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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第十八章 『月夜を駆ける、紅き瞳』
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第百二十三話 『笑えるように』

「紫苑を……知っているのか……」

「彼女は……! 生きているのかっ!?」



 勢いよく立ち上がり、必死の形相で詰め寄ってくる鬼。その迫力にクロノは少し戸惑ってしまう。




「えっと……ちょ、ちょっと待って……」




 頭の整理も追いつかないが、体中が痛んで上手く話せない。腕の中のクウを解放し、クロノは何とか楽な体勢を取る。



「……ふぅ…………そっちの事一切話さないのに、こっちからだけ話を聞こうなんて、勝手じゃないか?」




「……っ! 黙れ人間っ! 死にたくなければグダグダ言わないで話……」




「ママッ! さっきから変っぴょんっ!」

「いつものママじゃないぴょんっ! 怖いぴょん!」



 ボロボロのクロノにしがみ付き、目に涙を溜めながらクウは声を上げた。その声でハッとしたかのように、鬼は見る見る落ち込んでしまう。




「……あっ…………うぅ……」




 俯いてしまった鬼の姿が、クロノには初めてあった時の紫苑に重なって見えた。




「…………えっと……もしかして貴女は……」




「クウちゃーん……ママー……」


「にゃあ…… どういう状況なんだこれ……」



 クロノの言葉を遮り、ガサガサと草むらから顔だけ出したのは、クウと一緒に居たワーウルフとワーキャットだ。



「……クウ、二人を任せて良いかな」

「俺、少しママとお話したいんだ」




「……ぴょん」




 素直に頷き、クウは二人の元へ近寄っていく。両方に対処できるほど、クロノは器用じゃない。とりあえず、目の前に集中する事にしよう。




「俺はクロノ、クロノ・シェバルツって言います」

「貴女の名前は?」




「……人に名乗る名は持たん」




「ママは華響かきょうって言うっぴょん」




「クウッ! 少し黙っていなさいっ!」



 華響と呼ばれた鬼の声に、クウは涙目になってしまう。ワーキャットの少年の背に隠れるよう、小さくなってしまった。



「華響さんか……あんた、紫苑の何なんだ?」




「……人間が……気安く紫苑の名を呼ぶなっ!」




「…………はぁ、なんかさ……会話になんないよな」

「正直、いい加減むかついてきた」



 この調子では、いつまで経っても前に進めない。もういい加減うんざりだ、足踏みするのは、もう嫌なのだ。クロノは立ち上がり、華響の前まで進んでいく。ボロボロの左手で彼女の手を取り、自分の首にその手を当てさせた。




「なっ、何を……」




「初対面でこうまで嫌われるのには、理由があるんだろ」

「話せよ、対話させてくれ、理解させてくれ」



「俺と会話して、互いに理解しあって、それでも認められないなら、お前の力で俺の首を落とせばいい」

「こっちは全力で向き合いたいって思ってんだ、一歩くらいそっちからも近寄ってくれ」



 真っ直ぐ、目を見て言った。その目に気圧されたのか、華響はクロノの手を振り払い、視線を逸らす。




「…………紫苑、は……」



「……私の、親友の娘だ……」




 小さく零れた声は、少し震えていた。俯いたまま、華響は続ける。



「紫苑の母、ひいらぎは……鬼の一族の中で最も強力な血筋だった……」

「気さくな奴で、誰にでも優しかった……強く優しい彼女は……私の憧れだった……」



「彼女が人間の男と恋仲になったのを最初に知ったのは、一族の中でもっとも仲の良かった私だ」

「正直、人間相手にどうかと思ったが…………彼女が幸せそうだったからな、心から祝福したよ」



「あの男は私に言ったんだ、必ず彼女を幸せにすると……そう言ったんだ」

「……だが……一族は二人の仲を認めなかった、柊に流れる血を……人の血でけがされる事を許さなかった」



「里から逃げ出し、二人は子を授かった……その子が紫苑だ」

「柊に似た、可愛い子だった…………あの子は、生まれながらに地獄を見て生きてきたんだ……」



「鬼の里の者は……これ以上最強の血を汚されぬようにと、柊と紫苑を奪い返そうとした」

「人間は……魔物と交わった男を殺そうとし、幼い紫苑にまで刃を向けた……!」



「双方から追い詰められ……最後には人の手で柊は死んだ……!!」

「あの男は、約束を破ったっ! 柊も! 紫苑も……っ…………守れなかった……!」



「私はなんとか、紫苑だけでも守ろうとしたが……結局この手は届かなかった……」

「柊の最後の賭けで、紫苑はあの惨劇から逃れたが…………幼い少女が世を彷徨い……どんな思いをしたと思う……?」



「あの男のせいだ……あの男のせいで……柊は死ぬ事になった」

「あの男が居なければ、紫苑は辛い目に合わなかった……柊は死ななかった……」



「あんな惨劇は起こらず……鬼と人の戦も起こらなかった……」

「私はあの男を許せない……! 友を奪った人間を…………許せないっ!!」






「……柊さんは、辛いって言った?」






「………………何?」




「多分、一言も言ってないんじゃないか?」

「鬼のみんなが酷い事をしても、華響さんとの繋がりは切らなかったんだろ?」




「大好きな人に囲まれて、きっと幸せだったんじゃないかな」




 その言葉を聞いた華響は、一瞬でクロノの首を鷲掴みにした。



「知ったような口を叩くなっ!!!」

「幸せだっただとっ!? あんな最後で…………ふざけるなっ!!!!」




「じゃあ、辛いって言ってた?」

「その男の人と結ばれて、後悔とかしてたのか?」




「……………………っ!!?」




「知ったような口叩いてる自覚、俺にはあるけどさ」

「…………華響さんにはあるのか?」




「…………なっ……」




「たとえ、悲しい最後だったとしてもさ」

「それまでの全部、最低な事ばっかだったわけじゃないんじゃないか」



「大好きな人や、大切な友人……掛け替えのない時間を過ごせたのは……間違いないんじゃないか」

「きっと笑えた時間もあったはずだし…………必死に紫苑さんを生かした柊さんは、間違ってなかったと思うよ」




「……っ!! だが、紫苑はどうなる……!」

「あの男に出会わなかったら……こんな事には……紫苑はあんな目には……」




「その人が居たから、紫苑は生まれることが出来たんだ」

「紫苑は今も生きてる……確かにさ、辛かったと思う」



「生きてる意味とか見失ってた時期もあったし、退治屋に追い回されてたよ」




「だったら……っ!」




「けど、紫苑を救ったのも人間で、退治屋だ」

「迷って、悩んで、それでも手を差し出して……紫苑を救い出した」



「紫苑も自分で選んで、その人間の傍に居る事を選んだんだ」



 そうだ、少なくても……今の紫苑は後悔なんてしていない筈だ。両親の事を、恨んでいる筈が無い。生きていたから、魁人に会えたのだから、再び笑えるように、なったのだから。




「人間……と……だと……」




「俺は、人と魔物の共存の世界が夢なんだ」

「その夢の為、今まで色んな魔物に出会ってきた」



「魔核だって、本当に託してもらったんだ」

「その夢を信じる俺だから、柊さんが人と結ばれた事、間違ってたなんて思いたくない」



「幸せだったって、信じたい」

「その想いを、無かった事に……したくないよ」




 華響の体から力が抜け、クロノの目の前に崩れ落ちた。呆然とする華響の脳裏には、忘れようとしていた記憶が蘇っていた。




 紫苑がまだ幼かった頃の記憶、あの惨劇の数ヶ月前の記憶……。柊達が隠れ住んでいた森に、こっそり訪れたときの記憶だ。



『柊! 良かった、元気そうで……』



『元気元気! 柊さんは今日も元気よ!』



 笑える状況じゃない筈なのに、彼女はいつでも笑顔だった。



『紫苑ちゃんは? 大丈夫?』



『今は旦那と遊んでるかなぁ? 笑うと可愛いのよねぇ♪』

『いやぁ、子供が大きくなっていくのは嬉しいわぁ……』



『…………柊、その……言いにくいんだけど……』



『ん、いいのいいの……ここももうやばいって話でしょ?』

『いっそジパングから離れようかしらねぇ』



『…………』



『冗談よ、あんたを置いて行く訳ないじゃん?』



『…………ごめん……あたしと会うのは、危険しかないのに……』



『殴っていい?』



『え!? 何でっ!?』



『華響さー、小さい頃からちょーっと気が利かないよねぇ』

『まぁ、そんなとこ華響らしくて好きだよ』



 そう言って、額を指で弾かれた。



『痛っ!?』




『華響はさ、旦那の事良く思ってないっしょ?』

『けどさ、嫌わないでやってよ』



『あの人は、あたしに色んな物くれたんだ……それは凄く大切な物』

『あたしに流れる血は、正直鎖みたいに邪魔臭くてさぁ』



『ぶっちゃけ、色々諦めてたよ』

『けどさ……運命とかそーいうの、あの人はぶっ壊してくれたんだ』



『スッゲー勝手だけどさ、あたし今すっごい幸せ♪』

『願わくば、紫苑もこんな血に縛られず生きて欲しいんだよねぇ』




『柊……』




『ね、華響? あんたもあたしの幸せのピースな訳よ』

『だからさ、今は笑わせてよ』



『どんなに苦しくても、たとえ世界が牙を剥いても……』

『あんた達が傍に居れば、それだけであたし、幸せなんだ♪ へへヘッ』




 そう言って笑っていた、いつだって……彼女は笑っていたんだ。頭の中で、何かが砕けた音がした。曇っていた目が、透き通るような気がした。目の前に立つ人間の顔が、さっきよりハッキリ見えた気がした。



「……一つだけ……教えてください……」

「あの子は……紫苑は…………笑えていますか?」




「……笑ってたよ」

「幸せそうに、笑えてたよ」




「…………ありがとう……」



 今、紫苑が生きているのなら……幸せに笑えているのなら……。


 間違いなく、それは正しい事だ。


 柊が望んだ事の、筈だ。




「俺からも、質問いいかな?」

「そこまで紫苑の事を心配してるのに、華響さんがここを離れないのって……」




「この子達が原因、だよな?」




 その言葉に顔を上げた華響の目は、先ほどまでの曇った目ではなかった。



「あの惨劇の夜から、私は鬼の里を出ました」

「紫苑を探し回ったけど、全然見つからなくて……内心少し諦めていたのかも知れません」



「大陸中を巡り、数年が経過して……山隠しの噂を聞きました」

「私には、この子達が紫苑に重なって見えた……放って置くなんて……出来なかったんです」




「……そっか」

「窃盗を進めて、人を襲わせたのは……人が嫌いだったからか」




「それもあるでしょうね、否定はしません」

「結局は弱肉強食……強くあらねば、食い潰されるのは目に見えている……」



「方法が間違っていても……私はその道しか示してやれませんでした」




「よし分かった、じゃあ別の道を進もう」




 そう言って、クロノは華響に手を伸ばした。




「……え?」




「俺もこの子達を助けたい、けどさ、俺一人じゃ無理なんだ」

「力を貸して欲しい」



「違った道を、俺が示すから……華響さんはこの子達の手を引いてくれ」

「絶対に、悪いようにはしない」




「……人に、歩み寄れと言うの……?」




「話せば分かってくれる、俺はそう信じてる」




「…………私が、その手を取ると、本気で思っているの?」




「俺は、華響さんの優しい目を信じる」




 初めてかもしれない、人間に真っ直ぐ見られたのは。ここまで本気で、向き合ってもらったのは。



(……違うね……前にも一度……目を見て話したことがあった……)


(柊の旦那さんだけだったな……鬼の私を、真っ直ぐ見てくれたのは……)



 ふと、クウが視界に入った。そういえばさっき、クウはこの人間に引っ付いていた。あれだけ人間を恨み、嫌っていたクウが、どうしてこの人間には懐いているのだろうか。この短期間で、この人間は何をしたのだろうか。



 多分、何もしていないのだ。この人間は、魔物のクウを身を挺して庇った。魔物の自分達に、本気で、真っ直ぐぶつかってくる。それが異常で、新鮮で……何故か、嬉しい。




「クロノ、と言いましたね」

「……あなたは、私達魔物が怖くないのですか?」



「あなたには、この子達がどう映るのですか」




「怖くないし、どうもこうも見たようにしか映らないよ」

「助けたいって、思うよ」




「……そうですか」

「なら、私と同じですね」




 そう言って、華響はクロノの手を取った。人間と普通に話したのは、随分と久しぶりだ。何故だろう、今はこの人間の声が、良く聞こえる。




「信じてみます、あなたの言葉を」




「ありがとう、この子達の気持ち、絶対に届けて見せるよ」

「心から、笑えるようにさ」




 手は届いた、後は、引っ張り上げるだけだ。



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