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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第二十章 『人か、魔物か』
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第百四十話 『勝ちたいんだっ!』

「なんだ、あれ……スゲェ!」



 肌で感じる力は、今まで感じたことの無いタイプの物だった。自分にとって凄まじいほどの強者であり、憧れでもあるタロスが押されている事自体、信じられないラックだったが、それ以上に目の前の男が、自分と同じ人間という事に驚きを隠せない。



「簡単に、出来る事では無い」

「だがな、あの馬鹿タレがあそこまで強くなった理由は、随分と単純だ」




「…………どんな、理由?」




「……夢と、友の為だな」



 夢見がちな馬鹿に、世界は生き辛い。それなのに、あの馬鹿はそれを貫くと決めた。あの力は、自分を貫く為の物、そして……貫いてきた証だ。




「…………ぬ……」




 タロスは、攻めることを躊躇していた。目の前の人間の目を見てから、どうしても冷や汗が止まらないのだ。どう動いても、先読みされると……そう思ってしまうのだ。



(……この威圧感……人の物じゃない……)

(……理性を保ったままでは……勝てぬな)

(…………ふはは……面白い…………久方ぶりに血が騒ぐ……)



 斧を低く構え直し、僅かに笑みを浮かべるタロス。斧を持つ腕が力を増し、筋肉が盛り上がった。



「少年……我が名はタロス、タロス・グレイプル……互いに死力を交える前に……お前の名を聞かせろ」



「クロノ・シェバルツ」



「クロノ……お前は人だの魔物だの……面倒くさいと、関係ないと吠えたな」



「俺にとっては、どうでもいいからな」



「ならば、今からお前を人扱いはしない」

「同格として、全力で潰さねばならん敵として扱うぞ」

「それでも、お前は自分の言葉を取り消さないと?」




「当たり前だ、跳ね除けて押し通す」




 1秒も迷わず、クロノは断言した。それを合図に、タロスの纏う魔物特有の威圧感が増した。



「その覚悟…………見事」

「対等の武人として、全力で相手をしよう」




「人だろうが、魔物だろうが……男同士の語り合いは拳一つありゃ十分だ」

「なんだろうな……異常かもしれないけどさ」






「なんか、楽しくなってきたよ」






 もはや、自分の構えは崩壊していた。今一番動きやすい体勢を、クロノは本能で維持していた。どれだけ疲労が溜まっているのか、どれだけ精神を削ったのか、それすら分からない。その点だけ見れば、クロノは暴走していると言っていいだろう。



 だが、頭の中は澄み切っていた。全ての思考は、目の前の男に勝つ事だけに集中している。頭は冴えてるというのに、胸が熱くて堪らない。心臓の鼓動が、うるさいほど聞こえてくる。



 目の前にいる、魔核固体である強敵……その強敵が、自分を認めつつある、全力で向かって来ようとしている。恐怖の感情を置き去りにして、クロノは興奮していた。別に戦闘狂になった訳じゃない、断じて違う。これは、男として当然の感情だ。




 勝ちたい、このギリギリの戦いを制して、勝ちたいのだ。燃え滾る感情が、クロノの身体を突き動かす。




(勝ちたいじゃねぇ、勝つんだよっ!)



(……だいじょー、ぶ…………一緒、だから……)



(さぁ、ラストスパートだ!)



(盛り上がってきたよぉ~!)



 ついでに、心の中にエールが響いた。馬鹿らしい上に単純だが、クロノはこれで元気が出るのだ。両膝に両拳を叩きつける、それを合図に、クロノの右目が燃え盛った。




「行くぞっ!!」




 人間離れした踏み込みで、クロノは一気にタロスの間合いに踏み込んだ。




「見定める前に、死んでくれるなよっ!!」




 その動きを先読みし、タロスは斧の柄で殴りかかってきた。クロノの左目が線を引き、その攻撃を見切る。スレスレで攻撃を避け、クロノは小さく飛び上がる。炎を纏った左拳を、振り下ろすように叩き付けた。




「なん、のぉっ!!」




「……ッ!!」




 クロノの一撃は、タロスの頭部を大きく殴り飛ばした。間違いなくダメージはある筈だが、タロスは負けじとクロノの身体を蹴り上げた。避けきれず、右腕に掠ってしまう。掠っただけで、クロノの身体は上空に吹き飛んでしまう。



 痛みで怯む前に、クロノはタロスの次の一手を察知した。フェルドの見様見真似だが、クロノは掌から炎を噴射、その勢いでその場から離脱した。体勢を崩しながら着地したクロノは、先ほどまで自分が浮かんでいた空間が、タロスの斧に両断されるのを見た。




「しぶといな!」




「負けないよ……絶対、絶対!!」

「負けるか…………負けてたまるか……!」




「そこまでして勝ちたいか! そこまでして、お前は何を望む!」




「全部だ!」

「勝って認めてもらって……お前等とも友達になってみせる!」

「大会にだって、出てもらう!」




「その為か!? その為だけに勝ちたいのか!?」

「それだけの為に、命をかけるか!」

「お前の命は、その程度の価値なのか!?」




「違うね、全部だって言っただろ!」

「こんなところで負けられないんだよ、負けてる暇なんて無いんだよ!」

「俺の夢は人と魔物の共存、想像も出来ないほど、遠い夢だ!」

「こんなところで躓いてる暇はないんだ、ここで負けてるようじゃ……手なんか届かない!」



「憧れは背中すら見えてこない……偉そうな事言って……俺は応える事すらロクに出来ない!」

「だからっ! 勝つんだっ!」

「勝ってっ!! ちゃんと進むんだっ!」

「口だけじゃない……成り行きで……流されるまま進むんじゃ意味がないんだっ!」

「自分の力で、前に進む為に……勝たなきゃなんないんだよっ!!」




 旅立ってから、色んな経験をした。悔しい事も、泣きたくなる敗北も、経験した。強くなった実感はある。旅立つ前と比べると、別人レベルで強くなったと思う。



 だが、思うだけじゃ駄目なのだ。結果を残さねば、それはただの独り善がりに過ぎない。そんな心持で、大会を成功させられる訳がない。夢を叶えられる訳がない、セシルやルーンに追いつけるわけが、ないのだ。



 相手がどれほど強くても、それを言い訳にして逃げる者に、未来は微笑まない。ここで負けているようじゃ、先のことなどたかが知れている。クロノは逃げる為に強くなったわけじゃない、進む為に強くなったのだ。





「だからっ! 負けられないんだよっ!!!」





 右目の炎が一層強く燃え盛る、肉体の疲労やダメージを吹き飛ばし、クロノの身体に力を与えた。それとほぼ同時、左目の瞳孔に波紋のような物が浮かぶ。精霊の無言の頷きが、クロノの背中を押した。




「勝たせてもらうぞ、ミノタウロスッ!!」

「お前の先に、俺の夢は待ってるんだっ!!」




「…………面白い」

「夢半ばで朽ちる愚か者か…………愚かな夢を抱いたまま、未来へ進むか……」

「人という種の力…………見せてもらおうかっ!!」




 全てをかけて、クロノはタロスに突っ込んでいく。ボロボロの身体で魔核固体に突っ込むなど、少し前のクロノでは想像も出来なかっただろう。だが、逃げるわけにはいかない。ここで逃げるのは、夢から逃げることと同義だ。



(負けたくない……逃げたくない……)

(半端な気持ちで選んだ夢じゃないから……! 目を逸らすわけにはいかないからっ!)




「俺は、共存の世界を創るんだっ!!!」



 

 踏み込んだ足が、地面に亀裂を入れた。炎を纏った拳が、一直線にタロスの腹部に叩き込まれる。




「…………オォッ!?」




 その一撃は、ミノタウロスの強靭な肉体を確かに貫いた。



「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」




「!!?」




 そのまま連続で拳を叩きこんでいくクロノ、堪らずタロスが拳を振り下ろしてきたが、その拳をすり抜けるように回避した。そのままタロスの腕を蹴りつけ、その勢いのまま地面を転がり、タロスの足の間を抜ける。背後を取ったクロノは、そのまま大きく飛び上がった。




紅蓮滑車ぐれんかっしゃっ!」




「がぁあああっ!?」




 両足を大きく開き、炎の勢いで急回転、タロスの身体を背中から胸にかけて切り裂くように蹴り飛ばした。




「おおおおおおおおっ!!」




「っ!」



 

 攻撃の痛みに怯みながらも、タロスがクロノの背に斧を振り下ろしてくる。水の力で感知し、ギリギリでそれを回避した。





「……スゲェ……」





 遠くから観戦していたラックは、思わず声を漏らしていた。夢の為だけに、あれほど強くなれるものなのだろうか。ラックには良く分からなかったが、何故だか胸が高鳴るのを感じていた。




「勝つんだああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!」




「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」


 


 タロスの乱撃を、クロノは水の力で掻い潜り続ける。隙を見つけては、炎の力で連撃を叩き込んだ。ミノタウロスの鋼のような筋肉を何度も殴りつけ、クロノの拳は血が滲んでいた。タロスの攻撃は激しさを増し続け、既にクロノは呼吸をまともに行えていない。視界が明滅するが、それでも引けなかった。




「…………このまま続ければ、死ぬやも知れんぞ」

「クロノ、そしてその身に宿りし精霊よ…………それでいいのか?」




「…………ゲホッ……!」




 返答しようとしたが、クロノはまともに喋れなかった。だが、クロノの代わりに、タロスの声に答える者がいた。



『勘違いしてんじゃねぇぞ、俺達は契約者を死なせる為に戦ってんじゃねぇ』



『勝つ、って…………信じて、る…………友達……だから……』



『僕達の契約者は、約束を違えない』



『だから、あたし達も全力で応えるんだよ』



 周囲に響く、確かな声。それを聞いたクロノは、口の端から血を流しながら、それでも笑って見せた。



(何笑ってんだ馬鹿、ギリッギリの癖しやがって)



(俺さぁ……やっぱお前等と会えて良かったよ)



(…………照れる…………)



(お前等と引き合わせてくれた、セシルにも感謝だよなぁ)



(言わないほうがいいよそれ、きっと照れ隠しで殴られるからね)



(容易に想像できたわ……)



(……クロノ? 感じ掴めた?)



(大体な……このぶっ飛びそうな意識で出来るかは別の問題だけど……)



 しかも、ぶっつけ本番である。相変わらず無茶な事ばかりしている気もするが、それにも慣れた。



(良いかクロノ、俺とティアラの力は、心の力)

(俺達の力は、勢いと落ち着きの両極端…………そのどちらも力を導く事が出来る)

二重デュアルもこなれて来た、一気に決めるぞ)

(ついでに目回してたこいつらも、休めたみたいだしな)



(無理させてくれてもいいのにぃ、またクロノヘロヘロじゃん~)

(エティルちゃん心配し過ぎで倒れちゃうよぉ?)



(僕もフラストレーション溜まっちゃったよ)

(大丈夫、クロノが失敗しても、僕が合わせるからね)



(相手に、仕込みも……バッチリ……)

(……ラスト、スパート…………行く、よ)



 準備は出来た、後は……ぶちかますだけだ。



「エティルッ! フェルド! 突っ込むぞっ!!」



(あいよ)



(アイアイサー♪)



 疾風と烈火を発動し、超高速でタロス目掛け突っ込むクロノ。タロスは一瞬遅れながらも、その動きに喰らい付いてきた。このまま突っ込めば、クロノはタロスの斧で真っ二つだ。



「ティアラッ!!」



(さて……ここからが……見せ場……)



(バトンタッチくらいしろや)



(……引っ込め……)



 なにやらゴチャゴチャ言い争っているが、烈火を心水と入れ替える。相手の動きを察知し、攻撃を掻い潜る。クロノは一瞬で相手の懐に潜り込んだ。



「アルディッ!」



(タッチ~♪)



(任せて!)



(ティアラもアルの素直さ見習えよ?)



(う、ざ、い……)



 緊張感を少しは持って欲しいが、今は突っ込む余裕すらない。疾風を金剛と入れ替え、クロノは拳を握り締めた。




無心舞踊むしんぶよう飛沫しぶき!」




 相手の死角に潜り込み、両肩と両膝を別の方向へ殴りつける。相手の体勢を大きく崩し、そこへ肘打ちを叩き込んだ。




「ぬっ!?」




無心舞踊むしんぶよう水鳥みずどりっ!!」




「っ!?」




 体勢を崩したタロスの胸目掛け、クロノは飛び蹴りを叩き込む。この技は飛び蹴りを叩き込み、さらにもう一発相手を蹴り飛ばす技だ。追撃の蹴りで相手から飛び退く、離脱式の技なのだ。



(クロノッ! ここっ!)



二重デュアル解除っ! 巨山嶽きょざんがく!!」



 その追撃の蹴りを打ち込む瞬間、クロノは心水を解除、巨山嶽きょざんがくを発動させた。出来る限りの力を込め、思いっきりタロスを蹴り飛ばす。




「…………っ!?」




 当然凄まじい威力の蹴りが炸裂するが、今回はそれが目的じゃない。烈火と心水で積み重ねた物が、ここで炸裂する。




(…………身体が…………動かん…………っ!?)




(散々馬鹿みてぇに殴ってたのは、囮だ)




(相手の、体に……沢山、水の種を……植え付けた……)

(アルの……振動で……弾けた……)

(動けないよ……体内の、揺れは……弾ければ、弾けるほど…………大きく、増え続ける……)




 『水紋すいもん乱華らんか』……相手の体内で波紋を複数炸裂させる、ルーン考案の技だ。事前に相手の身体に打ち込んだ粒子レベルの水の球が、巨山嶽きょざんがくの振動で同時に破裂したのだ。波紋は振動を乗せ、相手の体内を大きく揺らし続ける。その拘束能力は、龍王種ドラゴニアすら縛る事を可能にする。



 完全に動きを封じられたタロスが見たのは、自分を蹴り飛ばし、大きく飛び退いたクロノが空中でこちらに向き直る姿だ。



「疾風&……烈火っ!」

紅蓮回廊ぐれんかいろうっ!」



 膨大な炎を風で絡め取り、クロノはそれをタロス目掛け撃ち出した。爆炎を纏った竜巻が、動きを縛られたタロスを襲う。何より信じられないのが、クロノ自身もその竜巻の中に飛び込んだ事だ。




(何を考えて……焼け死ぬぞっ!?)




 クロノの精霊法は、お世辞にも強力な物じゃない。この技も、タロスを倒すほどの威力はないだろう。直撃を許しても、タロスは立っている自信があった。だがクロノは人間だ、炎纏った竜巻に飛び込んで、生きていられる筈がなかった。



 そう、クロノが人間なら死んでいた。クロノは間違いなく人間だが、一人じゃない。彼に力を貸す者達が、クロノを人外の世界に導いた。





精霊技能エレメントフォース烈迅風れっじんぷうっ!!」





 自身を弾丸のように回転させ、自分の撃った技の回転と炎を巻き込み、クロノは紅蓮回廊ぐれんかいろうの中を突っ切っていた。タロスに肉薄するまでの間に、クロノは巻き込んだ炎と風を拳に集中する。




(………………こいつ、無茶苦茶だ…………っ!!)




熱尖穿駆ねっせんせんくっ!!!!」




 灼熱の一撃が渦を巻くように、タロスの腹部に叩き込まれた。爆発するような衝撃音を響かせ、タロスの身体を大きく後方へと吹き飛ばす。轟音を響かせながら、タロスの身体がセシル達の方へ着弾した。




「タ、タロスッ!?」




「…………ふむ」




 セシルがチラッとタロスの顔を覗き込むが、どうやら意識を断たれているようだ。命に別状はなさそうだが、戦闘続行は不可能だろう。











「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!」











 この勝負を制したのは、天を仰ぎ咆哮する人間の少年だ。


 強さは確信へ、自信へと繋がった。


 その姿を見たラックは、胸の中である想いが生まれていた。



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