Episode:カルディナ ⑥ 『一緒に探そう』
夜の闇を切り裂くように、リウナは退治屋達に突っ込んでいく。その表情は、彼女を良く知る者ならば、違和感を感じる物だろう。まるで迷いを振り払うように、自分の行動が正しいと、思い込むように……。
リウナはその爪を、牙を、目の前の人間達に向けた。
「真正面からとは……! 舐めてくれるなっ!」
「迎え撃つぞっ!」
「ははっ! やってみろよ! ノロマな人間さんよぉっ!」
地面を蹴り、一瞬で人間達の視界から姿を消す。前とは違う、腹も満たされ、体調は万全だ。まだ幼いリウナだが、運動能力は人間とは比較にならない。彼女は獣人種、それも……あの黒狼の娘なのだ。普通の獣人種とは、比べ物にならないほど、強い。
「……ッ!」
「ガアアアアアッ!!」
後方に下がっていた、魔術師らしき男に飛び掛るリウナ。右の爪が、男の杖をへし折った。
「こ、のっ!」
男の手が魔力で輝く、リウナの鼻が、魔力がどこに飛ばされたのかを正確に感じ取った。
「同じ手が通用するかっ! 馬鹿がっ!」
リウナは瞬時に後方に飛び退く。男が放ったのは、前回と同じ土属性の魔法だ。足場をドロのように溶解させ、移動を妨害する魔法のようだが……今のリウナを縛るのは難しい。
一度戦闘モードに入った獣人種は、一種の興奮状態になる。血が騒ぐとは、例えでは無いのだ。『月狂』で暴走状態に入らなくても、それなりに凶暴になる、それが獣人種の『血』なのだ。
「なろっ!」
「遅ぇっ! うぜぇっ!」
後方から剣を振り切られるが、上半身だけで難なくいなす。そのまま蹴り上げ、相手の剣を弾き飛ばした。
「どうした人間っ! 殺せるのは弱い魔物だけかよっ!」
「偉そうな口叩いて、その程度か! あぁっ!?」
『リウナ♪ 仲良くしようね♪』
「…………ッ!!? 止めろ……止めろ……!」
『えへへ~リウナはお肉好きなんだねー』
『ウリウリ……いい子いい子~♪』
「うるせぇ……うるせぇ……!」
(どうでもいい、関係ない……!)
(何で思い出す……! 忘れろ……もう関係ねぇっ!)
『ね? 友達までの第一歩、……ダメ?』
【きっと、人間とだって仲良く出来るから……ね?】
(……っ!? 母様……)
「……ッ!! うあ、アアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
月を仰ぐように叫び、リウナは感情を凶暴性の覚醒で塗り潰す。『月狂』を発動し、姿形を凶犬に変えたリウナに、退治屋達は戸惑ってしまう。
(関係ない……オレは憎い……そうだ憎いんだっ!)
(もう考えるのはいいんだ……あの馬鹿の事とか……母様や父様の事はどうでもいいっ!)
(復讐しろ! 殺せ! 人間なんかぶっ殺せっ!!)
(共存!? 友達!? 仲良くなんて冗談じゃないっ!)
(オレの道は、修羅の道っ!)
(堕ちるとこまで行ってやるっ! 上等だよ……阻む奴は皆殺すっ!)
(母様を奪った人間を……退治屋を……絶対に許すなっ!!!)
血走った目で赤いラインを残しながら、リウナは退治屋に突っ込んでいく。その猛攻をまともに受け、退治屋達は一気に押されていく。
「クッソ! 何事だよっ!」
「ワーウルフじゃなくて、ウェアウルフって奴か……堪らないなこりゃっ!」
「どうするっ! 一旦引くかっ!?」
「馬鹿だなぁ、もうちょっと落ち着けよ……素人じゃあるまいし」
「ガキが自棄になって暴れてるだけだっつの」
4人の中で一番冷静さを保っている男が、一歩前に出た。
「……ッ! 獣砲っ!!」
「おぉう、怖い怖い……」
男はリウナの攻撃を、水の壁で容易く弾き飛ばす。
「手負いの獣じゃあるまいし……そんなにおっかない顔しないでよ」
「それとも……冷静じゃいられない理由でもあるのかなぁ?」
「…………ッ!! ガアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「馬鹿だなぁ……そんな力で暴れちゃ持たないよ?」
「手玉だぜ、お嬢ちゃん?」
リウナは薄く笑う男に飛び掛るが、水の壁がそれを遮った。男は薄い水を纏い、その水がリウナの攻撃をことごとく防いでしまう。どんなに力を込めて殴ろうが、蹴ろうが、水の壁を砕くことが出来ない。
壁ごと男を掴もうとしても、水を掴める筈がない。水の壁は流動的に流れを作り続けており、攻撃の威力を散らし、その流れで弾き飛ばす。
「……ッ!!」
「顔色変わったねぇ? ダメだよそんなに簡単に顔に出しちゃ」
「可愛いなぁ、戦闘は素人かな?」
「じゃ、追い込んでいこうかな」
男の水魔法に翻弄されたリウナは、気がつけば退治屋4人に囲まれていた。
「……ッ!! ガアアアアッ!!」
ならば、と、リウナは水の魔法を使う男を無視して走り出す。自分を取り囲む別の退治屋に襲い掛かるが、またも水の壁がそれを阻んだ。
「!?」
「やだなぁ、そんな単純なわけないじゃなーい?」
「包囲術・水牢…………もう逃げらんないよ」
リウナを囲んでいるのは退治屋だけじゃない、地面に浸透した水が、リウナを包囲していた。
「俺達はこの戦術が得意でさ、君みたいな力技でガンガン押してくる魔物は大得意なわけよ」
「捕縛魔法、妨害魔法、状態魔法で自由を奪い、アウトサイドから魔法で仕留める……」
「どんだけ強力な力も、届かなきゃ意味ないっしょ」
「ガアアアアアアアアッ!!」
飛び掛るリウナの爪も、水の壁にあしらわれるように弾かれた。
「追い込んでいこうか、みんな」
「オッケーッ! 任せてっ!」
「喰らえっ! 毒の霧!」
完全に自由を奪われたリウナに、退治屋達の魔法が放たれていく。体力を削られ、追い込まれたリウナはフラフラと膝を付いた。
「君が本当に力を使いこなせるなら、俺達の負けだっただろうね」
「けどさ、いくらなんでも君みたいな子供が……そんな力を振り回すのは良くないよ」
「器も出来上がってないし、君は女の子だ」
「まだ体がついてきてない……哀れなもんだ」
リウナは強い、その血筋も、宿す力も、一級品だ。だが、それでも……いくら優秀な血を、力を受け継いでいるとしても、まだ子供なのは間違いない。
『月狂』の強力すぎる力を押さえ込む器には、まだ身体が出来ていない。解放した凶暴性を制御できるほど、成熟していない。戦闘での駆け引きが出来るほど、経験を積んでいない。
結局、『月狂』を維持する事も出来なくなり、リウナはその場に崩れ落ちた。
「ふぅ……凶暴な奴だったが……これで……」
「ざけんな……まだ勝負は……」
「……まだ喋れるのか」
「しかしやっぱ魔物は怖いねぇ……襲い掛かってくるときなんか特に怖い」
「君みたいな魔物が居るから、俺達人間は安心できないんだよねぇ」
その言葉にリウナはキレそうになる、どの口が言うのだ。お前等が、それを言うのか。
「……ッ! ざけんな……! そりゃこっちの台詞だ……っ!」
「はい~?」
「オレ達が何したってんだ……テメェらが、テメェら退治屋が……っ!」
「…………っ! 母様が……! なにしたってんだぁっ!!」
ボロボロにされた身体を起こし、リウナは目の前の人間達を睨みつけた。
「母様を返せよ……優しかった母様を返せよっ!!」
「オレ達はなにもしてねぇ……普通に住処で暮らしてただけだっ!」
「オレの母様は優しかった……人間を襲ったことなんかないっ!」
「助けただけだ……助けて感謝されただけだぁっ!」
「母様は人と仲良くなって……いつかは人と友達にだってなれるって……言ってたんだ……!」
「なのにっ! 人間は母様を悪い魔物に仕立て上げたっ!」
「金目当ての退治屋はっ! 母様を背中から射抜いたっ!!」
「人の王は……父様が王子を救った事実を揉み消しやがったっ!」
「ふざけんなよっ! それで魔物が悪だとっ!? どんな頭してやがんだっ!!」
「テメェらなんか……っ!? あぐっ!」
リウナが次を言う前に、退治屋の男は水でリウナの身体を縛り付けた。水の鞭で四肢を縛り、リウナの身体を無理やり立たせる。
「哀れな子供だなぁ……イカれたお母さんの言葉で……狂っちゃってるねぇ」
「な、にぃ……!」
「現実を知らない、馬鹿の連鎖だよね」
「人と魔物が友達になれるって? 君のお母さんは随分甘い事言うね」
「それに影響された君も、ある意味で被害者みたいなもんだわ」
「いいかい? 人と魔物は相容れない存在なんだよ、どこまでいっても敵対する関係だ」
「友達になれるなんて言った君のお母さんは、どっかおかしかったんだろ」
「その言葉を信じ、期待に胸膨らませたのは君の勝手だけどさ」
「母親が殺されて、人に裏切られた見たいな反応は……正直迷惑だね」
「有り得ない空想からの逆恨みとか、冗談じゃないんだよ」
男が魔力を込める、それと同時、リウナを縛る水の鞭が体に食い込んできた。
「痛っ!? う……あああああっ!!」
「やれやれ……不愉快だなぁ……もう……」
「殺す前に一つ教えておこう、魔物と友達になりたいなんてキチガイ……存在しねぇよ」
「お前等魔物が死んで喜ぶ奴がいても……助けようとする奴なんざいやしない」
「お前等の存在を認める人間なんか……いないんだよ」
男の手に水が集まり、槍のような形を成した。
「可能ならさ、次生まれてくるときは人として生まれておいでよ」
「魔物に生まれるのはよした方がいい……ぶっちゃけハズレだし」
「……ぐぅ……! クソ……クソォ……」
悔しさで涙が溢れてくる、言い返したくても、言葉が出てこなかった。母親の言葉を否定され、己の存在も否定され、リウナは泣くしか出来なくなった。
(母様……畜生……畜生……っ!)
『リーウナ♪ お母さんね、人間の友達が出来たよ!』
『にんげんー?』
『お父さんはちょっと警戒してるけどね、私は凄い嬉しいんだ』
「この調子で、あの壁の国の人ともいい関係が築けたらいいのにね」
『かーさま、なんでにんげんと仲良くしたいのー?』
『んー? じゃあリウナは、何で人と仲良くしちゃダメだと思うの?』
『んー? んー……?』
『分かんないんだよねぇ……そんな決まりないのにさ』
『どうしてこう……相容れないのかなぁって……』
『むずかしいよー……うぅー』
『ごめんごめん、ほらおいで♪』
『お母さんね、今回出来た友達のおかげで、人と仲良くする事は間違いじゃないって思ったの』
『きっと、きっとね……? 人と手を取り合う事も、出来ると思う』
『リウナにも、お友達できるかなー?』
『出来る出来る♪ お母さんの子だもの!』
『きっと、リウナの事大切にしてくれる……掛け替えのない友達が出来るよっ!』
そう言って、母は自分の頭を撫でてくれた。その言葉は、リウナの胸のどこかに、あり続けていたのだろう。そして今、その言葉も、思い出も……人の手によって消されようとしていた。
「ばいばい、哀れな魔物の子」
(……母様は……馬鹿じゃない……)
(絶対……絶対……っ!)
男がリウナに槍を突き立てようと構える、リウナはどうすることも出来ずに、悔しさに耐えていた。そんなリウナの耳に、内心ずっと待っていた言葉が聞こえた。
「リウナアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「!?」
(……え……)
リウナも驚くほどの速度で退治屋達の間を抜け、カルディナは男の構えていた水の槍を蹴り飛ばした。
「っ!? 誰だっ!」
「シズクッ!」
「ポワン♪ お任せ♪」
見慣れぬ水体種がカルディナの背中から飛び降り、リウナを縛っていた水の鞭を容易く引き裂いた。
「……ッ! なんできやがったっ! お前は……!」
「うるさいっ! 細かい理由とかどうでもいいのっ!」
「リウナが心配だったからっ! 助けに来たんだっ!」
「………………ッ!? …………ぁ……」
「シズク……背中は任せ……」
「マスター! あっちの三人は任せてネー!」
「任せ…………えぇっ!?」
カルディナが慌てて振り返ると、ピョンピョン跳ねながらシズクが退治屋三人に飛び掛っていた。止めようとしたカルディナだったが、シズクは右腕を鞭のように変形させ、退治屋の一人を速攻で仕留めた。
(あれ……強い……)
その調子なら心配は要らないだろう、カルディナは複雑な気持ちで目の前の男に向き直る。
「邪魔が入るとは驚いたなぁ、何? 君は」
「……この子の、友達」
「? マジで言ってる? だったら精神異常者か何か?」
「その子、魔物だよ?」
リウナが俯くのが、背中越しでも分かった。カルディナは拳を強く握り締める。
(あぁ……なんだろ……クロノ君の気持ちが凄く良く分かった気がする)
(こりゃ放っておけないわ……黙ってらんないわ……)
「もし魔物だって気が付いてないなら、悪いこと言わないからさっさと……」
「知ってるよ」
「で、それが何?」
「オッケー、キチガイって居るんだねぇ」
男はそう言うと、両手に水の槍を構えた。それに応じるように、カルディナも右足を上げる。
「っ! 止めろ馬鹿っ! お前なんかに敵う相手じゃ……」
「あたしだって勇者なんだ」
「頼りになんないかもしれないけど、今だけはここで戦うことを許して」
「憧れてる子と同じ様に、守りたい物を守る為に……戦わせて」
右足の【機翔靴】が、唸るように音を発し始める。それと同時、左足の【機翔靴】も振動を開始した。
「魔物を庇う者も、退治屋の敵……覚悟は出来てるんだろ? お嬢ちゃん!」
男は叫びながら水の槍を投げつける、カルディナはそれを確認した瞬間、姿勢を低くした。
「…………限界走破……!」
【機翔靴】の出力を限界まで引き上げる、この状態での加速は凄まじいが、早すぎて自分の目で辺りの動きを追いきれない。だから、一発で、一瞬で、勝負を決める。その為に相手の硬直を狙ったのだ。
右足を構えたまま、カルディナは左足の【機翔靴】の出力を解放した。男が投げた槍が髪を掠めたが、カルディナは一瞬で男の懐に潜り込む。
だが、男は表情を変えない。男には、リウナの攻撃を完封した水の壁があるのだ。人間の、それも女の蹴りでどうこうできる物じゃない。だからこそ、男はカルディナの攻撃に対して、危機感をあまり抱かなかった。
「女の子の細い足で蹴り抜けるほど、僕の魔法は安くないよ」
「お生憎っ! あたしの蹴りも軽くないよっ!」
「両親の……形見の重さだっ!!」
速度は単純に威力に加算されるが、【機翔靴】はそれだけじゃない。空気抵抗や加速のエネルギー、その他諸々全てを吸収し、力に変える。左の加速で生まれたエネルギーは、全て右の【機翔靴】に吸い込まれている。そのエネルギーは、蹴りが命中した瞬間に、解放される。
「加速一閃っ!!」
「………………っっ!!!!?」
ミサイルでも直撃したような音が響き、水の壁ごと男の体が吹き飛んだ。蹴りそのものの力では無い、溜め込んだエネルギーが爆発し、衝撃波が炸裂したのだ。
「あたしの蹴りは、爆発するんだ!」
精一杯の啖呵も、意識を失った男には届いていなかった。
「……もうどこから突っ込もうかな……」
「マスター褒めて! ほーめーてー!」
こっちは内心恐怖で一杯だったというのに、シズクはこの調子で退治屋三人をボッコボコにしていた。姿形もそうだが、あまりの変貌ぶりにどうしていいのか分からない。
「マスター! マスター! マースーター!!」
「ひゃああっ!? シズク! くすぐったいよ!」
無垢な笑顔で飛びついてくるシズク、中身は全然変わっていないようだ。可愛いシズクに懐かれてとても嬉しいのだが、今はそんな事をしている暇はない。カルディナが気絶させた男に近寄ったリウナが、その爪を男に突き立てようとしているからだ。
「待ってリウナッ! ダメッ!」
「とうぁ」
「……ッ!! 離せこらぁっ!」
カルディナの声に反応したシズクが、身体を伸ばしてリウナの手を縛り上げた。
「えいや」
「!? ぎゃああああああっ!?」
そのままシズクに空高く吊り上げられ、リウナはカルディナの目の前に落下してしまう。
(シズクってこんなにパワフルだったっけ……)
思えばボール状態の時も、リウナをぶっ飛ばしていた気がする。
「邪魔すんなっ! こいつらぶっ殺してやるんだっ!」
「……! ダメ! 殺すなんてダメ!」
「やり返すだけだっ! オレもボコボコにされたし……母様の仇を取るんだ!」
「退治屋なんて……皆殺しだっ!」
「そんなの、リウナのお母さんだって望んでない!」
「……! お前に何が分かるんだよっ!」
「あたしだって……両親を退治屋に殺されてるかもしれない……だから分かるっ!」
「…………なんて、言い切れないけど…………けど……絶対そうだよ……」
「自分の娘に……殺しなんてして欲しいわけ……ないよ……」
その言葉にリウナは一瞬怯んでしまう。どうすればいいのか分からなくなったリウナは、カルディナの肩を突き飛ばした。
「痛っ!?」
「………………~~~~~~~~~~~~~~っ!! なんで来たんだよっ!!!」
「迷ってたくせにっ! ウダウダウダウダしてたくせにっ!! 何で来たっ!!」
「お前が来なかったら……こんな気持ちにならなかったっ!」
「オレの中に残ってたもん全部! 捨てられたのにっ!」
「なのにっ! なのにっ!」
「捨てちゃ、ダメだよ」
「それは絶対に、捨てちゃダメだよ」
叫び続けるリウナの両手を、包み込むようにカルディナは握った。
「ガルアさんから聞いたよ、リウナのお母さんのお話……」
「……っ!? 知って……」
「リウナのお母さんは、共存を信じてたんだ」
「リウナだって……その言葉をずっと信じてたんでしょ?」
「違うっ! 信じてなんかいない! 人間なんて嫌いだっ!」
「……お母さんを奪った人間が嫌い……それだって本当のことなんだろうね」
「復讐したいって気持ちは、分かるよ……」
「あたしだって……退治屋を許せないし……」
「そうだっ! だからぶっ殺してやろうとしたっ!」
「後戻りできないようにっ! このモヤモヤを捨てる為にっ!」
「それを捨てるってことはっ! お母さんの願いを捨てるって事なんだよっ!?」
「リウナのお父さんだって……間違いを犯そうとしたけど……」
「お母さんの願いを胸に……共存の未来を目指して頑張ってるんだよっ!?」
「うるさいっ! うるさいうるさいうるさいっ!!」
「だったらどうしろってんだよ! オレはどうすりゃいいんだよっ!」
「オレ達魔物の存在を認めようとしない……お前等人間とどうすりゃいいんだっ!!」
「それを、一緒に探そうよ」
精一杯の笑顔を、リウナに向けた。
「あたしも、この先は分からない」
「退治屋の事だって、どうするのが正しいのか分からない」
「リウナとの付き合い方も、どうすればいいのか分からない」
「だから一緒に探そう、あたしはリウナを、魔物の存在を否定なんかしないから」
「リウナが嫌がっても、拒んでも、友達だって思うから」
「絶対に裏切らないから……共存の世界を、諦めないから」
「あたしの憧れた、勇者でもなんでもない、頑張る少年みたいに……諦めないから」
「リウナの大好きなお母さんが夢見た世界、目指してみようよ」
「怒ったっていい、泣いてもいいし、喧嘩だって受けてたつよ」
「リウナがどんなに迷っても、憎しみでおかしくなっても、止めてみせるから」
「お願いだから、今のリウナを、捨てないで」
なんで、この人間はここまでするんだ。魔物の自分に、どうしてここまで……。
「なんで、だよ」
「なんで、そんなことすんだよ」
「リウナ、いい加減お姉ちゃん泣いちゃうぞ」
「友達だからだって言ってんじゃん、そんなに嫌ー?」
どうやら、自分の母親が言った事は、本当だったようだ。自分にも、友達が出来た。
人間の、友達が。
「オレなんかで、いいの、か?」
「リウナだからいいんだよ、だから、ね?」
「…………っ! ~~~~~~~っ!!!」
母親を失ってから、初めて……素直に泣けた。人の傍で、初めて警戒を解けた。リウナは声を殺し、カルディナにしがみ付きながら泣いていた。
「……良かった、無事で……」
「マスター、マスター!」
背後からシズクの声がする、そういえばさっきから妙に大人しかった。何をしていたのか不思議に思い、顔だけで背後を見ると、シズクが退治屋達を体の中に取り込んでいた。
「シズクなにしてんのおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
「……ぐすっ……?」
「記憶奪ってますー」
「ホワイッ!?」
最早カルディナの理解を超えた状態のシズクだが、さらに上があったらしい。これ以上彼女(?)を自由にさせていると、とんでもない事になる気がする。
「シズクッ! とりあえずやめなさいっ!」
「それと! 何してるのか説明しなさい!」
「だから記憶を……」
「分かるようにっ!」
「ポワー……心をモグモグして、記憶を弄ってるんですヨー」
「放っておくとまたリウナちゃん追いかけてきそうなんで、リウナちゃん関係の記憶をモグモグしてるんです」
「けどこの人達の心不味いー! マスターの心がいいーっ!」
心を食べるって事は、今まで自分の心も貪られていたということだろうか。
「何それ怖いっ!」
「マスターの心はモグモグじゃなくて、ペロペロしてましたヨ」
「大事なマスターの心を傷つける訳ないじゃないですかー、よし作業終わりです……」
「早速口直しですー」
そういってシズクは下半身をドロドロに溶かし、こちらに伸ばしてくる。そしてカルディナの体に貼り付き、一気に飛びついてきた。
「マスター♪」
「あぁ可愛い、もう心食べられるとかどうでもいいかも……」
「なぁ……さっきから普通にシズクって呼んでっけどさ……」
「まさかとは思うが……あのボールがそれなのか……?」
それは正直、此方が聞きたい。
「はいーシズクは天水体種! マスターの心を食べて成長できたんですヨ!」
「ちなみにリウナちゃんの心もつまみ食いしたんで、ちょっとワイルドで人懐っこい成長を遂げましたっ!」
「ちょっと待て、なんでオレの要素で人懐っこくなんだよっ!!」
「つか大体成長したっつーならなんでロリ体型なんだよっ! オレ要素があんならもっと格好いい姿に……!」
「だってマスター『可愛い女の子』が好きだから……この姿の方が気に入ってくれると……」
「シズク、なんかその言い方だと誤解を招くから…………リウナッ!?」
一瞬でリウナが、腕の中から逃げ出した。
「………………お前………………そういう…………」
「違う違う違うっ!! 違うからっ!!! 可愛い物は好きだけどっ! 普通に女の子としてだからっ!!」
「そっち系とかじゃないからっ! あたしはノーマルだからっ!!!」
「じゃあやっぱりクロノ君が好きなんですネ……しょんぼり……」
「違うからっ! クロノ君は尊敬してるってだけだからっ! そして何でしょんぼりなのっ!!」
「じゃあやっぱりマスターは女の子が好きなんですネっ! シズク頑張りますヨッ!」
「何で二択なのよっ!! 何を頑張るのよっ! って……ひゃんっ!?」
シズクが身体を液状に変え、カルディナの身体を包み込んできた。
「じゃあ口直しに、マスターの心を沢山味わいますネ……」
「シズクッ!? ちょ……なんかこれ変じゃないっ!?」
「リウナッ!? 引いてないで助けてよぉっ!?」
「…………悪い、やっぱオレお前には着いていけないわ……」
「リウナーーーーッ!?」
「リウナちゃんも味わいたいなー」
瞳を光らせたシズクが、凄まじい速度でリウナに身体を伸ばした。両手両足を一瞬で封じ、リウナの身体をズルズルと引き込んでいく。
「きゃんっ!?」
「みんな仲良く~♪ マスターはそんな感じがお好きですもんねー♪」
「仲良くの意味違うーーーーーーーーーーーーっ!!」
クロノに負けず劣らず、此方のパーティーも賑やかになってきていた。




