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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第二十一章 『幻想揺らめく、魔族の大陸』
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第百四十五話 『六の柱』

「いやはや……どこまでも真っ直ぐな少年ですわ……」

「歳をとると涙脆くなっていかんのぉ……昔を思い出しますわい」



「…………あの子の成長は、僕にとっても喜ばしいんです」

「……だけど……全く心配していないわけでもない……」



 勇者達が集まっている場所は、クロノの育ったカーリ村のすぐ近くだ。そのことを伝えると、クロノは玉座の間から飛び出して行ってしまった。



「タンネさん、クロノはそんなに……ルーン・リボルトに似ているんですか?」




「少なくとも、ワシには生き写しに見えますのぉ」

「よぉく覚えておりますよ、五百年前……ワシがまだ若かった時の話です」

「種族間の壁を突き破り、あの男はワシらの世界にズカズカと踏み込んできよった」

「太陽のような笑顔で、手を差し出してきた」



「ワシらを外の世界に、引っ張り出した」

「そして、共存の世界を約束したのです」

「エルフから見ても、あの男は『勇者』でした」

「なんせ、当時のエルフ族の問題児……カムイを友として連れ出した男ですからのぉ」




「ははは……嘘みたいな話ですね……」

「人の文書には……ルーンのそんな逸話は残っていない……」

「魔王を歴代で唯一討ち滅ぼした、伝説の勇者……それくらいしか知られていないはず」

「表向きは魔王討伐者……その裏は、魔物達と共に共存の世界を夢見た……変人……か」




 何者かが、歴史を改変したとでもいうのだろうか。そんな事を出来るのは、当然当時を知る者だけだ。そして、今の今まで生き続け、真の歴史を隠し続けている事になる。



「……もし本当に、真実を隠そうとしている奴がいるとして……何故、そいつはそんな事をする……?」

「大体、クロノが言うように、この世界には違和感がある」

「クロノに言われなかったら、僕だって、気がつきもしなかっただろうけどね……」



 誰も、共存の可能性を考えない。きっかけがなければ、疑う事も考える事もしない。クロノがそれを訴えなければ、ラティール王はピュアを受け入れる事も、エルフ族と友好関係を結ぶ事も、絶対にしなかったはずだ。それを、『何故、どうして?』と考える事すら、出来なかったと断言できる。



(そうだ……だからこそ……)

(父さんは死んだ……国は……彼女を信じなかった……)

(僕だって………………彼女を裏切った……)




「五百年前も、そうでした」

「人も、ワシら魔物も…………そう思っていた……」

「しかし、違和感を覚える者が現れ、世界を変えようと奮闘した……」



 まるで、世界そのものに立ち向かうかのように、彼は全てを導いた。多くの絆を束ね、未来を変えようと突き進んだ。



「彼が姿を消し、エルフ達は絶望しましたとも……」

「ルーンが失敗した、残された我等に何が出来るのか……とな」

「全く、情けない話ですわ……」

「あの少年に怒られてしまった……諦めていたワシらを……また立ち上がらせてくれた……」



 知識を求める種が、聞いて呆れる。同じ過ちを、二回も繰り返したのだ。



「…………タンネさんは、クロノを信じてくれるんですか」




「少なくても……当時を知るワシに、クロノ殿は輝いて見えた」

「忘れていた感覚を、思い出すような……」

「あの頃と変わらぬ……太陽のような光を……」



「この老いぼれの残り僅かな命をかけて、誓いましょう」

「もう二度と……信じることを止めぬと」

「あの少年をエルフが裏切る事は、断じて致しませぬ」



 年老いたエルフの目には、強い意志の力を感じた。何をすれば、ここまで信頼を得られるのだろうか。やはり、クロノには何かを感じざるを得ない。



「おーさまー……おはなしながいー」

「むつかしいよー」



「……あぁ、ごめんね、ピュア」



「くろの、すぐかえってくるー?」



 すっかりここでの生活に溶け込んだ鳥人種ハーピーの女の子は、全く遠慮せずにラティール王に絡んでくる。小さく羽ばたき、ラティール王の肩に乗ってくるピュアだったが、ラティール王は殆ど重さを感じなかった。



(不安になるほど、この子は軽いなぁ)

(…………初めて会った時は、消え入りそうな雰囲気だったっていうのに……)



 凄まじく軽いが、僅かに、ほんの僅かに……彼女の重さは感じる。出会った当初では考えられなかった、信頼の重さだ。



(この子が今笑えているのは、クロノのおかげだ)

(見ず知らずの魔物の為、あの子は命をかけて……)



 命をかけ、魔物を救った。一心不乱に、訴えてきた。必死な姿に、教えられた。クロノの行動が、カリアに共存の可能性を、確かに芽生えさせた。



「……タンネさん」

「もし、クロノが伝説の勇者と同じ何かを持っているのなら……」

「無事に……帰ってきますよね」




「根拠も無い……多くの物が馬鹿馬鹿しいと笑うでしょう」

「ですが……あの少年は……確かに似ている」

「ルーン様と比べ物にならぬほど、クロノ殿は弱く小さい……」



「ですが、信じられずにはいられぬのです…………彼と同じ夢を」

「姿を消してしまった彼と、違ったやり方で……同じ夢を成してくれると……」

「……ワシは信じておりますぞ、誰も犠牲にせず……今回の件を収めてくると」




「……信じて待つことしか出来ないなんて、僕は無力だ」

「無事に帰ってきてくれ……」



 歯を食いしばり、悔しそうに俯くラティール王。王として、国民を危険に晒す真似は出来ない。そんな物は建前だ、クロノだって大切な友人。その友人一人危険に晒して、自分の情けなさに涙が出てくる。震えるラティール王を、ピュアは心配そうに覗き込む。



「おーさまー……?」



「……ピュア、クロノは大丈夫だ」

「……僕の友人だ、必ず帰ってくる」



「? うん?」



 自分に言い聞かせるように、ラティール王はそう繰り返した。相手が勇者だけなら、言葉で止める事も可能だろう。だが、あちらには『討魔紅蓮』がいる。……その名は、あまりにも危険なのだ。


























 カーリ村近くの浜辺で、クロノは勇者たちの姿を確認した。ここに来るまで色々頭を働かせたが、まともな説得方法は出てこなかった。



「大会の事を話しても、あっちにはどうでもいいで切られるだろうし……」

「魔物を殺さないでとか言っても、どうせ昔みたいに変な目で見られるのは分かってるし……」



「それでも、行くのだな」



「話してみないと、何も変わらないだろ」

「あっちは勇者だ、『会話』くらい出来るさ」

「何も聞かずに襲ってくるのは、魔物くらいだって」



 今までの経験上、魔物は50%ほどの確立で話を聞いてくれない。何回それで死にかけた事か。



「セシルは離れててくれ」

「『討魔紅蓮』って奴に気が付かれたらやばい、セシル人間化下手なんだし」



「…………貴様に言われるのは腑に落ちん……」



 ブツブツ言いながらも、セシルは別方向へ歩き出した。クロノはそれを確認してから、勇者達が集まっている浜辺へ駆け寄っていく。



「すいません!」



「? なんだい?」



 鎧で武装した男が、クロノに近寄ってきた。



「君も魔王討伐の参加希望者?」



「あ、いや違……」



「見たところ……証は無いみたいだね?」

「特例を除いて、勇者の証を持たない者は参加出来ないよ」

「危険な戦いになるだろうから、ね」



 勇者の証に、今更未練などない。それでも、遠回しに勇者じゃないから、と言われると、やはり胸が痛んだ。



「…………俺は、皆さんを止めに来たんです……」



「…………なるほど」

「……分かってるさ、無謀な戦いだって事はね」



 男は兜を脱ぎ、素顔を晒した。その表情は、覚悟を決めている顔だ。



「何度も止められた、君のような人は何人も来た」

「それでも、私達は止まれないんだ」




「……ッ! なんでそんな……」




「私達はみんな、アノールド出身なのよ」



 クロノの背後から、槍を手入れしていた女性が声をかけてきた。



「君に分かる? どの国へ行っても……最弱の大陸出身って笑われる屈辱が」

「魔物の恐怖に怯える人を救いたい……勇者として、志は持ってるつもり」

「それでも……同じ人間ですら……私達を笑うのよ」




「力が全てじゃない、それは分かってる」

「だが、臆病者と笑われるのは……もう沢山だ」

「他の大陸の勇者共に見せ付けてやる……アノールドの勇者の力を、その勇気をな!」




「……その為に、命をかけるんですか」

「その為に、魔王に挑むって……?」




「勝てるとは思わん、だが……挑む勇気を他の大陸の勇者に示すのだ」

「金の為、楽をする為……そんな穢れきった勇者共に示すのだ……真の勇者の姿を!」





「……なんだよ、それ」





 思わず、涙が出そうになった。勇者になれなかった自分が、こんな事を言う資格がないのは分かってる。それでも、幼かったクロノは、こんな姿に憧れたんじゃない。




「……そんなの、勇気じゃない」

「命を馬鹿にするな……勇者を馬鹿にするなよ……」




「……なに?」




「勇気を示して、それで死んだら……ただの馬鹿じゃねぇか」

「勇者の証はっ! そんな事する為にあるんじゃないっ!」

「魔王を、お前達の勝手な理想の……踏み台にするつもりかよっ!」

「そんなんで戦っても、どっちも救われないに決まってるっ!!」



 クロノの言葉に、目の前の男は僅かに怯んだ。他の勇者達も、顔を曇らせる。意思が固まりきっていないのか、クロノの言葉は少しだが届いた。






「こんな戦い……絶対に間違って…………っ!?」






 言葉を続けようとしたクロノの視界が、大きく横にぶれた。気がついた時には、クロノは大きく殴り飛ばされていた。




「戯けた戯言を抜かすな、ガキ」




 吹っ飛んだクロノが顔を上げると、20代ほどの男が向こうから歩いてきていた。エルフに似た緑色の短髪に、鋭い目付き、纏った威圧感が、只者じゃない事を示していた。




「……ッ! なにすっ!?」




 立ち上がろうとしたクロノの右肩が、固い何かに弾かれた。その衝撃で尻餅をついたクロノを、男が冷たい目で睨みつける。




「行動のきっかけは、どうでもいい」

「目標も、それで何がどうなろうと……善悪だって関係ない」

「戦う理由は、敵が魔物だから……それだけだ」




「……なんだよ、お前……」




「『討魔紅蓮』……八柱はっちゅうが六、アビシャル・ノクス」

「ガキ……お前人間なのに魔王を庇うのか?」




「庇うとかじゃないっ! こんな戦い無駄だって言ってんだっ!」

「大体っ! こんな間に合わせみたいな集まりで魔王を倒そうとかおかしっ!!?」




 クロノの顔面が、鉄のように固い何かに弾かれる。問題なのは、全く見えないことだ。



「黙れ、無駄かどうかは俺が決める」

「一体でも魔物を殺せれば、それで戦果十分だ」

「クソな魔物の根城を、滅茶苦茶に出来れば十分だ」

「ウェルミスを魔物共の血で満たせれば、それでいいんだよ」



「そうだろ、勇者共」

「そんだけやれば、お前達を臆病者と罵る奴は消える」

「勇者を名乗るなら、勇気を示して見せろよ」



 なるほど、大体分かった。このイカレ野郎が、勇者達を集め、煽った張本人だ。クロノは金剛を纏い、一気に飛び起きた。




「ふざけんじゃねぇよサイコ野郎っ!! お前の特攻理論に他人を巻き込むなっ!」




「人間一人で魔物一体殺せれば、それでいいじゃねぇか」




「よくねぇよ馬鹿野郎っ!! 命をなんだと思ってんだっ!!」




 叫びながら、クロノはノクスに突っ込んでいく。金剛に心水を重ね、相手の反撃に備えた。



(こいつの攻撃は、見えないほど早かったけど……!)

(水の力なら……何かを感じ取れる筈!)

(意識できれば……金剛で食いしばれるっ!)



 そう考えていたクロノを嘲笑うかのように、ノクスは微動だにしなかった。両手をポケットに突っ込んだまま、冷たい目を向けてきているだけだ。




(……何を……!)




(…………ッ! クロノ、下……っ!)




 一瞬油断した瞬間、真下からの殺気にティアラが気がついた。地面から何かが飛び出し、クロノの足を払った。




(……っ!? なんだ!?)




 地面から飛び出した何かは、とんでもない速度で再び姿を地中に隠してしまう。体制を崩したクロノに、その何かが襲い掛かる。




理解の(アウト)外のゾーン暗殺者スナイプ





「…………ってぇっ!!?」




 地中から回転しながら飛び出した何かが、クロノの全身を這うように切り刻んだ。金剛で硬化した身体を、紙のように。




「邪魔するな……他人の覚悟にケチつけてんじゃねぇ」

「人間が魔王を庇うような真似、すんな」





「……ッ!? あ……」





 地面に落下したクロノは、立ち上がれなかった。そこまで深い傷じゃないはずなのに、身体が痙攣して動けない。



「気持ち悪いからここで死……」

「…………んだよ、ここで止めるなよな」

「…………チィ、分かったよ」



 止めを刺そうとしたノクスは、その動きを止めた。耳を押さえたところを見ると、誰かから通信系の魔法を受けたらしい。




「勇者共、予定変更だ」

「今すぐ、橋を架けて乗り込むぞ」




「今すぐ……!?」




「文句でもあんのか」

「喜べよ、臆病者のレッテルを剥がす機会が訪れたぞ」

「精々、お前等の力を見せ付けろ」




 ノクスの言葉に、勇者たちは黙り込んでしまった。一人の勇者が、クロノに近寄ってくる。



「そこの馬鹿、何してんだ」



「て、手当てを……」



 薬を持ってクロノに駆け寄った女勇者の首筋が、何かに切り裂かれた。




(………………なっ…………!)




「魔王を庇う素振りを見せたゴミを、助けようとしてんじゃねぇ」

「勇者の名が聞いて呆れる、汚らわしいからそこで死ね」




 クロノの目の前で、力無く崩れ落ちる女勇者。クロノは動かない身体を震わせ、ノクスを睨みつけた。




「お、まえ……っ!! ふざけ、ん…………なっ!!」




「話しかけんな、ゴミが」

「精々苦しんで死ね、どうせお前も、毒で死ぬ」




(……毒っ!?)



(まさか、さっきの傷……!)



 アルディの声でハッとする、身体が動かないのは、そのせいか。




「行くぞ勇者共、もう前だけ見てろ」




「お……い……待て…………! …………お、いっ!」




 意識が朦朧としてくる、霞んでいく視界の中、ノクスがこちらを振り返ることは無かった。毒に犯されたクロノは、そのまま意識を失った。そんなクロノの前で、勇者達は魔核を空へと翳す。




 魔王へと続く橋が、ウェルミス大陸へと伸びていった。勇者達を止める声は、もう存在しない……。























(…………靴に穴、開いたんだけど)

(もう少しスマートに決めろよな、キィ)




 ギチ…………ギチ…………




(分かってるよ……後でご褒美あげる)

(…………僕には……君だけだ)




 身体の中で蠢く、『何か』。魔を滅ぼす男は、体内に潜む『何か』に微笑みかける。ノクスの言葉に歓喜するように、『何か』が蠢き、ノクスの背中が異音を発した。



 『討魔紅蓮』の闇は深い。それを知る者は、ごく僅かだ。真実を知ったものは、奴等に消されるので、無理も無いだろう。



 戦いのカウントダウンは、止まらない。



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