第百三十七話 『小さな野生児』
クロノ達の現在地から南の方角に位置する、ミノタウロスの住処。比較的大柄な彼等に混じって、歳の割には少し小柄な少年が走り回っていた。
「あらあら、今日も元気ねぇ」
「おう! 今日の獲物も俺が仕留めたっ!」
笑顔で答える少年は、種族で言えば人間だ。だが、当然のように魔物の中に混じっていた。他人から見れば違和感しかない光景だが、少年にとっては当たり前の事だ。
「タロスーッ! 飯にしようぜー!」
「邪魔だ、チョロチョロと……」
「よっとっ!」
軽快な動きで一体のミノタウロスの肩に飛び乗る少年。ミノタウロスは二メートルを軽く越える巨体で、少年の小さな体を受け止めた。
「やっぱここが落ち着くんだよなぁ」
「猿かお前は」
「ちっこい頃からよくここに乗ってたからさ、仕方ないじゃんか」
ご機嫌な様子でそう答える少年。呆れながらも、タロスと呼ばれたミノタウロスはそのままで歩き出した。
「今日は焼きで行こうぜ、焼きでさ」
「食うことしか頭にないのか、お前は」
「飯の時は飯の事しかない!」
「はぁ……」
タロスの頭から生える牛のような二本の角、少年はその片方に手を掛けながら、前方を指差していた。
「飯だー! 進めー!」
「飯は後だ」
「なにぃ!?」
「…………侵入者だ」
「…………へぇ」
タロスの言葉を聞いた瞬間、少年は感覚を研ぎ澄ます。遠くに気配を感じ、少年はニヤリと笑った。
「丁度良いや、飯の前にもういっちょ運動してくるかな」
「俺が行くっ!」
タロスの肩から飛び降りると、驚くほどの速度で少年は駆け出した。
「待……先走りやがって……」
「ラック君! 気をつけてねー!」
「任せてよ!」
すれ違うミノタウロス達に笑顔で答えながら、少年は集落を飛び出した。尋常じゃない速さで、少年はクロノ達の居る方角へ走り出す。
「……ん?」
「セシル? どした?」
頭にエティルを、背中にティアラを装備しながら、クロノが振り返る。急にセシルが足を止めたのだ。
「何だ? 何か突っ込んでくるぞ」
「馬鹿っぽい何かが、だ」
「ごめん、意味が分からない……」
「ミノタウロスかな?」
「そりゃいいけど、なんかでかい岩が増えてきやがったな」
「また堕落霊種とかねぇだろうな……」
「フェルド君やめてよぉー……」
「気分……害した……死ね……」
「ティアラ……首絞まってる……首……」
「おいおい……契約者に危害加えんなって」
辺りに大きな岩が目立つようになってきたが、その間を抜けるようにクロノ達は進んでいた。前方を遮る巨石に、横から何かが突っ込んできた。
「うわぁっ!?」
「見っつけたあああああああああああああっ!!」
巨石を中から真っ二つに吹き飛ばし、小柄な少年が現れた。突然すぎてクロノは固まってしまう。
「はっはあああああ! 意外といるな! 侵入者!」
「ここはミノタウロス族の縄張りだ! 踏み込んだ度胸は認めるよ!」
「久しぶりの対人戦だ! ひゃっはー!」
「え、ちょ、待っ……!」
ロクな説明も無しに、少年は一番近かったクロノに飛び掛ってきた。身軽な動きで懐に飛び込み、回し蹴りを放ってくる。
(アルディッ! ティアラ!)
(了解だ)
(んー)
瞬時に水の力で軌道を見切り、大地の力を纏うクロノ。少年の蹴りを、左腕で受け止めた。その瞬間、クロノが踏ん張った両足が地面に衝撃を伝え、僅かに地面が隆起する。
(…………ッ! 重たいっ!!)
(普通の蹴りじゃない……気を抜くとやばい!)
「…………止めた……?」
警戒を強めたクロノに対し、少年は驚いた様子で動きを止めていた。チャンスとばかりに、クロノは右手を構える。少年の胴体に右の掌を叩き込もうと突き出すが、少年の右足がクロノの右腕に絡みつくように邪魔してきた。
「よっと……!」
そのまま身体を捻り、少年は後方へ飛び退いた。人間離れした身軽さだ。
「アルディ! エティルと交代! ティアラもフェルドと交代!」
「疾風&烈火!」
(タッチっと)
(は~い♪)
(……チッ……)
(舌打ちってどうなんだよ、普通に傷付くわ)
飛び退いた少年の背後に、一瞬で回り込むクロノ。こちらも負けじと人間離れした動きを見せる。
「……へ? うわっ! 早っ!?」
(……振り向きながらっ! クソッ!)
少年は振り向きながらも右手で裏拳を放ってきた。クロノもそれに対し、左拳を握り締める。疾風を金剛に切り替え、炎と大地の力を込めた、今のクロノの最大火力だ。
『いいかクロノ、これからの戦い……我流の技じゃ限界がある』
『だからこそ、俺達の経験を貸してやるよ』
『……経験?』
『今まで、クロノは自分の技に僕達の属性を重ねてきた』
『君の成長に繋がるから、勿論それも悪くないし……これからも続けて欲しい』
『けど、それと同時に僕達も君に授けようって話だよ』
『つまり……技を教えてくれるって事か?』
『その通り! 私達の力を効率よく混ぜ合わせた技も教えちゃうよぉ!』
『バランス大事だから、練習は必要だろうけどね!』
『……大体、ルーンが、編み出した……技……』
『……出来れば……強い、よ……』
『……! 伝説の勇者直伝の技っ!』
『何を目輝かせてやがる、男の子だなおい』
『まぁ、その分難易度も高いからな』
『今のお前に出来る技っていえば……まぁドストレートな力技が妥当か?』
『なら、あれなんか良さそうだね』
『ルーンの必殺技第一号、究極的なストレートだ』
ついさっき聞いたばかりの、完全にぶっつけ本番だ。だが、クロノの撃てる技で、この技以上の威力を持った技は存在しないだろう。左拳に炎の力を集中し、さらに大地の力で圧縮する。
力を集中するほど、クロノの拳が変化を始めた。噴火寸前の火山のように、赤く輝くヒビの様な物が浮き上がる。自分自身も熱さを感じるほど、拳が燃え滾る。
(熱い熱い熱い熱い熱い熱いっ!!!!!!!!)
(想像を絶する下手さだ……)
(要練習ってな……まぁ今はごり押しでぶっ放せっ!!)
少年が撃ってきた裏拳目掛け、クロノも赤く輝く左拳を撃ち出した。難しい操作はいらない、溜めて、力一杯撃ち込むシンプルな技だ。
「…………ッ! 活火山っ!!!」
「……っと!?」
撃ち込んだ瞬間、爆発のような衝撃音が響く。熱風が辺りに吹き荒れ、轟音と共に少年の身体が吹き飛んだ。自分でやっておいてなんだが、明らかに人間が出せる威力じゃない。
(まだ流石に弱いね、まぁこの位が今は丁度いいかな?)
(殺しちゃったら不味いもんねぇ)
(……相、変わらず……ただの、力……技……)
(それがいんだよ、分からないかねぇ……このシンプルな良さが!)
(これで弱いのか……俺的にはめちゃくちゃ凄いレベルなんだが……)
(小島一つ消し飛ばしてから言え、最低でもな)
流石伝説の勇者の技だ、明らかに自分と釣り合っていない。クロノは少し焦げた自分の左手を見つめ、まだまだだと溜息をつく。
「……って! あの子は大丈夫か!?」
普通にぶっ飛ばしてしまったが、あれを喰らってぶっ飛んだのだ。冷静に考えると不味い気がする。少年がぶっ飛んだ方向に向き直ると、丁度良いタイミングで少年が戻ってきた。
「……死ぬかと思った!!」
「結構無事な事に驚きだよ……」
「お前…………!」
少年が詰め寄ってくる、普通は怒るだろう。だがこちらも突然襲われたのだ、弁明の余地はある。
「待ってくれ! まずは話を!」
「スゲェな! 俺以外の人間に初めて会うけど! お前強いな!」
「……え」
「俄然燃えてきた! よっしゃ行くぜ行くぜ!」
何故か嬉しそうな少年は、拳を構えてステップを踏み始める。どうやらまだ戦闘は継続しているらしい。
「だから待てよ! まず戦う理由が見当たらな……」
「待ったなしだ!」
「……クソッ!」
再び飛び掛ってくる少年に、クロノは仕方なく迎撃体勢を取った。少年は空中に飛び上がり、拳を握り締める。
「今度はこっちの~~~~~っ!」
「ばんだぼはああああああああああああああああああああっ!?」
「!?」
突然飛来した岩が、空中の少年に直撃した。少年は数回地面をバウンドしながら、哀れな姿で墜落する。
「ようやく、会話が成立するのが来たようだぞ」
「もう何か疲れたよ……」
セシルが指差した方向に、明らかに人では無いシルエットが見えた。近づいてくる『それ』は、ミノタウロスの男だった。
「……侵入者、我等が縄張りに無断で立ち入り……何の用だ」
「えっと……少しお話がしたくて……」
「けど問答無用で襲われて……」
「……まぁ、話も聞かずに襲い掛かった無礼は詫びよう」
「そこの馬鹿が迷惑をかけたが、無断で立ち入ったのはお前等だからな」
「ん、そうだな……じゃあおあいこって事でいいかな」
「構わん、了見を聞こうか」
過去最大級に会話が成立している事に、内心喜びで一杯である。見た目と違い、常識に溢れている。
「あの、実はですね」
「ターーーーーローーーーースーーーーーッ!!!」
そして、その喜びを塗り潰す叫び声が響き渡る。
「何すんだよっ! 良いとこだったのに!!」
「侵入者はお前の玩具じゃない、退け」
「合意の上での試合だったんだぞ!?」
「いやいやいやいやいや……」
互いの意見がすれ違うどころか、ぶつかり合って四散したような状況だ。そんな合意を、クロノは知らない。
「……と言うか……もしかして君がミノタウロスに育てられたって子なのか?」
「ん? なんで知ってんだ?」
「その話を聞いて、俺はここに来たんだ」
「如何にも、俺がミノタウロス族に拾われて育ててもらった人間? だぞ」
「名前はラック! 宜しくな! よし戦おう!」
構えを取ったと同時、その頭にミノタウロスのゴツイ拳が落ちてきた。
「何すんだ牛肉野郎っ!!」
「マントに突っ込む牛のようなお前に、言われたくはない」
ギャアギャアと言い合ってはいるが、その光景はクロノにとっては少し微笑ましい。それに、戦いたいというなら好都合だ。
「そんなに戦いたいならさ、丁度良い話があるんだけど」
「……ほえ?」
今回は上手く行きそうな気がする、クロノは内心そう思っていた。そんなクロノを見て、セシルは呆れたように頭を抱える。
巷ではこれを、フラグと呼ぶのだ。




