第十五話 『勇者らしい偽勇者』
ゴルトと呼ばれた男は、剣を拾うとクロノの方へ歩み寄ってきた。背後から聞こえる足音が近づいてくる。
「ぐっ……」
リーガルの方を見る、リーガルは足元のエルフの首下に剣を押し付け、こっちを見ながら笑っている。
『動けばどうなるか、分かるよな?』とでも言いたげに……。
「汚ぇぞ……っ!!」
クロノは歯噛みする、動くわけにはいかない……、だが動かなくては、殺される。
「うるさいなぁ、死にたくないなら動いていいんだよ?」
「このエルフが代わりに死ぬだけなんだしさ」
「大体さ、何が楽しくてエルフなんて庇うんだかねぇ…・」
余裕を取り戻したのか、勝ちを確信したか、リーガルは足元のエルフを見て言った。
「他族と共存? 手を取り合う世界? 出来る訳ないでしょう……」
「あっちはこっちに関心なんてないんだよ? どうせ弱っちい劣悪種としか思ってない」
「世の中に魔王が存在し、魔物がいる」
「人々はそれと対立し、勇者は魔物を滅ぼす存在」
「僕達勇者の真の目的は、魔王討伐だ」
一旦区切り、クロノを見据えて言う。
「人も魔物も区別無く共存する世界……、君は魔王とお友達にでもなるつもりかい?」
普通の人間なら、そんな考えはイカレてると取られるだろう。クロノはずっと、そんな白い目で見られてきた。
クロノはその言葉に、昔から同じ答えを返してきた。
「……分かんねぇよ」
そう、分からなかった、自分の夢がどれだけ果てしない道のりかは想像がつかない。クロノは具体的にどうすればいいか、その結果どうなるかなんて分からなかった。
「だけど、やっぱ俺は変だと思う」
「理解し合える種族もいるかも知れないのに、話し合いもしないで一方的に悪って決め付ける」
「共存の可能性があるんじゃないかって、疑わない奴が全然いないのは、変だと思う……!」
クロノは最初に共存の夢を語った時、誰もがその言葉を疑った。当時は子供の戯言で済まされた、だが何年経っても、誰に話しても結果は変わらなかった。
ローに話した時、ある事に気が付いた。
みんな、共存の可能性を全く考えていない、前提の条件から外れているようでもあったのだ。事実、ローは話を聞いて始めてその可能性に気が付いたようでもあった。
クロノは歴史の書物を読み漁ったが、魔物が決定的な悪だと言う記述は一切無かった。魔物は人類の敵、その詳しい理由が無く、お互いは相対し合っていた。
まるでそれが、世界のルールと決められているように……。誰もそれを疑わないのが、クロノにはやはりおかしいと思えた。
「理解し合えない奴らも、いるだろうけどさ」
「絶対、理解し合える奴らもいると思う」
クロノは、先ほどのレラやピリカとの会話を思い出す。少なくても、あの二人とは理解し合えると、友達になれると……そう思っていた。
黙ってクロノの話を聞いていたリーガルだったが、ここで口を挟む。
「少なくても、僕には理解できないね」
それに、と続ける。
「君の戯言は、どっちにしろここで終わる」
「ゴルト、もう飽きたし、殺していいよ」
とっくにクロノの背後に立っていたゴルトは、剣を振り上げる。
(クソォ……! マジでここで終わりかよ……!)
死の恐怖と悔しさで、クロノは拳を握り締めるが、恐れていた衝撃はいつもでも襲ってこない。
「分かり合えるかどうかは知らんが、興味はあるな……」
「わたしは分かり合える自信、あるのですーっ!」
聞き覚えのある声が響く、クロノが振り返ると。
小屋から出てきたピリカと、荒い息のレラがゴルトを気絶させていた。
「なっ…………!?」
リーガルが驚愕の表情を浮かべる。
「安心しろ、峰打ちだ……」
ゼェゼェと、レラは息が荒い、恐らく何らかの手段で解毒したのだろうが万全ではなさそうだ。
「ちなみにわたしは、あまり手加減せずに殴りましたよーっ?」
凄く良い笑顔でピリカがそう言う。そんな二人のエルフを見て、リーガルは叫ぶ。
「な、なんで……お前ら! 何で動ける! 間違いなく毒になった魔素は体内に入ったはずだ!」
「そ、それに……今だってまだ毒は残って……」
「確かに俺は取り込んじまったけどよ……」
今も息が乱れている、結構レラは余裕が無さそうだ。
「わたしは取り込まなかったですよー? リーガル様?」
天使のような笑顔で、リーガルに取ってあまりにも予想外な事態を告げる。
「毒は取り込まなかったのでー……体内の正常な魔素でレー君を解毒してー」
「後は魔素を取り込まなければいいだけの話ですね! イージーな事ですっ!」
「……ッ! お前ら! 動くなっ!!!」
身の危険を感じたのか、リーガルは足元のエルフに剣を向ける。
「動けば、このエルフの首を掻っ切るぞっ! 絶対に動くんじゃ……」
言い終わる前に、リーガルの剣がその手から吹き飛ばされる。
クロノは何が起きたのか分からなかったが、ピリカが何かをしたのは分かった。ピリカが笑顔で、リーガルに向かって手をかざしていた。
「鋭い突風」
「…………は?」
リーガルも何が起きたのか、脳の理解が追いついていない。
「この事態を引き起こしたのは、わたしですからー……」
「やはり償いの為にも、この毒はわたしがなんとかするのですよーっ!」
そう言って両手を空にかざし、息を吸い込む。
「すぅ~…………救いを求める風!」
瞬間、ピリカを中心に突風が吹き荒れる。
「うわっ!?」
突風は森の外へ向かって全方位に放たれた、周囲の空気ごと。
「これで毒素は全部吹っ飛んだのですよぉ♪」
少し息が乱れているが、変わらず笑顔で言うピリカ。
「自身の体に残る魔素全てを使ったのか、無茶するぜ」
「毒素が吹っ飛んだのなら、森が新たに魔素をくれるのですよー♪」
どうやらピリカは自分に残された魔素全てを使い果たし、森を覆う毒と粉を全て吹き飛ばしたらしい。魔素を毒に変える粉を吹っ飛ばしたらしいので、これで魔素の補充もできるのだろう。
「そして間髪いれず魔素補給ですーっ!!」
「オールオッケー! 続けて唱えるはー……浄化のそよ風!」
今度は周囲が穏やかな風に包み込まれた、倒れているエルフ達の表情が安らいでいく。
「今度は、何を……?」
急展開にクロノの理解が追いつかない、その隣にレラが近づいて説明してくれる。
「簡単に言えば、ピリカが浄化の魔法を風の魔法に乗せているんだ」
「広範囲を一度に解毒してる」
つまり、毒で倒れたこの森のエルフ全員を、一度に治療しているということか。レラの息も整ってきている。
ピリカの魔法はこの森のエルフで1番らしいが、それにしても凄まじいの一言である……。
「おいおいおいおいおいおいっ……ちょっと待てよこの野郎……」
呆然としていたリーガルがゆっくりと立ち上がる、顔は真っ青だ。
「アホなエルフを利用して、エルフ族乱獲計画を考えて、アホな小僧利用して、エルフ共はみんな毒で倒れ、計画は大成功、エルフ共を売り払いウッハウハと思ったのによ…………」
顔は依然、真っ青である。丁寧な言葉遣いも崩れ、先ほどまでの余裕の顔はどこにもない。
「そのアホな小僧に邪魔されて、そのアホなエルフに計画の核だった毒を吹き飛ばされて、現在倒れたエルフを治療中だぁ……?」
「ピリカちゃ~ん? 僕は君の為に交流の方法をだな~?」
目の焦点が有っていない、恐らく心が折れかけているのだろう。
「そのお話なら、もうどうでもいいのですー」
治療を続けながら、ピリカは答える。
「奴隷として売られるなんて、論外ですしー……」
「もう答えは出ましたのでー♪」
鮮やかな緑色の髪をなびかせ、ピリカはそう言いきる。
その言葉で、リーガルの精神が限界を迎えた。
「生意気言ってんじゃねぇぞ……森の亜人共が…………!」
フラフラと、ピリカに歩み寄っていく。
「魔素がなけりゃあ人間以下の劣種が……、いい気になってんじゃねぇぞ……!」
「頭の足りねぇテメェらが……生意気言ってんじゃねぇえええええええええっ!!」
叫び、ピリカに向かって飛び掛った。
そして、ピリカに手が届く瞬間。
レラがピリカとリーガルの間に割り込み、首に剣を突き立てていた。
「我が名が意味するは風の刀、人間よ、今の言葉は我々への侮辱と取ってよいのだな?」
「これは警告だ、貴様がこれ以上の敵意を示すのならば、我も容赦はしない」
凄まじい速度で間合いに入り込まれたリーガルは、身動きできずに固まっていた。そんなリーガルに追い討ちをかけるように、ピリカが背をレラに預けたまま言う。
「今回の事は、良い教訓になったのですよー……」
「色々勉強になりましたー……」
「わたしの安直な行動で、みんなに迷惑をかけてしまいましたしー……」
「その点を踏まえてー、みんなが起きる前の今ならー、見逃してあげるのですー」
「だからお仲間連れて、とっとと出てってくださいー♪」
さもないと、と……ピリカは一旦区切り、
『――殺しますよ、本当に』
離れて見ていたクロノでさえ、背筋が凍りつく声、ピリカが始めて表に、明確な怒りをちらつかせた。
「これはわたしからの警告ですー」
「あとぉ、一つだけ言わせてくださいー」
依然背を向けながら、ピリカは声を整え、
「二度と顔も見たくありません、クソ勇者様♪」
心臓を握り潰すような冷たい声、口調は軽いが、殺意が込められていた。リーガルの最大の誤算、それはこのエルフを過小評価していた事だろう。
ピリカの周囲の魔素がはっきりと目に見える、彼女の怒りを具現したかのようだ。ピリカの底知れぬ力は、リーガルの精神を粉々にするのには十分だった。
結局、リーガル一行は逃げるように森を去っていった、何とかエルフ達を守れたのだ。
まぁ最終的に、俺は何もしてなかった気もするが……。
夜空を見上げ、背伸びをする、ようやく緊張が解けてきた。何だかんだ言っても旅に出て初の戦闘だったのだ(しかも相手は勇者)、結構疲れた。
「お疲れか? 軟弱な奴だ」
背後からセシルに声をかけられる。
「厳しいっすね……」
苦笑いが自然に出てくる。
「どうだった」
それがどういう意味かは分からないが、クロノは周囲を見渡す。ピリカの解毒で倒れていたエルフ達も順調に回復しているようだ。
「とりあえず、良かったかな」
みんな無事だった、それが心から嬉しかった。
「まぁ、最後は俺、何も出来なかったけどな……」
結局、最後は見てただけだった、あの二人が助けてくれなかったら死んでたかも知れない。
「……あの二人を動かしたのは、貴様だ」
「え……?」
セシルは夜空を見上げながら、言った。
「貴様の共存理論に心動かされたか、奴らは自分の意思でお前を助けに出て行った」
「罪悪感で潰されかけていた心で、毒に犯された体で、だ」
「貴様は他族の心を動かした、あのゲス勇者よりよほど勇者らしいぞ」
そう言って、セシルは笑う。
「私は見事だったと思うぞ、クロノ」
とても素直な賞賛の言葉、そっか……勇者らしかった……のかな。
「はは……はははっ……!!」
素直に嬉しい、心には達成感が溜まっていた。
「まぁ、実際は勇者じゃないからな」
「証無き勇者、偽者だな、紛い物」
しかし、上げてすぐに落とすのがセシルクオリティだった。
「ガッツポーズまで取ってた俺の感動を返せ! 返せえええええええええええっ!!!」
「やかましいぞ、偽勇者」
「その呼び名を定着させるなあああああああああああああっ!!」
夜の森に、偽勇者の叫び声が響いていた……。
次の話数でエルフ編は終了の予定です。
次章が何編になるのかも次で大体分かると思います。
お楽しみに♪