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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第十六章 『クロノとセシルの三日間』
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第百九話 『笑顔の理由』

 フローが生み出した超絶理論の集大成、コリエンテ大陸の名物とも言える超絶高速輸送艦『テラストローク』……コリエンテ大陸からデフェール大陸まで、通常5日の距離を1日に縮めたチート的輸送艦だ。



 その桁外れの速度を保ちつつ、物資に一切の傷をつけない盤世界ファンタジア最高の輸送艦である。




「ぎゃあああああああああああああああああっ!!」




 しかし、慣れない者が乗った場合の保証はし兼ねるらしい。ある者は『地獄への片道輸送艦』と、言葉を残している。




「何で物資の安全は保障されてんのに! 乗組員や乗客の安全は保障されてねぇんだこの船はっ!!」




「慣れれば何とかなりますので……」




「そういう問題じゃ……のぎゃあああああああああああああっ!?」




 異常速度を叩き出した馬車にシェイク状態で運ばれ、港町に放り出されたクロノは、現在さらに異常な速度の船の上で、右へ左へと振り回されていた。ちょっと間違えれば海へ放り出されそうである。



「クロノ様、もう少し腰に……こうっ! 力をですね……?」



 乗組員の男がレクチャーしてくれている。当然のように立っている男だったが、船は海上でドリフトを決めていた。正直、物理的に立つのは不可能な気がする。



「吐きそう……」



「しっかりしてください、フローラル姫の技術により、『頑張れば』立っていられるように出来ていますから!」



「自然体でいる事に努力が必要な船ってなんなの……?」



「ファイトです」



「泣きそう……」



 こんなスリリングでバイオレンスな船旅を提供してくれたフローに、怒りが湧き上がるクロノだったが、そんな怒りも船がドリフトを決め、砕かれた波が降り注ぎ、沈静されていく。




「人はそれを……諦めと言うらしいな」




「……なんでセシルは平然としてられんの?」




「バランス感覚が違うからな」




 最早、そんな次元の話では無い気もする。




「ちなみに荷物を乗せている船の内部は、特殊な造りになっておりまして……」

「まぁ噛み砕いて言えば、揺れませんよ」




「早く言えっ!!」




 突っ込みを入れつつ立ち上がるクロノだったが、船に揺られて横転してしまう。ついでに頭を強打した。




「もうやだ……ここは人が活動してちゃ駄目なとこだ……」




「せ、船室へ降りる階段はあちらです……」




 その階段へ行き着くまで、何回船に揺さぶられ、転がったのか……それはクロノが負った傷の数が、語っていた。




















 船内は荷物を積み込む為か、随分と殺風景だった。現在は多数のサラマンダー達で埋め尽くされ、非常に熱い状態だったが。



「ここも違う意味で厳しいな……」



「貴様、本当に軟弱だな」



 断っておくが、現在クロノが置かれている状況は、あくまで次の大陸への『移動』である。それも乗り物を使った移動である。ダメージを負う危険は、本来無い筈だ。



「世界って広いよな、うん」



「成長だな、良い事だ」

「もっと世界を知れ、小僧」



「何でだろう、知る為の代価が酷すぎる気がするよ」



「未知の為、命すら投げ出しかねんエルフを見習え」

「最も……本当に投げ出すのはただの馬鹿タレだがな」



 約一名、投げ出しそうなエルフが知り合いにいた。



「ふにゃ~! 酷い船旅だねぇっ!」



「やれやれ……ようやく落ち着いたね」



「うぅ……気分、最悪……」



 精霊達がくたびれた様子で姿を現した。



「船が動き出して5秒で俺の中に引っ込んだ癖に……よく言うよ……」



「まぁ僕達は浮けるから、船に揺られる事はないんだけどね」



「むしろクロノの中の方が地獄だったよぉ……」



「目の前、グルグル……もー……さいあく……」



 心なしか、ティアラの顔色が悪い。



「ティアラ、おいで」



「うぅ……」



 クロノも随分船に弄ばれ、体の節々を痛めていた。壁に背を預け、腰を降ろしたクロノは、膝をポンポン叩きながら、ティアラを呼ぶ。それに応じたティアラが、クロノの膝の上に身を投げ出した。



「楽、ちん……スヤスヤ……」



「あー冷たくて気持ちいいわ……」



「ようやく落ち着けるね……よいしょ」



「エティルちゃんもちょっと休む~♪」



 アルディもクロノの隣に腰を降ろし、エティルはクロノの頭の上に乗ってきた。ちょっとだけ、ちょっとだけなのだが、近くにいてくれる精霊達が、安心感を与えてくれていた。自然と柔らかい表情になるクロノ、そんなクロノを見つめ、セシルは遠い日を思い出していた。





(…………こうしていると、本当に生き写しのようだな)





 あの男も、そうだった。いつでもニコニコと……笑っていた。人だろうが、魔物だろうが……変わらず、笑顔で、接していた。




『……貴様、本当に変な奴だな』




『あははっ! 酷いなぁ』




『私達は魔物……化け物なんだぞ』

『正直、貴様が笑っていられるのが……理解できん』




『そう?』




『新入りちゃんはま~だそんな事言ってんのかぁ?』

『無駄無駄っ! ルーンにんな事言ってもさっ!』




『……魔物のせいで、人の仲間を何人も失っている筈だ』

『……どうして、笑える』




『笑顔に理由なんてナッシングッ! 僕ちゃんいつでもスマイルでーっす!』

『てかマジな話、難しく考えないほうがいいと思うけど~?』




『クソ天使の癖に、珍しくまともな事を言いますね』

『マスターの笑顔に、深い意味など皆無ですしね』




『……貴様等、それでいいのか』




『いいんでござるよ、それで』

『拙者等も、裏表のないルーン殿だからこそ……一緒に行くと決めたのですから』




『セシルだって、人に仲間を奪われた』

『けど、僕の手を取って……一緒に来てくれた』



『今だって、僕達と一緒に、笑ってる』

『そんな感じでいいと、僕は思うな』




『流石ルーン! そんなユルい所も大好きですっ!』




『まぁ~た始まった……』




『ここでエティルちゃんの鬼ごっこターイムッ!』




『余計カオスになんだろうがっ! 引っ込んでろっ!』




『あはははははははっ! いいんじゃないかなぁ?』

『こんな感じが、僕は凄い好きだよ♪』




『……馬鹿ばかりだな』




『そうだね、僕はこんな馬鹿タレな仲間達が、大好きだ』

『一緒に笑えて、凄い幸せだよ』



『そうだなぁ……笑顔の理由、きっとそれだね』

『みんながいるから、だね』




『さ、行こう! 日が暮れちゃう!』




 笑顔で差し出されたその手を、自然と取っていた。いつから、自分も笑顔を浮かべ、彼の背中を追っていたんだろう。今はもう、それすら分からない。




(…………私は……)




「セシル? どうかしたか?」




 クロノの心配そうな声が聞こえる、どうやら随分と難しい顔をしていたらしい。



「…………貴様には、理解出来ないほど難しい事を考えていたのだ」



「夕飯の事とか?」



「死ぬか?」

「大体、私は大食いキャラではないぞ」



「よく言うぜ……」



 一回の食事でかかる出費の、半分以上はセシルの物である。



「大体、貴様にそんなアホな事言ってる余裕があるのか?」

「もう時間は無いぞ? 今の貴様でフェルドの奴に勝てるのか?」




「う……それは分からない、けどさ……」




「あ、無理だと思うなぁ」



「フェルドの燃え方次第だけど、良くて焼死体だね」

「うーん、悪くて灰かな」



「勝負、に、なる?」




「少しくらい歯に衣着せやがれっ!! 泣くぞっ!」

「だ、大体さ……俺だって二段階目の精霊技能エレメントフォースを使えるくらいにはなったんだぞ!?」



「そりゃ扱いはまだまだだし……烈迅風と心水の二重接続デュアルリンクも出来なかったけどさ……」



 どうやら二段階目の精霊技能エレメントフォースの負担は半端では無いらしく、二重接続デュアルリンクでの運用は今のクロノの精神力では無理らしい。一回試してみたら、頭が砕けそうになったのだ。




「この際説明しておいた方がいいね、フェルドの力を」




 アルディが少し真面目な顔で向き直ってきた。



「クロノにも分かりやすく説明するよ」



「アルの、解説、コーナー……」



「ティアラ、真面目な話だから、良い子だからエティル『で』遊んでて」



「ちょっ!? アルディ君黒いよぉっ!?」



「とぉー」



「冷たいよぉっ! ティアラちゃんノリ良すぎるよぉっ!?」



 ティアラがエティルに水を発射し始める、エティルが半泣きで船内を逃亡し始めた。




(ここはスルーするところだよな、うん)




 エティルには悪いが、今は詳しい話を聞くのが先決だ。



「フェルド、つまりサラマンダーの炎の力は、前に話した通り心の力だ」

「ティアラの『柔』と正反対の、『剛』の力」




「確か、全体的に強化するだとか言ってたよな」




「あぁ、心を燃やし、全ての力を強化する」

「炎の力は、他の精霊の力と勝手が少し違ってね」



「最も地味で、最も派手……最も弱く、最も強い力だ」




「? どゆこと?」




「使う者に大きく左右される力なんだよ、それ単体では、とても地味だ」

「だけど、極められた炎の力は……ありとあらゆる強化を凌駕する……無敵の力」



「使用者の猛り、怒り、想い、そういった感情をストレートに力に変える事が出来るんだ」

「極まり、完全にコントロールされた炎の力は、それ単体でノームやシルフの肉体強化を越えてくる」



「当然、炎の力と同時に僕等の力を使えば……相乗効果で凄まじい力を出せるだろう」

「使う者によって、弱くも強くもなる力だよ」




「……それで……フェルドって奴が使う場合……どうなるんだ?」




「まぁ当然と言えば当然なんだけど、僕はフェルド以上に炎の力を上手く使えるサラマンダーを知らない」

「まさに炎の申し子って感じだよ、いや……サラマンダーなんだから当然なんだけどさ」



「本気で怒ったフェルドは、ルーンと同じくらい怖かった」

「なにより、フェルドは精霊としての力の大きさ、使い方も凄かったけどね?」



「彼自身、純粋に強いんだ」

「ルーンに従っていた、僕達四精霊の中じゃ……間違いなく最強だったよ」



「契約者を見定めるゲーム、当然本気は出さないだろうけど……」

「ごめんね……どうしてもクロノが勝てるとは、思えない……」




「まだ、足りないと思うよ……」




 いつもみたいにからかっている訳じゃない、本気で心配している顔だ。それでも、やるしか道はない。



「このまま行っても、無駄死にか……」



「……先に、フローちゃんとの約束を果たしに行ったほうがいいと思うんだけど……」



「……けど……」



 クロノはアルディの顔を見た後、船内で遊びまわっているティアラやエティルを見る。彼女等は、フェルドとの再会を楽しみにしていた。




「…………」




「僕達の事は気にしないでいいよ、500年も待ったんだ、あと少しくらい何だって言うんだ」

「契約者を危険に晒す方が、よっぽど辛いよ」




「……でも、やっぱり……」




 アルディだって、再会を楽しみにしていた筈だ。その想いに応えたい、出来る限り、早く会わせてやりたいのだ。




「俺の我侭に過ぎないけど……やっぱり……」




「サラマンダーの住処、アグニ山まで、徒歩で3日」




 突然、セシルが口を開いた。



「……セシル?」




「アグニ山からフローとの約束の国、アクトミルまで5日」

「私達は今から1日かけ、デフェール大陸へ到着する」



「つまり最短でフェルドと契約し、アクトミルへ到着するには今から9日かかる訳だな」




「突然何を……」




「フローは確か、2週間後にアクトミルへ到着するんだったな」

「あの姫の事だ、こちらが遅れたら、貴様は地獄を見るだろうな」



「だが、猶予は2週間……5日は余裕がある」




「まぁ……そうだけど……」




「クロノ、死ぬ覚悟はあるか?」




「へ?」




「3日、私によこせ」

「修行をつけてやろう」




「……は?」




「なんだ、私では不服か?」




 そんな訳が無い、セシルは四天王の一人で、ルーンの仲間だった魔物だ。実力は間違いない、むしろこちらから頼みたいくらいである。



「でも、何で急に……」

「お前は、傍観者だっていつも……」




「1つ、私もフェルドとの再会を果たしたい」


「2つ、私もアルディ達を再会させてやりたい」


「3つ、貴様とフローの約束、それに伴うフローの策の成功は、私にも利点がある」



「そして、4つ……その利点を価値のある物にするには……貴様に強くなって貰わないとならん」

「先に言っておくが、手は抜かん……殺す気で鍛えるぞ」



 セシルの目は本気だ、割とマジで死ぬかもしれない。それでも、そのリスクは願ったり叶ったりだ。




「……っ! 上等……っ!」

「頼むセシル! 俺は強くならないと駄目なんだっ!」



「フェルドに、勝てるくらいに……!」




「勝てる勝てないは、貴様次第だ」

「デフェール大陸へ着いたら、すぐに始める」




「今の内に体を休めておけ、繰り返すが、手は抜かん」




 そう言って、セシルは背を向けた。今までにないほど、その背中は頼もしく映る。




「……クロノ、無理する必要は……無いんだよ?」




「……任せとけ、俺はやるっ!」

「ちゃんと再会させてやる、みんなで笑えるようになっ!」




 そう笑うクロノを見て、アルディは溜息をつく。



(本当に……お人好しの大馬鹿なんだから……)



(分かったよ、信じるよ)

(そうだろう? エティル、ティアラ)




(えへへ♪ 応援しなきゃね♪)




(ま、どう転ん、でも……地獄、だけど……)




 手加減なし、情け容赦なし、ついでに休みなし! 三日間ぶっ通し、72時間地獄の修行が、今始まるっ!



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