第百二十四話 『切り開け』
「具体的に……どうするんですか」
「この子達の身の安全を保障する……そんな事が出来るのですか……」
華響は不安そうな顔をするが、こっちから言わせれば考えすぎだと思ってしまう。
「難しいことだけどさ」
「複雑な事じゃない、単純な方法だよ」
「真正面から行くだけだ、本気でぶつかるだけだよ」
「人の里に行って、ちゃんと謝ろう」
「ちゃんと、お願いしよう」
その言葉に、華響はかなり複雑そうな顔をした。人間への感情は、やはり捻じ曲がった物が残っているらしい。クロノは苦笑いを浮かべ、クウ達のほうへ向き直った。
「クウの友達、だよな」
「うん! ワーキャットのカイ君に、ワーウルフのリクちゃんぴょん!」
「あたしと同じで、山隠しの被害者ぴょん……」
「……そっか」
「カイ、リク、人間が嫌いか?」
クロノの問いに、警戒しながらも二人は頷いた。
「怖いからねー……」
「何度も殺されかけたにゃ……」
「うん、だよな……怖いよな……」
「きっとな……お前達の盗みの被害者達も……怖かったんだよ」
その言葉に、二人は不思議そうな顔をした。それはそうだろう、そんなことを考える余裕は、無かった筈だ。いい加減うんざりだが、この距離感は何度も見てきた。互いを知らなさすぎる、お互いの感じ方に相違が生まれている。
この面倒くさい状況をどうにかする術を、自分は知っている。ウダウダ考えるだけ無駄なのだ。今までの経験と、自分を救ってくれた二人の恩人が教えてくれた。
泣いていた自分を救ってくれた、あの男のように、塞ぎこんでいた自分を殴ってくれた、あの龍人のように……。
「壁を、壊すから」
「何も心配しなくていい、絶対に助けてやる」
ボロボロの体で立ち上がり、クロノは再び華響に向き合った。
「全てを信じてなんて、言わないし言えない」
「だからせめて、俺を信じてくれ」
「絶対に、悪いようにはしないから」
華響は少し黙り、ゆっくりと頷いた。目の前の男の目は、そうさせる力があった。
「よしっ! じゃあ今から人の住んでいる所に行こうっ!」
「…………と言いたい所なんだけど……流石に倒れそうだ……」
言いながらも、クロノはゆっくりと地面に崩れ落ちてしまう。華響から受けたダメージは相当でかい。
「お兄さんっ!?」
「私のせいだ……ごめんなさい……」
「いや、いいんだ」
「丁度いいや……少しだけ休むついでにさ、やっておきたい事がある」
「俺から盗った荷物、返してくれないか?」
「ぴょん?」
「紫苑の話をして、思い出したんだ」
「今の内に、手を打っておこうと思ってね」
忘れていた自分を殴ってやりたいが、悪くないタイミングでもある。今の自分がやろうとしている多くの事は、大抵手に余る大事ばかりだ。一人じゃ無理、それなら、手を借りる事にしよう。ここまでの旅の道のりは、決して自分を裏切りはしないのだ。
マークセージのとある一角で、一人の少年が虐められていた。複数人に囲まれ、少年は既に半泣きだ。
「やめ……やめてよぉ……!」
「あはははっ! こいつすぐ泣くぜっ! 面白ぇっ!」
半泣きの少年を蹴り飛ばす、リーダー格の少年。その背後に一瞬で黒い影が現れた。
「随分楽しそうだな」
「あぁ! 弱虫を突っつくのは楽しいぜっ!」
「なるほど、ガキの癖に随分腐ってんな」
「なら俺も突っついてみていいか? あ?」
なにやら恐ろしい声に変化する、聞き覚えのない声。リーダー格の少年が振り向くと、そこには巨大な黒い化け物が立っていた。
「「「ぎゃあああああああああああああああああっ!?」」」
虐めっ子集団は顔を青くし、蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまった。
「情けない奴等だ、さっきまでの威勢の良さはどこ行きやがった」
「ガルア様は顔が怖いですからね、うふふ」
「黙れロニア、殺すぞ」
「まぁ怖い、少年の泣き声を聞いた瞬間、一瞬で助けに向かったヒーローの台詞とは思えませんわ」
「よし分かった、ぶっ殺してやる」
殺気のような物をぶつけ合う、二体の獣人種。突然目の前の状況が変化してしまった少年は、泣けばいいのか、怯えればいいのか、それすらも分からずに停止してしまっていた。
それに気が付いたガルアは、少年の近くまで歩み寄っていく。そして、片手で少年を立ち上がらせた。
「ガキ、何で黙ってた」
「え……」
「黙ってりゃ相手は付け上がる、それじゃお前は腑抜けのままだ」
「それが嫌なら誇りを持て、テメェは人間だろう」
「それ以下に落ちたくなけりゃ、意地を見せろ」
「この国の王のようにな」
それだけ言うと、ガルアはその場を後にした。ロニアもニヤニヤとしながら、その後に続く。
「変わりましたわね」
「さぁな」
「しかし、国ってにゃ面倒だな……どう頑張っても暗い場所が残りやがる」
「人も……私達魔物も……それは変わりませんわ」
「何をしても、悪意を完全に消すのは不可能なのかも知れません」
「不可能じゃねぇよ」
前を向いたまま、ガルアがそう言いきった。
「ユリウスやあのガキは、それを可能にした」
「この俺を、止めたんだからな」
「クロノ様ですか……随分お気に入りですわね」
「魔核まで託して……正直驚きました」
「エコーが死ぬ前、信じるに値する人間もいると言っていた」
「あの時、初めてその言葉の意味が分かった」
「あのガキは、もしかしたら本当に……デカイ事するかも知れないぞ?」
「うふふ、獣の勘……ですか?」
「さぁな」
そんな事を話していたガルア達の元へ、セントールとハーミットが駆けつけた。
「ガルア様っ! ユリウス王が至急、城まで来るようにとっ!」
「ロニア様っ! 王様がっ!」
「毎日毎日……休める日はねぇのかよ」
「楽しそうに見えるのは、気のせいなのでしょうか?」
クスクスと笑うロニアを無視し、ガルアは城へと歩き出した。彼の勘が当たっていた事は、数十分後に明らかになる。
「これでよし……っと」
「その機械はなんなんですか?」
「通信機みたいな物です、まぁこの件はまた後で話しますよ」
「それより、ここから一番近い人の里ってどこなんですか?」
「雅の村です、月夜の紅瞳の被害者も、殆どがその村の者です」
「たまに近くの猫里からも拝借してたっぴょん」
「それなんだけど、カイってワーキャットだろ?」
「あそこが故郷じゃないのか?」
「ん? 違うぞ」
「俺の故郷はもっと西の方だにゃ」
「ジパングの守護者、四獣の白虎を祭ってる、由緒正しき里が俺の故郷にゃ!」
(ヘイ、精霊諸君、四獣ってなんですか)
(ジパング限定の、四天王みたいな存在だよ)
(確か、彼等は八戒神器の一つを守ってた筈だよ)
(今もそうとは限らないがな、何せ五百年前の話だ)
(世代交代してっかも知れないし、そもそも奴等の守ってた八戒神器はカムイが託されてるしな)
(とりあえず、凄く、強い)
(触らぬ、神に……被害、無し……)
(これ以上クロノのやること、増やすわけにも行かないしねぇ)
(今は当面の問題に集中! オッケーッ!?)
確かに、これ以上考える事を増やすと流石にショートしてしまう。まずは、やることを済ませよう。
「じゃあ雅の村を目指そう、ちゃんとお願いしよう」
「お兄さん……?」
出発しようとしたところ、クウに服の袖を引っ張られた。振り返ると、リクやカイも何か言いたそうな顔をしている。
「本当に、もう盗みとかしなくていいようになるにゃ?」
「不安かもー……怖いかもー……」
「お兄さんの事信じたいけど……やっぱり怖いぴょん……」
自分達を追い詰めた人間に助けを求めに行くのだ、正直、この子達からすれば恐怖を抱かない方がどうかしているだろう。華響を見ると、やはり不安そうな顔をしている。
だが、そういった反応は、クロノからすれば助けてやりたい気持ちを大きくする物でしかない。自分だって、幼い頃から向けられた目を知っている。共存に対し、人間達がどういった反応を示したか、よく知っている。
だけど、旅に出て分かったのだ。何度も何度も、そういった目を見てきた。それでも、分かってくれる人間だって存在した。越えてみて、初めて分かった。壁は厚く、高いかもしれない、だが、越えてみると、大したことじゃなかったのだ。
声は必ず届く、分かってくれる、そう信じている。それを信じれずに、何が共存だ。壁は全てぶち壊す、壊せないのなら、どんな手を使っても乗り越える。自分に向けられた盲目の目、それを変えられると、自分はもう知っている。
だからこそ、自分はこう宣言してやらないといけないのだ。
「大丈夫だよ、俺に任せとけっ!」
不安がないわけじゃない、それでも、強がってでも手を引いてやるのだ。種と種を繋ぐ架け橋に、自分はなると決めたから。
(今回だって、やる事は変わらない)
(全力でぶつかるだけだっ!)
(頑張って、僕達がついてるよ)
(いつだって、応援してるよぉっ!)
(……ファイト……)
(見せてもらうぜ? お前の道を)
昔から、共存の未来を目指してきた。一度は道が閉ざされたと思い、挫けそうにもなった。だけど、教えてくれたのだ。もう、止まってやるものか。
道がないなら、切り開け。




