第百八話 『デフェール大陸を目指して!』
あの地下での死闘から数日後、酷使した右腕も痛みが引いてきていた。毎度毎度激戦の後は寝込むのがお約束となってきているクロノ、正直自分でもどうかと思う。
(とは言っても……無傷で勝つとか無理だしなぁ……)
(勝てた……だけでマシなのかな……)
今回も、自分一人では勝ちは拾えなかっただろう。幸運と偶然が重なり、必死になってもぎ取ったに過ぎない。何も失わずに勝てただけ、感謝しなければいけない。
(……そうだ、何も失わなかったんだ)
(…………良かった、本当に……)
心の中からアルディとティアラが消えた時、本当に血の気が引いたのを思い出す。無我夢中でエティルを庇ったのは、本心から失いたくないと思っていたからだ。あんな思いは、二度と御免である。
(……もう、二度と……)
「エティルちゃんのぉおおおおっ! モーニングコールでーーっすっ!!」
朝の静かな時間、人知れず決意を固めていたクロノだったが、そんな空気は彼方へと消し飛ばされてしまった。
「はいはい、眠気も砕ける最悪の目覚めだよ」
「って……避けられただとっ!?」
「今日のエティルちゃんは一味違いまーっす!! えへへ~!」
お約束通り、アルディが目覚ましエティルを止めにかかったのだが、珍しい事にエティルがそれを回避した。
「クロノーッ! おはようだよーっ!」
「どわっ!?」
ミサイルのように飛び回っていたエティルが、クロノの腹部に突っ込んできた。
「エティ……うるさい……」
寝ぼけ眼のティアラが姿を現し、ベッドに横たわる。どうでもいいのだが、彼女が横になると微妙にベッドが濡れてしまうのだが……。
「えっへへ~……エティルちゃんにとっては褒め言葉だねぇ」
「やれやれ……今日はいつに無く元気だね」
「落ち込んでたのが嘘みたいだよ」
「風は気まぐれ、昨日の事は昨日の事」
「今日のエティルちゃんは、元気一杯なのです!」
「ねぇ~クロノ♪」
エティルが笑顔で見上げてくる、彼女の心からの笑顔は、随分と久しぶりな気もした。
「あ、あぁ……」
「本当に単純だなぁ、第二リンク一番乗りが嬉しいのは分かるけどね」
「えへへ~♪」
「……むぅ」
ティアラが無言のまま、背後から首に手を回してきた。
「ひゃあっ! 冷たっ!?」
「むすー……」
「ティアラ? 嫉妬しないようにね」
「して、ないし……そもそも、私はまだ、認めてない……し……」
「……むぅ……」
そうは言うが、ティアラはどこかむくれている。
「えへへ~♪ 大丈夫だよぉ」
「クロノなら、きっとルーンと同じ……フルの域まで登れるからね♪」
「フル?」
「お? 随分好感度上がったね?」
「エティルの中で、クロノはそこまで信じれる存在になったってことかい?」
「えへへ♪ まーね♪」
「まだまだ頼りないけど、契約者として凄い信頼してるよぉ♪」
その言葉が、本当に嬉しかった。もっともっと、応えてやりたくなる。
「なぁ、フルの域って何だ?」
「四重リンクの事だよ、精霊技能の奥義だ」
「二重リンク、三重リンク、四重リンクって言ってね」
「地水火風全ての力を同時に纏う、精霊使いの究極奥義」
「僕達ですら、ルーン以外に使えた者を見たことがないよ」
「まぁその上に、もう一つだけルーンが生み出した型があるんだけどね」
「第三段階の精霊技能を四重で纏う……精霊技能・全……」
「あれはもう僕達ですら、馬鹿じゃないのかって思ったからね」
「第三、段階の……精霊技能……普通は重複、出来ない……」
「普通の、精神力、なら……抱えきれ、ない」
「普通、なら……死ぬ……人間なら……7回分、くらい……死ぬ……」
「なのにルーンは抱え込んだからねぇ」
「もう、心の底から信じてたけど……あれだけは信じられなかったよぉ……」
「本当に、常識外れなんだからぁ……」
もうルーンの背中を追っていること自体が、分不相応な気がしてくる。遠いとかそんな言葉では、全く足りないだろう。
(少なくても、強さの域じゃ絶対に追いつけそうに無いなぁ……)
「とにかく、きっとクロノならあっという間にフルの域までいける筈だよぉ!」
「あはは……過大評価しすぎじゃないか……?」
「……えへへ♪」
「自分の精霊を守る為、自分の身を犠牲にする」
「そんな『大馬鹿』、ルーン以外見たことないもん」
「きっと、追いつけるよ♪」
そう笑うエティルが、ちょっとだけ大人っぽく見えた。
「僕達にもペースがあるからね、僕との第二リンク、焦っちゃ駄目だからね」
「私、まだ認めて、ない……調子、乗るな…………」
「素直じゃないなぁ♪ このこのっ♪」
「…………えいっ」
「がぼごぼがぼっ!?」
エティルが水の球に包み込まれる。どうでもいいが、室内で水を使うのは勘弁して欲しい。変わらぬ様子ではしゃぐ精霊達を見ていると、自然と笑顔になれた。守れて良かったと、心から思えた。
「…………いつか、さ」
「ん?」
「……何?」
「……いつか、アルディやティアラの話も、聞かせてくれるか?」
どこか緊張したように問うクロノ、精霊達は契約者の問いに、笑顔を浮かべた。
「あぁ、そうだね」
「長い話だ、暇を見つけて話すとしよう」
「……ま、いい、けど……」
「……まだ、話さない……認めて、ないし……」
ゆっくりと、絆を深めていこう。クロノはこれまで以上に、歩み寄っていく事を決めた。そんなクロノを見て、エティルは嬉しそうに飛び上がる。
「えへへ♪ 何か気分良いねっ!」
「この調子で、フェルド君とも合流だねぇっ!」
「そうだな、やっと僕達全員が揃うね」
「フェル兄……こほん……フェルドの、馬鹿は、いらない……」
そう、次の大陸で出会うこととなる、サラマンダーのフェルド……そいつと契約できれば、ルーンの精霊だったみんなが揃う事になる。クロノの旅の、最初の目標が達成される事になるのだ。
「そこからどうするかは、その時考えるとして……」
「そうだな、ようやく……」
「そこからどうするか、それはもう決まっとるじゃろうがぁあああああっ!!」
扉を蹴り破り、フローが部屋の中に飛び込んできた。
「あ……姫様、おはようございま……」
もう慣れたが、額に冷たい感触が押し当てられた。
「……おはようございます、フロー」
「うむ、良い朝じゃな」
銃口を押し当てられる朝が、良い物とは思えない。
「セシル殿から聞いたぞ、お主はサラマンダーとの契約の為、デフェール大陸を目指すのじゃな」
「何から何まで都合が良いのぉ、お主との出会いには感謝せねばな」
「はぁ……」
「サラマンダーとの契約後、お主はアクトミルを目指せ」
「天焔闘技大会の開催国、盤世界最大のコロシアムがある国じゃ」
「妾も2週間後にその国へ行く、開発した魔道具の試作品を試しにな」
「それはまぁ、いいですけど」
「聞きたかったんですけど、フローが大会用に作ってる魔道具って、どんなのなんですか?」
「まぁ簡単に言えば、通信機の亜種じゃな」
「大会が始まれば、アクトミルは大いに賑わうじゃろう」
「じゃが、妾は超絶盛り上げたい、開催国だけではない……全国を盛り上げたい」
「じゃから、超大型+高性能な通信機を大量に開発しとるのじゃ」
「こいつを世界各国、各町へ配置すれば、リアルタイムで大会の映像を配信する事も可能じゃろう」
「遠く離れた地でも、大会を観戦出来るのじゃっ!」
それは確かに凄いのだが、大会までは6ヶ月を切っている筈だ。それほどの大発明を、世界各国へ配置するほど揃えられるのだろうか。
「それって……間に合うんですかね……開発」
「間に合う、妾は超絶天才じゃ」
「むしろ、時間は余るくらいじゃなぁ」
規格外すぎる、頭の中がどうなっているのか、一度見てみたいものだ。
「クロノ、詳しい説明は後日、アクトミルで落ちあった時にするがの」
「お主の役目は、多くの魔物を大会までに呼び集める事じゃ」
「大会へのエントリー期間は、大会開始の一週間前までじゃ」
「それまでの間、お主は世界中を駆け回り、多種多様な魔物達に話を持ちかけてもらう」
「出来るだけ多く、出来るだけ友好的に、出来るだけ早く……魔物達を呼び集めるのじゃ」
「多少危険でも、やばそうなのでも構わん……その辺は妾がなんとかする」
「危ない橋どころか、奈落の穴の上をダッシュするような無茶振りなんじゃしな」
「どうせやるなら、とことんまでぶっ飛ばすぞ? 良いな!」
当然、異論など無い。クロノの夢にとっても、大きな近道になるであろう大作戦だ。
「成功、させましょうね!」
「20年に一度のイベントなんじゃ、失敗したら申し訳も立たんわ」
「正直、妾は開発に集中したいからの……参加者を集めるのは、お主頼りになるじゃろう」
「すまんが、血反吐吐きながら頑張ってくれ」
「は、はぁ……」
「さて、そうと決まったらお主に休んでる時間は無いぞ」
「デフェール大陸行きの船が来る、出発の時間じゃっ!」
「えぇっ!?」
正直、まだ本調子では無いのだが……。
「『黒曜霊派』は完全に捕らえ、ジュディアの固有技能は封書に閉じ込めた」
「囚われていた精霊達も、迅速、的確に故郷へ送り届けておる」
「次のデフェール大陸行きの船に、囚われていたサラマンダー達を乗せる予定じゃ」
「その船にお主も放り込む、お主も港町まで急げ」
「ここから一番近い港町まで、妾の開発した特急馬車なら20分もかからん」
「善は急げと言うじゃろう? さぁ準備せいっ!」
「いやでも、セシルの準備もあるし……」
「私の準備は出来ている」
いつの間にか、セシルが扉に寄り掛かっていた。
「いつまでも寝ていては、体が鈍るぞ?」
「それに、貴様自身……止まっているのも限界だろう」
「貴様の周りも、だがな」
セシルの言葉を聞き、クロノは自分の周りを見渡した。
「えへへ♪ クロノ!」
「出発だ、行こう!」
「不本意、だけど……フェルドに、会いに、行くんでしょ」
やる気十分、待ち切れない様子である。そう言う自分も、胸が高鳴るのを感じていた。
「……あぁ、出発だ」
「デフェール大陸を目指して…………よしっ!!」
気合を入れ、クロノは立ち上がる。旅の準備を済ませ、部屋を飛び出した。
盤世界最大の大陸、デフェール……。最も強き者が集い、最も多くの戦いが続く、戦いの大陸。弱者は食い潰される、修羅の国……。
精霊との契約を目的とした、クロノの最初の旅。その最後の舞台に相応しい、赤き大陸だ。最初の目標が終わり、次の旅が始まる。クロノの旅は、本格的な物となろうとしていた。
「これに乗れば、目的地の港町まではすぐに着く」
「そこから、デフェール大陸行きの船に乗れ」
「これを兵に見せれば、スムーズに行くじゃろう」
フローから手紙を受け取る、何から何まで世話になってしまった。
「本当にありがとうございます、フローが居なきゃ……どうなっていたか……」
「気にするな、こちらもその分利用させてもらうからの」
「ははは…………ところで、この馬車は一体……」
馬車とは言うが、それを引くのは馬では無い、機械の何かである。
「気にするな、問題なく速いからの」
「頭打つなよ?」
「……はぁ……」
「ふむ、中々面白そうだな」
馬車での移動とは、ダメージを負う危険がある物だっただろうか。
「何事も経験、何事も経験……」
渋々馬車に乗り込もうとしたクロノだったが、その背後から聞き覚えのある声がした。
(…………ロー?)
咄嗟に振り返ったクロノだったが、ローの姿はどこにも無い。
「どうかしたか?」
「クロノ? どったの~?」
「あ…………いや……」
(……気のせい……かな……)
周囲を見渡すが、ローらしき人物は見つからない。そもそも、ローが予定通り旅に出ていれば、デフェール大陸を目指している筈だ。コリエンテにローが居る可能性は、極めて低い。
(そうだよな、気のせいだよ)
(けど、何でだろう…………)
(胸騒ぎが……嫌な予感が……)
不安を振り払うように、クロノは馬車に乗り込んだ。ただの気のせいだと、思うことにした。だが、この選択によって、ある未来が確定した。
天焔闘技大会から一週間と四日後、クロノはこの時の選択を大きく後悔する事になる。それでも、今のクロノにそれを知る術は無い。
時間は戻せない、止められない。ただただ、流れていくだけだ。




