第百四十三話 『変わり行く者』
メガストロークがカリア近くの浜辺に突っ込んだのは、夕方の事だ。浜辺を抉り飛ばす勢いで突っ込んだメガストロークは、役目を終えたかのように沈黙する。その中から、真っ白になったクロノが這い出てきた。
「うむ、中々面白かった」
「…………………………」
「クロノが言語能力失ってるよぉ?」
(……無理も無いと思う………)
最短距離を突っ走るように出来ているのだろう、途中海中から突き出す巨大な岩に突っ込んだ時は死ぬかと思った。弾丸のように岩を貫いた時は違う意味で寿命が縮んだ。
「情けねぇなぁ、男ならもうちっと肝を鍛えとけ」
「超絶絶叫マシンに5時間揺られてビクともしない精神を、常人は持ち合わせてねぇんだよ……」
「今後、が……思い、やられる…………」
ちなみに精霊達は、クロノの心のずっと奥に身を潜めていたらしい。前回は浅いところにいて酷い目にあったので、経験が生きたわけだ。
「……フェルドは前回の時居なかったよな……?」
「なんだか知らんが、ティアラの奴が引っ張り込んできたんだよ」
「何だかんだ言ってこいつ俺の事大好きだからって冷てぇえええっ!!」
顔を真っ赤にしたティアラの水撃が、見事フェルドの後頭部に直撃した。びしょ濡れになったフェルドだったが、炎を纏い一瞬で水分を吹き飛ばす。
「やろうってのかこの引き篭もりがぁっ!! 蒸発させたらぁっ!」
「鎮火、させて…………やる、燃えカス……!」
水やら炎やらが飛び交っているが、地味に巻き添えを食らっているのに気がついて欲しい。服が濡れるは、前髪が焦げるは、散々である。
「……はぁ…………突っ込む気力も出ない……」
「今後の船旅が楽しみだな、ははは」
「……憂鬱だよ……」
「久々のアノールドだよぉ!! 生まれ故郷だよぉ!! 楽しいよぉ!!」
ここに空気を読まない精霊が一体、契約者の疲れが加速する。
「…………アルディだけが癒しだよ……」
「あはは、何もして無いのに信頼度が上がったね」
「あ! 今空気読めって思ったでしょ!」
「クロノだって久々のはずだよっ!? 嬉しくないの!?」
ポカポカと頭を叩いてくるエティル。そう言われると、帰って来た実感がわいてきた。
(……2ヶ月くらいしか、経ってない筈なのに…………随分懐かしいや)
(旅立ちを決めた当初、四大陸を回る事になるとは思ってなかったっけ)
(セシルと出会って、そこから始まったんだ)
隣に立つセシルを見て、初めて出会った時の事を思い出した。あの時の自分は、ただ泣き言を漏らすだけの子供だった。
自分の周りで騒ぎ続ける、四精霊達に目を移す。こんなに賑やかになるとは、思っていなかった。色々な事があった、色んな奴等と出会い、友達になってきた。
「…………ちったぁ……マシになったのかな……」
成長したと言えば、自惚れだろうか? きっと、少しくらいは自惚れても良いかも知れない。まだまだ先は長いだろうが、ちょっとは前に進めていると思う。止まっていた自分は、もうどこにも居ないのだ。
「成長を実感するのは、悪い事じゃない」
「一歩目を実感できねば、二歩目は見えてこない」
「え?」
「次を踏み出せ、私が飽きない内にな」
セシルがそう言って、笑ってくれた。今夜は雨が降るかも知れない。自分でも単純だと思うが、無性に嬉しくなった。
「…………ははっ」
「みんなっ! 日も暮れてきたし、カリアへ急ごう!」
「そこで、勇者達の情報を集めるんだ!」
「ヘロヘロの癖に……急に元気だな」
「レッツゴー♪」
「うん、行こう!」
「……負け、た……うぅ……」
ティアラがフェルドに担がれているのは、この際放置でいいだろう。メガストロークはいつの間にか勝手に向きを変え、待機状態に入っていた。ダンディから受け取った魔動キーが無ければ、動かすのは不可能らしい。自分の声に応じる四精霊達を引き連れ、クロノはカリアへ急ぐのだった。
流石に夕方でもカリアは人が多い、特に酒場などは逆に人が増える時間帯だ。久々とはいえ、クロノにとっては、幼い頃毎日のように駆け回った街だ、迷う心配は無い。
「よっし、まずは酒場に…………」
「んげぇっ!?!」
「…………あ」
街角を曲がった瞬間、見覚えのある勇者と鉢合わせた。
「…………リーガル…………」
「あの時の小僧……っ!」
旅立ったクロノが最初に戦うことになった、エルフ達を貶めようとしたクソ勇者だ。
「……なんでここにいる」
「……! おいおいお言葉だなぁ! 生まれ故郷で、生まれた国を歩いてちゃいけないってのか!?」
「仮にも俺は勇者なんだぞ!」
「俺はあんたを、勇者なんて認めない」
「クソ生意気な……!」
「やるか……!」
一気に険悪な雰囲気になる、クロノとしても譲る気はなかった。
「あ、リーガルさん見つけました!」
「ヒィッ!!?」
そんなリーガルの背後から、エルフの女性が現れた。耳も隠さず、堂々とだ。
「エルフ……?」
「もう、本に夢中になってる間にどこかへ行ってしまうなんて、酷いです」
「さぁ、次は何を見せてくれるんですか?」
「いやもう日も暮れてきたし……」
「駄目です! 時間は有限! 未知は無限! 私まだ満足してません!」
そこはかとなく誰かを思い出しそうになるクロノ、どうやらエルフ達は昔を取り戻しつつあるようだ。グイグイとリーガルに詰め寄るエルフだったが、ここでリーガルが縋るような視線を送ってきた。
「…………どういう事だよ、なんであんたが……」
「…………王がハーピーの子供を引き取ったって知ってるか……?」
「街の連中、一瞬でその子供を受け入れてさ……」
「その異常事態に拍車を掛けたのが、エルフとの友好条約だ……」
「俺達が襲った森のエルフ共と、カリアの王が……何を血迷ったか条約を結んでな……」
「ついでに俺達が森を襲った事も、王にバレちまった訳だ……」
「自業自得だろ」
「…………んで、俺達には罪を償う役目を与えられたわけだ」
「…………街を訪れたエルフの、世話役みてぇな役目がな…………」
「勘弁してくれよ……もう3日は寝てねぇんだよ…………」
なるほど、エルフの探究心に引っ張り回されているわけだ。内心ざまぁみろと思ってしまった。
「正直断りたかったが……相手はあのラティール王だ……」
「『疑刀武人』のラティール王を敵に回すとか……冗談じゃねぇし……」
「『勇者として、国の役に立ってくれるよね? 今まで知らんぷりだったしね?』」
「『逃げないよね? 勇者だしね?』って…………半分脅しだったし……」
ちなみに、ラティール王は怒ると無茶苦茶怖い。普段温厚だからか、その豹変ぶりは恐ろしい。
「はははっ! いい気味だな!」
「……チィ! こんな役目、お前みたいなイカレ野郎が適任だろ!」
「大体、最近見ないと思ってたらなんで急に……!」
言い終わる前に、精霊達が姿を現した。別にクロノが呼んだわけじゃない、勝手に出てきたのだ。
「…………な……」
「あたし達の契約者が、イカレてるって~?」
「心外だね、勇者なら言葉を選んで欲しいんだけど」
「命、知らず…………早死に、するよ……?」
「お前の事はよく知らねぇが、覚えとけガキ」
「精霊はな、契約者を侮辱する奴を許さない…………分かったか」
これじゃ完全に脅しである、流石にクロノも頭が冷えた。顔を真っ青にしているリーガルを見て、気も晴れた。
「……見ての通り、精霊と契約したり、大陸巡って魔物と仲良くなったりしてきた」
「……はぁ!?」
「お前の言う通り、俺はイカレてるから」
「共存の為に、精一杯頑張ってた」
「…………なんで、そこまですんだ……お前」
「俺の、夢だから」
「なぁクソ勇者、もう一度聞いていいかな」
あの時否定された事を、もう一度だけ聞いてみることにした。許したわけじゃないが、聞いておかなきゃいけない気がしたのだ。
「……エルフのみんなと関わって、振り回されて、ちゃんと話してみてさ」
「……理解し合えるって、思ったか?」
エルフの森での一戦で、リーガルはそれを否定した。自分には理解出来ないと、クロノは夢を否定された。今でもそう思っているのか、関わり合っても尚、その思いは変わらないのか。
「…………魔物と共存なんて、冗談じゃないって今でも思ってる」
その言葉で、クロノは僅かに顔を曇らせた。期待していたわけじゃないが、やはり胸に響いた。
「…………~~っ! けどっ!」
「スゲェ不愉快だが! 滅茶苦茶認めたくねぇがっ!」
「…………出来るのかも、とは! ちょっと思うようになった」
「………………!」
「勘違いするな! 俺個人の意見は! 共存なんて冗談じゃねぇんだ!」
「けど……嫌だってのと……不可能だってのは違うだろ」
「絶対に無理だって思ってた俺は……お前のせいでもういねぇんだよ」
「………………俺の、せい?」
「この状況は、どう考えてもお前のせいだろ!」
「お前のせいで、間違いなくこの国は変わっちまった…………不愉快な事になっ!」
「そのせいで、俺は朝昼晩オールでエルフ共の奴隷状態だ!」
「…………共存言うなら、人間側の負担減らせよ……クッソ……」
吐き捨てるように言うリーガルだったが、クロノは半分以上聞いていない。自分が国を変えたと言われ、実感がわかなかったのだ。
(…………小さなことでも、積み重ねれば…………)
(変えられるんだ…………否定する奴の考えも…………変えていけるんだ…………)
(良かったね、クロノ♪)
(間違いなく、前進してるよ)
(…………これから、これから……)
(顔、にやけてるぞ? 契約者?)
嬉しかった。自分のやってきた事は、無駄じゃなかったのだ。
「……オールなのは、自業自得だバーカ」
「あぁっ!?」
「罪を償ってから、待遇改善でも王に申請しろよ」
「ぐ、ぐぬぬぬ……」
「リーガルさん、私未知成分が不足して倒れそうです」
「テメェはさっさと倒れちまえっ!!!」
その成分自体、クロノにとっては未知数である。リーガルをユサユサと揺さぶるエルフの女性は、新たな知識に飢えていた。そんな彼女に、クロノは一つ疑問があった。
「あの、すいません」
「何ですか? 未知ですか?」
未知ってなんだか分からなくなってきたクロノだが、ここは無視して押し通す。
「そこの馬鹿がした事、覚えてますよね」
「勿論です、超苦しかったですし」
「うっ………………」
「普通に接してるけど、憎くないんですか?」
自分の立場で、そこを突っつくのは良い選択じゃないはずだ。それでも、聞いておかないといけないのだ。
「んー……」
「もし、私が『喧嘩』というのを経験したら、相手を許す事も必要だと思うのです」
「勿論、思う物はありますけど」
「色々お世話になってますし、私はもう許しました!」
「…………そっか」
「ちょっとピリピリしてる子もまだいますけど……」
「人間さんと仲良くしたほうが、私達にも都合がいいですし」
「水に流しますよ! 未知の為に!」
許し合う事、それは、共存に必須とも言える事だ。人間同士でも難しい事なのに、種族を越えて、それを実現できていた。
「おい、リーガル」
「…………待遇改善出来るのは、そう遠くねぇと思うけど?」
「………………うるせぇよ」
「…………だークソ…………調子狂うな……」
頭をガシガシ掻きながら、リーガルは顔を背けた。彼とエルフの溝は、きっとすぐに埋まる筈だ。
「さぁっ! リーガルさん! 私の知らない事を、もっと教えてください!」
「お前は辞書で『遠慮』って言葉をじっくり調べてこい」
「あぁっ! また街に夜がっ! 夜の街! 昼とは違う未知が満ち足りて!」
「朝も! 昼も! 夜も! 違った顔を持つ『街』! 我等の森と違ってなんと自由!」
「なんてことなの…………寝ている暇もありませんっ! あぁ、この感覚……知らない事が私を満たすこの感覚っ!」
「これが……エルフの本来の姿……素晴らしいです……あぁっ! 私はもっと知りたいっ!」
「助けてください…………」
ピリカウイルスとでも呼ぶべきか、エルフの女性は完全にトリップしていた。エルフがこんなのばかりなら、流石に少し同情してしまう。
「さぁっ!! リーガルさん! 行きましょうっ!! 私はまだ満たされていませんっ!」
「テメェは図書館にでも入り浸ってろっ!!」
「知ってしまえば、……見たい、触りたい……などの感情も湧き上がってくるのです」
「この感情は、最早止められませんっ!!」
「自分を制御する事をまず覚えてこいよ! クソ種族があああああああああああああっ!!」
叫ぶリーガルを完全に無視し、エルフの女性はリーガルを引っ張り始める。クロノはこれも共存の形と納得し、城を目指して歩き出す。
「ちょっと待てっ! クソガキ!」
「なんだよ、助けないからな」
「テメェ、勇者がこの大陸に集まってるって話、知ってるか」
その言葉に、クロノは足を止めた。
「その話を聞いて、俺は帰って来たんだ」
「そうか、やっぱり止めるつもりか」
「お節介な馬鹿だな、やっぱ」
「ほっとけっ!」
「止めてやれ、出来るならな」
「あいつ等、アノールドの汚名を拭い去るつもりだ」
「『最弱の大陸』、『最弱の勇者』……そういったレッテルを消し去る為、あえてこの大陸の勇者を集めてる」
「『最弱の大陸』からウェルミスへ乗り込み、魔王を討って汚名返上するつもりなんだってよ」
「そんなくだらない事の為に……」
「俺もくだらねぇと思って、断ったんだがな」
「俺の連れは、その話に乗っかった」
「勇者じゃねぇ奴も何人か乗り込むとかなんとか? 詳しくは知らないけどな」
「…………臆病者と、自殺志願者じゃ前者の方がまだマシだろ?」
「……出来るなら止めてやれ、ウェルミス大陸は地獄だ」
ウェルミス大陸の別名は、『魔族の大陸』。人間は愚か、亜人の類も少なく。完全な魔獣、魔物が生息している、地上の地獄と呼ばれる大陸だ。魔物しか居ない為か、人を憎み、恨み、人間社会から遠ざかろうとした魔物が自然と集まる大陸でもある。
魔王の城へ乗り込むどころか、その道中すら超えられるか怪しい物だ。無駄に死者を増やす結果になりかねない。大会の件もある、今魔物の被害者を大勢出すのは、絶対に避けたい。
「…………リーガルも大概、お人好しだよ」
「ほっとけや」
「…………ま、俺も大概だけどさ」
「絶対に、止めてみせる」
そう言って、クロノは背を向けて歩き出す。その後姿を見て、リーガルは何故だか、笑みを浮かべてしまった。
この戦いは、絶対に止めなければならない。クロノは逸る気持ちを押さえつけ、足早に城を目指すのだった。




