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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第十九章 『幼き四天王、運命の呪縛』
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第百三十三話 『友の涙』

(……迷ってる暇なんて、ない)

(繰り返す訳にはいかない……同じ過ちを繰り返さないように、か……)

(正直耳が痛い話だよ、本当に……)




 契約者の無茶に付き合うのはもう慣れたが、今回は事情が違う。敵は遥か格上、それも自分のトラウマを抉る種族に、嫌でも意識させてくる言葉を乱立ときた。



 正直気が気じゃないが、心を乱すわけにはいかない。そんな余裕は、全く無い。クロノが構えるより早く、九曜の姿が視界から消えた。





「……ッ! アルディ! 金ご、がはぁっ!?」





 金剛を纏う前に、クロノの身体が九曜の尾に吹き飛ばされた。魔力を纏ったそれは、まるで金槌だ。衝撃で視界が揺れるが、痛みに怯んでいる場合じゃない。体勢を崩したクロノ目掛け、九曜は爪を構えている。




「ぬ、があああああああっ!!」




「…………っ!」




 空中で二回転し、両足を地面に突き刺すように着地、体勢を整える。そのまま迅速に金剛を纏い、両手で九曜の爪を受け止めた。



 ガルアと戦った時、クロノは金剛の状態で力負けをした。あの時は大地の力を、殆ど使いこなせていなかった。だが、今は違う。お世辞にも上手くは使えていないが、修行の成果は確かに出ている。クロノは九曜の力に、なんとか食らいついていた。




(けど、流石に……馬鹿力だな……!)




 何とか止められたが、ジリジリと後ろに押されている。魔力の扱いに秀でた種とはいえ、根っこは獣人種ビーストだ。その身体能力は、やはり人のそれとは比べ物にならない。




「……それは、ノームの力ですか……」

「…………まさか、それで終わりじゃないですよね……?」




「ぬ、うぐぐ……!?」




 込められている力が増した、相手は片手だというのに、気を抜くと吹き飛ばされそうだ。それでも、今のクロノにはこれが精一杯である。



(風と水は最低限しか……火に至ってはからっきし……!)

精霊技能エレメントフォースは大地しか使えない……どうする……どうする……!?)




「どうしました? もしや、考えを巡らせているのですか」

「そんな余裕など、与えませんよ」




「……ッ!?」




 九曜の尾が大きく広がると同時、周囲に紫色の炎が現れた。円運動のように飛び回るそれは、どう見ても普通の炎ではない。




(狐火だ! クロノ、避けろっ!!)




「わっ! わわっ!?」




 金剛の肉体強化は物理的な力には強いが、魔法のように間接的に苦しめる類の技に弱い。身体をどれだけ固めても、熱や冷気には無力なのだ。



 クロノは九曜の腕を蹴り飛ばし、後方に飛び退いた。その動きに反応するように、紫色の炎が襲い掛かってくる。




「あぶなっ……!? うわああああああっ!?」




 数発屈んで避けたが、急に目の前に黒い化け物が現れた。何がなんだか分からず、クロノは恐怖から叫び声を上げ、化け物に拳を振るってしまう。



 化け物に拳が当たった瞬間、その拳が焼かれた。




「あっっっつ……!?」



「!? …………ゴハッ!!」




 熱さに怯んだ瞬間、クロノの腹部に九曜の尾が突き刺さる。クロノの身体は、地面を数回バウンドしながら吹き飛ばされた。



(今のは……幻覚……か……!?)

(クソ……強い……さっきから九曜さんは殆ど動いてないのに……)



(正攻法じゃ敵わない! 相性も最悪だ……何か手を……)




「策などありませんよ、分かりきっているでしょう」




 アルディの言葉を見透かすように、九曜は言い放つ。九曜の目を見た瞬間に察した、あれは水の自然体だ。




「自然体まで……使えるのか……」




「精霊の助けが無いとまともに使えない君と違い、上位の魔族は大抵自然体くらい取れます」

「……君の主張する、支え合い、助け合う力など……所詮はこの程度」

「こんな物に、茜様の未来を賭ける訳には行きません」




「九曜の馬鹿ー! 巫女様と一緒に居たいだけなのに、なんでそんなに怒るのさー!」

「そんなに駄目なことなの……? そんなにいけないの!?」




「ちょ……茜、今は不味いって……!」



 茜の主張に、九曜は顔を曇らせる。



「……分かってください、茜様の為……そしてその巫女の為なのです」

「必要最低限の関わりで、どうかお願いします……」




「やーだー! やだやだやだやだー!」




 茜が涙目で訴えると、その身体から半透明の尾が現れた。尾は暦に巻きつくように、暦の身体に擦り寄った。




「……安定、してんじゃないの?」




「えぇ、とても安定していますよ」

「あの巫女と共に過ごせば、茜様は急成長を遂げるでしょう」




「だったら……!」




「……それじゃ、駄目なんです!」

「人の傍で急成長をして、魔の血が目覚めたら……再び惨劇が起こってしまうっ!」

「茜様に、先代と同じ悲しみを味合わせる訳には……いかないんですよっ!」




「だから、何で繰り返す前提なんだよ!」

「なんで失敗しないって、信じてやらないんだよ!」




「失敗する根拠も無いでしょうが、失敗しない根拠もない」

「博打は、嫌いなんです」




「失敗しないように、出来る事をするって選択もあるだろっ!」

「やれること全部やってみないで、目を逸らしてんじゃねぇよっ!!」




 クロノの訴えを振り払うように、九曜が一気に距離を詰めて来た。クロノの頭部を抉り取るように、下から爪が襲い掛かる。




「分かったような口を、叩くなっ!!」




「俺は! 目を逸らさねぇっ!」




「!?」




 限界まで集中し、九曜の心と自分の心を同調させる。修行で身に付けた『心鏡の瞳』で、クロノは九曜の攻撃をギリギリでいなす。そのまま危なっかしい水の自然体を維持、九曜の身体目掛けて拳を握った。




(……出来る事を、全部やってやるっ!)




「一番安全な方法で、最高の未来は創れないだろっ!!」






 叫びながら放った拳が、九曜に届く事はなかった。




 九曜の尾が空間を裂き、クロノの左肩と右足首が深く切り裂かれる。




 クロノが反応できない速度で、攻撃と移動手段を断たれたのだ。




「……遅いですね」




「あ、あぅ…………?」




 何をされたのか分からず、間抜けな声を出してしまう。痛みを置き去りにしたまま、切り裂かれた箇所から血が噴出した。





「がああああああああああああああああああああああああああっ!!!!?」





(クロノッ! クロノッ!!!)




 金剛で守りを固めていた筈だ、精霊技能エレメントフォースに致命的な綻びはなかった。咄嗟の行動だったが、『心鏡の瞳』もちゃんと出来ていた。それなのに、この様だ。



 何てことない、こうなった理由は簡単だ。



 単純に、レベルが違いすぎる。




「簡単な方法じゃ、最高は得られない……ですか」

「……では君は、困難な道を選び……失敗したらどうするのですか?」




「……簡単に口を挟むな、そんな単純な問題じゃないのです」




 そう零し、九曜は茜に視線を移す。咄嗟に暦が抱きしめたのか、目の前の惨状を茜は見ていないようだ。暦の腕の中で、モゾモゾとしているのが確認できる。



「狐の巫女、貴女が茜様と同じ時間を過ごし……茜様に幸せを与えられたとしましょう」

「その幸せの先に待っているのは、この少年のようになる……貴女の姿です」



「貴女はそれを受け入れられると?」

「茜様に……そのような事をさせて、良いと思うのですか?」



 そう聞いてくる九曜に、暦は答えられずにいた。



「……四天王の力は……その血は……甘くはない」

「抑え込めるかも……大丈夫かも……そんな考えは幻想に過ぎない……」

「支え合う強さ……? そんなもので惨劇の未来を変えられるなら……誰も苦労はしないんですよっ!」







「……未来、なら……変えられるっ!!」







 九曜の背後で、左腕と右足を血塗れにしたクロノが、立ち上がっていた。




「……出血多量で、死にますよ」

「この期に及んで、まだ戯言を並べますか」




「……っぅ……!」




「クロノ! もう止めろっ! 止めてくれ!!」




 アルディがその姿を晒し、クロノを庇うように九曜と向き合った。



「……ごめん、ごめん……! やっぱり、もう無理だっ!」

「これ以上は、震えて……リンク出来ないっ!」

「もう嫌だ! 君が傷付くのは見たくないっ!!」



 泣いている、クロノが傷付いたのは、どう考えてもアルディのせいじゃない。それでも、アルディは罪の意識で泣いていた。



 泣かせて、しまった。




「……これが現実ですよ、少年」

「手を取り合って、理想を仰いでも…………現実は無情だ」

「君が信じるといった力は、私一匹納得させる事の出来ない小さな物だ」

「結果君は無駄に死にかけ、精霊を泣かせる始末」



「もう答えは出たでしょう、命を取るつもりはありません」

「止血しなければ危険ですよ、もう諦め……」






「アルディ……リンクしろ」






 これが、今の自分に出来る精一杯の答えだ。




「…………え?」




 アルディは困惑の表情で固まっていた。九曜も、少し驚いたように首を傾げている。



「……リンクしろ、契約者の命令だ」



「……! 嫌だ!」



「……リンクしろ!」



「その命令は聞けない! 何でだよ! 何でそんな無茶を……!」

「死ぬつもりかよっ!! もう嫌だ! 僕はもう戦えないっ!」



「この傷はお前のせいじゃない、気負う必要はないんだ」



「そんなの関係ないっ!! もうこれ以上君が傷付くのが嫌なんだっ!」

「僕じゃ、護れないから……」

「……もう、いやなんだよ……」




 泣かせてしまった。



 自分のせいだ、自分が不甲斐無いせいだ。



 アルディが俯いた、それが最後のトリガーになった。




 クロノは血塗れの足を引きずり、アルディの頭に手を伸ばした。そのまま引き寄せ、泣きじゃくるアルディを心の中に引っ張り込んだ。そのままフラフラと進み、九曜と向き合う。



「……何の為に、そこまでするんですか」

「そもそも君には関係ない……命をかける理由が見当たりませんが」




「俺の夢は、人と魔物の共存の世界」

「その為に……ここは引けない」




「……夢の為に、死ぬつもりですか」




「ここで死ぬ運命なら……それを変えてやる」

「俺は、精霊に支えられてここまで来たんだ」

「その強さで、未来だって変えてみせる…………何より……」




「友達が、泣いてるんだ」

「ここで死んだら、もっと泣かせる事になる」

「俺の勝手な無茶で、こうなったんだ」

「男として……友達として……死ぬわけにはいかない」

「これ以上、泣かせるわけにはいかない」




「そんな理由で、私と戦うと?」

「……向かってくるなら、反撃させて貰います……手心を加えても、その傷だ……」

「次食らえば、さらに大出血して……死にますよ?」





「死なない」





 それだけ言って、クロノは一歩踏み出した。九曜は溜息を零し、自らの尾に魔力を込める。




(止まれクロノッ!! もう止めろっ!!)



(なぁ、アルディ)



(…………!?)



(ルーンの腕が吹っ飛ばされた時さ、ルーンは怒ってた?)



(…………え)



(多分だけどさ、その時のルーンの気持ち、今の俺はちょっと分かるんだ)

(きっと、その時のルーンも、引かなかったんだろ?)

(引けるわけねぇもんな、友達が、泣いてるんだもん)




(………………っ!)




 あの時、自分は泣いていた。不甲斐無くて、申し訳なくて……情けなくて……。


 そんな自分の心を、あの男は包み込んでくれた。


 責められてもおかしくないのに、逆に護られた。


 心が砕けそうになった自分の為に、腕が吹っ飛ばされても、笑っていた。



『あ、あぁ……ルーン……ごめ……ごめん……』



『痛いなぁ……! 暴走してるからって……これはちょっと許せないよ……!』



『ごめん、ルー…………!?』



 戦闘中にも拘らず、心の中で頭を撫でられた。



『朧さん! ごめんね、ちょっとマジでいくよっ!』

『僕の友達が、責任感じて泣いちゃったじゃないか!』



『ルーン……?』



『大抵は笑って許すけどさぁ……!』

『僕の友達を泣かせる事だけは、絶対に許せないんだよ!』

精霊技能エレメントフォース! 紅蓮巴ぐれんともえ!』



 白い炎で吹き飛んだ腕を再生させながら、暴れ狂う朧に突っ込んでいくルーン。そんな彼の心の中で、一言だけ謝られたのを思い出した。




(無茶させてごめんね、……契約者失格だね、僕)




 あの時、心の底から、後悔した。本当の意味で、彼を護りたいと願った。護られるだけじゃ嫌だと、彼を護れるほど強くなりたいと、思ったんだ。





(…………あっ…………)





 あの時と、同じ様に、暖かかった。涙を流す自分を、クロノは心で包み込んでくれた。その心は、純粋な信頼で満ちていた。



(義務とか、そんな面倒くさい理由じゃないんだよ)

(単純なんだ、分かってくれ)



 そう、単純な理由だ。



 あの時、アルディ自身も、願った事だ。



 クロノ目掛け、九曜の尾が襲い掛かる。それを見た瞬間、アルディは全ての思考を置き去りに、心を繋げた。









 『友達を助けたい』……その一心で、全てを預けた。



 






 バシィンッ!!! っと大きな音が響き、九曜の尻尾が弾き飛ばされる。先ほどまでとは別次元の力を宿し、クロノは笑顔を浮かべた。




「………………な、に……?」




 手心など加えていない、自分の八つの尾を集中させた突きを弾かれ、九曜は驚愕の表情を浮かべる。そんな九曜を尻目に、クロノは大きく息を吐いた。



(あー…………凄い暖かいや……)

(……泣き止んだ?)



(馬鹿だなぁ……何で忘れてたのかな……)

(すっごく恥ずかしいよ……)



(……悪いな、俺のせいで泣かせちゃって)



(いいよ、ウジウジと迷惑かけたのはこっちだし)



(終わったら幾らでも説教聞くからさ、今は頼む)



(勝てるかは分からないよ?)



(勝てるさ、そんな気がする)



(……相変わらず根拠がないね)

(いいよ、付き合うよ)



 心が強く繋がっている、前とはぜんぜん違う。大地の力が漲ってくる……何より、信頼を強く感じる。負ける気がしない、負けられない。




「「精霊技能エレメントフォース巨山嶽きょざんがく!」」



「支え合って、俺達は強くなれる……」



「未来だって! 変えてみせるっ!!」




 この強さは、本物だ。


 それを、証明してみせる。



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