第百四十二話 『姫様からの贈り物』
「見えた! ビーズ港!」
毎度の事ながら、クロノはフェルドに肩を借りながらビーズ港へ辿り着いた。どんなに急いでもアノールドまでは時間がかかる、それでも焦りを抑えられずにいた。
「フェルド! 急いで港に滑り込むんだ!」
「アノールドまでの船が何時出るかは分からないけど! とりあえず急ぐんだ!」
「だあああ! 俺はお前の乗り物じゃねぇんだよヘタレ契約者!」
「クロノ! あんまり無茶すると身体が悲鳴を上げるよ!」
「ついでに俺もキレんぞ……」
「イラ、イラ、イラ……」
(……ティアラちゃん……おぶって貰えてないから不機嫌だよぉ……)
港の入り口付近でギャアギャアと騒ぐクロノ達、通行人から怪訝な顔で見られているのは気のせいじゃない。
「クロノ、急ぐのは勝手だが……あの姫の言っていた事を忘れてないか」
「フローの言ってた……あぁ……何か発明品がどうたらこうたらって奴か」
「…………フローには悪いんだけどさ……何か嫌な予感がするんだよ」
「勇者の件が気になるし、まず船の出航予定を調べるのを先に…………」
「この無礼者がああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
「ぎゃああああああああああっ!?」
突如現れた爺さんが、クロノの顔面を蹴り飛ばしてきた。見た目的に70代を当に超えていそうな爺さんは、軽快な動きで着地する。
「うわああああっ!? クロノオオオオッ!!」
「わーん! また怪我したぁ!」
「テメェこらじじいっ! ここまで引きずってきた俺の苦労をどうしてくれんだっ!!」
「……あ、海に……落ちた……」
いきなり現れた爺さん相手に各々の反応を示す精霊達、その背後でクロノが海に転げ落ちた。結局、気絶したまま沈んでいくクロノを、ティアラが回収するのだった。
「…………で、お爺さんは一体……」
目を覚ましたクロノを再び殴らんとする爺さん、クロノはタオルで頭を拭きながら、爺さんの名を尋ねる。
「このたわけ者がっ! フローラル姫のご好意を後回しにしようとは! 地獄に叩き落してくれるっ!」
「……! フローの知り合いですか」
「チョアアアアアアッ!!」
「ゲブハッ!」
惚れ惚れするようなフォームでの蹴り上げが、クロノの顎を跳ね上げた。
「姫を呼び捨てとは、よほど死にたいと見える…………」
(だって呼び捨てにしないと撃たれるじゃん…………!)
「ワシの名はMr.ダンディ! フローラル姫の護衛をしておる!」
「姫の事は赤ん坊の頃から知っておる、ちょっとでも無礼な口を利いてみろ? その首へし折るぞ!」
「あははは……いやぁ見た目に反してお元気な事で……」
「ワシはまだ98じゃ! 年寄り扱いするでない!」
(じゃあ何扱いすりゃいいんだよ…………)
目の前で怒り狂うダンディと名乗った爺さん、そのあまりの勢いにクロノは圧倒されてしまう。
「そもそもな、姫は幼い頃からお一人じゃった」
「来る日も来る日も開発、発明……ご両親との距離も開く一方……」
「ようやく出来たご友人とも……あのような別れを…………」
「そんな悲劇の人生を歩んできた姫様……まだお若いというのに……お労しい……」
(想像出来ねぇ…………)
何かあれば銃をぶっ放してくるお姫様だ、本当に労りたくなるような過去ならば、是非とも聞いてみたい物である。
(…………けど、友人か)
(そう言えば前に言ってたっけ、生き物ですらなかった……恩人って)
色々と興味をそそられるが、あの姫様が簡単に話してくれるとは思えなかった。
「そんな姫様が! 世界をひっくり返すような大イベントを計画なさった!」
「そして事もあろうに! 見ず知らずのクソガキに期待しておるじゃとおぅ!?」
「あ、俺ね……」
「貴様、姫に良からぬ影響を出してみろ……その四肢をもぎ取ってダルマにしてくれるわ……」
(クロノって、一々面白い人に関わっちゃうよね)
(別に関わりたくて関わってるわけじゃ……)
詰め寄ってくる爺さんの目は、本気だった。これは勘違いされただけで、命が危ない。
「あ、あはははは……俺なんかがフローラル姫に影響とかそんな恐れ多い……」
「身分くらい弁えますって……あはは……」
「キエエエエエエエエエイッ!」
「なんでっ!?」
凄まじい勢いの手刀が、クロノの首筋に叩き込まれた。直撃を許したクロノは痛みに耐えながら、突っ込みを優先してしまう。
「貴様フローラル姫に期待されておきながら、なんじゃその腑抜けオーラは!」
「フローラル姫の期待を裏切ってみろ! ダルマにして犬の餌にしてくれるわ!!」
「いや、俺だってベストを尽くすつもりで……」
「男は黙ってっ! イエッサーッ!!!!」
「イエッサー!?」
「声が小さいわっ!!!」
「イエッサーッ!!」
何が悲しくて先ほど出会ったばかりの老人に、自分は敬礼しているのだろうか。
「まぁったく……何が悲しくてこのワシが……」
「フローラル姫の頼みでなければ……このダンディがこんな小便臭い小僧になぞ……」
「……で、ダンディさんは一体どのようなご用件で……?」
「フローラル姫からの贈り物を届けにじゃよ」
「下の兵に任せとけばいい物を……フローラル姫がな……」
「『クロノの奴は、現場でベストを尽くしてくれておるのじゃ』」
「『それをサポートするのは、話を待ちかけた妾の勤め』」
「『妾もベストを尽くしたい、だからこそダンディにこの役を任せるのじゃ』……とな」
「…………そっか……そんな事を……」
「ふんっ! 貴様……フローラル姫を泣かせたら……本当にぶっ殺すからな」
「あの姫様が泣くとか想像出来ませんけど…………」
「……絶対、期待に応えて見せます!」
「…………ふん」
「頼むぞ小僧……………………姫様は、本当はとても脆いんじゃ」
最後の方の言葉は、随分と小さな声だった。
港の一角に、それは停まっていた。ボートを二回りほど大きくしたような、小型船だ。もっとも、その見た目は弾丸のように攻撃的なデザインだったが。
「………………ダンディさん、出来れば説明をお願いしたいのですが」
「安心せい、その為にワシが居る」
「姫様からの伝言を、一字一句漏らすことなく伝えよう」
「ゴホンッ…………『クロノよ、四大陸を巡る旅に、移動の足が無ければ不便と思う』」
「『じゃが安心せい、この超絶天才が腕に才能を宿し! お主専用の船を造ってやった!』」
「『この忙しい時期に! お主の為に! 時間を割いてやったのじゃ!』」
「『8人乗り、超高性能ジェット船・メガストローク!』」
「『お主がデフェールに渡る際乗った、テラストロークの圧縮版じゃ!』」
「『目的地を幾つかインプットしておいた、入力するだけで勝手に発進するから安心じゃな!』」
「…………以上じゃ」
説明の途中から、クロノの血の気は下がりっぱなしである。
「エティルちゃん、クロノの中に忘れ物しちゃったなーっと」
「さて、僕はこれで」
「フェル兄……こっち……早く……」
「? 何だってんだ?」
「お前等薄情すぎんだろっ!!!」
イソイソと心の中へ姿を消していく精霊達、予想はしていたがあんまりすぎる。
(…………いかんっ! 自慢じゃないが、俺の身体はボロボロのヘロヘロ!)
(この状態で船旅とは名ばかりの拷問に身を委ねれば…………アノールドじゃなくて天国に行っちまう!)
「姫のご好意を無駄にしたら…………分かっとるな…………?」
(うっわぁ退路無しっ!!)
背後で赤いオーラを纏っている爺さんは、鬼の形相をしていた。クロノは縋るような目で、セシルに救いを求めた。
「……人の好意は、素直に受け取るべきだろう」
「分かってたさ……この結果は……」
結局、覚悟を決めて乗るしか道は無いのだ。クロノはメガストロークが、口を開けて待っている人食い鮫に見えてきていた。
「ほぉ、船内に乗り込む形なのか」
「まるで潜水艦のようだな」
「乗り込んだらそこのレバーを倒せ、天井が閉まるからの」
「ここで行き先を入力するのか」
「んじゃ、カリアにしておくかな」
「……あぁもう……到着予定時間5時間って意味が分からない……」
デフェールからアノールドまで、普通は4~5日である。イカれた速度が出るのは、確定的に明らかだ。
「小僧! 忘れるな!」
「姫の期待に、応えるんじゃぞ!」
「イエッサーッ!」
「それじゃ、行きますね」
「姫様に宜しく言っておいてください! 後、ありがとうって!」
レバーを倒すと、透明な窓が船内を覆った。人食い鮫の口が閉まってしまったのだ。
「アノールドに着いた頃には、船内はグチャグチャミキサー状態とか……笑えないからな……」
「少しはあの姫を信用したらどうだ? あの時の船も、船内は揺れなかっただろう?」
それに気づくのと、メガストロークが出航するのは同時だった。後方から凄まじい何かが噴射しているが、不自然なほど音も揺れもない。
「…………カルディナさんの靴と、同じ仕組みなのか?」
「つか早っ!?」
「良い物を貰ったな、次にあったら礼を言っておけ」
これなら、これからの移動は随分と楽になるだろう。クロノは心の中で、フローに礼と謝罪を述べる。その瞬間、船が有り得ない角度でドリフトを決めた。
「うわあああああああああああああっ!!」
揺れのレベルじゃない、物理的な力がクロノを大きく吹き飛ばす。流石にここまでカバーできなかったらしい。
「……大人しく安全ベルトで固定したらどうだ?」
「付いてんのかよっ! そしてなんでセシルはビクともしねぇんだよ!」
「バランス感覚が違うのだ」
「……また曲がるぞ」
「ちょ、待っ………あああああああああああっ!?」
……やはり、普通の船旅は望めそうも無かった。
メガストロークが出航後、2秒で見えなくなったのを確認し、ダンディは安堵の溜息を漏らした。
「どうやら、無事に動いたようじゃな」
「試運転すらしてなかったからの、まぁ姫の発明品に不備など有りえんか」
「それにしても……あのクロノとか言う小僧…………中々良い顔をするじゃないか」
「あの姫が…………嬉しそうに話すわけじゃわい」
あの姫が楽しそうに誰かの話をするなんて、随分久しぶりの事だ。本当に認めている者にしか、見せたり向けたりしない笑顔だった。
「ファクター様以来、かも知れんな」
「今回の企画も……ファクター様を想っての事なんじゃろう……」
「…………忘れる事など出来る筈がない…………あの姫は……機械ではないのだからな……」
感情の無かったフローに、感情を与えた唯一の親友。運命が引き合わせた、フローの恩人。機人種とは思えなかった彼女が、フローに笑う事を教えてくれた。
何よりも失いたくなかった筈なのに、フローは彼女を失った。
引き離され、壊れた彼女。彼女がフローと再び出会うことになるのは、まだ先の話だ。




