第百十話 『目を離すな』
「……ついに、辿り着いた……」
エティルと出会い、精霊との契約の為に始めた旅。その終着点となる大陸、デフェール……。約一日の船旅を終え、クロノはついにデフェール大陸へと降り立った。
「では、伝言は頼んだぞ」
「向こうの人間には借りがある、そのくらいは任せとけ」
「名前持ちの精霊なんて珍しいからな、すぐ見つかるだろう」
「『5日後』の部分を強調して伝えてくれ」
向こうでセシルが、一緒に船に乗ってきたサラマンダー達と会話していた。彼らはこれから、ラベネ・ラグナの兵に護衛されつつ、故郷のアグニ山まで送られる予定だ。
「……」
「クロノ? どうした?」
「契約者から引き剥がされた精霊達もいる筈だろ? 元の契約者の所に、帰れるといいなって……」
ジュディアの手で、奪われた精霊達もいる筈だ。フローが手を尽くしてくれるらしいが、やはり心配なのだ。
「クロノは頑張ったよ、信じよう」
「うん! きっと大丈夫だよぉ!」
「全ては、元に、戻らない……」
「けど、最悪は……回避、出来た……よ」
今の自分に出来る事は、これ以上無いのだろう。せめて、無事だけは祈っていたい。
「随分と余裕だな、ついでに自分の無事も祈っておくといいんじゃないか?」
「セシルはどんな立ち位置にいるんだよ……」
「立ち話をしている時間すら惜しい、行くぞ」
スタスタと歩き出すセシル、いつにも増して冷たい気もする。
「ちょっ! どこ行くんだよ!?」
「アグニ山へ向かう途中、ちょっとした森がある」
「そこで修行を始める、道中は修行の内容を説明する」
「いいかクロノ、最初に言っておくが貴様は弱い」
「もう言われ慣れるくらいには聞いたよ、それ」
「毎回毎回、地味に凹むんだけど」
そりゃ四天王のセシルから見れば、自分はゴミのような強さなのだろう。だからって傷付かない訳ではないのだ。
「勘違いするな、それは貴様自身の身体能力の事だ」
「貴様自身、気がついてないようだから言ってやるがな」
「貴様の精霊の力を扱う能力、その成長速度は、異常だ」
「え?」
「風の力、大地の力、水の力、どの力も、素人の成長速度を凌駕している」
「二重接続や第二段階の精霊技能もそうだ」
「本来、契約して間もない男が使える力じゃない」
「そもそも精霊の力は、精霊と契約者の心の有り方に直結する」
「そこにマニュアルなどなく、個々の成し方があるのだ」
「信じる気持ち、絆の力、まったく青臭い事この上ないが、そう言ったものが大事なのだ」
「ある意味では、貴様に向いていた力なのかもな」
「俺褒められてる!?」
「頭に乗るな馬鹿タレ、その力も貴様自身が腑抜けなせいで残念な事になっているのだ」
「貴様、事ある毎に精霊技能に頼りすぎだ」
「まだ十分じゃない精神力しかり、通常時の弱さしかり……精霊技能で誤魔化そうとしているな」
「短期決戦、特攻精神、確実に早死にするタイプだ」
「うっ……言い返せない……」
「これはお前の精霊達にも責任があるな、何故誰も忠告しない」
「通常時のクロノの強化は、全ての精霊技能の強化に繋がる」
「精霊の力を磨く事に集中し、自己能力の鍛錬を怠るなど……馬鹿タレの極みだ」
「いやぁ、セシルちゃんは厳しいなぁ~」
「それは僕達も分かってるさ、けどクロノにはクロノのペースがだね」
「私は、別に……どうでも……」
「甘やかすな、馬鹿タレが」
「あぅ……」
「……ごめん」
「シュン……」
精霊達は一言で言い負かされ、ガックリと肩を落としてしまった。
「クロノ、今日から三日、精霊技能は禁止だ」
「貴様自身を鍛えてやる、いい加減精霊なしで自然体を身に着けろ」
「うっ……それは三日で何とかなる物なのか……?」
「甘えるな、何とかするのは貴様自身だ」
「…………貴様、まだ理解していないな?」
そこで振り返ったセシルの視線が、クロノの背筋を凍らせた。その目は、一切の慈悲を持たない、冷たい目だった。
「今日から三日、72時間……休む暇などないと思え」
「何度だって言うぞ、手は抜かん」
「死に物狂いで、越えてみせろ」
そこで本当に理解した。本当に……死ぬ気でやらないと、タダでは済まないだろう。
「は、ははは…………」
嫌な汗が出るのを、クロノは感じていた。
3時間ほど歩いただろうか、クロノ達は鬱蒼とした森の中を進んでいた。
「この辺りでいいか」
森の中のちょっとしたスペース、そこでセシルは足を止める。人間化を解き、尻尾を左右に揺らしていた。
「さて、今から腑抜けの貴様を鍛え上げるわけだが」
「お手柔らかに頼みます……」
「それは無理だ、クロノ、そこに立て」
自然な流れで無慈悲を突きつけるところが、なんともセシルらしい。クロノは諦めた様子で、セシルの指差す場所に立った。
「で、次はどうするんだ?」
「自然な構えを取れ、自分が一番、動きやすい構えだ」
言われたとおり、クロノは構えを取った。腰を下ろし、前に出した左足に重心を預ける。左手を顎の辺りまで上げ、右腕は腰の辺りに下げる。いつもの構え、我流の構えだ。
「俺の構えは我流なんだけど、問題ないかな」
「精霊の力は自然の力、自然体の型は、自身の最も動きやすい構えで発揮できる」
「無理のない構えなら問題ない、一番落ち着いて集中できる構えがいい」
そう言いながら、セシルがクロノと少し距離を取る。五歩分ほど離れ、クロノに向き直った。
「アルディ、クロノの足を固定しろ」
「それと、お前らはクロノから出ていろ、無意味に傷付く」
「僕達の契約者をどうするつもりさ……まったく……」
「痛めつける、どんなに手を抜いてもズタボロにするだろうな」
「……クロノ、武運を祈るよ」
「どう足掻いても、無事では済まないけどねぇ」
「南無……」
アルディが足に手を翳すと、足首の辺りまでクロノの足が地面に埋まってしまった。そして、心の支えだった精霊達が、傍観モードに入ってしまう。
「うぅ……本当に精霊技能は禁止なのね……」
「今から貴様を殴り飛ばす、貴様はとにかく避けろ」
「へ?」
「水の力で感知し、避けろ」
「15分間一発も当たらなかったら、次のステップだ」
「待て待て待てぃ! いきなりそんなの……!」
「始め」
合図と共に、何かがクロノの右肩を撃ち抜いた。実際は衝撃が突き抜けただけなのだが、クロノは右腕が吹き飛ぶ錯覚を受ける。
「…………ッ!? ぐ、がああっ!?」
「安心しろ、外傷はない」
「痛みそのものは、相当だがな」
「貴様も一応使えるだろう、水の力で衝撃を波紋として打ち込む技だ」
「足は固定した、風の力は無意味」
「大地の力も、衝撃を打ち込むので意味は無い」
「水の力で感知し、上半身の動きだけでいなせ」
「精霊なしで使える水の感知で、避けられる速度にはしてある」
「……なにを痛みに怯んでいる、次行くぞ」
「まっ! 待て! 待って! 精霊なしで感知って……いきなり……っ!?」
言い終わる前に、腹部を激痛が貫いた。
「ごっ……ふぅ……!?」
「……繰り返す、死に物狂いで越えてみせろ」
「千の修練より、一の実践と言うだろう」
「死ぬ一歩前辺りまで、追い込むぞ」
「……もう一々、行くぞ、何て言わないからな」
腹部を押さえながら、クロノは顔を上げる。目の前に立っているのは、紛れもない四天王の一人だ。容赦や情けは一切ない、肌がピリピリするほどの、本物の敵意を放ってきている。
(……俺は、まだ甘えてた……!)
(セシルの言うとおり、死に物狂いにならないと……マジでやばいっ!)
痛みを堪え、構えを取る。何をされているのかすら見えていないが、目を離すわけにはいかない。クロノは目を凝らし、出来る限り集中する。腕組みをして静止しているセシルだったが、その尾が一瞬、ブレた。
その次の瞬間には、激痛が右足を貫いた。
(……見え、……ねぇっ!!)
「感知しろ、貴様の動体視力では目に映らんぞ」
感知しろと言われても、精霊なしで水の感知はまだ出来ない。クロノは観戦しているティアラに目を移した。
「……んー? 頑張、れー」
「いや何かヒントとかねぇのっ!?」
「もう、出来る、くらいに、場数、踏んだ」
「セシル、無茶言う、けど……無理な、事、させない」
「だから、頑張、れー」
「出来る……!? そんな、のっ!?」
余所見するな、そう言わんばかりの一撃が、クロノの胸を貫いた。
「目を離すな、いいな」
「……っ! お、おうっ!」
(とにかく……色々試してみるんだ……!)
(精霊なしでも……このくらい出来るように……っ!!)
ガードしようとしても、痛みが突き抜けてくる。セシルの尻尾は凄まじい速度だ、目で見て回避は不可能だろう。ティアラとリンクしている時は、動きの波紋を感じることが出来た。今はそれが全く感じられない、それを感じ取れないクロノでは、攻撃の回避は絶望的だ。
(15分間避け続ける……!? 一発も避けれないんだが……っ!!)
気絶しそうになるほどの痛みだが、逆に意識がはっきりしてくる。絶え間なく続く激痛で、クロノがおかしくなりそうになった頃、既に日は落ち、辺りは闇に包まれてきていた。
「……目を離すな、クロノ」
「……い……っぅ……!」
「…………」
無言のセシルが放つ一撃、音より早くクロノの体に着弾し、痛みを肉体に伝えてきた。無論、まったく見えていない。
「……進歩なしか、どうする、止めるか?」
「…………ッ!」
クロノは無言で首を振る、なんとか顔を上げ、続行しようとする。既に、体は痛みで震えていた。
「……目を離すな」
「……ご、ほっ!」
一瞬間を空けて、痛みが左肩を貫いた。観戦している精霊達も、気が気では無い表情になっている。
(……やばい、諦めそうだ……)
(そういえば……ティアラと初めて戦った時も……こんな気持ちだったっけ……)
(それで、失敗したんだったな)
(馬鹿野郎……また繰り返す気かよ……!)
「目を離すな、クロノ」
激痛がまた左肩を貫いた、もう何回、目を離すなと言われたのか分からない。
(……………………目?)
水の力は、心に深く潜るのが大事だと、言っていた。心を落ち着かせ、深く潜り、動きの波紋を見切る力だ。その波紋を見切り、映す瞳……水の力の基礎である。
(セシルは何度も繰り返してる、目を離すなって……)
(その言葉に、意味があるとしたら……)
歯を食いしばり、クロノは顔を上げた。闇の中、セシルの姿を探し、セシルの目を見た。その瞬間、息が出来なくなった。
(……っ!?)
背筋が凍りつく感覚、過度の緊張で止まる呼吸……。セシルの凄まじい集中力に圧倒され、クロノは時間が止まったような錯覚すら覚えた。その瞬間、何かが迫ってくるのを感じた。
「……っ! つぅあああっ!!」
上半身をその『何か』から遠ざけるように動かす、セシルの尻尾が、頬を掠めた。
「避けたっ!」
「凄い! クロノ!」
「……あ……」
精霊達が驚きの声を上げたが、クロノには聞こえていない。彼もまた、何かに気づき、集中の海に潜り始めている。
(セシルも……水の力で……)
(水の力で例えるなら……セシルは俺なんかより……ずっとずっと……深い場所にいるんだ)
(あの目から伝わってきたのは、そこに至る為の集中力……)
(息も出来ないほどの……桁違いの深さ……)
(…………目を離すな……あれは……セシルが見せてくれている……手本だ!)
顔を上げ、セシルの目を見るクロノ。極度の集中力で息が詰まるが、それでいい。心の潜り方が分からないのなら、相手の深さを知り、そこまで着いて行けばいい。セシルはあえて、その道を残してくれている。
音を置き去りにした一撃が、クロノ目掛けて放たれた。目には映らないが、クロノはそれをしゃがんで回避した。何をどう避けたのか、クロノは理解できていない。体が勝手に動いたのだ。
体からは力が抜け、いつの間にか構えも崩れていた。だが、妙に体が軽かった。さっきまで体を支配していた痛みも、気にならなくなってきている。
(苦しい……けど……分かってきた)
(自分でも分かる、集中できてる)
(セシルが導いてくれてる……まだ潜れる……もっと、もっと……深い場所に……!)
(目を離すな……目の前の大きな力から……もっともっと学ぶんだっ!)
あまりの集中力で、クロノ自身気づいてないのだろう。彼の身体が水に包まれている事に。痛みも、音も、何もクロノに届いていない。セシルの深さへ到達しようと、呼吸すら忘れて目を合わせていた。
(……こいつ……)
先ほど目を合わせてきてから、人が変わったように集中している。ヒントを残しつつ殴り続けていたのだが、それに気づいてからの成長速度は、やはり異常だった。
(……何か、たった一つでもきっかけがあれば……これなのか……)
(最初から100を発揮できる天才ではない……だが……)
(こいつは……1を知れば100まで学習できる……修練の天才だな)
(それも……ただ知っただけでは意味がないようだ)
さっきから間を空けず、連続で攻撃しているのだが、クロノはその全てを回避していた。その目は怖さすら感じるほど、集中している。
(もっと……もっと……強く……!)
避けている本人は、避けている事にすら気づいていない。その目はたった一つの想いを宿し、光を放っていた。
(強くなるんだ……絶対に……)
(強くなって……フェルドと契約する……)
(絶対に……再会させてやるんだ……)
(あいつらの期待に、応えるんだっ!!)
誰かの為、期待に応える為……そういった想いをバネに、クロノは成長していた。
(……うむ、真の馬鹿タレだな)
(この短期間に、心鏡の瞳を体得するとは……まったく……)
セシルは笑みを浮かべ、クロノに拳を振るった。クロノはハッとした様に、その拳を受け止める。
「えっ!? セシル……? えっ? 近くない……? あれ……?」
「馬鹿タレ、距離を詰めながら尾を振るっていたのだ、それすら気づかなかったか」
「15分だ、よくやった」
「…………え?」
「何を呆けている、クリアだぞ」
「…………えぇっ!?」
「えっと……あれ……? 俺……」
「クロノ、貴様が使ったのは水の力の基礎、心鏡の瞳だ」
「相手の心を瞳に宿し、同じ深さまで潜る力……」
「心の同調を可能にする、心の力の基礎だ」
「水の力の自然体……まずはスタートラインだな」
「今の感じを忘れるな、集中力こそ水の力の鍵だ」
「あ……あー? 何だろう……何してたのかよく分からない……」
未だに呆然としているクロノだったが、そんなクロノにティアラが近づいていく。
「……良い子、褒めて、あげる」
「……へ?」
「ちょっと、だけ……凄かった」
「……次、リンクする時……楽しみ……」
そう言って笑い、ティアラはクロノの頭を撫でていた。セシルはそんな様子を、心底嬉しそうに眺めていた。
「休憩はなしだ、次始めるぞ」
セシルは背負っていたヴァンダルギオンを持ち直し、クロノにそう告げる。そのまま、ヴァンダルギオンを地面に突き立てた。
「これを大地の力で抜け、以上」
「……あ、あの……セシル?」
「俺、何してたのか覚えてないんだけど……本当に水の特訓、終わりでいいのか?」
「クロノ、目を離すな」
「……え」
その言葉に咄嗟に構えるクロノ、何かを感じ取り、咄嗟にクロノは右へ飛んだ。左脇腹の辺りを、セシルの尻尾が掠める。
「……あ……避けれた……!?」
「最低限、身に付いたな」
「自然体は身に付けば忘れない、自然に扱えるから自然体なのだ」
「その集中力を忘れるな、ティアラとリンクする時、必ず結果を残す」
「説明は以上だ、さっさと次を始めろ」
「一日目、もう終わるぞ」
セシルの視線を辿ると、朝日が昇り始めていた。確かに、時間に余裕は無さそうだ。
「…………っ!」
確かに、何かが変わった気がする。この特訓は、自分を確実に強くしてくれている。昨日より、確実に強くなれている。
「よっしゃぁっ! やってやろうじゃねぇかっ!」
「精々頑張れ、死に物狂いでな」
掛け声と共に、地面に刺さった剣を抜きにかかるクロノ。次は、大地の力の特訓だ。
二日目の朝が、始まろうとしていた。




