表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第十八章 『月夜を駆ける、紅き瞳』
140/876

第百二十五話 『生きるチャンスを』

「不味いな」



「本当に何様にゃお前っ!」



 強引に朝食を作らせておいて、この台詞である。飛び掛りそうになるモミジだったが、セシルに睨まれた瞬間体が動かなくなった。



(目……怖いにゃあ……)




「…………ぃぞ」




「にゃ?」



 小さく、何かを呟いたセシルだったが、その声はモミジには聞き取れなかった。




「……なんでもない、私は疲れた……少し寝る」




「ちょ……待つにゃっ! あのガキ放っておいていいのかにゃ!」

「というか……本当に信じて良いのかにゃ!? 月夜の紅瞳(ビースト・ボイス)はそんなに甘くないにゃ!」


「それに……本当に人間に……」




「クロノなら、大丈夫だ」

「今回は、まず間違いなくな」



 今まで見てきた、だから言い切れる。



「貴様等も、人間共も……知らんのだ」

「知ろうとしない、見ようとしない……もしかしたら、出来ないように仕組まれているのかも知れん……」



「にゃあ?」



「壁なんて、脆く、低く、薄い物なんだ」

「あの馬鹿タレは……壁が見えている」

「……あいつと同じ様にな」




 もっとも、クロノ自身はまだ気がついていないだろう。壁は高い物だと、乗り越えるのが大変な物だと、思っている筈だ。だが違うのだ、少し押すだけで……違和感は顔を出す。自分はそれを知っている、何度も何度も、見てきたのだ。




「居るんだよ、変えられる奴というのは」




 嘗て自分達を連れ回していた、規格外の大馬鹿……。クロノは、間違いなくあの男と同種の力を持っている。人だろうが、魔物だろうが、クロノは本気でぶつかっていける。



 だったら、今回の問題なんて、笑えるくらい呆気なく解決できる筈だ。



「理解できないのなら、見に行ってみればいい」



「丁度……人の里を訪れたところだぞ」



 畳の上で横になりながら、セシルは遠く離れた場所のクロノを感知していた。





























 華響達と共に雅の里を訪れたクロノは、迷うことなく真正面から里に踏み込んでいた。怯えるクウの手を引きながら、真っ直ぐと里の中心を目指して歩いていた。



 そんなクロノ達を見た里の住人達は、青い顔をしながら距離を取っていた。不安そうな顔、恐怖に染まった顔……様々な反応が見られる。




(……あの目だ……)




 クロノは、今ハッキリと確信を持った。今怯えている人達は、違う物に怯えている。



 魔物が目の前に居るのだ、怯えるのが普通に感じるのは無理はない。だが、彼らには正しい物が見えていると言えるだろうか。華響はともかくだ、他の3匹の獣人種ビーストは、幼い子供だ。それも、クロノの腰辺りにしがみつき、どう見ても怯えている。



 そこまで全力で、怯える物だろうか?


 そんなに怖いのか? この子達が?


 この人達は……何故そこまで拒絶する?



 幼い頃感じていた違和感が、今ハッキリと目の前で形になった。



 例えば、目の前に凶暴な肉食獣がいるとする。そんな状況では、恐怖を抱くのは当然だろう。その肉食獣を、生まれたばかりの子犬と入れ替えてみる。『普通』、この時点で大半の人間の恐怖は消えるだろう。だが、恐怖は消えずに……目を盲目の霧で包み込む。



 目の前の違和感はそんな感じだ、『魔物』だから怖い、目に映る事実はどうでもいい。現実を見ず、まやかしの常識で結論を出している。



 そんなの、我慢出来る筈がない。ちゃんと向き合って欲しい。意味不明な理由で怖がり、繋がりを拒絶するなんて……どう考えても理不尽だ。



 ほんの少しでも向き合ってくれれば、分かる筈なんだ。その程度の事なんだ。



 それを拒むなら、壁を作るのなら。



 俺がそれを、壊してやる。



 里の中心部まで歩いてきたクロノは、その足を止め、辺りを見渡した。一定の距離を保ちつつ、里の人間達はクロノ達を取り囲んでいた。一部の男達は、農具を手に戦闘の意思を示している。



 どうやら、この里には退治屋はいないらしい。ジパングは独自文化を持っている為、退治屋が少ないという話は本当のようだ。居たら確実に面倒な事になっていたので、大助かりである。



「……どうするのですか……この状況、失敗したらタダじゃ済みませんよ……」



「華響さんはとりあえず笑ってて、優しい雰囲気出してて」



「え、この状況で……?」



 周囲一体を殺伐とした空気が包み込んでいる、クウ達はもう泣きそうだ。



(クウ達からは……正常に見えてるんだろう)



(だったら……お前等は何が見えてんだ……?)



(どう考えても変だろう…………? ふざけんじゃねぇよっ!)



 クロノはクウ達の頭を軽く撫で、小さく『大丈夫』と呟いた。そのまま一歩前に出て、周囲を囲んでいた人達に声を飛ばす。



「こちらに敵意はありません、話がしたいだけなんです」


「出来れば、この里の偉い人とかに聞いて欲しいんですけど」




「人間……?」


「馬鹿! あやかしが化けてるに決まってる!」


「俺達を食い殺しにきたにちげぇねぇっ!」




 ……流石に酷すぎて、変な笑いすらこみ上げてくる。



(あぁあぁそうですか……お前等にはこの子達がそう見えてるんですか)

(この子達がお前らを食い殺す……? 涙浮かべて震えてるこの子達が……?)




(……もう、なんか俺も涙出そうだよ……)




 どうして、こんな思いをさせなきゃいけないのだ。悪い魔物はいる、それは分かる。仲良く出来ない奴も居るかもしれない、それだって仕方ないのかもしれない。だけど、これはあんまりだろう。



 魔物全てを、切り離す必要なんてないだろう。助けたって良い筈だろう。仲良く出来る奴ですら、切り離して何か得でもあるのか? そんな理屈聞きたくない、理解したくない、認めたくない。



 こんな現実冗談じゃない、受け入れてたまるか、クロノ個人の勝手な我侭だとしても、貫き通してみせる。クロノは前を見据え、盲目の目をした人間達に向き直った。



月夜の紅瞳(ビースト・ボイス)……聞き覚えありますよね」



「その被害者だって、この場に結構いると思うんですけど」



 辺りを取り囲む人達から、僅かに声が上がった。明らかに知っている反応だ。



「この子達が、月夜の紅瞳(ビースト・ボイス)のメンバーです」

「皆さんから色々物を盗みまくった、泥棒です」




「クロノさん……何のつもりですか!?」




 華響がクロノの肩を掴んでくるが、今は構っている暇はない。



「今日俺達がこの里を訪れたのは、この子達を助けて欲しいからです」

「貴方達に、魔物を保護してもらいたい」



 一瞬、辺りが静まり返った。言葉の意味を理解できないのだろう、ポカンとしている顔が随分間抜けである。





「ふざけるなっ!!」





 体格の良い男が、ズイッと前に出てきた。



あやかしを保護しろだとっ!? しかも散々この里で窃盗を行った奴等をっ!?」

「頭おかしいんじゃねぇのかっ! そんな話通るわけねぇだろっ!」




「俺は正常です」




「保護するなんて馬鹿馬鹿しいっ! 逆に罪を償わせるべきだっ! 放っておいて良い事なんざねぇっ!」

「今ここでっ! 殺すべきだっ!」



 その言葉に、華響の表情が怒りに染まった。クロノが右手で彼女を制する。



「この子達は、ある理由で親の元から離されました」

「生きていく為、仕方なく盗みをしたんです」




「仕方なくで許されるわけねぇだろうっ!」




「そうですね、許される事じゃない」

「じゃあ、どうやって生きれば良かったんですか」




あやかしが死のうが、俺達には関係な……」




 ここを逃せば、チャンスはもう来ない。クロノは言葉の剣を抜いた。




「おいおっさん、お前に子供は居るのか?」




「あ?」




「居るならさ、この子達をちゃんと見て、もう一度今の言葉を言ってみろ」

「関係ないから、勝手に野垂れ死ねって?」



「親から引き離された、子供に……もう一回言ってみろよ」

「ちゃんとこの子達を見てっ!! もう一回言ってみろっ!!!!」




 我慢出来る筈がない、その言葉だけは、聞き流すことは出来ない。クロノの怒声に、男は怯んでしまった。



「魔物だろうがっ! 人間だろうがっ! 関係ねぇんだよっ!」

「まだ子供なんだっ! 生きてんだよっ!」



「何で分かんないっ! なんで理解しようとしないっ!!」

「お前等には見えないのかっ! この子達は泣いてんだっ! 怯えてんだっ! 他の誰でもない! お前らを怖がってんだっ!!」



「この子達は盗みをした、生きる為だったとしても、許される事じゃない」

「だけどっ! だけどさっ! それでも関係ないから、死ねばいいとか言っちゃダメだろっ!」



「償う為に、チャンスをくれてもいいだろっ!!」

「頼むよっ! 頼むから……」





「この子達に、生きるチャンスを与えてやってくれっ!!」





 地面に頭を擦り付けるように、クロノは土下座をした。その姿に、華響やクウ達は唖然とする。



 里の人間達も、その表情を驚愕に変えた。魔物の為に、人間が頭を下げたのだ。それは、本来有り得ない事、この世界の『普通』に囚われた者には、考えられない行動なのだ。




(……ッ!)




 クロノの行動を見た華響は、クロノの隣に並び、同じ様に頭を下げた。



「この子達に盗みを行うよう教えたのは、私です」

「この子達は悪くない、全ての罪は私が背負います」



「殺すなら、私一人を殺してください」

「お願いします、この子達に罪はない……この子達を助けてくださいっ!」



 その言葉で、里の人達はさらに混乱してしまう。魔物が、自分達より遥かに強い魔物が、頭を下げているのだ。



「お、お願い……しますっ!」

「クウ達……死にたくないだけぴょん」

「いつか故郷に帰りたいだけぴょんっ!」




「悪い事したの、分かってるにゃ……」

「許してもらえるよう、頑張るから……」




「お願い、助けてー……」

「もう怖いの、やー……」




 心からの、救いを求める声。この声が誰かに届かないというのなら、この世界は腐っている。そしてどうやら、この世界はまだ救いがあるようだ。




「……っ! な、何を言ってもお前らは……!?」




 クロノの目の前で暴論を口走った男の腰に、8歳くらいの女の子がしがみ付いた。




「パパー? 意地悪メーッだよ?」




「!? 馬鹿っ! 危ないから離れてなさい!」

「あいつ等はあやかしなんだぞっ!」




「……? あの子達、あたし達と違うの?」

「……泣いてるよ?」



「……うっ!?」



「パパ、泣いてるあたしよしよしってしてくれるよ?」

「あの子達、よしよししちゃダメなの?」



 父親の腰から離れ、少女はリクの近くへ駆け寄った。そして、リクの頭を優しく撫でた。



「気持ちいいー」



「よしよしー♪ パパーこの子ワンちゃんみたいな耳あるよー」

「可愛いー♪」



 その光景は、『普通』じゃ有り得ない光景だ。絶対に有り得ないだろうその光景は、危険や狂気などはなく。ただただ、穏やかで、優しさに溢れていた。




 それを見た里の人たちの目が、静かに変わっていくのをクロノは感じた。霧が晴れ、目の前の現実を、確かにその目で捉えた。




 里の人達は、クウ達を受け入れた。それが世界のルールに反していても、異常と罵られても……。


 

 きっと、間違った事じゃない



 命を救って、間違いなわけが、ない。

























「クウ達は罪を償う為、里のみんなのお手伝いをする」

「その代わり、命は保障される……っと」



「ついでに猫里からの訪問許可も貰ったし、一件落着かな」




「えへへ♪ 良かったねぇ」




 頭の上のエティルも、なにやら嬉しそうである。



「これからなんだろうけど、きっと大丈夫だよな」



「この里の人達は、最後は自分で選んだんだ」

「大丈夫、きっと上手くいくよ」



「クロノ、頑張った、偉い……」



 アルディはともかく、珍しくティアラに褒められた、今日は雨が降るかもしれない。



「フハハハッ! あー五百年ぶりに爽快なもん見たわ」

「お前を選んで正解だったかもなっ! あー愉快愉快っ!」



「褒め言葉として受け取るよ」



「おぉう! その調子だクロノッ!」



 ご機嫌そうなフェルドが肩をバンバン叩いてくる、その度肩がビシビシと嫌な音を出した。忘れちゃいけないが、クロノは華響の大技をモロに喰らい、身体がボロボロなのだ。



「たはは……痛い……」



「あ、クロノ……さん」



 精霊達と笑い合っていたクロノに、華響が近寄ってきた。



「……なんて、お礼を言ったらいいのか……」



「お礼なんていいよ、俺がやりたくてやったんだ」



「……私だけじゃ、あの子達を救えなかった」

「クロノさんが居なければ、この結果は有り得なかった……」



「それは、華響さんだって同じだよ」

「華響さんが一緒に頼んでくれたから、この結果を成し得たんだ」


「それに、クウ達だって怖かっただろうに、頑張った」

「だからさ、みんな笑えて良かった……それでいいじゃんか」



「……私は、まだ人間を好きになれない」

「ですが……クロノさん、あなたは信じるに値します」




「……ありがとう」




 その言葉が、何よりも嬉しい。笑顔を浮かべたクロノの背後に、何かが降り立った。振り返ると、セシルとツムギが立っていた。



「どした?」



「終わったようだからな、合流しにきた」

「なんだ、随分ボロボロだな」



「まぁな、けどいいんだ」

「誰一人、涙なしの結果に出来たから」




「何を格好つけている、馬鹿タレ」




 いつものように馬鹿にされたが、セシルの表情はどこか明るい。それが何故か、嬉しかった。



「あ、ツムギさん……許可貰えましたよ」

「今後、猫里からこの里を訪れても、邪険にされることは無いと思います」



「うん、見てたから知ってる」

「感謝してもし足りない、これでモミジも喜ぶよ」

「僕もようやく、普通にお爺ちゃんのお墓参りが出来る」



 二股の尻尾を左右に揺らし、ツムギは嬉しそうに笑っていた。今回の問題も、なんとか解決できたのだ。胸を撫で下ろすクロノだったが、その穏やかな空気をぶち壊す音が鳴り響いた。







『連絡じゃっ!! 連絡じゃっ!!』







 間抜けな音声が爆音で響き渡り、クロノの鼓膜に大ダメージを与えた。



「がっ……はっ……」



「何で一々音大きいのさーっ!」

「くそ……油断してた……」

「……キュウ……」

「おい! ティアラが死んだっ!」




 フローとの連絡用通信機だ。先ほど此方から連絡をしたときには、こんな音声出なかった筈なのだが……。辺りを見渡すと、セシル以外は耳に被害を受けていた。最早ちょっとしたテロである。



 耳がガンガンするが、これを無視したら後々酷いことになるのは明らかだ。クロノは通信機をポケットから取り出し、ボタンを押した。



『おぉうクロノかっ! 此方フローじゃ』



「はぁ……」



 小さな球状の機械が半分に割れ、空中に映像が映し出された。作業着姿のフローがその映像に現れる。



『先の件、手は打ったぞ』



「早っ!?」



『マークセージは盤世界ファンタジア24ヶ国の一つじゃ、元々通信機設置の為、訪ねる予定じゃったからの』

『此方は概ね順調じゃ、お主の言ったとおり、快く協力を得られた』

『お主の言っていた退治屋モドキも、協力してくれるそうじゃ』



 やはり、魁人は頼りになる。



『で? そっちはどうじゃ?』

『参加してくれる魔物は、見つかったのか?』




「えっと……それは…………ん?」




 ふと辺りを見渡す、猫里でのお偉いさんに、相当な実力者の鬼……自分の周りには中々の人材(?)がいるではないか。




「…………ツムギさん、華響さん……頼みがあるんだけど」




 結果オーライ、クロノの旅は意外と順調かも知れない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ