第百十六話 『さぁ、始めよう』
「大体ね、僕達精霊は契約者の主張を優先する、どんな時でもそれは変わらないし……それが僕達のすべき事なのかもしれないよ」
「けどね、だからって心配してない訳でもないし、ハラハラするんだよ? 分かってる?」
「どれだけ焦ったと思ってるんだい、そもそもマークセージでも言ったじゃないか、同じことを何度も何度も繰り返してきてるんだよ」
「そりゃ僕達の勝手だよ、心配とかはさ? けどクロノのほうも少しは考えて欲しいって言うのは我侭なのかな? 正直エティルとかティアラは涙目になってたんだよ?」
「もう少し僕達を頼って欲しいって言うか……何の為に修行したのかって話になっちゃうし……今回明らかに無駄な怪我だって………………」
「アルー長いってー……クロノ白目向いてるってー」
今回、明らかに勝手な無茶をしたクロノは、アルディから説教を受けていた。フェルドにボコボコにされ、傷だらけ+火傷だらけなのだが、気絶も許されず正座させられていた。
「言い足りないよ、もぅ……」
「変わらねぇなぁ、その説教すら懐かしく感じるわ」
「つか新鮮だな、アルの説教を真面目に聞く契約者ってのは」
腕組みしながら岩壁にもたれかかっているフェルドは、楽しそうに笑っていた。現在クロノ達は暑苦しい洞窟内から脱出、岩場で休息を取っていた。
「ヘイ新たなる契約者! 馬鹿正直に聞かなくてもいいんだぜ?」
「ルーンだって適っ当に流してたしなぁ」
「……そなの?」
「いい度胸じゃないか……クロノ……」
「ひぅっ!!」
地面に埋まりそうなほど落ち込んでいたクロノが、期待の眼差しをフェルドに向ける。そんなクロノを、黒い笑顔を浮かべたアルディが踏み付けた。
「そんなに傷付くのが好きならお望み通りにしてあげるよ? ほらほら……」
「アルディ痛い! 怖い! 埋まるっ!」
「あれぇっ!? 俺アルディと護り云々で契約した筈なのに、めっちゃ痛め付けられてるっ!?」
「愛の鞭って言葉、人間に存在してるよね!」
メキメキと踏み潰されるクロノ、そんな契約者を見て、フェルドは愉快そうに笑っていた。
「ふははははっ! あーマジで懐かしいなこのノリ!」
「久々に満たされるわぁ! ふはははっ!」
「フェルド君ご機嫌だねぇ」
「おぉう! 久々に熱かったしなぁ!」
「俺はクロノを気に入ったぜ? 面白い馬鹿だ、馬鹿!」
どう聞いても褒め言葉では無いと思う。身も心も疲弊したクロノの首に、フェルドは腕を回してきた。
「俺は青臭い馬鹿が大好きだ! なぁクロノ! 次は俺と第二段階の精霊技能目指そうぜ?」
「あー! 抜け駆けだよぉ!?」
「お前は第二段階出来てんだろうが…………アルとティアラは出来てるのか?」
「……まだ……認めて、すら……いない」
「僕もまだだよ、一回は出来たんだけど……それも例外っぽいからね」
「……? 例外っつーのは良く分からんが……ティアラのそれは何だ? ツンデレか?」
「脳内……沸騰、してんのか……可燃、ゴミ」
前々から思っていたが、ティアラは本当に口が悪い。だが毒を吐いたティアラの頭を、フェルドは笑いながら撫でてやった。
「エティルやアルに負けず劣らず、お前もクロノに信頼寄せてんじゃねぇかよ」
「リンクの繋ぎ方で分かる、お前はもうちょい素直になれっつの」
「……ッ! 言う、な! 馬鹿っ!」
フェルドに水を叩きつけ、ティアラは逃げ出してしまった。浴びた水を一瞬で蒸発させながら、フェルドは呆れたように首を振る。
「あいつはもうちょい変わって欲しかったが……高望みかぁ?」
「しかし……マジで全員変わってないのな」
「変わったのは……お前だけか?」
そう言いつつ、フェルドはセシルに目を移す。
「あのひよっこセシルが……まさか今の四天王とはねぇ……」
「ふはははっ! 似合わねぇ~っ! ギャグかっつのっ!」
「良いだろう、今ここで死ね」
「待ってセシルッ! 俺が死に物狂いで契約した数十分後にそれは止めてっ!?」
「いや前提条件抜きにしても止めろよ、俺今契約のハンデ付きなんだからよ!」
「……つっても、ハンデ抜きでももう勝てねぇか……マジで強くなったなぁ」
どこか嬉しそうに、フェルドは優しい口調で言った。
「今のお前を見たら、リジャイドやカムイの奴は泣いて喜ぶぞ?」
「…………あいつ等が、今生きてるのかは知らねぇけどな」
「ふん、昔話に花を咲かせるつもりはない」
「私は今を生きている……確かに、生きている」
「貴様も思い出に甘えていないで、今の契約者を導いたらどうだ」
「ん~? あぁ、そうだな」
「悪ぃクロノ、話の輪から弾いちまってたな」
正直セシル達の昔話にも興味があるのだが、今は時間がないのも事実である。
「正直身体はきっついけど……アクトミルを目指さないとな……」
「馬鹿でかいコロシアムのある国だな、そんなに急いでどうするってんだ?」
「約束があるんだ、話せば長いから……掻い摘んで説明すると……」
「その国で20年に一度の闘技大会があってぇっ!」
「ヒョンな事から知り合ったお姫様と協力して」
「その、大会、に……魔物、も……呼ぶ、事に……なった」
「うおおおおおおおおおおおっ!! スゲェテンション上がるじゃねぇかっ!!」
3行で伝わった、何だこの一体感。
「その国で姫様と一回落ち合うことになってるんだ」
「詳しい話し合いをした後、俺達は大会が開かれるまでの期間中、ひたすら参加してくれる魔物を探す事になる」
「なぁるほど……そいつは面白いじゃねぇか」
「しっかしスケールでかい姫様だな? 人魔混合の大闘技大会か……」
「実現すりゃ、確かに共存への近道だな!」
「あぁ! 俺も協力は惜しまない! 絶対に成功させ……」
「同時に、これは貴様の挑戦でもあるのだぞ? クロノ」
言葉を遮り、唐突にセシルがクロノの肩を掴んだ。
「……へ?」
「この際丁度良い、私から少し言う事がある」
「クロノ、貴様は弱い」
最早言われ慣れた言葉だ、今更そんなこと言われなくても分かっている。
「なんだよセシル……改まって……」
「貴様、闘技大会に参加するような奴がどんな奴か……想像付くか?」
「そりゃ……自分の腕に自信があって……強い奴じゃないか?」
「そうだな、弱い奴が好き好んで、そんな大会には出ないだろうな」
「つまりだ、貴様は闘技大会に出てくれるような、強い魔物を探さなくてはならん」
「………………う?」
「命がけで、済む話ではないぞ」
「話し合いでどうこうなる問題でもない、人間の大会に魔物を誘うのだ」
「正直、正攻法では難しいだろう」
「だ、だけどフローは俺に……」
「私に良い考えがある、というか……元はあの姫の策なのだが」
「クロノ、貴様……魔物共を打ち倒せ」
「……は?」
「貴様自身、撒き餌となるのだ」
「強者は自分より強き者を好み、挑戦心を持つものだ」
「『大会に出て、俺を負かしてみろ!』くらい言ってみろ」
「死ねってのかっ!?」
「ほぉ? この程度成し遂げられん奴が、共存の世界を成すと?」
「四天王を打ち倒し、魔王の元へ辿り着くと?」
「……っ!」
「良い機会だと思わんか? 恐らく多くの魔核固体とも出会えるぞ?」
「貴様自身、多くの実践を経て……強くなれるぞ?」
「一石何鳥になるだろうな? 貴様自身の強化、夢への近道……魔核入手のチャンスに……多くの魔物との出会い……」
「いっその事…………大会の優勝を狙ってみるといいだろう」
「自身を磨け、魔核を集めろ、高みを目指せ」
「その先に、貴様の目指す物がある」
そう語るセシルは、今まで見たことがないほど生き生きとしていた。何かを抑えきれないような顔で、どうしようもなく楽しそうに、クロノを手招きしていた。その表情に、胸が高鳴った。
クロノは自分の精霊達に目を移す、全員……笑っていた。
「やろうよ、クロノッ! あたしも頑張るよぉ!」
「付き合うよ、どこまでも、何度でもね」
「やる、からには……勝ち、たい……楽しんで、いこう」
「当然……男として答えは一つだろ? クロノ?」
まったく……自分は仲間に恵まれすぎたと思う。クロノは自然と笑顔になっていた。
「二兎を追う者……一兎も得ず……そんな言葉があるな?」
「クロノ、貴様は何兎を追い……何兎を掴む?」
セシルも意地悪だ、ここまで盛り上げてくれたのだ。答えなんて、一つしかない。
「当然、全部鷲掴むっ!!」
やってやる、どんなに無茶だろうと、やりたいと思ったのだ。自分の道は、これしかない。
「よしっ! アクトミルに急ごうっ!!」
「俺に続けーーーっ!! って痛っ!?」
「頼りねぇ契約者だなぁおい……」
身体の痛みでバランスを崩しかけるクロノ、フェルドが肩を貸し、何とか前へ進み始める。そんなクロノの背を眺め、セシルは薄く笑っていた。
(そうでなくてはな……ふふっ……)
(血が、沸き立つな…………)
「意地悪だね、セシルは」
「可愛かった新米セシルは、どこへ行ったのやら……」
そんなセシルを見つめ、アルディが首を振る。
「ふふっ……貴様等は聞いていたのだろう?」
「安心しろ、クロノにもアクトミルで伝えるからな」
「…………楽しみだな? 大会が」
「やれやれ……前途多難だよ、まったく……」
アルディ達精霊の不安は、しばらくは続く事になる。クロノの旅はここから、魔物との出会いを中心とした物へ変わっていく。闘技大会成功を目指し、魔核輝く出会いの旅が、始まろうとしていた。
デフェール大陸……ミノタウロスの里。巨大なミノタウロスの肩の上で、一人の少年が欠伸をしている。
「弛んでいるぞ」
「ごめん、けどさ……退屈だよねぇ」
「ワクワクをくれるイベントとか、起きないかなぁ」
「ふん……くだらんな」
巨大な斧を持ち上げ、ミノタウロスの男は歩き出していく。その身に宿す力は、あの黒狼並みだ。
同大陸……ジパング地方・狐の森。
「今日も巫女様は……?」
「はい、社へ供え物を……」
「全く……飽きぬお方だ……」
一人の勇者が、社へ供え物を捧げていた。その姿を、一匹の狐が見つめている。一本の尾に寄り添うように、半透明の8つの尾を靡かせながら……。
同大陸……ジパング地方・猫里。
「うわあああああああ!? また出やがった!」
「チョロいにゃぁっ!」
「ぴょんっ!」
「スタコラサッサー」
近隣で噂になりつつある、獣人種の窃盗集団・月夜の紅瞳の犠牲者が、今日もまた一人……。
アノールド大陸……海岸。
「あぁ……私の運命の相手は一体……どこにいるのでしょう……」
月を見上げ、一筋の涙を零す多脚亜人種の女性。魔核を宿す彼女の求める物は、夫となる存在だ。
同大陸……空蝉の森。
「ふわふわ……ゆらゆら……ふわゆら……」
「も…………だ、め…………だれ……かぁ……」
風に揺らめく花精種……彼女の周りには、彼女の花粉で意識を失った多くの妖精種が墜落していた。強力すぎる力を持った花精種は、その力で知らず知らずに森を蝕んでいく。
ウィルダネス大陸……アゾット国。
「いつもいつも……感謝です!」
「いえ~、これが私の幸せですので~!」
退治屋も構わず治療する、正体不明の薬屋。彼女の正体が一人の退治屋に知れる時は、もうすぐそこまで迫っている。
同大陸……砂中の大迷宮。
「だるーい……もうやー……」
「それ女王の言う台詞とちゃうって……」
地下深くに存在する、蛇人種の国。この国では一つの問題が起きていた。嘗て伝説の勇者に恋焦がれていた蛇人種……彼女との出会いは、過去と今とを繋ぐだろう。
コリエンテ大陸……透駈山。
「むぅ……」
一体の歌鳥人種が、山のふもとを見つめていた。ふもとの街では、一人の男性のライブが行われている。生まれてこの方、一度も生物を魅了出来ていない歌鳥人種と、一人の歌手の出会い……それは、人と魔の距離を大きく変える事になる。
同大陸……機甲洞
「………………」
一体の機人種が、一つの目的の為に目を覚ました。感情や心といった言葉が縁遠い彼等だが、この固体は少し違っていた。
嘗て、人形と呼ばれていた天才に、感情を与え、唯一無二の親友になった存在。今や超絶天才と呼ばれている姫の、最も大切だった存在。
そんな機人種が、復讐の為……その瞳を輝かせる。
世界中で、出会いの欠片が輝き始めた。
四大陸を巡る旅は……まだ終わらない。
プロローグはここまでだ! さぁ、始めよう!!




