第百十八話 『窃盗集団・月夜の紅瞳』
「誤解を解くって……お前がかにゃ……?」
「あぁ! 任せろ!」
勿論根拠は無いが、やると決めたからには自信を持って言わなければならない。
「…………何狙ってるにゃ……」
「疑り深いなぁ……助けて貰ったお礼だよ」
「それに……俺は人と魔物の共存世界が夢なんだ」
「その夢の為に、出来る事をしたいだけだよ」
「変なの助けちゃったにゃあ……」
最早変なの呼ばわりは慣れっこだ、思い立ったが今なのだ。
「大体……人間にどうこうできるとは思えないにゃぁ……」
「聞いた話だと、その窃盗集団・『月夜の紅瞳』は、ただの獣人種集団じゃないにゃ」
「猫の姿で人里に忍び込んで聞いた話にゃんだけど、固有技能持ち臭いにゃ」
「魔力の扱いが苦手な獣人種が固有技能か、随分珍しいな」
「にゃあ、悪い事は言わにゃいから、さっさとどっか行くにゃ……」
「まずは情報を集めないとな」
「どの辺りに被害が集中してるかだよね」
「えへへ~! 燃えてきたねぇっ!」
「おうともっ! メラメラきてるぜっ!?」
「うざ……」
「聞くにゃっ!! 何無視してるにゃあ!!」
「無駄だ、あぁなるともうあの馬鹿タレは止まらん」
「諦めて利用してやれ」
「被害者を増やして逆効果になる未来しか見えないにゃあああ……」
「良いじゃないか、任せてみようよ」
不意に、澄んだ声が響いた。鈴の音と共に、窓から着物に身を包んだ少年が飛び込んでくる。
「こっちに損はなさそうだ」
「お? 君も猫人種か?」
猫耳がそれを示しているが、少年の尻尾は二股に分かれていた。
「ぎゃにゃああああああああっ! 猫又様にゃあああああっ!」
「猫又様?」
「この猫里の代表猫、みんなには猫又って呼ばれてる」
「猫里での代表は、力の強い猫がやる決まりでな」
「数百年生き延び、尾が二股となった猫は膨大な魔力を得る……って言い伝えがあるんだよ」
「威厳どころか、同族にすらビビられる有様だが……まぁ宜しく」
「こちらこそ、宜しくです」
「何普通に話してるにゃっ! 頭が高いにゃあっ!」
「あ痛っ!」
スパンッと引っ叩かれた、微妙ににくきゅうがフニッとして気持ちよかったが。
「モミジ、少し黙ってなさい」
「は、はいにゃあっ!」
猫又がチラッと見ただけで、モミジは借りてきた猫のようになってしまう。
「さて、本題に入りたいんだけど……構わないかな」
「俺は良いですけど……」
「? 何か?」
「なんか、猫っぽくないですね……にゃあとか言わないし」
「今時語尾にそんなの付けてもねぇ……」
「そっち系の趣味なら、付けてもいいけどにゃ♪」
「いえ、普通でいいです……」
違和感しかなかった。ちなみに視界の隅でモミジが凹んでいるのがチラッと見えた。
「完全に盗み聞きしたんだけど、人と魔の共存がどうたらこうたら?」
「あ、はい……俺の夢です」
「その為に、月夜の紅瞳をどうにかしてくれると?」
「はい、助けて貰った恩もありますし」
「…………そっか」
「懐かしい目だね、君からは懐かしい物を感じるよ」
目を細め、猫又は首からぶら下げていた鈴を撫でた。
「……その鈴は?」
「数百年前……人から貰った物だ」
「僕は何度も猫の姿で、人の里へ赴いた」
「一人のお爺ちゃんと、長い時間を共にしていたんだ」
「ある日、僕の正体が人にばれた」
「人の里から追い出されたんだけど、その時にお爺ちゃんがこれをくれたんだ」
「数百年経った今でも……忘れない……」
「『君と一緒に居られる世界が、あればいいのになぁ』……お爺ちゃんはそう言ってくれた」
「彼から貰ったこの鈴と、彼から貰った名は僕の宝物だ」
「君の言う夢は、あの日お爺ちゃんが夢見た世界そのもの」
「だからかな、僕も君の夢を信じてみたいんだ」
そう語る猫又の目は、少年の姿には似つかわしくないほど大人びた物を宿していた。
「月夜の紅瞳の影響で、今の猫族と人の関係は悪い」
「君の恩猫のモミジは、最もその悪影響を受けている猫でね」
「同族からも疑いの目を向けられている、当然だけど彼女は無罪だよ」
「にゃあ……」
「深い関係じゃなくて良いんだ、猫の姿で、のんびりと人の里を散歩できるくらいでいいんだ」
「僕らが望むのは、その程度の些細な繋がりで構わないんだ」
「今の状況じゃ、それすらも叶わない……」
「だから人間君……君に僕等の望みを託したい」
「月夜の紅瞳を捕らえ、人間達の疑いを解いてくれ」
「そして願わくば……共存の希望を灯してくれ」
そう言って、猫又の少年は頭を下げた。頼まれる前から、こちらの気持ちは固まっている。
「猫又さんの、お爺さんから貰った名前って……何て言うんですか?」
「ツムギだ、希望を紡ぐ幸運の猫……そうお爺ちゃんは呼んでくれた」
では、その希望を断たせる訳にはいかないだろう。
「モミジに助けてもらった恩もありますし……そんな話聞いちゃったらもうダメです」
「任せてください、絶対に何とかして見せます」
こうして、窃盗集団・月夜の紅瞳を捕まえることを、約束したのだった。
現在時刻は深夜の2時……クロノ達は猫里と人里の間、草原のような場所に居た。この場所が、最も月夜の紅瞳の被害が多いと言われているのだ。
「……ふぅ……」
「体、大丈夫かい?」
アルディが心配そうに聞いてくる。正直大丈夫では無いのだが、泣き言は言っていられない。
「ちょっとは休めたし……いつまでもヒィヒィ言ってらんないよ」
いつもの事だが、セシルはこの場には居ない。どこからか傍観しているのだろう。クロノは荷物を軽く持ち直す。自分の荷物を囮にし、月夜の紅瞳を誘き出そうというのだ。
「姿さえ確認できれば、烈迅風で一気に捕まえれる筈だ」
「そう上手くいくかなぁ……」
固有技能を持っている奴が気になるが、烈迅風はあのガルアを翻弄するほどの速度だ。多少の不安はあるが、それでも数体は捕らえれる筈だ。
「水と風で感知は万全だし……いくら獣人種数体って言っても、接近には気づけるさ」
水の力と風の力、その両方で周囲を感じ取る。警戒態勢は万全、どの方向からきても問題はない。獣人種とは戦闘経験もあるし、あの時よりは強くなったと思っている。
(油断さえしなければ……どうとでもなるさ……!)
「フラグにしか聞こえねぇな……」
「…………来た」
ティアラが目を細める、クロノもほぼ同時に、何かを感じ取った。目を向けると、一人の女の子がトコトコと近寄ってきていた。あまりにも無防備に接近してくる少女は、頭からウサギのような耳を生やしていた。
「……なっ?」
(兎族か……クロノ、油断するなよ)
とは言うが、あちらはトコトコと近寄ってくる。あまりにも普通に歩いてくるため、迎撃するのに躊躇してしまう。
「お兄さん、一人?」
「……見れば分かるだろ? …………君は、噂の窃盗集団なのか?」
「それ知っててここに居るの? もしかしてあたし達を捕まえる気?」
「えへへ♪ それは無理っぴょん♪」
瞬間、女の子の姿が消えた。その動きは、一切感じることが出来ない物だった。
「なっ!?」
「と~うっ!」
いきなり背後から蹴り飛ばされ、荷物を奪い取られた。
「……っ! このっ!」
(今、何を……っ!?)
動揺しつつも、少女に手を伸ばす。少女は荷物を放り投げ、両手を頭の上に構えた。
「ぴょんっ♪」
ウィンクしつつ、両手をウサギの耳のように構える少女。どう考えても馬鹿にされているが、再び少女の姿が消えてしまう。クロノの手は空を切り、少女の姿は放り投げた荷物のすぐ隣に現れた。
「まさか……空間跳躍系の固有技能か……っ!?」
「さぁ~? 教えないよ~ん」
「ぴょ~んっ♪」
荷物を持ったまま姿を消す少女、その姿が結構離れた場所に現れる。
「逃がすかっ! エティルッ!!」
(了解でーすっ!)
ワープする動きは感知する事は出来ないが、地上を走る速さは大した物じゃない。あの程度の動きなら、烈迅風で容易に追いつける。
「精霊技能・烈迅……!?」
「不意打ち貰ったにゃ!!」
「ほーいっと」
一瞬感知を外した隙に、二体の獣人種が襲い掛かってきた。この二体の動きは、かなり早い。
(……っ! アルディッ!)
(チェンジチェンジッ!!)
(あぁもうっ!)
ギリギリで金剛を纏い、なんとか不意打ちを防ぎきる。現れたのは、黒い毛のワーキャットと、灰色の毛のワーウルフだ。
「って! 猫族も絡んでるじゃないかっ!!」
「? 何の話にゃ?」
「知ーらない」
特に興味も持たず、二体の獣人種が飛び掛ってきた。
(……ッ! 相手するには問題ないけど……あのウサギに逃げられ……)
「はい君今あたしの事考えた~♪」
いきなり真横に、先ほどのウサギが現れた。
「……っ!?」
「キ~~~ック♪」
顔を蹴り飛ばされ、体制が崩される。その隙にウサギ耳の少女が、荷物をワーキャットの少年に投げ渡す。
「この人弱いっぽいから、あたし一人で大丈夫だよん」
「リクちゃんとカイ君、それ持って逃げていいよ~」
「無茶だけはするんじゃないにゃっ!」
そう叫び、ワーキャットの少年は荷物を抱えて走り出す。
「ちょ、待てこらっ!」
「ズザー」
「うわぁっ!?」
追いかけようとしたクロノだったが、ワーウルフの少女がスライディングを決めてきた。
「リクちゃん逃げなってばっ!」
「スタコラサッサー」
少女はスライディングの体勢から飛び上がり、そのまま逃げ出してしまう。
「この……」
「ぴょんっ♪」
「……っ!?」
立ち上がろうとしたクロノの真ん前にワープしてくるウサギ耳の少女、顎を蹴り上げられ、再び倒れ込んでしまう。
「えへへ♪ ごめんね~」
「この野郎っ!!」
「きゃん! 怖いっぴょん♪」
両手を頭の上でピコピコさせながら、少女は軽く飛び上がる。それだけで、一気に距離を空けられた。
(くっそ……厄介すぎる……っ!)
(落ち着けクロノッ! 荷物は盗られたが……今のこの状況は一対一だ!)
(連携が厄介だったが……一番厄介なこのウサギを捕まえれば……後の事はどうとでもなるっ!)
(けどどう捕まえるのぉ……? 速いだけじゃ逃げられちゃうよぉ……)
あの固有技能に、風や水の感知は意味をなさない。最悪捕らえても、容易に抜けられる可能性もある。
(どうする……烈迅風に賭けてみるか……?)
(体力の消費も激しいし……賭けるにはリスクが高すぎるか……?)
(どうする……どうする……!?)
「……ん~?」
「えへへ…………ぴょんっ!」
思考を働かせていたクロノだったが、何かに狙いを定めたウサギが再びワープしてきた。足払いを喰らい、一瞬で体勢を崩される。
「……っ!? うわっ!」
「これも~らい♪」
そして、左手から指輪を抜き取られた。
「……………………っ!!」
咄嗟に手を伸ばしたが、ウサギは一瞬で射程外まで移動した。
「えへへ♪ これは高く売れそ…………」
「なんだっぴょんこれ……玩具じゃんか……」
「はぁ……ガッカリ……いい年してガラクタ付けてるんじゃないっぴょん……」
その一言で、クロノの何かが切れた。
(ガラクタって……あの指輪はロー君との……! ひぅ!?)
(あのウサギ……なんて事…………ん?)
(……ん、これ……地雷……)
(俺は良く知らねぇけど……まぁ丁度良いか)
(エティル、久々に合わせるぞ)
(んでクロノ、聞こえてないだろうが……一応言っておく)
(相手は、女の子だからな? ほどほどにしとけ)
その声は、クロノに聞こえていない。ウサギの真後ろに回りこんだクロノは、炎を纏った拳を握り締めた。
「…………ぴょん?」
「…………精霊技能・烈火…………っ!!」
凄まじい勢いで振り下ろされた拳を、ウサギはギリッギリで回避する。
「ぴょんっ!? なになになにっ!?」
「返せ」
「ひゃいっ!?」
「その指輪をっ!! 返せって言ってんだっ!!!」
完全にぶち切れたクロノ、その感情が、炎の力で加速する。
エティルやティアラが、半泣きになるレベルで怒るクロノ。その表情を見たウサギは、冷や汗を流しながら後ずさる。
(なんかこれ…………やばい……ぴょん?)
「ぴょ……ぴょ~んっ!!」
動物の本能が逃げろと騒ぐ、ウサギは後方に飛び、自身の能力でワープする。
ワープ先に着地したのと、クロノが真横に追いついてくるのは、ほぼ同時だった。
(ぴょんっ!??!??!!?!?)
「返せっつってんだろっ!!!」
全力で振り切られる左拳を、何とか避けるウサギっ子。彼女が捕まるまで、もうそう時間はかからないだろう。
フェルドは既に、この怒り狂う契約者をどうなだめるかを考えていた。




