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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第二十章 『人か、魔物か』
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第百三十六話 『お前のせいだ』

 暦達と別れ、クロノ達は狐の社があった場所から階段を降りてきていた。長い階段を一番最初に降りきったクロノだったが、振り返った瞬間風の音が消えた。背後に居たはずのセシルや精霊達の姿も見えない、この違和感には覚えがあった。




「…………いい加減、慣れたけどさ……」

「また、あんたかよ」




「うん、また会えたね」




 もうこの青年と出会うのも四回目、最早認めざるを得ないだろう。辺りの気配は消え去り、音も何も感じない。




「……時間でも止めてるのか……?」




「ちょっと違うけど、似たような物だね」

「今ここには、君と僕だけだ」




 クロノは警戒しつつ、視線を上に向ける。鳥居の上から、銀髪の青年が笑顔で手を振っていた。クロノが睨みつけると、青年は困ったような顔をして、クロノの目の前に飛び降りてきた。



「……丁度良いや、聞きたい事が山ほどあるんだ」



「そっか、答えられないと思うけど、聞いてあげるよ」



「……どうして、あんたの事をみんなに話せないんだ」



 マークセージでこの青年と出会ってから、何度か精霊達に話そうとしてみた。この異常な出来事を、伝えようとしてきた。そう、伝えようと思っていた。



「……あんたが消えると、その気持ちも消えている」

「この状況を話そうって気持ちが、消えちまう」




「話せないようにしているからさ」




「なんでっ!」




「まだ早いからね」




 相変わらず意味が分からない。意味深な事ばかり言って、肝心なところは何も教えてくれない。



「……っ! あんたは……何者なんだ……」




「……知りたい?」




「……その態度が、なんか気に入らない……」

「全部知ってるような……その笑顔が……なんか気に入らない!」

「毎回毎回……助けるようなタイミングで出てきやがってっ!」

「たまにはそっちの事教えろよ! なんかずるいだろ! 俺ばっかり話してさっ!!」



 この青年相手だと、何故だか喋りすぎてしまう。色々と、吐き出してしまう。




「ミノタウロスの所に行くんだね」




「聞けよ!!」




「…………アノールドで、勇者達が行動を起こそうとしてる」




「…………は?」




「君の育った場所……その近くだ」

「この地で君がやる事を済ませたら、次はアノールドに行くんだろう?」




「……あ、うん……」




「もし、君が知りたいと願うなら……」

「少し寄り道になるかもだけど、橋を渡ってごらん」

「セシルやフェルド辺りが、きっと導いてくれる」

「今はもうない……僕達の出会った町へ、行ってごらん」




「……町?」




「今はまだ、僕から伝えられないから」

「もし、その町を訪れてくれるなら……その時はまた、話そうね」



 青年は笑みを浮かべると、そのまま立ち去ろうとした。




「……っ! 訳わかんねぇっ! ちょっと待てよっ!」




 青年の手を掴もうとした瞬間、頭にノイズが走った。体中が引き裂かれるような痛みと共に、視界が明滅する。




「………………ッ!?」




 見たことのない景色、泣いている誰か……。そして、誰かの笑顔と、覚悟。知らない感情が流れ込んできて、弾けた。クロノの自我が押し潰され、砕け散る寸前まで追い込まれたが、その感覚が一瞬で消えた。青年の手が、クロノの頭を撫でていた。



「近いのに、遠いなぁ……」

「勝手だけど、君には笑っていて欲しいんだ」

「…………またね」




「……っ!? またって…………またっていつだよっ!!」



 目の前の青年の姿が、透けていく。説明できないが、心が軋んだ。何故だか分からない、意味も分からない、それでも……無性に悲しくなった。



「僕は君の、味方だよ」

「じゃ、次に会える日を楽しみにしてる、ね」




「あ、待って……まだ……!」



 どうしてここまで、胸が痛むのだろう。この別れを、自分は知っている。自分の感情じゃないのは確かだが、それでも知っている。この涙を、覚えている。




「待ってっ!!」




「!? なっ!」




 手を伸ばしたが、青年の姿は消えてしまった。代わりにセシルの尻尾を掴んでしまう。音が復活し、全てが元通りに動き出した。



「………………あ…………」




「あ、ではないぞ馬鹿タレが」

「離せ、鬱陶しい」




「え、ちょ……!? うわあああああああああああああっ!??」



 セシルが腕組みしたまま尻尾を振るい、クロノはその勢いのまま吹っ飛んでしまう。



「急に振り返って何だと言うのだ、挙動不審すぎるぞ」

「…………? おい、クロノ?」



 吹っ飛んだクロノは顔から地面に着地したが、何やら様子がおかしい。自分の左手を見つめたまま、固まっていた。



「クロノどったの~?」


「何かあったのかい?」


「いつも、以上に…………変……」


「………………」




「…………いや、何でもない」




 心配そうに集まってくる精霊に、クロノは誤魔化すように笑みを浮かべた。フェルドだけが、急に変わった風向きを不思議に思っていた。




















 九曜に聞いた話通り、南に向かって少し歩いただけで雰囲気が変わった。ジパング地方から出られたようだ。



「文化が違うと空気も違うんだなぁ……」



「俺の勘だが、ジパングにゃまた来る事になるだろうな!」



「フェルド君の勘って当たるんだよねぇ」



「特に悪い方向でね」



「もう、ロクな事に、ならない、から…………喋るな、燃え……カス」



「相変わらず達者な口だな水風船が、もうちょい魂燃やせねぇのかよ」



「……うざ……」



 ティアラを弄り始めたフェルドだったが、それと同時にティアラの尾びれがピコピコ動き出した。



「……?」



「ティアラちゃんって、嬉しいとあぁなるんだよねぇ」



「へ、へぇ……」



 まるで犬の尻尾である。



「ルーンと出会った時期の問題もあってね?」

「ティアラちゃんは断トツで、フェルド君と一緒にいた時間長いんだよぉ」

「だからツンツンしてるけど、フェルド君の事すっごく信頼してるんごぼぼがぼっ!?」



 エティルが水に囚われた、正直この未来はクロノですら予測出来ていたが。



「よく、喋る……ハエ……」



「ちょ、苦し、……なんで怒るのティアラちゃぼぼ……」

「昔よくフェル兄って甘えてたじゃひにゃああああああああっ!?」



 エティルを捉えた水の球が、渦潮のように高速回転し始めた。



「放っておいていいのかな」



「良いと思うよ」



「良くないよおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」



 アルディが良いと言うなら、多分問題はないだろう。エティルが洗濯されてはいるが、道中は今のところ平和である。



「人は全然見かけないけどな」



「当然だ、既に魔物の縄張りと言ってもよさそうだぞ」

「好き好んで踏み込む人間は、馬鹿タレくらいだろう」



「どうせ俺は馬鹿ですよー」



「あの狐に治療されていなければ、貴様は歩くことすらままならん状態だったんだぞ」

「そろそろ限界を感じた方が身の為ではないか?」



「それでも立ち止まる訳にはいかないよ」

「休んでる暇はないからな」



「はぁ……貴様の精霊に同情する」



「そんな事言ってるけど、セシルちゃんもめっちゃ心配してるんだよぉ?」

「クロノってば幸せ者だよねぇ……ってセシルちゃん怖っ!?」



「死ぬか、二つになるか、灰になるか、二つになって灰になるか……選ばせてやる」



「エスケープッ!」



「水よ……舞い飛ぶ愚者を……叩き、落とせ……」



「きゃあああんっ! 二対一だあああぁーっ!」



 主にエティルがいると退屈はしない。クロノは平和な旅の道中を楽しんでいた。



「どこが平和なのさーっ!」



「あはははっ! ごめんごめん」

「それにしてもミノタウロスの住処って……本当にこっちでいいのか?」



 見渡す限り草原である、住処らしい物は全く目に入らない。





「建物らしき物は何も…………フェルド?」





 辺りを見渡していたクロノだったが、フェルドが胡坐をかきながら、難しい顔で空中を漂っていた。



「……胸糞悪いな」



「どした?」



 フェルドが睨んでいた先には、岩のような物が確認できる。



「…………あれって……」



「……あぅ……」



「………………」



 それを見た瞬間、他の精霊達の表情も曇ってしまった。



「……? あの岩がなんだってんだ?」



「岩じゃ、ねぇよ」

「……別に、今説明する事でもねぇけどさ」



 フェルドがゆっくりとだが、その岩の方へ向かいだした。




「来いよクロノ、精霊使いとして……見ておくべきだろ」




「…………?」




 フェルドの後に続き、遠くに見える黒い岩を目指すクロノ。遠くから確認できるだけあって、割とでかい。クロノの3倍はある。



「精霊は、物理的に死ぬって事はねぇ」

「俺達のこの姿だって、言ってみりゃ仮初のもんだからな」




「確か、決まった形はないんだっけか」




 前に性別を変えたりもしていた、精霊の姿形は結構自由に変える事が出来るらしい。



「例え肉体をぶっ壊されても、再構築する事だって出来る」

「俺達が滅ぶ条件は、たった一つ」

「心が、尽きた時だ」



 そのフェルドの声と同時、黒い岩の全貌が見えてしまった。歪に膨れ上がり、最早面影は殆ど無い。だが、その岩からは歪んだ手や足が確認できた。





「…………なんだ、よ…………これ……」





堕落霊種ダークマター……その死骸だ」

「心が壊れ、闇に落ちた精霊は……堕落霊種ダークマターとなり、世に破滅を与える」

「んで暴れ回った挙句、元の形を失い……こうやって岩みてぇになんのさ」



「……どうして、こんな場所に……」



「うぅ……気分悪いよぉ……」



「……フェル兄……も、いこ…………」



 涙目のティアラが、フェルドの右手にしがみ付いた。アルディやエティルも、体を震わせている。



「クロノ、精霊が最も心にダメージを負う瞬間を教えてやる」

「契約者に、裏切られた時だ」





「……え」





「信頼が大きければ大きいほど、その瞬間は酷く辛い物になる」

「……ルーンを失った俺達が落ちなかったのは、最後の最後で踏み止まれる理由があったからだ」

「契約者ってのは、精霊の命も背負ってんのさ」

「プレッシャーかけるって訳じゃねぇけどさ、それは覚えとけ」



 そう言って肩を叩くフェルドの表情は、自分より遥かに大人に見えた。何を見て、何を越えてきたのかは分からないが、フェルド達は認めたくない現実も乗り越えてきたのだろう。



 自分がもし、道を踏み外したら……精霊達を裏切ってしまったら……。



 目の前の歪な物に、彼らを変えてしまうかも知れない。



 もしそうなったら、クロノは自分を許せなくなるだろう。





(…………俺は…………)





「何深刻な顔してんだ、馬鹿が」




 頭に拳骨が振ってきた。




「ガッ!?」




「信じて託してんだ、だからお前は迷わず進め」

「『俺についてこいっ!』くらい言ってみろ馬鹿」



「今更疑ったりしないよぉ」

「クロノにそんな顔、似合わないってば!」



「支えあってる限り、僕らの心が尽きる事は有り得ない」

「心配しなくていいよ、だから、ね」



「深く、考える、だけ……無駄……」

「馬鹿、なら、馬鹿らしく…………行こう……」




 ……本当に、自分なんかには勿体無い仲間達である。




「……裏切ったりするかよ」

「俺は夢を絶対に叶える、ちゃんと見とけよ!」



「その意気その意気ー♪」



「ま、無謀な事して死んじまうとか無しだからな」



「空回りしそうで怖いなぁ」



「既に、してる……」



「お前等な……」



 いつもの調子で笑い合い、この場を後にするクロノ達。クロノはあの岩の存在を、胸の奥に深く刻み込むのだった。



 そして、一歩退いてセシルは堕落霊種ダークマターの死骸を睨んでいた。あの死骸からは、まだ微かに精霊の力が感じられた。




(死んでから……まだ日が浅い……)




(こんな人気の少ない場所で……精霊が死んだだと……?)




(どうにも……引っ掛かるな……)




 この出来事は、後にクロノを絶望の底へ叩き落す事件の発端となる。世界中が少年に牙を剥き、その命を奪おうとする。そんな辛い戦いが待っているとは、この時のクロノは知らなかった。



 まだ純粋な少年の道が握り潰されるのは、今から7ヵ月ほど先の話だ。



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