第百二十話 『思うままに』
兎族の少女・クウを捕らえたクロノは、一度猫の里へ戻っていた。本当ならアジト的な物の場所を聞き出したいところだったが、肝心のクウはスンスン泣いており、会話どころでは無いのだ。
「だからってなんであたしのところに連れてくるにゃ!?」
「いやぁもう今日は夜遅いし……泣いてる子から聞き出すのもあんまりだし……」
「正直女の子の涙ってハードル高いし……」
「答えになってにゃいっ!」
「ぎゃああああああああああっ!!」
再び顔を引っ掻かれた、激痛のあまり床を転げまわっていると、鈴の音が聞こえてきた。顔を上げると、窓からツムギが覗き込んでくる。
「や♪」
「こんばんわ……」
「荷物盗られちゃったみたいだね?」
「代わりに捕まえたのが、その子?」
ツムギはクウに目を向けるが、肝心のクウはその視線に怯えてしまった。部屋の隅でカタカタと震えている。
「……訳有り?」
「えっと……あっちにも事情があって……」
クロノはクウから話してもらった事を、ツムギとモミジに説明した。それと同時、この子達も助けたいという自分の意思も伝える。
「結局猫族もあっち側に一匹いるのにゃっ!?」
「どこの猫にゃっ! とんだとばっちりにゃっ! 毛皮剥いでやるにゃっ!!」
「モミジ、黙ってて」
「はい……にゃ……」
「この子達も被害者ってのは分かったけど……」
「この子達を助けた『ママ』ってのが気になるね」
「なんでわざわざ盗みを……方法なんて他にもありそうなのに……」
「マ、ママは悪くないっぴょんっ! あたし達の為色々してくれた……優しい人っぴょん!」
部屋の隅で怯えていたクウだったが、ママの話題にだけは割り込んできた。本当に、信頼しているのだろう。
「そのママって何者にゃー?」
「……言わないぴょん」
「このウサギクッソ生意気にゃああっ!!」
プイッと顔を背けるクウ、爪を光らせながら怒るモミジだったが、クウの肩は微妙に震えている。
「ぴょんぴょんしてられるのも今の内にゃ……泣き止んだ貴様に優しくする義理はないにゃ……」
「さっさと情報を吐き出すにゃ……さもにゃいとその可愛い顔が台無しに……にゃんっ!?」
「子供を虐めるんじゃない、怯えちゃってるじゃんか」
「お前どっちの味方にゃっ!!」
ジリジリとクウを追い詰めるモミジ、その頭に軽く手刀を落とした。
「どっちの味方って……両方に決まってるじゃんか」
「俺はどっちも助けたいんだ」
「……変な奴にゃあ……」
「どっちも助けるって……クロノ君はこれからどうするつもりなんだい?」
「クウちゃんから話を聞いて、『ママ』って奴と会ってきます」
「この子の他に2人居たし、もしかしたらまだ同じ様な子が居るかも知れないし……」
「その後、人里に行って謝罪……それと誤解を解いてきます」
「ちゃんと事情を話して、謝れば……分かってくれるって信じてます」
「そこまで終わったら、山に行ってみようかなって」
「なんで山に?」
「『山隠し』……それをなんとかしないと、同じ様な子がまた出ちゃうかもしれない」
「だから、調べてみたいんです」
「……何とかできる当てでもあるのかい?」
「少しだけ、ですけどね……」
クロノは精霊達から、少し気になる話を聞いていたのだ。
「……困ってる魔物、全てを助ける、か……」
「無茶苦茶だね、甘すぎる」
「けど、見ていて気分は良いかな♪」
「期待しているよ、クロノ君」
そう言い残すと、鈴の音と共にツムギは姿を消した。
「……頑張ります」
「おいこら一人で何格好つけてるにゃっ!」
「このウサギどうするにゃっ! 情報搾り出すにゃっ!」
「……うぅ……」
モミジはクウを指差し、爪を光らせる。表には出さないよう頑張っているが、クウはビクビクと怯えていた。
「怖がらせちゃダメだよ、話してくれるまで待とう」
「脳みそん中マタタビでも詰まってるのかにゃあああっ!?」
「何を悠長な事ほざいてるにゃっ! 男ならビシッと決めるところ決めるにゃっ!」
「まぁまぁ……今夜はもう遅いしさ、明日の朝にでも……」
「夜遅くに叩き起こして、窃盗集団の一員を押し付けた奴の台詞じゃないにゃっ!」
「大体、なんで当然のようにお前までここで寝ようとしてるにゃっ!」
「荷物盗られちゃったし……野宿装備も盗られた……」
「千歩譲ってこのガキウサギは良いとして、乙女と夜を跨ごうなんてアホかにゃっ!」
「慈悲で毛布は貸してやるから、出ていくにゃあああっ!」
黄色い毛布を投げつけられ、視界を奪われる。そのまま外まで蹴り飛ばされてしまった。
「いたたた……何だかんだ言って、クウは面倒見てくれるのな……」
素直では無いが、モミジはやはり優しい子だ。二人きりにしても、乱暴な事はしないだろう。
「……いい加減怯えるの止めるにゃ、こっち来るにゃ」
「暖かいお茶があるにゃ、金は良いからヌクヌクするにゃ」
………………間違っても乱暴な事は、しないだろう。絶対に。
「あははっ……心配はしなくて良さそうだ」
「追い出されても笑ってられる、お前の頭のほうが俺は心配だわ」
「寒空の下、毛布に包まって朝を待つ…………ちょっと切ないね……」
「クロノはぶれないねぇ……」
「むにゃ……むにゃ……眠、い……」
精霊達はブツクサ言っているが、野宿は慣れている。それに……。
「お前ら居るから寂しくないし、寒くもないよ」
本心から、そう思っていた。
「バーカ」
「馬鹿だなぁ……」
「バーカバーカ♪」
「死ね、馬鹿」
「ティアラ、眠気を無視してまで……」
モミジの家から少し離れ、手頃な木に寄りかかるクロノ。毛布に包まりながら。精霊達と笑い合う。この時間は、何よりも大切にしたい。
「あれ……そういえばセシルは……?」
珍しい事に、戦闘が終わっても戻ってきていない。
「……多分、探りに行ったんだろ」
「え、何を?」
「クロノが崖から落ちる瞬間、セシルは誰よりも早く異常に気が付いていたんだ」
「さっき話した、『山隠し』の話……覚えてるよね?」
「……うん」
戦闘後、猫の里へ戻る途中の事だ。アルディから興味深い話を聞かされていた。
『山隠し』……その正体は、強大な力で時空を歪め、ジパングの山々を繋いでいる、魔物が用意した隠し通路の事だ。アルディが言うには、500年前も同じ様な現象が起こっていたらしい。
当時は、隠し通路を設置した魔物が『ある理由』から暴走。魔力が乱れ、通路同士の繋がりがめちゃくちゃになったらしい。その為、近くを通った関係の無い者まで吸い込んでしまい、遠く離れた地へ飛ばされてしまう事件が頻発したのだ。
500年前はルーンが色々頑張ったらしく、暴走していた魔物も落ち着きを取り戻したらしい。『山隠し』はそれと同時、殆ど起こらなくなった筈なのだ。
「設置されてる通路は、本来力の強い魔物以外は感じる事は出来ないんだ」
「その存在を認識できない者には、通ることも出来ないんだよ」
「暴走中は制御が狂っててねぇ? 近くを通った子を無差別に吸い込んでたんだよぉ」
「今現在の状況は、500年前のあの時と重なってるっつーわけだ」
つまり、通路を設置している魔物に……何かがあったということだ。
「放っては置けない、よな」
「ここでやることを終えたら、その魔物に会いに行こう」
「止めといた方がいいと思うけどな」
珍しい事に、フェルドが乗り気じゃない。
「なんでだよ、放っておけば山隠しは止まらないだろう?」
「昔……通路、作ってた……魔物……」
「どんな、子、だったと……思う?」
クロノの膝の上で寝息を立てていたティアラが、不意にこちらを見上げてきた。
「えっと……そりゃあ強い奴だったんだろ? 通路自体、力が無いと認識できないって言ってたし」
「うん、強かった……ルーンの腕、吹っ飛ばした、し……」
「……………………え?」
「通路を生み出していたのは、当時の四天王だ」
「あの通路は『霧の隠れ道』っつってな? 超強力なワープホールだ」
「そんなもんを合計で数百個以上、ジパングの山々に設置しまくってんだ」
「並の力な訳ねぇだろう」
「『神獣』の朧……当時の四天王で、獣の血を引く魔物達の頂点……」
「九尾の妖狐と呼ばれていた、間違いなく最強に分類される魔物だよ」
「当時はまだ慣れてなかったから、仕方ないと言えば仕方ないんだけどねぇ?」
「ルーンの水の力の上をいって、右腕を吹き飛ばした子だよ」
「あの、通路……狐族の、管轄……」
「朧……今は、居ないから…………きっと、子孫が、役目……継いでる」
当時の四天王、九尾の妖狐の子孫……その話は前にセシルがしてくれていた。
「確か……その狐の子孫って……」
「セシルが言うには、今の四天王……」
「『神憑』の茜……そう言っていたね」
冗談じゃない、いくらなんでも、どうにかできるレベルを越えすぎている。
「…………っ」
「止めとけ、まだ早すぎる」
確かに、自分が動いてもどうにも出来ないだろう。本当に四天王が絡んでいるのなら、役不足もいいところだ。
思考が凍り付いてしまったクロノだったが、そんなクロノの元へ足音が近づいてきた。
「ん?」
「……ぴょん」
ビクビクとしながら、クウが近寄ってきていた。
「どした? モミジに虐められたか?」
「……優しくしてもらってるぴょん」
大体そんな気はしていた。
「じゃあどうしたんだ?」
「……あぅ……」
クウは俯いて黙り込んでしまう。クロノは首を傾げながら、クウの目の前に歩いていく。
「なんかあったのか?」
「…………本当に……」
「ん?」
「助けて、くれる?」
「カイ君も、リクちゃんも……助けてくれる?」
「…………」
その目には、不安と恐怖……そして、ほんの僅かの期待が込められていた。恐怖の対象だった人間に、助けるなんて言われ、半信半疑になっているのだろう。無理も無い、見た目はまだ幼い子供だ。
そんな目で見られたら、悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなる。自信を持って、宣言してやらなければいけない。この子をこれ以上、泣かせる訳にはいかない。
これ以上、悲しむ子を出してはならない。
「……任せろ、絶対に助けてやるっ!」
「俺には魔物とか人間なんて関係ない、助けるって言ったら……絶対に助けるっ!」
そう宣言し、クウの頭を思いっきり撫でてやった。初めて、クウが笑ってくれた。
「ぴょん♪」
「友達も絶対に助けてやる、俺に任せろ!」
「……ん♪」
「だああああああっ! マジで外で寝ようとしてるにゃあああああっ!」
「冗談に決まってるにゃっ! 早くこっち来るにゃっ! 風邪ひくにゃっ!」
クウを撫でていると、遠くからモミジの声が聞こえてきた。本当、優しい奴である。
「はははっ……じゃあ戻ろうか?」
「ぴょん♪」
クウの手を引き、モミジの家へ歩き出すクロノ。その心に、もう迷いはなかった。
(な、みんな?)
(無謀かもしれないけどさ、やっぱ無理だわ)
(やること終わったら、山隠しをなんとかしにいこう)
(止めても、無駄だからな)
(知ってるっつの馬鹿、それでこそ俺の契約者だ!)
(けど、今は目の前の事に集中してね?)
(フローちゃんとの約束も、忘れちゃダメだからねぇ?)
(スヤスヤ……)
やることは増えていく、出来るかどうかは分からない。けど、何もしないなんて嫌だ。
「きっと……ルーンもそうだったんだろうな」
「どうなるかなんて分からない、元々当たって砕けろ精神で旅に出たんだ」
「……やって、やるさっ!」
手を差し伸べたいなら、迷う必要なんて無い。またセシルに馬鹿タレとかなんとか、言われるんだろう。それでいい、それでこそ、自分らしい。
思うままに、突き進もう。




