表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第二十一章 『幻想揺らめく、魔族の大陸』
165/875

第百四十六話 『勇者の本音』

 意識を闇に落とされたクロノは、腕に妙な感触を感じた。ゆっくりと目を開けると、ティアラが腕に吸い付いていた。



「……!? 何して……っ!」



「……動く、な……馬鹿……」



 上目遣いで睨んでくるティアラ、その表情は真面目な物だった。



「毒、吸い出してくれてるんだよ」

「ティアラが居なかったら、本当に危なかったかもね」



「水の力の応用で、血の流れから毒だけ吸い上げてんだ」

「つっても、完全に吸い出すのは無理だぞ」



 思わず飛び起きそうになったが、体がとても重かった。毒の影響か、まともに動けない。



「……クソ……あいつ、俺の事気にかけもしなかった……」

「虫を払うみたいに……簡単に……」



 そうだ、あまりにも簡単に、人を傷つけた。迷う素振りも見せず、殺そうとしてきた。




「……っ! そうだっ! あの勇者は……!」




 目の前で首筋を切り裂かれた、女勇者の事を思い出した。辺りを見渡すと、すぐその姿を見つけることが出来た。横に寝かされた勇者のすぐ近くで、セシルが腕を組んでいる。




「……助ける義理は無かったが、手当てはした」

「もう少し傷が深ければ、即死だっただろうな」




「…………セシル…………恩に着るよ……!」




「……貴様の為じゃない」

「私も、少し気に食わなかっただけだ」




 顔を背けるセシルだったが、毎回毎回彼女には感謝が尽きない。クロノは安堵の息を漏らすと、その場に倒れこんでしまった。



「クロノォ……大丈夫……?」



「……身体……重たい……」

「クソッ…………倒れてる場合じゃないのに……」




「……これ、以上は……無理…………解毒は、専門外……」




 クロノの腕から口を離したティアラが、少し落ち込んだ様子でそう言った。彼女が居なければ死んでいたかもしれないのだ。そんな顔をされると、クロノとしても申し訳なくなる。



「いや、ティアラ……ありがとう」

「感謝してる、本当にありがとうな」




「…………ん」




「つっても、どうすんだクロノ」

「橋、架かっちまったぞ」



 フェルドの視線を追ってみると、虹色の橋が浜辺から伸びていた。霧でよく見えないが、ウェルミス大陸へ続いているのだろう。橋の光で照らされ、気がつくのが遅れたが、空は既に真っ暗だ。どれだけ意識を失っていたのかは不明だが、もうすっかり夜になってしまっているようだ。




「…………っ」




「あの橋は、大体7日は架かったままだ」

「使った魔核の大きさによるが、最短で7日は持つだろう」

「追う事は可能だろうな、貴様の身体が動けば、だが」




 セシルの言葉を聞き終わる前に、クロノは立ち上がろうと力を込める。両足は、その想いに応えてくれなかった。



(……なんでだよ……動けよ……っ!)

(あんな奴に……負けて…………あんな奴に勇者達を利用されて……)

(このままじゃ…………みんな…………死ぬかもしれないんだぞ……)




「…………度重なる無茶で、限界も近かった」

「諦めるべきかもな」




「セシル……今は煽りとか、いらない」

「何を言われても、俺は諦めない」




「……だが、現にこの場で貴様を解毒出来る奴はいない」

「カリアへ戻り、エルフにでも解毒を頼むべきだ」




「そんな暇っ! ねぇんだよっ!!」




 悔しさから自分の足を殴りつけるが、痛みすら感じなかった。身体の麻痺は依然、解けていない。命こそ取り留めたが、まだ毒の影響は残っている。



「…………お人好しが過ぎないか?」

「先ほど顔を合わせただけの人間を、どうしてそこまで助けようとする?」

「人魔混合の大会の前に、凄惨な事件を起したくないのか?」



 その気持ちも、確かにある。だが、もっと単純な理由でもある。



「セシル、お前はまだ俺って言う馬鹿野郎を分かってないよ」

「……争って欲しくないんだ…………無意味に、戦って欲しくないんだ……」

「さっき、勇者達の顔を見て、迷いが伝わってきたんだ」



「あのサイコ野郎に流されてるだけだ、心から戦おうって、思ってないんだ……」

「だったら……止まって欲しい……止めなきゃ駄目なんだ……」

「俺だって……勇者志望だったんだぞ……」

「無意味な血を流させたくないって思うのは、当然だろっ!」



 自分の夢見た、理想の勇者なら。自分を助けてくれた、兄貴分なら。助けようと、行動する筈だ。





「だから、俺は諦めない」

「絶対、助けるんだ」





「…………!」





 強く宣言するクロノ、その目を見て、セシルは不覚にも涙が出そうになった。いい加減にして欲しいのだ、重なるのも、大概にして欲しい。




『お前には関係ないだろ……もうやめて……やめてよぉ……!』




『……関係あるさ』




 出会ったばかりの頃、血の匂いと、黒い炎に包まれた……あの地獄の中で、あの男は笑って宣言した。




『泣いて欲しくない…………こんな無駄な戦いで、君を泣かせたくない』

『だから助ける、僕は勇者だから』




 人間も、龍族も……どちらも信用できなかった自分を、あの男は救い出してくれた。広い世界へ、連れ出してくれた。




(…………戯言に、過ぎない筈なのに……)

(どうして…………)




 力の無い者が喚いているに過ぎない、それなのに……この少年はどうしても、ルーンに重なるのだ。セシルが僅かに俯いたのと、そのすぐ横で倒れていた女勇者が起き上がるのは、殆ど同時だった。




「……! 怪我、大丈夫ですか!?」




「……はい、なんとか……」




 首に巻かれた包帯を押さえながら、女勇者は酷く落ち込んだような声で答えた。




「……仲間なのに、あんな簡単に切り付けて来るとか……あいつイカレてやがる……!」




「…………いいんです……私はどうせ、出来損ないって事です」

「勇者になっても……何も変わりません……」




 一筋の涙を流しながら、女勇者は俯いてしまった。



「何言ってんだ、あんた……」




「私、小さい頃から取り得とかなくって……」

「人の役に立てる存在に、憧れてました」

「今回集まった勇者は、似たような人達ばかりで……」

「すぐ、意気投合しましたよ……あはは……」



「誰かの為に、何か出来る事がないかって……勇者になって……」

「加護も貰って……証も貰って…………けど、何も変わらなくて……」

「コリエンテで私は、『弱者の大陸』出身の勇者と……笑われた」

「そのレッテルが無くても……実際何も変わってなかったから…………余計に恥ずかしくなったんです」

「勇者になって、それだけで変われるって……期待してた……自分が情けなくて……」

「変わりたくて…………今回の作戦に参加したんです……」




「……あの男が、勇者を集めたのか」




「見返してやろうって、言われました」

「自分でも馬鹿だと思います……」

「けど、安心したかったんです……」

「自分と同じ様な勇者が沢山いて……自分は正しい事をしてるって……思い込みたかった……」

「本当は分かってたんですよっ! こんな事に、意味なんてないってっ!」



 勇者の証が刻まれた髪留めを投げ捨て、黒の長髪を靡かせながら、女勇者は大粒の涙を零した。



「利用されてるって、分かってたっ! 道具以下の扱いも、分かってましたよっ!」

「けど、誰もそれを言い出さなかった…………もうどうすることも出来なかったんですよっ!!」

「自己満足と、傷の舐め合い…………そうでもしなきゃ……私達は『勇者』って扱いに耐え切れないっ!!」

「もう、他の大陸の勇者とか……臆病者とか……そんな事もどうでもいいんです……」

「自分が何になりたかったか……分からない…………勇者って……なんなんですか……」

「私はっ!! なんなんですかっ!!」









「あんたは俺を助けようとした……優しい人だよ」









 クロノの言葉に、勇者は口を開けたまま固まってしまった。



「俺が倒れて、みんな黙り込んでた」

「それなのに、あんただけは助けようと駆け寄ってきた」




「……それを馬鹿な行動と言われ、私は殺されかけました……」




「じゃあ、間違った事をしたって思ってるのか?」




「………………」




 女勇者は俯き、黙り込んでしまう。そのまま体を震わせ、涙を溢れさせた。




「…………思って、ないです……」

「何で、こんな目に会うんですか…………」

「私は、ただ……! 助けようって…………!」




「あんたがそう思うのなら、それでいいんだ」

「俺は、勇者がどうだとか……偉そうに言える立場じゃないけど」

「あの状況で助けようと駆け寄ってきたあんたは、勇者らしいって思う」

「貴女は間違ってなんか、ない」




「うっ…………うぇえ……」




「貴女はちゃんと、『勇気ある者』だ」

「貴女の行動は、嬉しかった」

「間違ってるのは、あのサイコ野郎だ」




「……あの人…………私達が死んでも……いいって、思ってるんです……」

「みんな気がついてるけど……何も言わない……」

「……死んでもいいって、投げやりになってる人も、いるんです……」




「…………貴女は、納得してる?」




「してた……のかもしれないです……」

「けど……駄目ですよ……やっぱり……」

「死んだら…………何も変わらないじゃないですかっ!」



 泣きながら訴えてくる勇者、吐き出した本音。もう十分だ、ここまで聞いたら、倒れているわけには行かない。感覚の無い足で立ち上がろうとして、クロノは全身に力を込めた。身体は反応しなかったが、精霊達が反応した。アルディが腕を引き、立たせてくれた。




「勇者さん、貴女の名前は?」




「……リザ……」




「リザさん、誰も死なせないから」

「約束する」




 死なせるわけにはいかない、あんな奴に利用されて死ぬなんて、あってはならない。




「なんで、君は……」




「俺さ、勇者になりたかったんだ……夢の為に」

「加護が降りてこなかったから、勇者になれなくて……一時期拗ねてた」

「けど、教えてもらった……勇者じゃなくたっていいんだって」

「大事なのは、行動する事だって」

「やりたい事を、やってやる事だって」




 だから自分は立ち上がる、勇者達を、助けたいから。それが今、自分のやりたい事だ。




「……………………~~!!」

「………………っ! 光の浄化ライトパージっ!」




 フラフラと精霊に支えられた状態のクロノに、リザは手を翳した。浄化の光が、クロノの体内の毒素を吹き飛ばす。




「…………光属性の、浄化魔法……!」




 魔法の属性は、四属性と呼ばれる炎・水・風・土を基盤として、他に六属性存在する。四属性と対になるように存在する幻・氷・雷・木の裏属性、そして光・闇の特異属性だ。裏属性や特異属性は固有技能スキルメントとして目覚めない限り、人間には扱えないと言われている。特に光と闇は人間が扱える例が少なく、光は天使、闇は魔族の中でも力の強い者のイメージが強い。




「……珍しい属性を扱えても、私が出来るのは基本シンプルまでです……」

「本当に……未熟で……ごめんなさい……」




 魔法には、幾つかのランクが存在する。基礎である基本魔法シンプルスペルに始まり、実践レベルの中級魔法ハイスペル、広範囲系の空域魔法エリアスペル、詠唱文により威力が高まる上級魔法グランスペルなどだ。他にも種類があるが、クロノ自身魔法がからっきしなので、最低限の知識しか持ってないのである。




「……勇者の私が……この程度しか出来ないのは……恥ずかしいですし……情けないですけど……」

「ごめんなさい……足が竦んで、とてもついていけません……」

「何を抜かすんだって、思われるかもしれないけど…………」

「…………みんなを、助けてあげて…………くださぃ…………」






「ありがとうっ! んで、任せろっ!!」






「…………っ!!」




 クロノは笑顔で頷き、そのまま橋に向かって駆け出した。それを見たリザは、口元を押さえ、再び泣き出してしまう。



(よく言うぜ、毒が消えても……ボロボロの癖によ)


「けど、元気は出た」


(強がりだよぉ)


「あぁ、強がりだ」


(いつも、通り、の……単純、思考)


「あぁ! いつも通りだ!」


(はは、どれだけ心配かけるんだい……?)



「問題、あるかっ!?」



(ねぇな)



(ないよ♪)



(……ない)



(ないね)



 強がりでもいい、笑顔を絶やさないと、ローとも約束した。不安を吹き飛ばすように、クロノは虹色の橋を駆け抜ける。絶対、誰も、死なせやしない。



 単純な思考で走り出したクロノだったが、そんな少年の後をセシルはゆっくりと追いかけ始める。橋の上をゆっくり進むセシルは、進む先から異常な力を感じていた。




(…………そういえばあの狐が、言っていたな)

(さて、どう足掻いても死線を潜るしか無い訳だ……)




(……馬鹿タレが…………今回は助けないぞ、絶対助けないからな)




 目指す大陸から届く、異質な力……。クロノに立ち塞がるのは、『討魔紅蓮』だけじゃない。


























 ウェルミス大陸を進む勇者達、彼等を高台から見下ろす影があった。人間の姿を確認するや否や、『そいつ』は嬉しそうに笑った。



「なんやなんや…………おもろいイベントでも始まったんか?」

「いやぁ……嬉しいわぁ…………最近退屈しとったからなぁ……」




「楽しませてくれや……? 勇気ある人間さん?」




 『変幻』のイコージョン・ディムラ……最後の四天王が、その姿を現した。彼の戦う理由は、至極単純な物だ。




 …………楽しめれば、それでいい。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ