒っ!?」




 飛来する攻撃を掻い潜りながら、クロノは叫ぶ。ディムラの攻撃は手心が加えられているのか、避けられない速度では無い。だが、さっきから得体の知れない攻撃を連発するディムラから逃げ続けられる保障も、ない。




「たはは~、クロノ君反撃しないんか~?」




「うわっ! とっ……あぶっ!?」

「こ、のっ!」




 烈迅風を疾風まで落とし、心水と重ねる。攻撃の軌道を先読みし、道を描く。ディムラの両腕を掻い潜り、一気に距離を詰めた。



彗星穿駆すいせいせんくっ!」




「おっと?」



 顔面を捉えるはずだった拳は、虚空を切った。ディムラの上半身が有り得ない角度に捻じ曲がり、背後を取られたのだ。




「……ひっ?」




「やだなぁ、そんな化け物見ちゃった感じの目されると傷付くわぁ」

「君の目の前にいるのは、れっきとした化け物やで?」




 ニコニコと笑っているディムラの胸の辺りから、3本目の腕が飛び出してきた。頭の整理が追いつかないクロノは、見えていたにも拘らずその腕に殴り飛ばされる。




(…………て、ぇ…………)




 数回転しながら吹っ飛んだクロノは、頭から地面に落下した。一瞬目に入ったのは、ディムラの立っている辺りが不自然に歪む光景だ。




「手を出すなと、何度も言った」

「悪いのは貴様だからなっ!!」





「ほえ?」





 ディムラ自身も気がついたのだろう、自分の周りが熱気に包まれている事に。ディムラが振り向くと、セシルがヴァンダルギオンを構え、その身に炎を宿していた。





幻龍飛焔げんりゅうひえん緋緋色金ヒヒイロカネっ!!」





 セシルが振るったヴァンダルギオンから金色の炎が放たれ、一瞬でディムラの身体を包み込む。周囲一体を灼熱地獄に変えた一撃は、余波だけでクロノが吹っ飛ぶレベルだった。




「いたたたっ!! お、おいセシルッ!! これやりすぎじゃ……」




「やかましいっ!! 四天王ならこの程度では死なんっ!」




 地面を転がるクロノが見たのは、前方で燃え盛る金色の爆炎だ。どう見ても生物が耐え切れる一撃には思えない、近くに居るだけで燃えてしまいそうな熱気だった。




「ぎゃあああああああああああああああああああああああっ!!」

「が、ああっ!! うぉぉおあああああああああああああああああああああっ!?」




 事実、ディムラは炎に焼かれ、叫び声を上げていた。全身が黒く焦げ付き、既に足が炭化して崩れ落ちていた。



「あの金色の炎は、対象が燃え尽きるまで決して消えはしない」

「肉体を変化させ、逃げようとしても……あの炎はどこまでも身体を焼き尽くす」

「どんなカラクリだろうが、逃げ切れはせん」




「いやいやいやいやっ!! それじゃあいつ死んじゃうじゃんかっ!!」

「セシル! 炎を消せっ! 早く!!」




「貴様っ! 殺されかけておきながら、奴を助けるのかっ!?」




「いやだって……殺す事ないだろ……」




「ルーン並の大馬鹿タレがっ!! 今の貴様は一体幾つの目的を作るつもりだっ!!」

「今は勇者共を助ける事だけ考えていろ! あの意味不明な奴は最初から灰だったと思え!」

「9割死んだら炎は止めてやる……だから貴様はさっさと……」









「たっはははははははははははっ!! 10割死んだで、セシルちゃんー!!」









 金色の炎が渦を巻くように収縮し、黒ずんだシルエットに飲み込まれていく。笑い声と共に姿を現したのは、妖炎魔イグニスのように身体を炎と化したディムラだった。





「…………馬鹿な、私の炎を飲み込んだだと…………?」





「いやホント死ぬかと思ったでー、たははは」

「実際何度か死んだっぽいし、いや容赦ないなぁ~」

「今度からセシルちゃんは怒らせないようにするわ、マジで」

「流石に燃え続けるってのは苦しいわぁ……もう勘弁な……」

「クロノ君どう思う? 遊ぼうってジャレただけで黒焦げにされたで、マジ怖やん?」




 炎と化した肉体が、一瞬で元の人型に戻っていく。姿形は勿論、衣服まで元通りだ。勇者達に付けられた傷も、完全に塞がっている。クロノですら、それが異常だとはっきり分かる。




(嘘……セシルちゃんの煌焔が…………)



(……セシルは本気だった…………なのに)



(……なん、なの……こいつ…………不気味、すぎ……)



(……計り知れないってのは、随分久々だな)




 心の中の精霊達も、動揺を隠し切れていない。目の前の存在は、今までで一番人に近い姿だ。だがその中身は、最も人と遠い怪物である。




「……貴様が水体種スライムなら、今の攻撃でコアも焼けて死ぬはずだ」

死人種アンデットだとしても、肉体が消し飛べば活動は停止する」





「せやな」





「……貴様、なんなのだ……」

「本当に、魔物か?」




 始めて見るかもしれない、セシルのこんな顔は。心の底から、恐怖を感じている顔だ。それほどまでに、目の前の男は異質だった。



「生まれも知らん、種族も知らん、名前も知らん」

「ワイは、空っぽやった」

「気がつけばそこにいた、何にも持ってなかったワイが、そこにいたんや」

「何も持ってなかったけど、ワイは何にでもなれた」



 ディムラが右手で顔を覆う、次の瞬間には、ディムラの顔は全くの別人になっていた。



「顔も、声も、性別も、種族も、何もかも、ワイに決まった物はない」

「本物なんて、ワイには存在せんのや」

「ワイにあったのは、ただ『楽しさ』を求める欲求のみ」

「楽しければええ、ワイ自身楽しめるなら、誰の味方にもなる」





「……貴様自身、何も知らんと言うのか…………」

「そんな奴が何故、エフィクトに味方している?」

「今のあいつに従うことが、面白いとでも?」





「おもろいでぇ? エフィクト君見てるのは」

「感じるんや、世界が大きく動く……そんな予感を」

「エフィクト君の傍に居れば、それを近くで体感出来る……そう確信しとる」

「その時が来るまで、誰にも邪魔はさせん……エフィクト君には近寄らせん」




 そう言って笑うディムラは、その姿を最初の姿へと戻した。決まった姿は無いと言っていたが、精霊と同じく、落ち着く姿はあるようだ。




「それと、不思議な事にな」

「エフィクト君と近い物、クロノ君からも感じたんや」

「もっと見たいなぁ、見せてやクロノ君~」





「……っ!」





 クロノに歩み寄ってくるディムラの背中から、無数の腕が生えてきた。毛に覆われた腕や、虫のような爪、鱗に包まれた腕に、巨大な腕。様々な腕が、『娯楽』を求める欲求のままに、ディムラから伸びてきていた。




「ワイには種族も、本当の名前もないけど」

「自称しとる種族名ってのは、一応あるんや」




「エフィクト君直属、最高戦力……」

空っぽの変幻シェイプシフターのイコージョン・ディムラや」

「さ、クロノ君? もっと楽しませてや」




 求めるままに、ディムラは近寄ってくる。クロノが感じたのは、底知れぬ欲求。何も持たずにいた化け物は、空っぽを埋める為、『娯楽』を欲した。今まで感じたことのない、見たことも無い、純粋な異常が……襲い掛かる。




 一歩間違えれば、容易く捻じ伏せられるだろう。だが、クロノは一つの可能性を確信していた。リスクもある、恐怖もある。だが、自分の考えが正しければ……。




 この化け物と戦う必要は、全く無い。



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