第百四十一話 『託された二つ目』
「…………ん?」
「タロス! 目が覚めたか!!」
タロスが目を覚ました途端、ラックが覗き込んできた。胸を押さえながら起き上がると、自分を倒した人間が崩れ落ちていた。
「…………俺は、負けたのか」
「…………なんだ人間、締まらんじゃないか」
「…………もう、一杯一杯です……」
何事も無かったように起き上がったタロスだったが、クロノはもう立つ事も出来ない状態だった。精霊技能を解いた途端、これである。
「まだまだコントロールがなってねぇな、炎の力を使う度これじゃ話にならねぇぞ」
「やはり、火は……害悪……」
「クロノ燃え尽きてるねぇ」
「エティル、棒で突っつくの止めてあげなよ」
エティルが木の枝で頭をツンツンしてくるが、顔を上げる事すら億劫だ。それでも、クロノはタロスに言わなければならないことがある。どうにか顔を上げ、息を整える。
「……あの、タロスさん」
「ん?」
「…………ごめんなさい」
「? 何故謝る」
「……変に煽ったり、暴言吐いた事もだけど……」
「……俺が前に進む為の……障害物みたいに扱っちゃったから……」
「勝って、自信を付けたかった気持ちとか……確かにあって……」
「それに……利用した……」
自分勝手な理由で喧嘩を売り、叩きのめした。結果だけみれば、自分のした事は共存とは真逆の事だ。ここで謝れば何もかも中途半端になるが、それでも有耶無耶にはしたくなかった。
「……………………ふっ」
「ふはははははははははっ!!!」
「タロス?」
「あれだけ目を光らせながら戦っておきながら、事が済んだらそれか!」
「しかも魔物相手に、謝るとはなぁっ!」
「こんなおかしな奴に負けるとは…………俺も焼きが回ったか?」
「……ごめんなさい……」
「人間……いや、クロノ・シェバルツよ」
「俺とお前は……対等の立場で戦った」
「そして、お前が勝った」
「それだけだ、お前は俺に勝った……それに胸を張れば良い」
「けど、俺は……どんな理由があったとしても……自分の都合で……」
「共存の世を成すのに、必要な事だと……お前が思ったのだろう」
「ならお前が胸を張らねば、それこそ俺に失礼だろう」
「うっ…………」
もっともである、完全に言い負かされてしまった。タロスは満足げに笑い、隣に立つラックの頭を撫でた。
「? どした?」
「ラック、クロノを見てどう思った」
「…………凄いって、思った」
「散々俺が言って聞かせた、真の強さ……お前にも見えたか?」
「良く分からない、俺……頭悪いから」
「けど、けどな?」
ラックはクロノに目を移す。自分の力で立つ事すら出来ないほど、ボロボロに疲弊した一人の人間。その人間が、ラックに一つの理想を抱かせた。
「俺も、あんな風に強くなりたい」
「胸張って、タロス達と生きていける世界…………俺も見たい」
「…………そうか」
ラックががむしゃらに強さを追い求めていたのを、タロスは良く知っている。その理由も、タロスは分かっていた。口にこそ出さなかったが、ラックは人と魔物の間で揺れていた。ミノタウロス達を家族のように思っているのは事実だが、人の世界にも惹かれていたのだろう。
そして、その二つは同時に成り立たない事も、察していたのだ。ラックは頭が良くないが、非常に勘が鋭い。察しても、どうすればいいのか分からなかったのだ。だから、強さを求めた。どうすれば良いのか分からず、迷った挙句……強くなることを選んだ。
何かを待っていた、どうすればいいのか、その答えを待っていた。その時の為に、何かを叶える為に……本能で力を求めたのだ。
その答えは、とても簡単で…………すぐ傍にあったのだが。
「ラック君、タロスさん…………恥を忍んで……もう一度頼む」
「共存の世界を成す為に……力を貸してほしい」
クロノが精霊に肩を借り、何とか立ち上がってきた。ボロボロの身体で、それでもこちらに手を伸ばしてきた。
「……あっ……」
「……俺は、敗れた身だ」
「ラック、お前の好きにしろ」
「…………!」
「…………うん! うんっ!!」
ラックは笑顔で、クロノの手を取った。ずっと胸の奥にあった想いの為に、自身も夢見る、共存の世界の為に。
「…………策士だな」
「……これはこれは…………随分と大物が出向いた物だ……」
笑い合うクロノ達を尻目に、セシルがタロスに近づいていく。
「四天王の一人が、人と行動を共にしているとは驚いた」
「チィ……あの馬もそうだが……やはり種の長には情報が回るのが早いな」
「あまり広めてくれるな、面倒が増えかねん」
「承知した」
「獣人種を束ねし者が音信不通でな、こちらも面倒はごめんだ」
その束ねし者なら、現在修行中である。
「貴様、手を抜いたな」
「真剣勝負が聞いて呆れる」
「何の話か、分からないな」
「血の力……使えばあの馬鹿タレを瞬殺出来ただろう」
「手の込んだ芝居だったな」
魔物の血と言うのは、種族によって多様な力を宿している物だ。特有のその力は非常に強力であり、魔核固体が使えばどうなるかは容易く想像がつく。ウェアウルフの『月狂』や、龍族の『沸血』……多脚亜人種の『超再生』など、その種類は非常に多い。
ミノタウロスの能力は、『暴走』と呼ばれている。思考能力を捨て、目の前の全てを滅ぼすまで止まらない、暴走状態に入る能力だ。
「言っただろう、対等の武人として相手をすると」
「獣と化し、滅ぼす事と……認め合っての試合は違う」
「俺は、俺を保ったままの本気で相手をした…………それは紛れもない事実だ」
「……ま、種の長がそう簡単に暴走しては……示しもないか」
「あのガキに、先を見据えさせる思惑もあったのだろう」
「……さぁな」
ラックのこれからは、ラック次第だ。願わくば、胸の中に芽生えた想いを大事にして貰いたい。
「タロスの許可も出たし! 俺も大会成功に協力するぞ!」
「クロノ! 俺じゃまだ勝てないけど……大会までに俺も強くなる!」
「大会で、絶対! 絶対絶対! 戦おうな!」
「あ、あぁ……」
手を取ってくれたのは嬉しいが、あまりブンブン振りまくらないでほしい、折れる。
「大会とやらには、血の気の多い連中とラックを出させよう」
「大会までに俺が鍛える、半端者は出さんと誓う」
「タロスさんは出てくれないのか?」
「残念だが、俺は種の長……そう簡単にここを離れるわけにはいかん」
「それに、俺は暫く戦えん」
そこまで身体を痛めてしまったのかと、クロノは罪悪感を抱いてしまう。そんなクロノの考えを裏切るように、目の前に手を差し出された。大きな掌の上に、力が収縮し……紫色の球が現れた。
「ラックに先を示してくれた礼と……俺個人の投資だな」
「クロノ、お前の夢…………期待しているぞ」
「…………あっ…………」
それは、魔物の力の結晶。魔王城までの橋を架けるのに必要な、魔核だ。これを託す意味を、クロノは精霊達から聞いている。これを生み出せば、暫くの間、力の大半を失うリスクを負うのだ。そうまでして、自分に魔核を託してくれた。信じてくれた。
「…………ありがとう、ございます…………」
自然と涙が零れた、心の底から、嬉しかった。
「変な奴だ……泣いている暇などないだろう?」
「つまらない大会にしたら、許さんからな」
「…………っ! はいっ!!」
成功させたい気持ちが、さらに強くなった。クロノは涙を拭い、気持ちを引き締めるのだった。
「ところで、大会ってどう出場すりゃいいんだ?」
「俺、人の国なんて行ったことないよ?」
「! それなら大丈夫! 主催者がエスコートしてくれるから!」
ラックの言葉で、フローに連絡を入れなければならない事を思い出した。大会に参加してくれる他族を見つけたら、その種族と住処を伝えるよう頼まれていたのだ。
大会が近づいたら、フローがその種族の元へ使いの兵を回してくれるらしい。詳しいことは分からないが『妾に任せろっ!』……との事だ。
「ちょっと待ってくれ、今主催者に連絡をするからさ」
通信機を取り出し、フローへ連絡を入れるクロノ。すぐに通信は繋がった。
「フローラル姫! 此方クロノです」
『ガンガンガンガンッ!!!』
映像画面に銃弾がぶち込まれた、隣で覗き込んでいたラックはドン引きだ。
「…………フロー、此方クロノです」
『うむ、どうした?』
平然としているフローだが、こちらとしては心臓に悪い。その内、映像を突き抜ける弾丸とか開発されそうで怖い。
「参加者見つけましたよ」
『おぉう! 流石じゃな! 情報をよこせ! はよはよ!』
「……参加してくれるのは、ミノタウロスと彼等に育てられた人間です」
『また面白い面子を集めたのぉ……そいつ等と変われるか?』
『出来れば、偉い奴にな』
「タロスさん、いいかな」
「あぁ」
タロスに通信機を渡し、クロノは一息ついた。人の国の姫と、魔物の長が話している光景が、少し嬉しく映る。
「こっちも大会に備え、鍛錬を積ませたい」
『なら大会ギリギリに迎えの者を送ろう』
『エントリーだけでも、早期に済ませて貰いたいのじゃが』
「分かった、その件は其方に任せよう」
『ついでにお主達の住処に、機械を設置してもよいかの』
『大会の映像をリアルタイムで見れる、優れ物じゃぞ』
「…………実物を見てから考えていいか」
『構わんよ、すぐに信用しろと言うのも無理な話じゃ』
『とにかく迎えの者を近い内に送ろう、詳しい話はその時じゃな』
『あー……それとクロノに変わってくれぬか、一つ伝えたい事があるのじゃ』
タロスが通信機を手渡してくる、伝えたい事とは何だろうか。
「なんですか?」
『お主、まだデフェールを回るのか?』
「んー……とりあえず今は予定無しです」
『なら、ビーズ港からアノールドへ迎え』
『ビーズ港に妾の兵が居る、そいつから伝言と、妾の発明品を受け取れ』
「発明品……?」
何故か、クロノの本能が危険信号を発した。
『それとな……お主はアノールド出身じゃろ?』
「正確には、違うと思いますけど……育ちはアノールドですよ」
クロノ自身、自分が生まれた場所を知らないのだ。
『伝えておくべきだと思うから、一応言っておくがな』
『アノールドに、勇者達が集まっておる』
『妾の調べによると、魔王の大陸へ乗り込むだかなんじゃか……らしいぞ』
「……………………え?」
『魔核? とか言うのを裏ルートの市場で仕入れたらしい』
『戦力を集め、魔王討伐へ乗り出すようじゃ』
『あえて最弱の大陸から乗り込むとは、何か考えでもあるんじゃろう』
『だからどうと言うわけじゃないが……確かに伝えたぞ』
それだけ言って、通信は切れてしまった。このタイミングで勇者と魔王が戦ったりすれば、最悪……大会にも影響が出てしまう。
「…………タロスさん、ラック君…………俺、行かなきゃ」
「行くって……どこに?」
「…………アノールドに…………勇者達を……止めにっ!!」
身体はボロボロだが、止まっているわけには行かなくなった。アノールドで勇者達が行動を起す、『あの青年』の言っていた通りだ。
(あの人の言ってた事も気になるし…………放っておく事なんて出来るわけない……っ!!)
「タロスさん! ラック君! 大会の日にまた会おうっ!!」
「え、あ、う、うんっ!」
「気をつけて行け! アノールド周辺の海が、最近荒れていると聞いた!」
「ありがとう! セシル、急ぐぞ!」
片足を引きずりながら、クロノはビーズ港を目指して進み始める。その後を、不機嫌そうにセシルが追いかけ始めた。
(…………嫌な予感がするな)
(前途多難すぎるだろう……全く……)
行く先に待つのは、果たして何なのか……。
過程を吹き飛ばした出会いが、少年を待つ。




