第百二十九話 『古びた社と、小さな狐』
「おっと……朝日が出てきたな」
「クロノが真面目な話するからだよ、似合わないくせに」
「おかしいな、話し始めたのはアルディからだった筈なんだけど……」
何故か自然な流れで自分のせいにされた、理不尽である。
「クロノが言ったんじゃないか、いつか話を聞かせてくれって」
「まぁ、少しお喋りだったかもね、あー恥ずかしい」
そう言って顔を背けるアルディだったが、話してくれたこと自体は嬉しかった。また少し距離が近づいたと、ちょっとくらい自惚れてもいいはずだ。
「うん……いいよな」
「……? なに黄昏てるんだい?」
「悪いけど余裕あるなら立ってくれないかな、せめて今どこにいるかくらい把握しとかないと」
微妙にいつもより冷たい気がする、照れているのだろうか。だとしても言ってる事は正論である、現在クロノはアルディ以外の精霊と連絡がつかないのだ。あっちはセシルが一緒なので、万が一は有り得ないだろうが、それでも合流を急いだ方がいい。
「……っと……よし、何とか立てる」
「現在地確認は賛成だけど……すぐ合流できる距離なのかな……」
「そればっかりは分からない、どれくらい飛ばされたのか……」
「けど、君には僕がついてるし、あっちにはみんながいる」
「あっちがあの捻じ曲がった空間から脱出して、連絡さえ取れれば……合流は難しくないはずだよ」
「なるほどね……じゃああっちが脱出してくれるまで……こっちは安全確保といきますか……」
セシル達なら案外すぐに抜け出してくれそうだ、こっちはこっちの心配をすることにしよう。クロノは気合を入れて前を見据える。視界には木しか映らなかった。
「今更すぎるけど……超! 森だなおい」
「飛ばされてきた訳だし、当然どっちがどっちかも分からないよ」
「お先真っ暗だよ……」
「うーん……フェルドかセシルがいればなぁ……金剛状態のクロノを上に投げ飛ばしたりして、周囲を見渡せるんだけど……」
「僕しかいないと生身のクロノを投げ飛ばすしかないしなぁ……それだと今のクロノには致命傷になるかもだし……」
「あははははは、セシルみたいな冗談言うなぁ」
「契約者はボールじゃねぇんだよこの野郎」
「勿論冗談だけど、セシルと同レベルなのは泣けてくるなぁ」
そう語るアルディは本気で落ち込んでいた。たまに見せるセシルへのこういった態度は、長い時間が築いた信頼関係を感じさせる。
「気になるなぁ……昔のセシルってどんなだったんだよ」
「フェルドは事あるごとにひよっことか言ってるし、正直想像できないぞ」
「えー……あんまり話すと後が怖いんだけどなぁ……」
「まぁルーンの仲間の中じゃ、最初は一番弱かったよ」
その事実だけで引っくり返りそうだ。現在の四天王であるセシルが一番弱いパーティーとは、どんな化け物集団だ。
「出会った当初は、口調も今より幼かったし……事あるごとにルーンに突っかかってたね」
「けど……一番ルーンの背中を追っていたのも彼女だ」
「今の彼女の強さは、その証明だよ」
「僕達にとって、娘みたいな存在だ……成長した姿には涙が出るよ」
「…………これ、セシルには言わないでね? 本気で殺されるかもしれないから」
静かにキレるセシルが容易に浮かんだ、この話は二人の秘密にしておこう。セシルの過去に興味は尽きないが、今は長話をしている暇が無い。それ以前にこの話題を続けていると、後々酷い目に遭う気もする。
「さて、お喋りはここまでだな」
「とにかく森を抜けよう、息が詰まる」
「魔物や野生動物と、エンカウントしないことを祈るよ」
「動物はともかく……魔物は今はキツイなぁ……」
苦笑いを浮かべつつ、クロノとアルディは歩き出す。割と鬱蒼としているが、こういった道は慣れっこだ。
「昔はよく山道とか駆けたしなぁ」
「ロー君とかい?」
「あぁ、あの頃はなんでこんな目に……とか思ってたけどさ」
「役に立ってるし……感謝しないとな」
あの頃の努力は、確かに自分の為になっている。勇者になる為の努力だったが、無駄だったわけじゃないのだ。
「へへっ……ローも今頃頑張ってるかなぁ……」
「あいつも大概、諦めが悪かったしなぁ……ってうわああああああああああああああっ!!!」
「…………本当に慣れっこなのかい……?」
足を踏み外し、坂を転げ落ちていくクロノ。そんな契約者をアルディは呆れた様子で眺めていた。
割と洒落にならない距離を転げ落ちたクロノ、どうやら山の中ほどに居たらしい。転げ落ちる途中で金剛を纏わなければ、甚大なダメージを負っていたかもしれない。一旦姿を消したアルディが再びクロノの傍に現れると、ボロボロの状態で目を回している契約者が倒れていた。
「せっかく休めた体、またボロボロだね」
「ひ、ひっどい目にあった……」
途中で何度か岩に衝突したが、金剛の防御力でなんとかなった。何とかなりすぎたせいで岩を砕き、転げ落ちるのが止まらなかったのだ。
「けど……森を抜けて街道に出たね」
「……まぁショートカットと思えばなんとか……」
「完全にペナルティエリアを突っ切った気分だよっ!」
「向こうに田んぼが見えるね、ここはまだジパングっぽいかな?」
「すぐ近くに人も住んでそうだし……結構なんとかなりそうだね」
「あいたたた……最近ついてない気がするよ……」
「…………ん?」
「とりあえずあっちに行ってみよう、田んぼあるところに人里あり、だよ」
「アルディ、あれあれ」
歩き出そうとするアルディを呼び止め、ある一点を指差すクロノ。アルディがその指先を見ると、赤い鳥居が確認できた。
「あれ知ってるぞ、神様を祭ってるとこに建ってるやつだ」
「……まぁ間違ってないけど……」
「俺が転がってきた山の方に、階段があるな」
「ちょっとクロノ!? 寄り道してる場合じゃないだろう?」
トコトコと鳥居に吸い寄せられるクロノ、やはりジパングの物は珍しいのだ。鳥居の奥には、山へと続く階段が存在した。
「この上……神様の社があるのかな」
「クーローノー? まずここがどの辺りなのかを聞くのが先だろう?」
「固い事言うなって、上に人が居るかも知れないし……ちょっとくらい、いいだろ?」
「とりあえずお参りしてみよう、俺の最近の不幸が何とかなるかもしれないしさ」
自分に勇者の加護を授けなかったのは、間違いなくその『神』という存在なのだが、クロノはそんな事微塵も考えず階段を上っていく。呆れるアルディだったが、意外と元気そうなクロノを見て内心ホッとしていた。
(まぁ……ここは人里近くで間違いないみたいだし……)
(神域には魔物の類は寄り付かないだろう……ちょっとくらい、大丈夫だよね)
肩の力を抜き、アルディはその姿を消した。さっさと階段を上って行ってしまったクロノの元へ、一気に追いつく為に。
「想像してたのと違う!!」
追いついた矢先、そう叫ぶクロノの姿があった。目の前に広がっていたのは、完全に寂れた小さな社だった。
「何を祭っていたのかは知らないけど……こりゃ酷いね」
「辛うじて形は留めてるけど、これは長いこと人は来てないんじゃないかな」
「うっわぁ……なんかスゲェ幸先悪いんだけど……」
「…………けど変だな……妙な力が残ってる気が……」
「それにこの社……見覚えが……」
「アルディ……慰めはよせよ……くすぐったいよ……」
「……? クロノ、何言って……!?」
社の様子を伺っていたアルディだったが、クロノと微妙に話が噛み合っていない。変に思ったアルディが振り向くと、地面に崩れ落ちているクロノの頭を、妙な子供が撫でていた。
(……ッ!? 妖狐っ!)
その姿は幼いが、狐の耳と尾がそれを示していた。
「クロノッ! 離れろ!」
「へ? って、うわあ!?」
アルディの声で顔を上げたクロノは、そのすぐ近くの少女に驚いてしまう。咄嗟に飛び退くクロノだったが、当の妖狐は首を傾げていた。
「いつの間に…………!?」
「クロノ、油断するな…………こいつ……気配を感じない……」
「気配を隠せるほどの実力……を…………って……あれぇ……?」
アルディが急に気の抜けた声を出した。
「……なに? どした?」
「……この子……尾が一本だ……」
一尾と呼ばれる妖狐だ、その力は狐の魔物の中で最弱である。
「なんだ……力が極端に小さいだけか……」
「じゃあ危なくないのか?」
「けど一応魔物なんだろ? こんな場所に居ていいのかなぁあ!?」
言い終わる前に、クロノに妖狐が飛びついてきた。突然だったので、クロノは押し倒されてしまう。
「ちょ、何!?」
「~♪」
クロノの問いには答えず、すりすりと頬ずりしてくる妖狐。ハッキリ言って敵意は微塵も感じない。
「あ、のっ!? 突然なんだよっ!」
小さな体を引き剥がし、クロノは慌てて距離を取る。妖狐はやはり首を傾げるだけだ。
「えっと……反応ないと困るんだけど……」
「人間、遊びに来たんじゃないのー?」
反応が無いと困るが、急に反応されても困る。
「え? 遊び?」
「んー? こんな場所まで来る人間、珍しいよー?」
「遊んでくれない人? 会っちゃいけない人?」
「困るよ困るー! また九曜に怒られるー!」
尻尾を左右に振りながら、小さな妖狐は涙目になってしまう。しかしこちらも状況が掴めない。
「え、えっと……?」
「とりあえず、君は何でこんな所にいるんだい?」
アルディが助け舟を出してくれた、やはり頼りになる。
「なんで? ここ狐の社だよー?」
「……面影が残ってるわけだ……」
「じゃあ、まだここに道は残ってるのかい?」
「んー? ある! けど使えないの……」
「練習してたら道塞がっちゃった……上手く出来ないんだよー」
「頑張ってたら残ってた道も滅茶苦茶に…………もうやだー!」
よく分からないが、妖狐は手足をバタバタさせて駄々をこね始める。正直、クロノには話の半分も理解出来ていない。
「……どゆことですかね」
「……んー……僕もちょっと信じられないんだけど……」
「いやでも……練習って……まさか……」
なんだかアルディが青い顔をしている気がする。
「……君、お名前なんて言うのかな?」
「んー? 名前ー?」
「名前はねー」
「茜っ!?」
突然割り込んできた声、クロノが振り返ると、綺麗な女性が階段を上ってきていた。巫女服を着た女性は、顔を青くしている。
「うわーい! 巫女様、巫女様ー!」
そんな女性に向かって、妖狐は笑顔で駆け寄っていく。さっきから理解が追いついていないのだが、今の名前には聞き覚えがある。
確かに、『茜』と聞こえた。その名は、セシルが四天王の一人と言っていた名だ。
「……このちっこいのが…………四天王ーーーっ!?」
「そんな馬鹿な…………尾は一本じゃないか……!?」
セシルが四天王だと知った時より、驚いたかもしれない。この小さな妖狐が四天王であり、『山隠し』の元凶かもしれないのだ。クロノの頭は、過去最大級に悲鳴を上げていた。




