第百二十六話 『紡がれる希望』
「天焔闘技大会だ?」
ユリウスに呼ばれ、城へと赴いたガルアは怪訝な顔で聞き返す。何故魔物の自分達に、人間の催し物の説明をするのだ、と。
「あぁ、元々我が国も、それなりに手を貸す事になっててな」
「今日は今回の大会の為、色々貢献してるラベネ・ラグナからお客さんが来る日だったんだよ」
「本来なら、設置する機械云々のデモンストレーションがどうたら~って用事だったんだがな」
「途中であちらさんに連絡入ってさ、方向性が変わったんだ」
「んなことはどうでもいいんだよ、要件はなんだ」
「俺等を呼んだんだ、俺等に関係あることだろう」
この場合の『俺等』とは、当然だが魔物という意味だろう。同盟を結んだとはいえ、本来魔物である自分達に、人の大会など関係ある訳がないのだ。
「ユリウス様、私達は本来、人の傍にいることがまずおかしい存在」
「この場へ踏み込む事に、それなりの緊張を持つ者がまだ居るのも事実です」
「まだ不安定な私達に、どのような協力を……?」
人の国へ赴く獣人種達にも、それを受け入れる人間達にも、未だに固い物が残っていた。空気が悪い訳ではないのだが、どうにもギクシャクとしてしまうのだ。正直、ロニアやガルアは口にこそ出さないが、多少の不安を抱いていた。
この先、この同盟を上手く保っていけるのか……結ぶ前から分かっていた困難が、確かに目の前に現れてきていた。
「協力を求めたいって言うか……また助けられるって言うか……」
「…………ははっ……あはははははははっ!! あー駄目だ駄目だっ! 嬉しくて堪えられねぇっ!」
「ロニア、この馬鹿壊れたぞ」
「?? ユリウス、様?」
突然笑い出す人の王に、獣人種の代表二人は困惑してしまう。涙を拭いながら、とても嬉しそうな顔でユリウスは二人に近づいてくる。
「まぁちょっと長くなるんで、過程は少し省くけどな」
「単刀直入に言えば、今回の天焔闘技大会は『人魔混合』で行われるそうだ」
「「……は?」」
予想外の言葉に、ほぼ同時に変な声を上げる二人。待機していたセントールとハーミットも、その言葉に顔を上げた。
「突拍子もない話だが、ラベネ・ラグナの天才お姫様が本格的に動いてるって聞いた」
「成功するか失敗するかも不明、雲を掴むような計画だが……あちらさんはマジらしい」
「んで、魔物と同盟を結んだ我が国・『マークセージ』に、さらに踏み込んだ協力を頼みたいんだとさ」
「随分頭のネジがぶっ飛んだ話だな、その大会、めちゃくちゃになんぞ」
「魔物を舐めすぎだ、血を見るだけじゃ済まなくなるぞ」
「私もガルア様と同意見です」
「正直、反対ですわ……勿論、上手く行けば人と魔物の距離は縮むでしょうが……」
リスクが大きすぎる、場合によっては、逆効果にもなりかねない。自分達がその大変さを現在進行形で味わっているから言える、成功の可能性は、無いに等しい。
「俺もそう思った、断ろうとも思った」
「けどな、協力することにした」
「考えもなしにか?」
「いや? 力になれる事があったら、言ってくれって言っちまったしな」
「この話がこの国に流れてきたのは、ある男の紹介らしい」
「……まさか、その方って……」
「あぁ……、クロノの奴だ」
「本当に凄いよなぁ、ラベネの姫様と手を組んだらしいぞ」
「今あいつは、大会成功の為に世界中を駆け回ってる」
「大会に出てくれる魔物を、必死に探し回ってんだ」
夢の為とはいえ、本当に頭が下がる。どこまでも真っ直ぐに、あの少年は自分の夢の為、頑張っているらしい。
「クロノが居なかったら、今のマークセージは無い」
「あいつが助けを求めてる、大会を成功させる為、俺達に協力を求めてんだ」
「勿論私情を抜きにしてもだ、あいつが絡んでる以上、信憑性は上がって見える」
「この国に残る固い雰囲気、このイベントに乗っかって消し飛ばそうって魂胆だ」
「まぁ当然、個人的に助けてやりたい気持ちもあるがな」
「それに、ラベネの姫様は万全を期すらしいぞ」
ガルア達の背後から、魁人と紫苑が姿を現した。
「信頼に足る退治屋や勇者による、徹底した安全配備を行うそうだ」
「退治屋モドキか、お前等今日出発じゃなかったか?」
「出発しようとしたら、丁度ラベネからの使いとすれ違ったんだ」
「そのまま王との話を聞いてしまってな、どうやらクロノは俺の事まであっちに紹介したらしい」
「信頼に足る退治屋が居るから、是非ってさ」
「……また借りが増えちまったよ」
「主君と私は、この計画に協力することにしました」
「主君が居るんです、参加する魔物が暴れても、絶対に大丈夫ですよ」
魁人達にとっても、これはチャンスだ。ここで実力を示せば、『俗世の真理』の知名度も上がるだろう。
「リスクは当然、でかい」
「けど、成功すりゃ……世界は確実に揺れ動く」
「成功させて、やりたいじゃねぇか?」
そう笑うユリウスに対し、ガルアは背を向けて歩き出した。
「くだらねぇな、情で博打を打てってか?」
「……まぁ、そうだな」
「テメェら人間はそんなんばっかか、甘すぎて反吐が出る」
魁人の脇を通り過ぎ、ガルアはそのまま帰ろうとする。ハーミットが不安そうな顔をする中、ガルアは唐突にその足を止めた。
「その情が、俺を変えたのかもな」
「丁度ウルフ族には、暴れたい奴等が大勢余ってる」
「いい機会だ、御国の為って大義名分背負って、暴れてもらおうじゃねぇか」
「俺は既に、あのガキに魔核を託すっつー博打をしてんだしな」
チラッとこちらを見たガルアの表情は、確かに笑っていた。そんなガルアに、ハーミットは笑顔で駆け寄っていく。
「……魔核とは、私達魔物の力の結晶」
「それを生み出してしまうと、力の大半を長い時間失う事になりますわ」
「自らが培った力の大半を、結晶とし、他者に託す……」
「長い時間自分が大きく弱化するリスクを考えれば、気軽に出来る事じゃありません」
「じゃあ、今のガルアは……」
「えぇ……力は今の私の半分ほどに落ちています」
「その状態で、彼はユリウス様や私に背中を預けてくださっています」
「彼をあそこまで変え、信用されている……クロノ様はやはり素晴らしい方ですわ」
(ちょっとだけ、妬けちゃいますね……ふふっ)
見惚れてしまいそうな笑顔を浮かべ、ロニアもガルアの後に続いた。
「ユリウス様、我等ケンタウロス族、クロノ様には多大な恩がある身」
「彼の頼みとあれば、協力を惜しむ者は居ないでしょう」
「……忙しくなりますわね、これから」
そう言い残し、何やら興奮でおかしくなっているセントールを引きずっていくロニア。遠く離れていても、クロノの声に2種の獣人種は応えてくれた。
その事実が、ユリウス王の胸を熱くさせる。あの少年が成そうとしている事に、期待しないで居られないのだ。
「最高だね、本当に……楽しくなってきた!」
「クロノッ! マークセージは全面的にお前に協力するっ!」
「お前はお前で……頑張るんだぞっ!」
大声で宣言し、ユリウス王は駆け出した。こうなればやる事は山積みだ、休んでいる暇など無い。
「魁人っ! お前も頑張れよっ!」
「ははっ……この国の王は元気だな……」
「主君、私達も……負けてられないです」
「……ん、そうだな」
クロノがくれたチャンスだ、無駄には出来ない。それに、チャンス云々は抜きにしても、助けになりたい気持ちがあるのだ。
「行くぞ、紫苑」
「まずは……ラベネ・ラグナを目指す」
「……はいっ!」
こちらも一歩目を踏み出した。少しづつだが、確かな物が動き出していた。
「なるほど、天焔闘技大会か」
「それも、人魔混合……ね」
「……………………」
無理を言っているのは分かっているのだが、今の所クロノには頼める相手が目の前の二人しか居ないのだ。
「僕は本来、戦いは好きじゃない」
「しかも人間だけじゃなく、魔物と戦う羽目にもなりそうだしね」
やはり、あまり乗り気では無い。まぁ当然ではある。
「……けど、クロノ君には恩がある」
「なにより、その大会が成功すれば……人と魔物の距離は大きく縮まりそうだ」
「お爺ちゃんが夢見た、共存の世界……その一歩になり得る……」
「……うん、分かった! 協力するよ!」
ツムギは顔を上げ、笑顔で応じてくれた。
「本当ですか!」
「うん、君の希望を紡ごうじゃないか」
「里のみんなにも掛け合ってみよう、参加してくれる子が居るかもしれない」
クロノにとっては大助かりだ、一気に大会成功が現実味を帯びてきた。思わず飛び上がりそうになったが、すぐ横の華響が難しい顔をしているのに気がついた。
「……やっぱり、無理ですか」
華響は人間が嫌いだ、人前で戦うような真似は、嫌なのだろう。そう思ったクロノだが、華響は首を横に振った。
「いや、そうじゃないんです……」
「クロノさんには恩がある、協力するのはやぶさかでないです」
「けど……その……うぅ……」
なにやらモジモジとしているのは、気のせいじゃないだろう。
「その……魔核を……クロノさんに託そうと思ったのですが……」
「闘技大会を盛り上げるには……全力での戦闘が必要でしょうし……」
「魔核を託したら私の力は大幅に落ちてしまう、期待に沿えなくなってしまいます……」
予想外の言葉に、クロノは涙が出そうになった。まさか期待に応えたい気持ちで迷っていたとは、正直夢にも思ってなかった。
(こんな時はなんて言うのが正解なんだろう……)
嬉しさのあまり、上手く頭が回らない。自分でも単純だが、あれだけ敵意を向けられていたのだ、この反応の変化は喜んでも仕方ないだろう。なんとか頭を回転させたクロノは、一つの答えに行き着いた。
「えっと、じゃあ大会で大暴れしてくれると……俺は嬉しいです」
「しかし……」
「大会には、紫苑も来ますから」
「格好良いところ、見せてやってください」
その言葉に、華響は固まってしまった。数秒ほど固まっていた華響だったが、唐突にクロノの手を握ってきた。
「……ありがとう……」
「……いえ、その方がいいなって、思っただけです」
きっと、その方が再会する時、上手くいく気がするのだ。無事に協力を得られ、クロノは満足げに笑うが、その足がふらついた。
(…………ッ)
無理が続いている、体力的には限界だ。だが、悟られる訳にはいかない。
(せっかく……上手く纏まってるんだ)
(心配かける訳にはいかないし、華響さんが負い目を感じちゃう……)
馬鹿げた意地だが、クロノは無理やり体勢を戻した。長くは持たない、今の自分に出来る、正しい事は……。
「それじゃ……俺はそろそろ行きますね!」
「え? もうかい?」
「大会まで時間も無いですし、あの子達をこんな状況に追い込んだ、山隠しについても調べたいですからね」
足が悲鳴を上げる、あと少しでいいから、持ってくれ。
「ツムギさん、モミジに宜しく言っておいて下さい」
「華響さん、もし良かったら、クウ達と一緒に大会に来てください」
「大会に出なくても、色々と楽しめる筈ですから」
「うん、分かったよ」
「はい、その時は改めてお礼を……」
「あはは、いいですよそんなの!」
「じゃあ、また会いましょうっ!!」
大きく手を振りながら、クロノは里の出入り口を目指して走り出す。チラッと視界の隅に、里の子供達と遊ぶクウ達が映った。
(……もう大丈夫だ、きっと……)
心の底から安堵したクロノ、その身体から力が抜けた。里から出たクロノは、そのまま崩れ落ちてしまう。そんなクロノを、いつの間にか追いついたセシルが支えた。
「その無駄な強がりはなんなのだ、馬鹿タレ」
「うるさいよ……男の子には意地があんだよ……」
「馬鹿だな」
暴言を吐きながら、セシルは背負っていたヴァンダルギオンを尻尾で持ち直した。そして、クロノを背中に背負い上げる。
「なに、すんのさ……」
「黙っていろ」
「手、貸さないって……いつも言ってんじゃん……?」
「はは……俺……格好悪い……なぁ……」
そのまま、クロノは意識を手放した。
「もう、クロノってば強がりなんだからぁ……」
「正直、無茶しすぎは僕達にとってもハラハラなんだけどね」
「絶対、早死にする、タイプ……」
「あーあー満足げに寝やがって……間違いなく馬鹿だ馬鹿、ふはははっ!」
精霊達がセシルに背負われているクロノを突っつきだす、随分と仲良くなったと、セシルは笑みを浮かべた。
『また傷だらけだな、普通なら死んでいたぞ』
『あはははっ! だよねぇ』
『…………何故笑える……理解できん……』
『何故そこまでするんだ、貴様が傷付く必要は、無かっただろう』
『あったさ』
『僕が傷付かなくても、結果的に何とかなったかも知れない』
『けどさ、多分それじゃ僕、笑えなかったし後悔してた』
『誰かの為に自分を犠牲にする、馬鹿だと思うし、そんなつもりはないんだ』
『……僕自身、満足して笑いたい』
『その結果の為に、僕は戦うんだよ』
(…………馬鹿だな、本当に)
(……何を満足げに眠っているんだ……そんな笑顔を浮かべて……まったく……)
(……きっと……貴様も同じなのだな……)
ボロボロになった契約者を心配する精霊達、その表情は、どこか嬉しそうだった。何故そんな表情になるのか、セシルは知っている。分かってしまうのが嬉しく、少し寂しい。
今はまだちっぽけな少年が、彼に追いつく日は来るのだろうか。そんな事を思いながら、セシルはクロノを背負い直す。
まだ、始まったばかりなのだ。




