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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第二十一章 『幻想揺らめく、魔族の大陸』
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第百四十七話 『最後の四天王』

「おい馬鹿タレ、一つ聞くが」



「ん、なんだ?」



 追いついてきたセシルが、後ろから声をかけてきた。クロノは顔だけで振り返り、聞き返す。



「勝てると思っているのか?」




「…………さぁ、な」



 ティアラが直前に叫ばなければ、足元から襲い掛かった攻撃にすら気がつけなかっただろう。あまりに速過ぎた為、何に斬り付けられたかも分からない。



「けど、やるしかないんだ」




「…………貴様は、馬鹿だ」

「奴は、私から見ても狂っているぞ」

「負ければ、まず殺される」

「勝った所で、今後……貴様は危険な目に会うだろう」



 『討魔紅蓮』に喧嘩を売れば、クロノの身が危険になるのは当然だ。ターゲットにされれば、数日で消されてもおかしくは無い。



「俺の憧れた勇者ってのは、我が身可愛さに誰かを見捨てるなんて、しない」

「綺麗事だろうがなんだろうが、放っておけない」




「…………綺麗事か」

「戯言と共に、あの大陸に乗り込む馬鹿を……私達は覚えているよ」



 背後から聞こえる、少し寂しそうな声。その声が示す大陸が、霧の中から全貌を現した。魔核によって架けられた虹色の橋が、巨大な大陸へ繋がっている。下を見れば海は荒れ狂い、目の前の大陸の上空には、目で見て分かるほどの魔力が渦巻いていた。




「…………ラストダンジョンって感じ、だな」



「こんなに早く、来る事になるなんてねぇ」



「…………雰囲気は変わらないね、五百年前と」



「けど、色々…………変わった」



「クロノ、余計な事は考えるなよ」

「勇者共を連れ帰る、今回の目的はそれだけだ」

「昔と違って、今のウェルミスは無法地帯って言ってもいいだろう」

「適当に歩き回れば、お前骨も残らないぜ」




「……昔は違ったのか?」




「昔も最初はそうだった、けどね……」

「ルーンが、変えたんだ」

「当時の四天王、魔王とぶつかり合って…………」




「今の魔王、つまりエフィクト君は……聞いた話を纏めると魔物の指揮を放棄してるみたい」

「魔王の指示が無いって考えれば、今のウェルミスは文字通り地獄だよぉ」




「長居、無用…………話、通じる……奴も……居ない」

「……クロノ、身体…………限界」



 いい加減、クロノ自身も身体の重さを感じてきている。連戦で積み上げた疲労は、確実に肉体を蝕んでいる。加えて、相手は半端な強さじゃない。舞台も危険とくれば、モタモタしている暇は無いだろう。



「急ごう……勇者達に追いついて…………連れ戻す!」

「上陸だっ!」



 橋を渡りきったクロノが、魔族の地……ウェルミスに降り立った。草の一本も生えていない、殺風景な灰色の大地が広がっている。




「ここが……魔王の住む大陸…………」

「…………ッ!?」




 周囲を見渡していたクロノだったが、突然頭が割れるように痛んだ。頭を押さえ、膝を付いてしまう。




「クロノ? どしたの!?」




「………………い、や……何でも…………」




 頭の上からエティルが心配してくる、クロノは何とか返事をしたが、痛みは全く引いてくれない。



(なんだこれ……痛い…………痛い…………っ!!)


(……っ……ぁ…………っ!!?)



 明滅した視界の中、一瞬景色が変わった。赤く染まる空を見上げ、誰かが泣いている。空を見上げているのは、自分だ。だが、自分の物なのは視界だけだ。何故か分かった……泣いているのは、この身体は、自分の物じゃない。誰かの記憶が、感情が、自分の中で爆発していた。




「…………はっ! かは……はぁ……はぁ……?」




「おい、どうしたというのだ」




 セシルがクロノの肩を掴んだ瞬間、痛みが嘘のように吹き飛んだ。クロノは呆然としながら、両目から涙を零していた。



「毒……まだ、残って、る?」



「心が軋んでるぞ、何があった」



「…………分からない」

「けど、胸が痛い……」



 この痛みを、自分は知っている。何度も見たあの夢、あの中で感じる、どうしようもない悲しみだ。




(俺は…………この大陸を、知ってる……)



(何で…………どうして……)




 頭の中が滅茶苦茶になりそうだ。俯いていたクロノに届いたのは、遠くから聞こえた爆発音だった。



「なんだっ!?」



「……悲鳴が聞こえたぞ」



 セシルが音の聞こえた方を睨みつける。相当遠くで起きた爆発のようだが、ここからでも確認できる位置に煙が上がっていた。




「…………ッ!」




 反射的に立ち上がったクロノが、音の聞こえた方向へ走り出した。精霊とセシルもそれに続く。



「クロノ、大丈夫なのか!?」



「分かんない、分かんないけどっ!」

「止まってちゃ、駄目なんだ!」



 身体の奥の方から、何かが叫んでいた。その何かが教えてくれた。この感情に対する答えは、この先にあると。




(そもそも、止まってる時間もないっ!)



(犠牲者を出すわけにはいかない……急がないとっ!!)




 様々な物を振り払うように、クロノは魔族の大地を駆け抜ける。衝撃音と、人の叫び声が、だんだんと大きくなってきた。




「!」




 地面に大きな穴を見つけたクロノ、その穴の傍で、人が倒れていた。



「おいっ! 生きてるかっ!!?」



「……あ、が……」



 倒れている男には、見覚えがあった。エルフの森でリーガルと共にいた大柄の男だ。



「お前、リーガルの仲間だな!?」

「確かゴルトとか呼ばれてた……俺を斬ろうとした奴だよな!」



「……あの時の、小僧……? なんで……」



「なんでじゃねぇよ! こっちの台詞だ!」

「何があった!」



「何も糞もあったもんじゃねぇ……あの野郎……」



 意識が朦朧としているのか、ゴルトは虚ろな目で呟いた。



「化け物だ……化け物が出たんだ……」

「あんなに集まった勇者を……ゴミみてぇに……」

「頼みの綱だったノクスは、いつの間にか消えちまってるし……」

「こんな目に会うなら……リーガルの言う通りにしとけば……よかった、ぜ……」




「この選択を悔いるほどの理性残ってんならっ! 生き延びる努力をしやがれっ!」

「助けに来たんだ、他の勇者はっ!? さっさとずらかるぞ!」




「…………無駄だ、逃げられるわけねぇ……」

「あんな化け物が出てくるって、知ってりゃ…………畜生……」




「諦めるなヘタレッ! この作戦に参加出来てるなら! お前だって勇者なんだろ!」

「リーガルだって待ってる! 死なせやしないっ!」









「おもろいやっちゃなぁ……勇敢な子は好きやで?」


 







 この場の空気には似つかわしくないほど、軽い声。クロノが声のした方へ振り返ると、その方向から人間が5人、投げ飛ばされてきた。





「…………なんだ、こいつ…………」





 見た目は普通の人間だ、それこそ、平凡な人間だった。Tシャツにジーパン、茶色い短髪、どこからどう見ても、その辺の町に居そうな人間だった。ポケットに手を突っ込んだまま、あまりに平然と近寄ってくるその男からは、今まで感じたことのない威圧感を感じていた。



 周囲の空気から完全に浮いていた男は、ニコニコと笑いながら近寄ってきた。地上の地獄と呼ばれるウェルミスには似合わないほど、男の纏った空気は軽く、明るい。だが、飛んできた勇者達を倒したのは、間違いなくこの男だ。




「………………ッ」





「乗り込んでくる人間なんて、最近おらんかったし?」

「久々にワクワクしたんやけどなぁ」

「超ガッカリ、準備運動にもならんかったで」





「お前……なんなんだ……」





「んー? 何者かって?」

「あははは、そりゃワイが一番知りたいわ」

「君こそなんや、見たとこ勇者ですらなさそうやね」

「こんな殺風景なとこまで、観光ってわけでもないやろ」

「君もあれか? 自殺志願者的な?」





「俺は、勇者達を止めに来たんだ」

「助けに、来たんだ」




 ケラケラと笑う謎の男に、クロノはそう宣言する。宣言しつつも、クロノは数歩後ろに下がった。そして、意外な事にセシルが庇うように、前に出た。




「……セシル……?」




「…………」




「…………セシルちゃん、おひさ~♪」




 相手の反応で、クロノは察してしまった。九曜が言っていた、最後の四天王の事を思い出した。



「じゃあ……こいつ……」




「あぁ、最後の四天王だ」




「『変幻』のイコージョン・ディムラ、次があるならよろしゅうな」

「まぁ、好きに呼んでくれてかまへんよ」

「てかセシルちゃん、相変わらず美人さんやねぇ……今度……」



 言い終わる前に、ディムラの背後から勇者が2人、飛び掛った。何も無かった空間から突然現れた所を見ると、魔法で隠れて居たのだろう。




「死ね! 化け物っ!!」




「んー?」



 

 槍で胸を貫かれ、剣が肩に叩き込まれた。鮮血が飛び散り、ディムラのTシャツが赤く染まる。




「はぁ……はぁ……」




「凄い凄い、四天王相手に傷を付けたで」

「帰ったら自慢出来るわ、ほんま」




「…………ッ! なんで…………」




「なんで死なない、って?」

「ワイが聞きたいっちゅーねん、いやマジで」

「つか勘弁してやぁ、服汚れるやん」

「あ、ごめん……忘れてたわ」




 背後の勇者に謝罪すると同時、固まっていた二人の勇者が吹き飛んだ。何かしらの攻撃なのは間違いないが、何をしたのかが分からない。




「反撃忘れてたわ、たはは」




「……なんだよ、お前……」




 胸に穴を開けたまま、肩から血を流しながら、ディムラは笑っていた。



死人種アンデットか何かか……?」



「ちゃうでー」



「……じゃあ……機人種マシナリー……?」



「ちゃうでー♪」



「じゃあ何だよっ!!」



「だから、知らんて」

「何だか分からん存在、そーゆうのに恐怖抱くんやろ? 人って」

「怯えた生き物は、狩られる末路」

「ゾロゾロ群れてた勇者達は、ご覧の有様や」



 周囲を見渡すディムラ、よく見れば、周りには勇者達が倒れていた。



「なんか強そうな奴はどっか消えちゃったし、退屈してたんやで」

「君、助けに来たって言ってたやん?」

「君は、ワイを楽しませてくれるん?」



 その瞳の奥で光る、魔族特有の輝きが、クロノの背筋を凍らせた。蛇に睨まれた蛙のように、クロノの身体が固まってしまう。




「ワイ的には強い子と戦えればオッケーなんやで」

「セシルちゃん~? ちょっと遊ばない?」




「断る」




「つれないなぁ、もっと本性現そうや」

「最初に出会った時、いい感じに荒れてたやん」

「あのナイフみたいなセシルちゃんと、死合いしたいわぁ」

「それとも、その子殺せば怒ってくれる?」




 ディムラが固まっていたクロノを見る。その瞬間、セシルが殺気を発した。




「言葉を選べ、長生きしたいならな」




「たはは、殺せるもんなら殺して欲しいわぁ」

「けどいいなぁ、その目」

「なぁ、マジで遊ぼうや」




 セシルに向かって笑顔を向けるディムラ、その瞬間、ディムラの右腕が肥大化した。まるで巨人種ギガントのように巨大化した右手が、セシルに襲い掛かる。その大きさに反した速度で地面を殴りつけた右手だったが、セシルはそれをギリギリで回避していた。




「貴様っ! 度が過ぎるぞ!」




「油断大敵、可愛いなぁ」

「壊したくなるで」




「このっ…………っ!?」




 ヴァンダルギオンを構えようとしたセシルだったが、急に体勢を崩した。ディムラの右腕から伸びた触手が、セシルの両足を絡め取ったのだ。




「チィ……!」




 その触手を爪で切り裂こうとしたセシルだったが、触手が一瞬で水のように変化した。まるで水体種スライムのように、セシルの攻撃を無効化してしまう。




「だから何なのだ貴様はっ! 種の特性を寄せ集めたような……!」




「何なんやろうなぁ、不思議やろ?」

「こんな事も出来るんやで」




 セシルに構えたディムラの左腕が、その形を歪に変えた。龍の顔に形を変えた左腕から、炎が吐き出される。




「……っ!」




 セシルも炎を吐き出し、その攻撃を相殺する。威力は完全に互角だった。




「たはは、凄い凄い」

「何発まで相殺出来るかなぁ?」




「貴様、いい加減に……!?」




 ディムラの左手から龍の顔が4つ生えてきた、その全てが違った属性のブレスを撃ち出そうとしている。




「楽しませて欲しいだけなんや、ワイは」

「娯楽の無い生に、価値なんてないやろ?」

「だから、ワイを楽しませてくれ」




「……チィ……」




 今にも撃ち出されそうなブレスに対し、セシルは背中のヴァンダルギオンを構えようとする。笑顔を浮かべ続けていたディムラの顔が、その瞬間横に殴り飛ばされた。






「……っ! 烈迅穿駆れっじんせんくっ!!」






 烈迅風を纏ったクロノが、自分の最高速でディムラを殴り飛ばしたのだ。




「クロ…………ッ!?」




「…………セシルから、離れろっ!!」




 例え相手が四天王でも、恐怖でおかしくなりそうでも、勝ち目がなくても、黙って見てるのはもう嫌だ。何も出来なかったシアとの戦いから、少しでも成長したと言うのなら。





 やってやるしか、ないだろう。






「…………おもろいなぁ、君」






 心底嬉しそうな顔で、ディムラがクロノに狙いを定めた。



 あの時と同じように、魔族の大陸で人と四天王の戦いが始まる。



 その先に待つのは、希望か、絶望か。



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