第百三十五話 『共に未来へ』
今回も、気を失った。何かある度、クロノは気を失っている気がする。最早恒例行事となりつつあるが、今回は後方に何かが着地する衝撃音で意識が覚醒した。
「…………何事……?」
ギシギシと悲鳴を上げる体を何とか操り、クロノは後方に目を向ける。完全に振り向く前に、背中を支えていた何かが立ち上がり、クロノは後ろに倒れこんだ。
「ぎゃあああっ!?」
「……ごほん! セシル達が合流したみたいだよ」
僅かに慌てたアルディがクロノに手を伸ばす、その手を取り、何とか立ち上がった。顔を上げると、息を切らしたセシルがそこにいた。
「セシル! ……無事だったか!」
「……当然だ、馬鹿タレ」
「何だ貴様、他人の心配をしている割に随分ボロボロだな」
「どうせまた無茶をしたのだろう、アルディに迷惑もかけたのだろう」
「全く呆れて物も言えん……何だ? 貴様は傷付く趣味でもあるのか?」
「通訳するとねぇ? 心配したんだから! この馬鹿! って言ってるよぉ」
フヨフヨと近づいてきたエティルだったが、またいらない事を口走り始めた。ニヤニヤとしていたエティルが、セシルの尻尾に疾風の速さで殴り飛ばされた。
「ひにゃあああああっ!」
「キャッチ……」
「あぅ、ティアラちゃんありがと……」
「……アンド……リリース……」
「なんでーーーーっ!?」
殴り飛ばされたエティルをティアラが受け止め、そのまま後方に投げ捨てた。
「何してるんだお前等は……ってうわぁ!?」
「はっはぁっ! 契約者! また面白そうな事しやがってよぉ!」
「フェルド!? 熱い! 肘の部分燃えてる!!」
呆れていたクロノにフェルドが飛び掛る。勢いよく首に腕を回し、何やら機嫌よさげに笑っていた。
「一晩見ねぇ間に、随分心が落ち着いたなぁ?」
「ズリィなぁアルってばよ! 抜け駆けじゃねぇのこれ?」
「人聞きが悪いなぁ……僕だって契約者を護るのに必死だったんだよ?」
「ほーん……それはあれか? あそこで人間に擦り寄ってる狐からか?」
「……あのチビが四天王っぽいな、実際目の前にいねぇと信じらんねぇが」
「見ただけで分かるのか!?」
何故か真っ白になっている暦に、これ以上ないほど懐きまくっている子狐。フェルドは一目で、茜を四天王だと見破っていた。
「クロノー、見くびって貰っちゃ困るぞ」
「俺はサラマンダー、ティアラと同じく心の力を司る精霊なんだぜ?」
「見りゃ分かるさ、あのチビに宿る……もう一つの力がよ」
「ありゃぁ……狐憑きか」
「朧の力を、霊体として宿してるらしいよ」
「……そっちは色々あったっぽいな?」
「詳しく聞こうじゃねぇか、面白そうだしな」
こちらもすぐには動けそうにない、一度情報を整理したほうがいいかも知れない。クロノは現状の説明をしようとしたが、すぐ隣にセシルが尻尾を叩きつけてきた。
「ひぅ!?」
「こちらは一晩、森を彷徨っていたのだ」
「腹が減った、飯を作れ」
「貴様の荷物だ、運んでやった、礼を言え」
投げつけられたリュックを両手で受け止める、何故かセシルの機嫌が悪い。目すら合わせてくれなかった。
「おいこらひよっこ、どうして素直に心配してたって言えねぇんだテメェ」
「しまいにゃ逆切れか? クロノだって気にしてねぇって」
「……っ! うるさいっ!」
「はいはーいセシルちゃん、お腹空いて機嫌悪いんだよねー」
「心配なんてしてないんだよねー、分かったー分かったよぉー」
「その棒読みをやめろっ! 焼くぞっ!」
「もう、面倒、くさい……お子様に、構ってる……時間、ない」
「ティアラに言われちゃ、おしまいだね……」
この騒がしさすら、既に懐かしい。クロノは笑顔でそれを受け止めていた。
「ははっ……賑やかなのは、良い事だよな……」
(左腕上がらないんだが、どうやって飯作ったものか……)
「おい! クロノ!」
「? なんだセシル、飯なら今作るから……」
「…………怒っている、か?」
「へ?」
「私が貴様を落としたせいで、分断された」
「……怒っているか」
まさか、その事を気にしているというのか。クロノからすれば意外である。いや、それも差別になるのかもしれない。セシルだって、心配くらいしてくれるだろう。もし一晩中心配してくれていたのなら、それはありがたいし、不安にさせて申し訳ないとも思う。
「……全然気にしてないけど?」
笑顔で、そう答えた。勿論、純粋に嬉しかったのもある。
「………………」
「~~~~~~~~~~~~~~っ!」
「ああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
絶叫と共に、セシルはヴァンダルギオンを後方に叩き降ろした。その衝撃で、地面が割れる。
「……え、なんで……」
「昔のセシルに戻りつつあるな、あーゆうとこは」
「素直じゃないねぇ」
「不器用なんだよ」
「子供、だね……」
何故か納得してる四精霊だったが、あれがセシルの普通なら、取り繕った物で構わないから、クールなままでいて貰いたい。申し訳ないが、あれを抱え込む器量はクロノにはまだ、ない。
(……殺されかねない……)
あの状態のセシルと常に行動を共にしていた昔の仲間達に、興味と尊敬を抱くクロノだった。
「なるほど……中々面白いじゃねぇの」
状況整理と説明を兼ねて、クロノ達は食事休憩を取っていた。ちなみに食事はクロノが殆ど右手一本で作り上げた。
「このサンド、イッチ、……美味しい……」
「味が薄いな」
(右手一本で作れた……精霊法スゲェ……)
風やら水やらを操って、クロノは料理を完成させたのだ。自らの成長を感じる一方で、間違いなく成長の方向性が間違っている気がする。
「しかし、マジでそこのチビが四天王なのな」
「チビじゃないもん~!!」
「茜ー! 仲良くしなさいー!」
「……そこの、人は……男には、見えない……ね」
「ゴファ!」
「巫女様ー!」
ティアラの歯に衣着せぬ一撃が、暦の胸を抉り抜いた。
「……セシルは知っていたんだろう? 茜ちゃんが子狐だって」
「まぁな、一度魔王城で出会っているからな」
「もう少し、詳しく話しておいて貰いたかったよ……」
「私も、朧の力を霊的に宿しているとは知らなかった」
「断っておくが、私は他の四天王について知らん事の方が多い」
「それは、私達も同じ事ですがね」
食事中のセシルの背後に、九曜が飛び降りてきた。
「……『霧の隠れ道』の中にいた八尾か」
「連れが世話になったな」
「どこかでお会いした魔物と思ってはいましたが……」
「以前、魔王城でもお会いしていましたね」
「『氷装』の霧雨を叩きのめし、四天王に名乗りを挙げた幻龍……貴女でしたか」
「すまんな、私は貴様の事を覚えていない」
「魔王城を飛び出した時は、他の事で頭が一杯だったのでな」
「随分小さな四天王だな、と思ったのと……隣に腰巾着がいた事くらいしか思い出せん」
「口が達者な小娘さんだ……人間と行動を共にしている四天王など……立場を理解していますか?」
「そっくりそのまま言葉を返そう、そこのチビの教育上……放置していていいのか?」
空気が重い……目も合わせていないが、殺気がぶつかり合っているのがクロノでも分かった。
「……セシル」
「……チィ……そんな目で見るな」
「九曜! 喧嘩駄目だよー!!」
「……はぁ……」
空気が一気に軽くなった、互いに肩の力を抜いたらしい。
「止めましょう、この話は」
「今の四天王に……ハッキリとした決まりなどありはしないのです」
「同感だ」
「……? それってどういう事ですか?」
九曜は一瞬、話すべきか迷ったような表情を浮かべた。だが、クロノをチラッと見た後、ゆっくりと腰を降ろした。
「今の魔王様は……何を考えているのかサッパリです」
「力は相応の物を宿していても、コントロールが出来ていない茜様を……四天王の座に座らせたり……」
「行き過ぎた行動を取る同胞を、無視していたり……」
「意図が、読めません」
「今の四天王は、魔王であるエフィクトの手を完全に離れ……ほぼ自由に泳ぎ回っているからな」
「そこのチビは勿論……私やシアも好き勝手各地を巡っている」
「魔王直属の最強戦力は、現状3名が城を留守にしているわけだ」
「エフィクト君……どうしちゃったのかなぁ……」
「今の魔王様は、種の長達に何の命も出していません」
「ただただ……魔王城に閉じ篭っています」
「そんなんで……大丈夫なのか?」
「人間の俺が言うのもおかしいかもだけど……勇者が攻めたりしたら……」
多くの勇者は、その名を良い様に扱い楽をするような輩だが、一部の者は違う。打倒魔王の為、魔王城を目指す勇者も数多く存在するのだ。
「それについては……心配は無用でしょう」
「四天王最後の一人……『変幻』のイコージョン・ディムラが、魔王城……及びウェルミス大陸を守っています」
「彼の強さは、現在の四天王の中でも飛び抜けています…………人間にどうこう出来る物じゃない」
「一瞬交戦したが……なんなのだアレは」
「さぁね……今の四天王は殆ど最近移り変わった者達ばかり……」
「互いが互いを知らぬのが、現状ですよ」
魔物達にも、色々と問題があるようだ。特に、魔王の意図が読めないのは……どこか不気味な物を感じる。
「いいのか貴様……一応四天王の側近だろう」
「この馬鹿タレは人間……人間に魔物側の事情をペラペラと……」
「その人間と行動を共にしている、貴女には言われたくないですね」
「……いいんですよ、別に私は人間を敵視してませんし」
「話した通り、魔王様からの命令もありませんしね」
そう言いながら、九曜は暦にベッタリの茜に目を移す。
「人の存在が、茜様を支えてくれるなら……私は人だろうが守りますよ」
「私は魔王様に忠誠を誓ったわけじゃない……私の主は、茜様だ」
「茜様が幸せになる為なら、何者であろうと守り抜きましょう」
「……九曜さんは、良い魔物なのか?」
「さぁね、少年にはどう映りますか?」
「……狐の一族は、遠い昔から……人の巫女と生きてきた」
「人と共にいる事に、慣れているだけですよ」
「理由がどうであろうと、共存を目指す俺にとって……九曜さんや茜ちゃんは嬉しい存在だ」
「……信じてくれて、ありがとう」
茜が正しく生長してくれれば、人と仲良くしてくれる四天王になる。その存在は、クロノの夢の大きな助けになってくれるだろう。それ以前に、茜は暦とずっと仲良くしていて貰いたい。
「……そこの幻龍の娘さんや、茜様と違い……他の2名の四天王は甘くない」
「……先ほどのような無茶をすれば、命が幾つあっても足りませんよ」
そう言いながら、九曜は右手をクロノに向けてきた。暖かい魔力が伝わり、九曜に切り裂かれた箇所の痛みが薄れていく。
「これ……」
「治療の術は、あまり得意ではないのですが」
「応急処置くらいなら出来ます」
「……立場上、あまり応援は出来ませんが……君と精霊の行く末の、助けになれば幸いです」
体中の傷が塞がり、痛みも随分楽になった。九曜が見せてくれた笑みは、とても優しい物だった。
「あ、あり……ありがとうございますっ!」
「今の魔王様を信じるくらいなら、君に賭けた方が茜様の為になりそうだ」
「私個人、そう思っただけですよ」
「良い調子じゃねぇのクロノ! ついでに例の件も頼んでみたらどうよ?」
「? 例の件?」
「クロノ……フローに……殺される……」
「!!?」
完全に、頭からすっぽ抜けていた。
「……例の件とは?」
「あ、えっと……その」
「実はねーっ!」
またこの風の精霊は……空気を読まずに余計な事を……。結局クロノが止める前に、包み隠さずエティルが喋ってしまった。
「……大それた事を……」
「すいませんが……流石にその大会云々には協力出来ませんよ」
「ですよねー……」
八尾の九曜に、四天王の茜を大会に出場させるなど……流石に無理があった。落ち込むクロノだったが、話を聞いていた茜が首を傾げた。
「お祭りー?」
「すっごい大きなお祭りだよぉ!」
エティル、もうお願いだから黙ってくれ。
「……楽しい?」
「勿論! あたし達が盛り上げるからね!」
「僕ね、たまにエティルがわざとやってるように思うんだよ」
「ふえ?」
アルディがエティルを制したが、時既に遅すぎる。茜は瞳をキラキラさせ、九曜に視線を送っていた。
「九曜! お祭り!」
「駄目です」
「楽しいって! お祭り!」
「『人』の催し物です」
「ちっちゃいお姉ちゃん、人魔混合って言ったもん!」
「…………」
九曜が物凄い目で睨んできた、クロノは咄嗟に目を背ける。
「……駄目です」
「……行きたい」
「駄目です、却下です、許しません、諦めてください」
「……うぅ~~!」
「巫女様~~!」
「ここで私かー……」
暦の目から、また光が消えた。
「狐の女装巫女、分かっていますね」
「あ、茜!? 九曜さんもあぁ言ってるしさ!」
「九曜さん茜のお願い一つ叶えてくれじゃん? 私と一緒に居ること許してくれたでしょ?」
「ね? 我侭は一つだけ! 茜はいい子だから分かるよね?」
「……うえぇ……」
「あ……」
「行きたいー! 行きたい行きたい行きたい行きたいのー!!」
茜が泣くと同時、また半透明の尾がその存在を主張してきた。その瞬間、辺り一帯が大きく揺れた。
「な、なんだぁっ!?」
「……せっかく修正した『霧の隠れ道』が……また乱れたようです……」
「少年、今君に殺意が湧きました」
「心の底からごめんなさい!?」
「巫女様ー! 行きたいよぉー!」
「これ以上私にどうしろと!?」
これ以上泣かれると不味いと思ったのか、九曜が頭を抱えながら茜の頭を撫でた。
「……尾も隠せぬ茜様が、人の国へ赴くのは無理があります」
「祭り事まで五ヶ月以上の時があります、茜様……どうしても行きたいのですか?」
「行きたい……行きたい!」
「では、今日より真面目に修行をしてください」
「尾と耳を隠せるよう、最低限の人間化が出来るよう……私が教えますから……」
「それが出来たら、許可してもいいですよ」
「……! やる! やるやる!!」
「茜様の才能なら、すぐに出来る筈です」
「……頑張りましょうね」
「それと……当然ですが修行中は巫女、貴女も同伴です」
「はいぃ……」
項垂れる暦に、申し訳ない気持ちが溢れてくる。物凄く気まずくなり、クロノはゆっくりとその場から離れようとする。
「少年」
「すいません!?」
条件反射で謝ってしまうが、振り返った九曜の表情は真面目な物だった。
「大会出場者を探しているなら、心当たりが一つあります」
「へ?」
「君が『霧の隠れ道』の歪みで飛ばされたここは、ジパングの外れに当たります」
「ここから少し南に歩けば、ジパング地方から出られるでしょう」
「ジパングから出てさらに南に向かえば、ミノタウロス族の住処がある」
「ミノタウロス?」
「獣人種の中でも強靭で血の気の多い種です、打って付けでしょう」
「それに、ミノタウロスの長に関する変わった話も聞いたことがありますし」
「? 変わった話って……?」
「人に捨てられた子を育てたとか、なんとか……そんな話を数年前に聞いたことがあります」
「……面白そうじゃないですか? 行くかどうかは君に任せますが」
ミノタウロス族に育てられた、人間の子……興味が無いと言えば、嘘になる。
「……行ってみますっ!」
「そうですか、ご武運を」
次の目的地が決まった、目指すはミノタウロスの住処だ。
クロノが気合を入れ、次の目的地を決定している頃……そこから南に進んだ場所で、巨大な岩が砕け散っていた。
「外したー!!」
少年が軽やかに砕けた岩から飛び出した。両手で着地し、足の裏を合わせ、岩の破片を落としていく。
「無駄な動きが多すぎる、だから獲物に逃げられるんだ」
「ヘンッ! 次は仕留めるさっ!」
そう言って少年は体勢を整える、少年の目線の先には、大きなイノシシがいた。
「うりゃあああああああああっ!!」
一歩の踏み込みで急加速した少年は、イノシシ目掛けて蹴りを放った。イノシシは寸前でそれを避けたが、地面に大きな亀裂が入る。
「また避けるしーーっ!!」
「だああああもう! 面倒くさいっ!!」
地面に突き刺さった足を、蹴り上げるような動きで引っこ抜く少年。自分の足と共に地面から剥がれた岩を片手で支え、軽々とイノシシ目掛けてぶん投げた。
「ぬおりゃあああああああああああっ!」
「ピギイイイイイイッ!?」
イノシシの身体が小石のように弾かれ、そのまま地面を転がっていく。
「よっしゃっ! タロス! 見たか! 俺が仕留めたぞ!!」
「雑だ、未熟者が」
「褒めろよー!!」
動かなくなったイノシシを片手で持ち上げ、ミノタウロスの男はスタスタと歩き出す。少年も慌ててそれに続いた。
「俺強くなったよな! な!」
「その言葉が既に未熟者の台詞と、いい加減に気がつけ」
「ぐぬぬ……絶対強くなったって!」
人か、魔物か。
次の舞台は、既に整っている。




