第百十一話 『金色の力』
意気揚々と地面に突き立てられた剣を引き抜きにかかったクロノ、彼は現在、息を切らして地面に大の字になっていた。
「なんか……俺がやる気出して取り組んだことって……大体こうなるよなぁ……」
「もう昼だぞ、期待を裏切らない男だな」
「その剣を抜き、天高く掲げて初めて合格と見なすから、その辺頼むぞ」
「うっ……」
セシルの言うとおり、既に太陽は真上だ。クロノは何とか体を起こし、フラフラと剣の柄を握り締める。
「……………………ッ!! ふっ! ヌググ……ッ!?」
「ヌギギ……フヌガァァァ…………ッ!!」
顔を真っ赤にして踏ん張るクロノだったが、剣はビクともしない。この剣、ただ地面に刺さっているだけでは無さそうだ。
「大地の力で突き刺した、人間の力では抜けんよ」
「地に根を張るが如く、固定されているからな」
「仮にミノタウロスが数体集まろうが、抜く事は叶わん」
「ゼッハァ……ハァ……じゃあ……どうしろってんだよ……」
「貴様、今までアルディと何回リンクした?」
「今まで何回、大地の精霊技能を使ってきた?」
「何も考えずに、アルディに頼りっぱなしか?」
「少しは頭を働かせろ、もう何度も聞いてきている筈だ」
「アルディ……なんかヒントは……」
「良いかいクロノ、大地の力っていうのはね……」
ニコニコと近寄ってくるアルディだったが、セシルが地面を思いっきり踏みつけた。その衝撃で地面にヒビが入り、クロノは硬直してしまう。
「自分で考えろ、精霊使いなら、自分の使役する精霊達が誇れる男になれ」
「それとアルディ、貴様は保護者か馬鹿タレ」
「クロノ自身で越えさせろ、いいな」
「うっ……けど急にヴァンダルギオンを抜かせるなんて……少しハードすぎるよ……」
「クロノはまだ溜めるのが苦手で……」
「甘やかしたツケが回ってきただけだ、お前ならもっと前から気づいていただろう」
「今のクロノの能力では、第一段階の精霊技能ですら、50%も使いこなせていない」
「今まで、何回死にかけた? 運が良かっただけだぞ」
「フェルドとの契約もそうだが、その後を考えれば……ここでの修練は妥当だ」
「甘さと優しさを履き違えるな…………これはお前の言葉だった筈だ」
「…………そうだね」
「何だかなぁ、セシルも随分言うようになったね」
「……ん? ……72時間……あぁ……そう言う事か……」
「それ以上口にすれば、怒るぞ」
「分かったよ、この間は、君に任せる」
「これでも僕はクロノを結構信頼してるんだ、口だけじゃない所も見せないとね」
「信じて、見守る事にするよ」
「ウオオオオオオオオオォォォォォ…………ビクともしねぇ……!!」
「………………ねぇセシル、やっぱり一つくらいヒント上げたいんだけど……」
「過保護か、馬鹿タレが」
「アルディ君は変わらないねぇ」
「基本、胃、痛めるの、アルの、役目……」
精霊達がワイワイ話している背後、クロノは必死に剣を抜こうと汗を流す。しかし、抜けるどころか一ミリも動かない。
(……アルディに……すぐ頼った……駄目なんだよこれじゃ……)
(頼りになるからって……助けて貰ってばかり……あぁ、格好悪いな俺は……!)
(セシルの言う通りだ……こんなんじゃ、あいつらを助けられるくらい強くなるとか、言えるわけねぇよ……)
(考えろ……セシルは言った、何度も聞いてきている筈だって……)
(大地の力の修行……アルルカの村で石を砕こうとした時、何て言われた……?)
大地の力は、地に根を張るイメージと何度も言われていた。難しい使い方じゃない、力を込めるのと何ら変わりはしないと、言っていた。
(力を……フッ! …………グゥッ!!)
全力で剣を抜こうとするが、ビクともしない。
(駄目だ……これじゃ……全然足りない……)
(もっと…………もっと……力を込めろ……もっと……)
指先に、掌に、ただひたすらに集中する。力を込め、意識を剣を抜く事だけに向ける。ギャアギャアと雑談している精霊達の声すら、聞こえなくなってきていた。
その集中力が、クロノを再び水の中に沈めていく。感覚が研ぎ澄まされ、水の自然体を取るクロノだったが、自分の握っている大剣から、何かを感じ取った。
(なん、だ……これ……)
それに気がつき、それに意識を向けた瞬間、自分が立っている大地が透けた気がした。自分のすぐ下にある、膨大な力の塊、金色に光り輝く、圧倒的な力の流れ。その流れが無数に枝分かれして、地面の下を巡っている。
(…………大地の偉大な力……これが……そうなのか……?)
その光の流れは、クロノの握っている大剣にも何本か繋がっていた。大樹の根のように、それは無数に広がっていた。一目で分かる、この黄金の力は、個の力とは桁が違う。
(…………根を、張るイメージ……)
(この力を……大地の力を…………借りるイメージ……)
目を閉じ、集中力を最大まで高めるクロノ。自分のちっぽけな力では、この大剣は絶対に抜けない。足りない力は補えばいい、大地の力は、それを可能にする力だ。
(イメージしろ……繋げ、焦らなくていい)
(意識を……張り巡らせろ……ゆっくり、ゆっくり……)
(クリプスさんの時、アルディは言っていた……)
(大地の流れは、大地の呼吸……呼吸を合わせろ……)
水の力によって、精神と言う名の根を、大地に張り巡らせる。流れに合わせ、クロノは息を吸い込む。両足からゆっくりと、金色の力が登ってくるのを感じた。
(………………呼吸を合わせて、一気に……ッ!!)
目を開き、渾身の力を両手に込める。次の瞬間、自分でも驚くほど簡単に、ヴァンダルギオンは地面から抜き放たれた。その音に驚き、精霊達は飛び上がるようにクロノに視線を移す。
「ふぇあっ!? 抜いたっ!?」
「え、早……」
「……っ!? あ! クロノッ! 駄目だっ!!」
「へ? って……うわああああああああああっ!?」
アルディが声を荒立てたが、少し遅い。一気に力が抜け、クロノはヴァンダルギオンの重さで後ろに倒れてしまった。
「……その剣を天高く掲げるまで、合格では無いからな」
「重っ!? 重たいぞこの剣っ!!」
以前、城一つ分だとか言っていたが、あながち嘘では無いのかもしれない。下敷きにされれば、無事では済まないだろう。事実、剣は地面にめり込んでいた。
(……抜いた勢いで、一瞬は掲げていられたけど…………)
(あれを維持するのか……!? 腕が折れるって……)
「早すぎるな」
セシルがクロノの腕を見て、そんな事を零した。
「大地の力を感じたか?」
「貴様自身の力で感じるのは初めてだろう、だが、貴様はあの力をいつも借りていたのだ」
「アルディとのリンクで、大地の自然体を取り、知らず知らずあの力を身に取り込んでいたのだ」
「アルディ無しでは、貴様の一度に取り込める力はごく僅か」
「時間をかけろ、今の貴様の限界まで、ゆっくりと力を溜めろ」
「出来る筈だ、今の貴様等ならな」
セシルの言葉を聞き、クロノは自然とアルディに顔を向けていた。アルディは無言で、深く頷いた。それを見たクロノは笑みを浮かべ、勢いよく立ち上がる。地面にめり込んだヴァンダルギオンの柄を握り、目を閉じた。
(もう、イメージは掴めた)
(後は……この力を、身体に溜める……)
(…………うわぁ……自分で感じれて初めて分かる、自分の未熟さ……)
(金剛を使ってる時と比べると、スローモーションだなこれ……)
大地の力が上がってきているのが分かるが、物凄く遅い。体に取り込める量も、速度も、自分はまだまだ未熟なのが分かった。
(……けど、これを金剛無しで上手く出来るようになれば……!)
(アルディの力を借りた時、今よりずっと……ずっと強く、上手く、出来るようになる筈……!)
(大地の力は、守りの力……)
(今の俺じゃ、手に余るくらいの困難も……)
(支えられる……可能に出来る……そんな、暖かい力……)
(みんなの為に……もっと……練習しねぇとな……!)
身体に宿る、大きな力、それは……自分や、自分の守りたい物を、包み込める力だ。クロノは自分を包む大きな力を腕に集中させ、ヴァンダルギオンを持ち上げた。その大剣を夜空に掲げ、笑顔を浮かべる。
「……どうだっ!!」
「……ふっ……合格だ」
「丁度日も落ちたな、一日一属性……悪くないペースだ」
セシルが珍しく褒めてくれた。その笑みに油断してしまい、クロノは大地の型を解いてしまう。当然、ヴァンダルギオンの重さで体勢を崩してしまった。
「わ、わ……うわっ……!?」
そんなクロノを、アルディが支えた。落としかけたヴァンダルギオンも、アルディが片手でキャッチしてくれた。
「あ、さんきゅ…………凄いな、片手か……」
「あはは、僕等の凄さ、分かるくらいにはなったかい?」
「けど、今の僕に出来る事は、クロノにだって出来るんだよ?」
契約により、今のアルディ達はクロノの最大値まで能力が落ちている。全力のアルディ達は、まだまだ果てしないほど遠くにいるのだ。
「……まだまだだなぁ……」
「けど、良く頑張ったよ」
「君の頑張りは、確実に君の強さに繋がる」
「僕達も、それに応えよう」
「まぁなんだ……お疲れ様」
何だか嬉しそうに、アルディは笑顔を浮かべていた。ティアラもそうだったが、やはり自分達の使う力の成長は嬉しいのだろうか。
「まだまだ休ませないがな」
「次は風の修行だ」
「エティルちゃんの出番だねぇっ!」
「貴様自身の出番はないがな」
「ショボーン……」
何にせよ、次でセシルの修行も最後だ。クロノは少しふらつきながらも、セシルに向き合った。
「ほう? いい顔で見てくるな」
「ここまで来たら……やりきってやるよ……!」
「それに、風の力は俺が一番使えてるって思ってる力だ……」
「この際だし、ズバッと決めてやらぁっ!」
「……クロノ、やっぱ……馬鹿、だ……」
背後のティアラが、ボソッと零した。何のことだかクロノには分からなかったが、目の前のセシルが凶暴性を含んだ笑みを浮かべた瞬間、失敗したと悟ってしまう。
「烈迅風で己の身すらズタズタにする小僧が……言うじゃないか……!」
「だがそのやる気は認めてやろう、喜べ、3日目の朝日と共にゴミクズを卒業させてやろう!」
「あ、いや、正直もう倒れそうなんでお手柔らかに……」
「エティル! この修行の後は契約者と舞い踊れるぞ! 良かったな!」
「わーいっ! それは朗報だよぉ!」
「え、でも今のクロノからそこまでって……」
「はぁ……やれやれ……」
何だかアルディやエティルが青い顔をしている気がする。
「さてクロノ、一番使いこなせてる力だどうだと吠えてくれたな?」
「セシル、顔怖い! 怖い!」
「確かに、唯一第二段階の精霊技能に至っている力だ」
「その自信も頷けるな」
「だが、その力は貴様の身体も傷つけてしまう……真に使いこなしているとは言えないな」
「力を持つ者なら……相応の器を持たねば……な?」
「あ……う……」
セシルが赤いオーラを纏っている気がする。錯覚ではない、妙な威圧感を纏っていた。
「最後の修行を始めよう、風の基礎とその応用だ」
「烈迅風で傷付かないよう、風との舞い方を教えてやる」
「ルールは私にタッチする事、エティルお得意の鬼ごっこだ」
「エティルちゃんのお株を奪う暴挙だよぉっ!?」
「ただし、追加ルールだ」
「3秒以上立ち止まる事は許さん」
「止まった場合、引っ叩くからな」
「さて、存分に舞い踊れ……無論、死に物狂いでな!」
セシルのやる気に火が付いた、待っているのは、最後の地獄だ。クロノは燃え尽きそうになる精神を何とか支え、涙目でセシルに突っ込んで行った。
「やってやるよ…………こうなりゃ勢いで勝負だっ!!!」
「ふははっ…………くだらんな?」
「……だが、そういうのは嫌いじゃないぞ」
視界内から一瞬で姿を消しながら、セシルはそう呟いた。




