第百三十九話 『表裏一体』
「さぁ! かかって来……い……?」
「ふんっ!!」
威勢良く叫ぶクロノを尻目に、タロスはその場で地面を思い切り踏みつける。大地に亀裂が走ると同時、タロスの背後の地面から巨大な斧が飛び出してきた。
「え、ちょ……」
(へぇ、地属性の魔法の応用だね)
(中々器用じゃないか、クロノも見習いなよ)
そんな事を言ってる場合じゃない、得物持ちなんて聞いてない。
「あれほどでかい口を叩いたんだ」
「よもや、汚いなどと抜かしはしないよな?」
「あ、あああああ当たり前だろ馬鹿野郎ーっ!!」
(ぎゃあああああ!! 過去最大級にピンチなタイマンだああああ!)
手馴れた手つきで斧を構えるタロス。クロノよりでかい両刃の戦斧は、木は愚か、岩すら容易く両断出来そうだ。いや、使い手の力量を考えるに、間違いなく出来るだろう。
「行くぞ、死んでも文句は言うなよ」
「お前から売った戦だ!」
その巨体に似合わぬ速度で、一気に接近してくるタロス。彼からすれば低めの位置から斧が振られるが、クロノからすれば顔面狙いの一撃だ。
「…………ッ!」
振り切られた衝撃波で、地面が吹き飛んだ。巻き上がった砂煙により、クロノの身体が見えなくなってしまう。
「ふむ、また手に余りそうな奴が相手だな」
岩の上から観戦中のセシルが、頭を抱えながらそんな事を零していた。
(あの狐の治癒術は、褒めた物ではなかったしな)
(傷が開いても知らんぞ、私は助けないからな)
ガンガン進んでくれるのは、セシルからすればありがたい事だ。だが無茶して死なれては、困るのも事実である。認めたくもないし、認めると精霊達に間違いなくからかわれるが、正直心配な気持ちはあった。
(……新鮮だな、見ているのがハラハラするというのは)
五百年前に自分達を引っ張って行った馬鹿は、心配するのが馬鹿らしいレベルだった。最早相手の方に同情するレベル、相手側を心配する事の方が多かった。だからこそ、セシルは時たま自分の立ち位置に違和感を覚える時があった。
「…………考え込むと、ロクな事を思い出さんな」
「……私には、似合わん……」
「わひゃあ……タロスの奴本気だよぉ……」
「うっわ、スッゲェ煙……」
「……何故隣にいる」
考えを巡らせていた隙に、隣にラックがしゃがみ込んでいた。
「ここ、安置だろ?」
「俺も観戦しようかなってさ、邪魔しないからさ」
「……貴様、あの牛を放っておいていいのか?」
「タロスがキレてるなら、俺には止められないしさー」
「巻き込まれたら死ぬと思うし、とりあえず逃げてきた」
良い勘をしている、とセシルは思った。一番近く、最も安全そうな場所でセシルは観戦していたし、この少年は実力を上手く測れている。
(力はまだ弱いが、場合によっては化けそうだな……こいつ)
「けどあの兄ちゃん平気かなぁ……折角強そうだったのにさぁ……」
「……貴様、強い奴が好きなのか」
「タロス達の中で育ってきたからなぁ……普通の奴より強い自信あるぞ」
「だから試してみたいって気持ちがあるんだ、俺以外の人間に会ったの初めてだし」
「けどなぁ……あれじゃ無理っぽいかなぁ……」
「…………死んだと思うか?」
「だって、本気のタロスはめっちゃ強いんだ」
「ちょっと心配性なとこあるけど、ミノタウロスの群れを率いてるリーダーだ」
「タロスが負けるところは、想像出来ないよ」
その言葉を最後に、セシルはラックから目を逸らす。巻き上がった煙の中から、懐かしい力を感じ取ったからだ。正直数秒前までは、セシルも不安を抱いていた。下手をすれば命すら危ういと、本気で思っていた。
「……生意気な奴だ、目を離した隙に成長か」
「小僧、強者が好きなら目を離さないようにな」
「え?」
「あの馬鹿タレも、入り口辺りには踏み込んでいるからな」
「……思ったより、面白くなるかもしれん」
その言葉と同時、急に巻き上がっていた砂煙が内から吹き飛んだ。その中心には、タロスが叩き込んだ斧を、膨大な力を取り込んだクロノが受け止めている姿が確認できる。
「……止めた……だと……っ!!」
「………………っ!!! ……はっ! …………ザマァ……!」
(折れる裂ける砕ける死ぬううううううううううううっ!!)
(格好付かないなぁ……真正面から受け止めたんだ、ちょっとは啖呵切ってくれよ)
(あれ? これって巨山嶽だよぉ?)
(やっぱり抜け駆けじゃねぇか、魅せてくれるねぇ)
(……また、馬鹿正直に……受け止めて…………死ね……)
戦闘前にあれほど挑発したのだ、少しくらい驚かせないと格好が付かない。それでも、無茶は良くないと身に沁みた。いくら巨山嶽でも、限界寸前の身体では受け止めるのは無理があった。既に右足の傷が開きそうだ。
(……一旦、落ち着け……)
(……よし落ち着いた! アルディ! ティアラ!)
(よし、攻めるよ)
(……! 出番、来た……)
一息だけ吐き出し、気持ちをリセットする。自分に出来る事をフルで働かせれば、必ず勝機は掴める筈だ。まだ不安はあるが、今は一人じゃない。みんなが居る、声が聞こえる。正直やかましいほど、心の中からアドバイスが飛んでくる。
(情けないけど、そっか……今気がついた……)
(思ってたより、ずっと寂しかったんだなぁ)
みんなと離れていた時間は、たったの一晩程度だ。それでも、心に穴が開いていた感覚があった。通常では考えられない、心の中の賑やかさは、既に自分の普通になっていた。そして、前より成長したからだろう、一つだけ確信していた。
その気持ちは、四精霊全員が持っているという事だ。離れ離れになって不安になっていたのも、合流できて安心できたのも、共通の気持ちだ。それが嬉しいし、とても暖かい。だからだろう、クロノは自然と、笑顔を浮かべていた。
こいつらと居れば、自分はさらに強くなれる。負ける気が全然しない。心が落ち着き、静かに熱くなっていく。こいつらと勝ちたい、こいつらの為にも強くなりたい。
その気持ちが、どんどん大きくなる!
「おい、牛頭」
「ぬ……?」
斧の柄を受け止めていたクロノが、ゆっくりと顔を上げる。その顔を見たタロスが、怪訝な顔になった。この少年は、この状況で笑っていたからだ。
「1対5だ、覚悟しろ」
巨山嶽の力で斧を何とか受け止めていたクロノだったが、一瞬で巨山嶽を金剛まで落とした。急にクロノの力が抜けた為、タロスは僅かにバランスを崩してしまう。
「……&心水っと」
「なっ……!」
相手の力を利用し、攻撃を水の流れでいなすクロノ。完全に体勢を崩したタロスの鳩尾へ、左肘を叩き込む。ビクともしないが、それくらい想定内だ。
「効かんわっ!」
「知ってるさ」
羽虫でも払うかのように、タロスが左腕を振るってきた。丸太のような腕をヒラリと掻い潜り、クロノは足元に軽く踵を落とす。
「隆起門・泉」
水を纏った岩壁を作り出し、相手の視界を一瞬奪い取る。その一瞬で金剛を疾風に切り替える。金剛を纏っていない時に攻撃を喰らえばアウトだ、リスクは出来る限り抑えたい。
(……小癪な、この程度の壁!)
「ふんがっ!!」
タロスの斧が岩壁を一撃で粉砕する、石飛礫が飛び散る瞬間、身体を投げ出すようにクロノは空中で側転する。上から円を描くように左足を振り下ろし、その切っ先に風を集中する。
「風網返し」
石飛礫が四散する前に風で受け止め、全弾タロス目掛けて跳ね返してやった。全発斧を回転させ、弾き飛ばされたが。
「やるね」
「舐めてるのか?」
「いいや、結構必死」
そう、必死だ。思いつく事、出来る事、全てを駆使してなんとか食らい付いて行ってるだけだ。相手には隙が無い、水の波紋も上手く掴めない。疾風の速度じゃ、フェイントにすら引っ掛かってくれない。金剛の力じゃ、押し負ける。
色々工夫して、なんとか立ち回れるギリギリの戦い。このジリ貧が続けば、まず間違いなく負けるだろう。第二段階の精霊技能で攻めるにしても、一点張りじゃリスクの方が勝る。
巨山嶽でなんとか受け止められるレベルの相手だ、こちらの身体がボロボロなのを考慮しても、相当な強さである。
(あーもう……頭パンクしそうだ)
(そうだなぁ……面倒くせぇよなぁ)
頭を回し続けなければ、精霊技能を切り替えながら戦闘など出来やしない。既にクロノの頭は沸騰寸前である。
(なぁクロノよぉ? お前元々考えるタイプじゃねぇだろう?)
(そうだよ、悪いか)
(感情に身を任せてみないか?)
(おい……煮え湯……馬鹿、言うな……死ね……)
(コントロール出来なきゃ負けるだろうが、このまま戦って負けるくらいならいいだろう)
(来いよクロノ、こっち側へ……お前は元々そんなタイプだろ?)
(悪魔の囁きかい? フェルド?)
(かなりの博打だよ、それ)
(その割に、アルってば心配してねぇよな)
(……信じてるからね)
(アルディ君顔赤いー! キャハハ♪)
(どうするの? クロノ?)
(…………んー……)
烈火を使えば、状況を変えられる可能性はある。全ての能力を強化する炎の精霊技能なら、第一段階の精霊技能を強化し、現状を打破出来るかも知れない。第二段階の精霊技能を二重出来ないクロノには、その手しか残されていない。
だが、クロノは前に烈火を使って暴走した経験がある。今まで騙し騙し使ってきていたが、炎の力だけはまともに修行を行っていないのだ。目の前の強敵相手に、もしまた暴走でもすれば、間違いなくタダじゃ済まないだろう。
疾風と心水を併用しつつ、クロノはタロスの斧を何とか掻い潜っていた。何度か危ない場面もあった、このままでは捉えられるのも時間の問題だ。
(……迷ってる時間は、ないよな……)
(怖がるな、恐れを抱けば炎はお前の心を焼き尽くす)
(怖い事言うなよ……)
(時間がねぇし、手短に教えてやる)
(何とか攻撃避けながら、頭に叩き込め)
無茶振りも大概にして欲しい。
(簡潔に言えば、炎の力の極意は『冷静に怒り狂え』、だ)
(ごめん、意味が分からない)
(完璧にプッツンしたら、目の前の相手をぶっ飛ばす事以外頭から消えちまうだろ)
(あれと一緒だ、余計な事は一切考えるなって事だ)
(んなこと、急に言われても……)
(だーもー、お前はまどろっこしいなぁマジでよぉ……)
(コイツがいんだろ、コイツがぁ)
フェルドが心の中で、ティアラを抱き抱えた。
(ちょ……はな、せ……や……)
(『表裏一体の心得』つってな……相反せし力は、根っこは一緒ってな)
(風と大地、炎と水……難しく考える事はねぇよ)
(そりゃ水の中に炎を沈めろって言われりゃ、混乱するかもだけどよ)
(滾る心を、内に秘めろって言えば…………今のお前なら出来る筈だろ?)
水の力の修行は、少しはやってきている。烈火を使ったときの、あの爆発するような感情を、内に秘める……。
(心の、中に……)
頭の中で、何かが噛み合った音がした。思わず動きを止めてしまったクロノに、タロスが襲い掛かる。
(……止まった? 観念するような奴には見えんが……)
「容赦はしないぞ……!」
「…………深く」
タロスの斧を髪が掠るほどギリギリで避けたクロノ、その目が淡い光を宿し、拳が燃え上がった。
「……強く」
閃光のような一閃がタロスの胸を貫き、衝撃を確かに伝えた。この場ではセシルにしか見えなかった、超高速の拳が、タロスを撃ち抜いたのだ。
「…………っ!? つぁ……!」
「深く、強く……」
発動している精霊技能は、疾風と烈火だ。それと同時、精霊技能無しで水の自然体を試していた。烈火を安定させる為の、本当に最低限の水の自然体。心を深く沈め、内なる場所で滾らせる。急にやれと言われて、上手く出来るわけが無い。自信もなければ、当然余裕だって無い。
(……なのに、あの馬鹿タレ……)
本当に呆れてしまう、どれだけ馬鹿なのか、セシルには理解が出来ない。精霊の期待に応えたい、その一心で、クロノはそれを体現していた。一心不乱に、馬鹿みたく必死に、集中していた。
「こ……のっ!!」
「……っ……」
「がっ!?」
「……もっと、早く」
(うん! いけるよ!)
「……ッ!!」
タロスの反撃を、異常な速さですり抜けるクロノ。懐から顎を蹴り上げ、一瞬で背後に回り肘打ちを叩き込む。
「ガ、アアアアアアッ!」
「もっと、強く」
(任せろ)
「!?」
「……っ!」
「……ご、ほっ!?」
振り向きながら振るわれた斧を、空中で体を倒して回避する。その斧を蹴り、地上へ着地。すぐさま地面を蹴りつけ、疾風を金剛へ切り替える。そのままタロスの顔面を殴りつけた。
「…………っ!! ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
タロスの咆哮に応えるように、クロノも大声で迎え撃つ。拳をいなし、肘を叩き込み、振り下ろされる斧を避ける動作のまま、蹴りを叩き込む。疾風と金剛を切り替え続け、連撃を避けながら連続で拳を叩き込む。既にクロノの思考は止まっている、ぶっちゃけ何も考えていなかった。
身体が勝手に動いている、精霊技能の切り替えも、完全に本能が行っていた。烈火の力により、思考は全て戦闘の為に動いている。余計な感情は全て切り捨てられ、勝つ為だけに身体を操作していた。
(……ははは……こりゃスゲェわ)
(い~~そ~~が~~し~~い~~よ~~ぉ~~!?)
(チェンジの連発で……! こっちが狂いそうだ!)
疾風と金剛が1秒単位で切り替わっている、エティルとアルディも目を回す勢いだ。クロノの精神も悲鳴を上げているが、それすら今のクロノには届いていない。
(……馬鹿だな……大馬鹿だ……)
(焚き付けた、癖に……なに、いってんの……)
(感じるだろ、ティアラ……)
(…………ん…………)
チェンジの連発で余裕の無い2体とは違い、フェルドとティアラは契約者の心の声がこれ以上ないほど聞こえてきていた。それは、たった一つの想い。
(精霊達に応えたい、その一心で……この馬鹿は戦ってやがる)
(声も聞こえねぇレベルで集中しやがって……マジでアホかっつの)
嬉しそうに笑いながら、フェルドは腕の中に抱えているティアラを撫でてやる。
(……うっとい……)
(感じるよな、ティアラ……いい深さだ)
(……ん…………良い、感じ……♪)
極限の集中状態に入ったクロノ、彼の右目が燃えるように揺れ、左目が青い線を引き始めた。
(……エティル! アル! 交代だ!)
(少し、休ませてやるよ)
(……マイ、マスター……今回は、一緒……)
(負ける、要素……なし……)
その声が聞こえていたのかどうかは、正直分からない。だが、心で繋がっている彼等に、そんな事大した問題じゃない。タロスから距離を取ったクロノが、自分の膝に左の拳を打ち付けた。
それを合図に、クロノの立っている場所が揺らめき始める。相反する二つの力が混ざり合い、温度差で蜃気楼が発生したのだ。ゆっくりと顔を上げたクロノ、その表情を見たタロスは、全身に悪寒が走るのを感じた。
心を見透かし、握り潰されるような、錯覚を覚えた。
「…………貴様、本当に人間か……?」
「言ってんだろ」
「そんなの、小さい問題だってさ」
右目に炎を、左目に水を宿したクロノが、笑顔でそう答えた。相反する力が、一人の人間の心を核に混ざり合う。精霊の力は、全てが精神の力と言っても過言ではない。精神は心の状態で大きく揺れ動く、炎と水の力は、精霊の本質に最も近い力だ。
(その力を束ねた力、五百年ぶりに見せてやらぁ)
(……無敵……だし……見せ場…、だね……)
「精霊技能・二重! 烈火&心水!」
「クールに……燃やせっ!」
見せ付けろ、この強さ。




