第百四十四話 『討魔の意思』
急ぎ足でカリア城へ駆け込むクロノ。城門で一度止められたが、見知った顔な為、顔パスで通してもらえた。
「面倒がなくて便利な事だ」
「子供の頃から忍び込んでたしな、堂々と正面から入ってくれたほうがマシだって、よく言われたよ」
これも国民にオープンなラティール王だから可能な事だ。普通なら門前払いである。
「割と緩々なラティール王だって、一国の王様なんだ」
「この国で起こってる事は、耳に届いてる筈!」
そもそも、平和を優先し、争いごとが嫌いなラティール王が、勇者達の行動を黙認しているとは考えにくい。何か考えがあるのか、或いは口出し出来ない事情があるのか。
(会えば分かるさ…………けど、引っ掛かる……)
そうこうしている内に、玉座の間へ到着した。『普通』の王ならここにいるだろうが、ラティール王の場合は確立は50%ほどだ。大体街でぶらついているか、城内で城の者と遊んでいたりする。それでいいのかと頭を抱えたくなるが、今回は普通に玉座で大人しくしていたようだ。
「ラティール王!!」
「おぉ! クロノじゃないかっ! 久しいなっ!」
すぐに立ち上がり、こちらに駆け寄ってくるラティール王。別に座ったままでいいのだが……。
「あれ?」
「クロノ殿、またお会いできて嬉しいですぞ」
玉座の間には先客が居た、エルフ達の族長、タンネ=チャロだ。
「タンネさん? どうしてこんなとこに?」
「僕の城をこんなとこって、久々なのに酷いね」
「クロノ殿のおかげで、エルフ達は外に導かれ始めた」
「ワシも昔を思い出してのぉ、種の長として……外で成すべき事を成そうと思っての」
種の長と、国の代表者。なるほど、大体伝わった。
「そっか、タンネさんが直々に、友好条約を持ちかけたんですね」
「皆が未知を求めておる、ならば長として……その道を示してやらねばな……」
「こうして人と手を取り合えるのも、ラティール殿の寛大なお心のおかげじゃ」
「エルフ達も昔のように、未知を求めておる」
「ホッホッホ……ワシも年甲斐もなく……まだ見ぬ未知に心が躍るわい……」
「僕自身も、他族との友好関係は喜ばしいんです」
「国の者とエルフの関係は、現時点では非常に安定しています」
「貴方方の魔法の知識や、医学の知識は、非常に興味深いですしね」
「ワシらも感謝しておるよ、エルフ達が安心してアノールド大陸を巡れるのも、ラティール王の保護あってのものじゃ」
「踏み出したワシらを受け入れてくれたカリアには、感謝が尽きぬ」
「そして、踏み出す勇気をくれたクロノ殿にも……ワシらは感謝しておるよ」
「俺は、俺が納得したかったから……」
「強引に……突っ走っただけです」
場合によっては、いい迷惑だっただろう。あの時は無我夢中で、やりたい事をやっただけだ。時の運と、無茶で押し通した。それがたまたま、功を奏しただけだ。
「ホッホッホ……まさしく彼の生き写しじゃよ」
「それで良い……ワシらはそれに感謝しておるのじゃ……」
「……そう言ってくれるだけで、俺は凄く嬉しいです」
「……ありがとう、ございまがぁああっ!?」
嬉しくて涙が出そうになっていたクロノ、そんな少年を何かが後方から押し倒した。
「くろのだー! くろのくろのー!」
「…………ピュア?」
少し背が伸びただろうか? 可愛らしい服を着たピュアが、クロノに飛びついてきていた。嬉しそうに笑ってくれているのはいいのだが、ハーピー特有の鳥の足がクロノの腕をがっちりホールドしていた。割と洒落にならないほど鋭利な爪が食い込み、正直痛い。
「あたたたたたっ!!」
「? くろのー?」
「痛い痛い! ピュア痛い! ってうわああっ!?」
痛みのあまり、クロノは少し強引にもがいてしまう。驚いたピュアが羽ばたき、クロノを空中に持ち上げてしまう。
(軽々と…………)
「えへへ~♪ ひさしぶりー!」
無垢な笑顔で飛び回るピュア、元気そうで何よりである。
「ビューン!」
「うわああああああああっ!?」
飛ぶ事にも慣れたようで、ピュアは天井付近をグルグルと飛び始める。クロノは完全に振り回されてしまっていた。
「ピュアー? 室内であまり飛び回っちゃ駄目だってば」
「それと、僕の友人を玩具にしちゃ駄目じゃないか」
「えー……くろのとあそびたいー……」
「クロノは僕に話があるみたいだし、少し我慢してくれないかな」
「えー! でもピュア、おかあさんのことききたいよぉ」
「………………っ!」
その言葉が、あの時の出会いを思い出させた。どう伝えるのが正しいのだろうか、そのまま伝えて、良いのだろうか。
「くろのー、おかあさん……みつかった……?」
「…………」
「ごめん、会えなかった」
伝えられる訳が無い。そのまま伝えれば、確実にピュアを傷つけてしまう。
「……そっか……」
「けど、ピュアのお母さんな」
「生きてるって……それだけは、分かった」
「! ほんと!?」
「うん……だから、もう少し待っててくれ」
「必ず……見つけてやるからな」
「……きっと、お母さんも……ピュアに会いたがってる」
「うん! まってる!」
「いい子にしてたら、おかあさんもよろこんでくれるよね!」
ピュアの笑顔が、少し胸に響いた。嘘をついた自分に、嫌悪感が湧き上がる。ピュアに降ろしてもらい、クロノはラティール王に近寄っていく。
(…………本当は、何かあったんだろう?)
(…………はい)
耳元で小さく、ラティール王が呟いた。昔から、この王様には隠し事が通用しない。
(……後で、聞かせてね)
(今は君の用件を優先しよう、急いでるんだろう?)
(ありがとう、ございます……)
「…………ラティール王……アノールドに、勇者が集まってるって聞いたんです」
「何か、知ってることはないですか」
その言葉で、タンネとラティール王の顔色が変わった。
「……丁度、タンネさんとその話をしていたんだ」
「彼等は、2日後に橋を架けるつもりだよ」
「…………そんな……」
「クロノ殿、どこまでこの件を?」
「勇者達が、アノールドの汚名を晴らす為に……魔王討伐へ乗り出すって……」
「ここに来る途中、リーガルって勇者から聞きました。」
タンネが自身の髭を弄りながら、難しそうな顔で唸り始める。
「クロノ殿……そもそも橋とは何かご存知で?」
「魔核を8つ集めると、架ける事が出来るって事しか……」
「その通り……ではその原理はご存知ですかな?」
「……原理?」
「魔核とは、魔物の力の結晶で有り……己が情報の結晶なのです」
「魔王という存在は、肩書きだけではなく……正真正銘、魔の者のトップ」
「存在自体が、魔の者の核なのです」
「原始の魔王様より、我等魔の者は生まれたとされております」
「そして、魔王の肩書きは、必ずしも血の繋がりのある者に受け継がれるとは限らなかったのです」
「その代の魔王様が見定めた、もっとも適した者に、その力は受け継がれるのです」
「その時に継がれるのは、魔王の名だけではない」
「先代から脈々と受け継がれてきた、王としての記憶」
「そして、全ての魔物との繋がり…………遺伝子です」
「この世の全ての魔物は、原始の魔王より生まれた……」
「全ての魔物の力、その核たる力…………『魔祖核』…………」
「それが、代々魔王様が受け継いできた物」
「…………魔祖核……」
「8つの魔核からなる橋とは、魔物の力をあるべき場所へ繋ぐ事」
「元となる核、魔祖核と魔核を共鳴させ、一時的に力を繋ぎ合わせる事なのです」
「つまり、正確に言えば魔核はウェルミスへの橋を架けるわけじゃない」
「魔王のいる場所へ、魔物同士の繋がりを具現させ、橋とするのさ」
それは、魔物達の確かな繋がりの象徴とも言えた。魔王が魔物達にとって、どれほどの存在かも、伝わってきた。
「話を戻しますが、つまり魔核さえあれば、魔王様への道は繋ぐ事が出来ますのじゃ」
「けど! 魔核は魔物達の中でも、凄く強い奴らにしか作れないはずだ!」
「それに、魔物達にとっても……作るには凄いリスクがあるはずで……」
「クロノ、よく知ってるね?」
「この馬鹿タレは、既に魔核を2つ持っている」
「旅の道中、魔物から託されたのだ」
「おぉ……魔核を託されたとは……」
「クロノ殿には感服致しましたぞ……」
「しかし、『託された』と言うことは…………それ以外の魔核を得る方法を知らない、と」
何故だろう、この先を聞きたくない。心が、それを拒否したがっていた。
「魔核を得る方法は、2つあるのです」
「魔核固体が自ら、力を結晶化させる事……」
「…………そして、魔核固体が絶命した時、その力は命の終わりと共に……結晶化する」
「…………つまり、魔核固体を殺せば……魔核を得られるんだ」
「じゃあ…………勇者達は……そうやって魔核を……?」
「正確に言えば、『勇者達』は手を下していない」
「クロノ、世界には……魔核を裏のルートで販売する輩がいるんだ」
「その多くが、退治屋によって流されてる」
「今回、勇者達に魔核を流したのは、『討魔紅蓮』だ」
「名前くらい聞いたことがあるだろう? デフェール大陸を中心に活動している、最大規模の退治屋さ」
「四大陸それぞれで、特に大きな規模を持つ退治屋、『迅魔旋風』、『魔葬砂塵』、『流魔水渦』、『討魔紅蓮』……その4つの中でも飛び抜けた、魔物必滅を訴える集団だ」
「…………また…………退治屋か……!」
「今回の件は、どうも『討魔紅蓮』が勇者達を煽ったらしい」
「僕も止めたいんだが……格好悪い事に……手を出せないんだ」
「なんでっ!」
「クロノ殿、ワシらエルフ一同、ここ数日全力で『討魔紅蓮』の情報を調べておりました」
「奴等は……イカれております」
「奴等は魔物を庇う者は、人だろうが、王族だろうが……容赦しませぬ……」
「過去に魔物を見逃した勇者が居たそうですが、その勇者の存在が『討魔紅蓮』に知れたらしいのです」
「その結果は、勇者は惨殺……彼を庇った国自体……半壊させられたようですじゃ……」
「…………国を……半壊……?」
「最早、奴等は力では止まりませぬ」
「世界各国の権力者達でさえ、奴等を恐れ、野放しにしている始末」
「奴等にやりすぎだ、などと意見すれば…………それだけで殺されるでしょう」
「…………今この大陸に集まっている勇者の中に、『討魔紅蓮』の主戦力が1人紛れてる」
「『討魔紅蓮』最強戦力、『八柱』の一人がね……」
「……もし僕が彼等を止めようとすれば、『討魔紅蓮』はこの国に目を付けるだろう」
「国の王である僕が魔を庇い……エルフと友好を結び……鳥人種の子供を匿っている……」
「その事が知れたら……この国は……滅ぼされる……」
「すまないクロノ…………立場上……僕は動けない……」
「国を……国民を……危険に晒すわけには……」
「ラティール王、勇者達はどこに居るんですか」
「……え?」
少し冷たい声で、クロノはラティール王へ問う。
「ラティール王は悪くない」
「エルフ達も、ピュアだって……悪い事はしてない」
「それなのに、『討魔紅蓮』は……お構いなしだっていうなら」
「勇者達がどこに集まっているか、それだけ教えてください」
「そこから先は、俺がやる」
国に危険が及ぶから、ラティール王は動けない。当然、タンネさん達も動けない。魔物であるタンネさん達の存在がバレても、カリアが危険なのだ。
なら、クロノ個人で、この馬鹿げた戦いを止めてやる。
「迷惑は、かけません」
「俺が、止めてみせる」
「馬鹿タレ、一つ忠告するがな」
「魁人の言葉、覚えているな?」
『討魔紅蓮』には関わるな、確かにそう言われた。
「それでも、放っておけるわけないだろっ!!」
「うむ、それでこそ馬鹿タレだな」
「いいぞクロノ……見ていて、飽きない」
もういい加減、退治屋が大嫌いになりそうだ。元々大嫌いだったが、今はさらに嫌いになった。どんな手を使っても、この戦いは止めてやる。クロノはそう、誓うのだった。
カーリ村の近くで、勇者達が集まっていた。来るべき戦いの為、勇者達は各々の証が刻まれた武具の手入れを行っていた。そんな勇者達を見下ろす、20代半ばの男が一人、静かに佇んでいた。
「…………愚かだね」
「愚かな勇者共…………貴様等も、この世には不要なんだ」
「…………うん、うん……分かってるよ」
「正義を演じるのは、慣れてるから」
誰かと話しているように、小さく呟く男。男の右肩が、不自然に蠢いた。
「魔物も……人間も……不要な物は殺せばいいんだ」
「君がくれた、この力で…………僕は世界を変えるんだ…………」
歪んだ笑みを浮かべる男に応える様に、今度は左足が蠢いた。
「さぁ、無意味な血を流せ」
「魔物も、勇者も…………精々殺し合え…………っ!」
「討魔の意思の元…………両方滅んでしまえっ!」
『討魔紅蓮』六の柱・……アビシャル・ノクス。全てを壊さんとする意思が、クロノの前に立ち塞がる。




