第百九話 『笑顔の理由』
フローが生み出した超絶理論の集大成、コリエンテ大陸の名物とも言える超絶高速輸送艦『テラストローク』……コリエンテ大陸からデフェール大陸まで、通常5日の距離を1日に縮めたチート的輸送艦だ。
その桁外れの速度を保ちつつ、物資に一切の傷をつけない盤世界最高の輸送艦である。
「ぎゃあああああああああああああああああっ!!」
しかし、慣れない者が乗った場合の保証はし兼ねるらしい。ある者は『地獄への片道輸送艦』と、言葉を残している。
「何で物資の安全は保障されてんのに! 乗組員や乗客の安全は保障されてねぇんだこの船はっ!!」
「慣れれば何とかなりますので……」
「そういう問題じゃ……のぎゃあああああああああああああっ!?」
異常速度を叩き出した馬車にシェイク状態で運ばれ、港町に放り出されたクロノは、現在さらに異常な速度の船の上で、右へ左へと振り回されていた。ちょっと間違えれば海へ放り出されそうである。
「クロノ様、もう少し腰に……こうっ! 力をですね……?」
乗組員の男がレクチャーしてくれている。当然のように立っている男だったが、船は海上でドリフトを決めていた。正直、物理的に立つのは不可能な気がする。
「吐きそう……」
「しっかりしてください、フローラル姫の技術により、『頑張れば』立っていられるように出来ていますから!」
「自然体でいる事に努力が必要な船ってなんなの……?」
「ファイトです」
「泣きそう……」
こんなスリリングでバイオレンスな船旅を提供してくれたフローに、怒りが湧き上がるクロノだったが、そんな怒りも船がドリフトを決め、砕かれた波が降り注ぎ、沈静されていく。
「人はそれを……諦めと言うらしいな」
「……なんでセシルは平然としてられんの?」
「バランス感覚が違うからな」
最早、そんな次元の話では無い気もする。
「ちなみに荷物を乗せている船の内部は、特殊な造りになっておりまして……」
「まぁ噛み砕いて言えば、揺れませんよ」
「早く言えっ!!」
突っ込みを入れつつ立ち上がるクロノだったが、船に揺られて横転してしまう。ついでに頭を強打した。
「もうやだ……ここは人が活動してちゃ駄目なとこだ……」
「せ、船室へ降りる階段はあちらです……」
その階段へ行き着くまで、何回船に揺さぶられ、転がったのか……それはクロノが負った傷の数が、語っていた。
船内は荷物を積み込む為か、随分と殺風景だった。現在は多数のサラマンダー達で埋め尽くされ、非常に熱い状態だったが。
「ここも違う意味で厳しいな……」
「貴様、本当に軟弱だな」
断っておくが、現在クロノが置かれている状況は、あくまで次の大陸への『移動』である。それも乗り物を使った移動である。ダメージを負う危険は、本来無い筈だ。
「世界って広いよな、うん」
「成長だな、良い事だ」
「もっと世界を知れ、小僧」
「何でだろう、知る為の代価が酷すぎる気がするよ」
「未知の為、命すら投げ出しかねんエルフを見習え」
「最も……本当に投げ出すのはただの馬鹿タレだがな」
約一名、投げ出しそうなエルフが知り合いにいた。
「ふにゃ~! 酷い船旅だねぇっ!」
「やれやれ……ようやく落ち着いたね」
「うぅ……気分、最悪……」
精霊達がくたびれた様子で姿を現した。
「船が動き出して5秒で俺の中に引っ込んだ癖に……よく言うよ……」
「まぁ僕達は浮けるから、船に揺られる事はないんだけどね」
「むしろクロノの中の方が地獄だったよぉ……」
「目の前、グルグル……もー……さいあく……」
心なしか、ティアラの顔色が悪い。
「ティアラ、おいで」
「うぅ……」
クロノも随分船に弄ばれ、体の節々を痛めていた。壁に背を預け、腰を降ろしたクロノは、膝をポンポン叩きながら、ティアラを呼ぶ。それに応じたティアラが、クロノの膝の上に身を投げ出した。
「楽、ちん……スヤスヤ……」
「あー冷たくて気持ちいいわ……」
「ようやく落ち着けるね……よいしょ」
「エティルちゃんもちょっと休む~♪」
アルディもクロノの隣に腰を降ろし、エティルはクロノの頭の上に乗ってきた。ちょっとだけ、ちょっとだけなのだが、近くにいてくれる精霊達が、安心感を与えてくれていた。自然と柔らかい表情になるクロノ、そんなクロノを見つめ、セシルは遠い日を思い出していた。
(…………こうしていると、本当に生き写しのようだな)
あの男も、そうだった。いつでもニコニコと……笑っていた。人だろうが、魔物だろうが……変わらず、笑顔で、接していた。
『……貴様、本当に変な奴だな』
『あははっ! 酷いなぁ』
『私達は魔物……化け物なんだぞ』
『正直、貴様が笑っていられるのが……理解できん』
『そう?』
『新入りちゃんはま~だそんな事言ってんのかぁ?』
『無駄無駄っ! ルーンにんな事言ってもさっ!』
『……魔物のせいで、人の仲間を何人も失っている筈だ』
『……どうして、笑える』
『笑顔に理由なんてナッシングッ! 僕ちゃんいつでもスマイルでーっす!』
『てかマジな話、難しく考えないほうがいいと思うけど~?』
『クソ天使の癖に、珍しくまともな事を言いますね』
『マスターの笑顔に、深い意味など皆無ですしね』
『……貴様等、それでいいのか』
『いいんでござるよ、それで』
『拙者等も、裏表のないルーン殿だからこそ……一緒に行くと決めたのですから』
『セシルだって、人に仲間を奪われた』
『けど、僕の手を取って……一緒に来てくれた』
『今だって、僕達と一緒に、笑ってる』
『そんな感じでいいと、僕は思うな』
『流石ルーン! そんなユルい所も大好きですっ!』
『まぁ~た始まった……』
『ここでエティルちゃんの鬼ごっこターイムッ!』
『余計カオスになんだろうがっ! 引っ込んでろっ!』
『あはははははははっ! いいんじゃないかなぁ?』
『こんな感じが、僕は凄い好きだよ♪』
『……馬鹿ばかりだな』
『そうだね、僕はこんな馬鹿タレな仲間達が、大好きだ』
『一緒に笑えて、凄い幸せだよ』
『そうだなぁ……笑顔の理由、きっとそれだね』
『みんながいるから、だね』
『さ、行こう! 日が暮れちゃう!』
笑顔で差し出されたその手を、自然と取っていた。いつから、自分も笑顔を浮かべ、彼の背中を追っていたんだろう。今はもう、それすら分からない。
(…………私は……)
「セシル? どうかしたか?」
クロノの心配そうな声が聞こえる、どうやら随分と難しい顔をしていたらしい。
「…………貴様には、理解出来ないほど難しい事を考えていたのだ」
「夕飯の事とか?」
「死ぬか?」
「大体、私は大食いキャラではないぞ」
「よく言うぜ……」
一回の食事でかかる出費の、半分以上はセシルの物である。
「大体、貴様にそんなアホな事言ってる余裕があるのか?」
「もう時間は無いぞ? 今の貴様でフェルドの奴に勝てるのか?」
「う……それは分からない、けどさ……」
「あ、無理だと思うなぁ」
「フェルドの燃え方次第だけど、良くて焼死体だね」
「うーん、悪くて灰かな」
「勝負、に、なる?」
「少しくらい歯に衣着せやがれっ!! 泣くぞっ!」
「だ、大体さ……俺だって二段階目の精霊技能を使えるくらいにはなったんだぞ!?」
「そりゃ扱いはまだまだだし……烈迅風と心水の二重接続も出来なかったけどさ……」
どうやら二段階目の精霊技能の負担は半端では無いらしく、二重接続での運用は今のクロノの精神力では無理らしい。一回試してみたら、頭が砕けそうになったのだ。
「この際説明しておいた方がいいね、フェルドの力を」
アルディが少し真面目な顔で向き直ってきた。
「クロノにも分かりやすく説明するよ」
「アルの、解説、コーナー……」
「ティアラ、真面目な話だから、良い子だからエティル『で』遊んでて」
「ちょっ!? アルディ君黒いよぉっ!?」
「とぉー」
「冷たいよぉっ! ティアラちゃんノリ良すぎるよぉっ!?」
ティアラがエティルに水を発射し始める、エティルが半泣きで船内を逃亡し始めた。
(ここはスルーするところだよな、うん)
エティルには悪いが、今は詳しい話を聞くのが先決だ。
「フェルド、つまりサラマンダーの炎の力は、前に話した通り心の力だ」
「ティアラの『柔』と正反対の、『剛』の力」
「確か、全体的に強化するだとか言ってたよな」
「あぁ、心を燃やし、全ての力を強化する」
「炎の力は、他の精霊の力と勝手が少し違ってね」
「最も地味で、最も派手……最も弱く、最も強い力だ」
「? どゆこと?」
「使う者に大きく左右される力なんだよ、それ単体では、とても地味だ」
「だけど、極められた炎の力は……ありとあらゆる強化を凌駕する……無敵の力」
「使用者の猛り、怒り、想い、そういった感情をストレートに力に変える事が出来るんだ」
「極まり、完全にコントロールされた炎の力は、それ単体でノームやシルフの肉体強化を越えてくる」
「当然、炎の力と同時に僕等の力を使えば……相乗効果で凄まじい力を出せるだろう」
「使う者によって、弱くも強くもなる力だよ」
「……それで……フェルドって奴が使う場合……どうなるんだ?」
「まぁ当然と言えば当然なんだけど、僕はフェルド以上に炎の力を上手く使えるサラマンダーを知らない」
「まさに炎の申し子って感じだよ、いや……サラマンダーなんだから当然なんだけどさ」
「本気で怒ったフェルドは、ルーンと同じくらい怖かった」
「なにより、フェルドは精霊としての力の大きさ、使い方も凄かったけどね?」
「彼自身、純粋に強いんだ」
「ルーンに従っていた、僕達四精霊の中じゃ……間違いなく最強だったよ」
「契約者を見定めるゲーム、当然本気は出さないだろうけど……」
「ごめんね……どうしてもクロノが勝てるとは、思えない……」
「まだ、足りないと思うよ……」
いつもみたいにからかっている訳じゃない、本気で心配している顔だ。それでも、やるしか道はない。
「このまま行っても、無駄死にか……」
「……先に、フローちゃんとの約束を果たしに行ったほうがいいと思うんだけど……」
「……けど……」
クロノはアルディの顔を見た後、船内で遊びまわっているティアラやエティルを見る。彼女等は、フェルドとの再会を楽しみにしていた。
「…………」
「僕達の事は気にしないでいいよ、500年も待ったんだ、あと少しくらい何だって言うんだ」
「契約者を危険に晒す方が、よっぽど辛いよ」
「……でも、やっぱり……」
アルディだって、再会を楽しみにしていた筈だ。その想いに応えたい、出来る限り、早く会わせてやりたいのだ。
「俺の我侭に過ぎないけど……やっぱり……」
「サラマンダーの住処、アグニ山まで、徒歩で3日」
突然、セシルが口を開いた。
「……セシル?」
「アグニ山からフローとの約束の国、アクトミルまで5日」
「私達は今から1日かけ、デフェール大陸へ到着する」
「つまり最短でフェルドと契約し、アクトミルへ到着するには今から9日かかる訳だな」
「突然何を……」
「フローは確か、2週間後にアクトミルへ到着するんだったな」
「あの姫の事だ、こちらが遅れたら、貴様は地獄を見るだろうな」
「だが、猶予は2週間……5日は余裕がある」
「まぁ……そうだけど……」
「クロノ、死ぬ覚悟はあるか?」
「へ?」
「3日、私によこせ」
「修行をつけてやろう」
「……は?」
「なんだ、私では不服か?」
そんな訳が無い、セシルは四天王の一人で、ルーンの仲間だった魔物だ。実力は間違いない、むしろこちらから頼みたいくらいである。
「でも、何で急に……」
「お前は、傍観者だっていつも……」
「1つ、私もフェルドとの再会を果たしたい」
「2つ、私もアルディ達を再会させてやりたい」
「3つ、貴様とフローの約束、それに伴うフローの策の成功は、私にも利点がある」
「そして、4つ……その利点を価値のある物にするには……貴様に強くなって貰わないとならん」
「先に言っておくが、手は抜かん……殺す気で鍛えるぞ」
セシルの目は本気だ、割とマジで死ぬかもしれない。それでも、そのリスクは願ったり叶ったりだ。
「……っ! 上等……っ!」
「頼むセシル! 俺は強くならないと駄目なんだっ!」
「フェルドに、勝てるくらいに……!」
「勝てる勝てないは、貴様次第だ」
「デフェール大陸へ着いたら、すぐに始める」
「今の内に体を休めておけ、繰り返すが、手は抜かん」
そう言って、セシルは背を向けた。今までにないほど、その背中は頼もしく映る。
「……クロノ、無理する必要は……無いんだよ?」
「……任せとけ、俺はやるっ!」
「ちゃんと再会させてやる、みんなで笑えるようになっ!」
そう笑うクロノを見て、アルディは溜息をつく。
(本当に……お人好しの大馬鹿なんだから……)
(分かったよ、信じるよ)
(そうだろう? エティル、ティアラ)
(えへへ♪ 応援しなきゃね♪)
(ま、どう転ん、でも……地獄、だけど……)
手加減なし、情け容赦なし、ついでに休みなし! 三日間ぶっ通し、72時間地獄の修行が、今始まるっ!




