第百三十話 『狐の巫女』
今までも魔物の子供と出会う度、トラブルに巻き込まれてきたクロノだが、今回はもうどうしたら良いのかすら分からない。目の前ではしゃいでいる狐の少女が、『山隠し』を引き起こしている存在、四天王の一匹かも知れないのだ。
しかし、どこからどう見ても危険な感じはしない。無邪気に笑うその姿は、むしろ押せば泣き出してしまいそうなほど弱々しい印象を与えてくる。何より、左右に振っている尻尾は一本だ。狐族の強さの証明たる尾が一本である以上、彼女が四天王だとどうしても信じられない。
「なぁアルディ、やっぱり人…………狐違いじゃないのか?」
「名前が一緒ってだけでさ」
「うーん……確かに僕も彼女が四天王には思えないかな……」
「茜は四天王だよー!」
もうダメだ、本人が肯定してしまった。完全に違う方向へ絶望の感情が向いてしまう。この小さな狐に対し、何をどうしろというのだろうか。
(どうしよう……)
「巫女様ー! ギュー♪」
「あ、あぅ……」
混乱しているクロノだったが、そんなクロノを気にも留めず、茜は巫女服を着た女性に抱きついた。顔を青くしている女性だったが、そういえばこの女性は何者なのだろうか。
(四天王と仲良さげだし……一体…………ん?)
女性が付けている髪飾りに小さく浮かぶ数字、あれは勇者の証だ。
「あなた、勇者なんですか?」
「ギクリ……」
ますます訳が分からない、巫女で勇者が四天王と仲がいいとは、なにがどうなっているのだろうか。隣のアルディも混乱している様子だ、何から切り出すべきか、クロノも頭を抱えてしまう。
「巫女様ー♪ お寿司食べたいー」
「えっと……けど、あの……」
「お寿司お寿司お寿司ー!!」
「……はぁ……もぉ……」
空気を一切読んでくれない四天王、そんな彼女に、巫女服の女性は懐から取り出した包みを手渡した。これ以上ない笑顔で包みを開ける茜、中身は稲荷寿司だ。
(うっわぁ……ベタな好物だなぁ……)
「巫女様のお寿司ー♪」
「ゆっくり食べるんだよ? 慌てちゃ駄目だからね」
「はぐはぐ、むしゃむしゃ……」
多分、いや絶対に聞いていない。巫女も呆れた様子だ。
「えーっと……仲良いんですね……」
「……うぅ……ついに見られちゃったなぁ……」
「村の人には黙っててください、って言っても……無理ですよねぇ……」
「? 言っちゃ不味いなら黙ってますけど」
「……本当ですか!?」
「その代わり、詳しい話が聞きたいんですけど」
パァっと明るくなった表情が、一気に固まってしまった。しばらく唸っていた女性は、観念したように溜息をついた。
「見たところ旅のお方……背に腹は変えられませんか……」
「けど! 他言無用! 絶対に話しちゃ駄目です!!」
「分かりました! 分かりましたから!」
懐から札のような物をチラつかせる女性。あの手の類の武器は魁人が使っていた気がする。身の危険を感じ、クロノは数歩後ずさった。
「……むぅ……」
「……はぁ……私はこの近くの村出身の勇者、名は暦といいます」
「私の家は、大昔に狐に救われた事があって……」
「それから代々、この社に仕える巫女を家から出してきたそうです」
「今の代が私ってことになります」
「数百年も前の話ですし……村の者は信仰を忘れ、家の者も決まりだから程度にしか思っていません」
「私も巫女の役割を果たす為、毎日この社に供え物をしていただけだったんですけど……」
「巫ー女ー様ーー!!」
稲荷寿司を食べ終えた茜が、暦に飛びついた。
「…………この子に出会ってしまって……」
「最初は普通の狐だったんです、見た目……」
「あぁ、もしかしたらこの社には、本当に力を持った狐がいたのかなぁって……」
「……最初は面白半分で……この子と過ごしていました……」
「そしたら魔物で……しかも四天王で……挙句懐かれて……」
「勇者の私が魔物と会ってるなんて……村の人に知られたら……」
「大体良い狐と悪い狐の定義ってなんですか……この子だって狐じゃないですか……家の決まりだからいいじゃないですか……家の人は神聖な社に魔物とか許せないとか言うし……もう訳が分からないですよ……仲良くすればいいんですか? ……退治しろって言うんですか? ……みんな勝手なんですよ、大体四天王に勝てるわけないし、内心生きた心地しないですし……もう来ないって言える立場じゃないし、言ったらこの子泣いちゃうし……泣きたいのはこっちなんですよ……生まれた時から巫女として育てられて……自由とかなかったですし……しかも勇者の証まで取らされて……もう私の人生めちゃくちゃですよ……もういい加減逃げ出したいですよ…………」
一気に暗黒を纏い、項垂れながら話す暦。もう何て言うか、かける言葉が見当たらない。完全に目が死んでしまっている。
「巫女様……茜と一緒嫌なのー?」
「……うえええん!」
「あぁああああああもう!! 違うんだよぉ!」
「もう泣かないでよ……泣きたいのはこっちなのに……」
「この子と居るとやばいのに……この子と居る時だけ…………私は自然と笑えるんですよ……」
「もう何が正しいのか……どうすればいいのか……私には分からないですよ……」
泣き出してしまった茜を抱きしめながら、暦は辛そうに零していた。
「……暦さんは、その子が嫌いなのか?」
「嫌いになれたら、楽だったでしょうね」
「この子の境遇を聞いてしまったから、放っておけなくなりました」
「この子は私と同じなんです……生まれた時から……自由を知らない子……」
「先ほど不思議そうにしてましたよね、この子が四天王だって事に」
「この子の尾は一本……どこからどう見ても強さは感じないでしょう……」
「でも…………」
「巫女様お話長いよーー! 茜と遊んでよーー!!」
泣いていた茜が叫んだ瞬間、彼女の体が青い炎に包まれた。それと同時、半透明の尾が八本、彼女から生えてきた。その瞬間、馬鹿げた力が発せられる。
(………………ッ!!)
四天王の力を肌で知っているクロノは、その力を見た瞬間、反射的に後方に飛んでいた。アルディも無言でクロノの傍に飛んでくる。間違いない、この力は次元が違う物だ。
近距離でその力の余波を食らった暦は、軽く吹っ飛ばされてしまった。衝撃で巫女服がはだけてしまう。
「!? 暦さん……って……!!?」
「巫女様ー! ごめんー! ごめんー!!」
「…………っと、まぁこのように……この子は無理やり、先代四天王の力を宿されたようでして……」
「見ての通り、その力をまるで扱えていないのです」
「そのせいでこの辺りが大変な事になったりしているみたいで、この幼さでその責任を負わされているのですよ」
慣れた様子で身体を起こす暦だったが、随分派手に服がはだけてしまっている。暦の裸体を見たクロノが、凍りついた。
「えぇ、予想通りの反応ですね」
「そうです、私は男です」
「馬鹿げてますよね、本当に……」
「私の家はこの代……私しか子供が生まれなかったんですよ」
「結果、何を思ったか……男の私が性別を偽り……巫女になる為に育てられました……」
「もう、私の存在って完全に神への冒涜だと思うんですが、どうですかね」
「神に仕える巫女が……性別偽るとか……私の親って何考えてたんですかね……」
「私自身が気がついた頃には……取り返しの付かない事になってましたけどね……最早口調とか戻せませんし……男物より女物の服の方が落ち着きますし…………あははは…………」
服を整えながら、暦はどこか遠くを見ていた。クロノは目を背けたが、彼女(?)が流した一筋の涙に釣られ、不覚にも泣きそうになった。
(…………かける言葉が…………見つからねぇ…………!!)
「……不憫だ……」
「あはは……笑ってもらったほうがまだマシです……」
「……一部を除いて……未だに村の人は私が女だって思ってますけどね……」
「隠し事が増えていくなぁー……」
背後に暗黒空間を背負いながら、暦は慣れた手つきで乱れた髪を整えていく。言っちゃ悪いが、どう見ても男には見えない。
「巫女様ー! 痛かった!? 痛かった!?」
「大丈夫、慣れてるから」
「泣かないの、ほら……今は九曜さん居ないんだから……楽にしてなさい」
「……! 巫女様ー!」
微妙に痛々しい事を言いながら笑う暦に、涙を浮かべたまま茜が飛びついた。いい加減この空気が耐えられなくなったクロノは、話題を変えようと必死になる。
「く、九曜さんって……?」
「茜の指導役ですよ、八尾のね」
「私もよく知らないんですけど……この辺りって狐族が管理してる隠し道があるんです」
「その隠し道が、茜が受け継いだ力を上手くコントロール出来てないせいで、滅茶苦茶になってるっぽいんですよ」
「狐の住処で特訓してたそうですけど、失敗してこの社へ飛んできたみたいですよ」
「帰ろうにも、道が閉ざされたとか」
「あぁ、アルディはさっきその話をしてたのか」
「まさか自爆してたとは思わなかったけどね……」
「特訓いーーやーーだーー!! 九曜怖いから嫌いーーー!!」
「巫女様虐めるし! 厳しいし! やだやだやだーーー!!」
駄々をこね始める四天王、再び半透明の尾が現れ、周囲を威圧し始める。とんでもなく不安定且つ、強力な力は、無差別に周囲を襲い始める。
「うわあああっ!?」
「クロノッ!」
吹き飛ばされかけたクロノを、アルディが寸前で捕まえる。
「まーた始まった……茜ー……落ち着いてってばー……」
「おぉい巫女様!? お前色々諦めすぎてんだろ! 生気を感じないぞ!?」
「九曜の馬鹿ー! 馬鹿馬鹿馬鹿ーーっ!!」
「そこのチビ天王っ! ちょっとは力抑える努力をしろーっ!」
「チビ…………チビじゃないもんーーーっ!!」
「って……へ?」
茜が叫んだと同時、彼女から生える半透明の尾が巨大化、クロノ目掛けて襲い掛かった。直感で分かる、この一撃は避けられない。そして喰らえば、死ぬ。
(やべ…………)
「クロノッ!!」
アルディが叫ぶが、この一撃は金剛を纏った程度じゃ防げない。万事休すかと思ったクロノだったが、その眼前に何かが割り込んだ。
「喝っ!!」
金色の尾を八本靡かせた狐族が、クロノと茜の間に割り込んだ。彼の一喝により、茜の半透明だった尾が消し飛ばされる。
「……また不安定な力を感じたと思えば……何をしているのですか茜様」
「貴女には3時間の精神統一を命じた筈……遊んでいる暇など無い筈ですが?」
「九曜だー! 巫女様助けてー!」
「いやー無理でしょうー……」
「……狐の巫女は特例として……また人が増えていますね」
「茜様……貴女は四天王……あまり人前に姿を晒しては困ります」
「人間好きだもん、一緒に遊びたいもんー!」
「遊んでいる暇はないと言った筈です」
「ひぅぅ……」
四天王が怒られて丸くなっている、目の前の光景はどう考えても異常だ。クロノが呆気に取られていると、九曜と呼ばれた八尾がチラッとこちらを見てきた。
「……四天王はむやみやたらな殺しを、許可されていません」
「魔王様の取り決め上、君を庇いはしましたが…………別に生かしておく義理もない」
「ここから去りなさい、見た事も他言しないよう」
「それと狐の巫女、最低限の立ち入りは許可しましたが……深入りしないよう命じた筈です」
「茜様はこれから修行があります、即刻去りなさい」
それだけ言うと、九曜は茜の手を引いていく。
「やだー! 修行嫌いー!」
「貴女が力を使いこなさないと、亡きお母様も報われません」
「貴女はもう四天王なのです、相応の振る舞いをしてください」
「貴女は獣の血を引く魔物の中で、最強の力を継ぐ存在」
「その貴女がこれでは、他の者に示しがつきません」
「つまり、いい加減大人になりやがってください」
「巫女様ー! 助けてー!」
悲痛な叫びを残しながら、茜はズルズルと引きずられて行ってしまった。残されたのは、呆然とするクロノ達だけだ。
「さて……今回はどうしようかな……」
「僕に言われても……」
解決策が、見つからない……。




