第十一話 『エルフの誇り』
エルフ達に拘束されたクロノとセシルは森の中に連行されていた、両手を拘束魔法で縛り上げられ、死刑囚の如く進まされていたのだ。
楽には死なせないぞこの野郎、と言いたげな表情のエルフに、クロノはもはや涙も出ない。
(あぁ……俺死んじゃうかも知れない……)
そんなことを考えながら、クロノは隣を歩くセシルを見る。この状況を作り出した本人は意外にも抵抗一つ見せないで捕まっていた。
竜人種だからだろう、その両手を縛る拘束魔法は3重に重なっていた、尻尾も拘束魔法で腰ごと縛り上げられている、あれでは抵抗もできないのは仕方ない。
ただセシルはエルフ達に囲まれた瞬間も、一切反撃しようとはしなかった、今も拘束されているにも関わらず、涼しい顔で歩いていた。
セシルが何を考えているかサッパリな上、状況は間違いなく最悪。クロノは項垂れ、トボトボと歩みを進めた。
しばらく歩くと、広い場所に出た。クロノが頭を上げると、森の中の小さな湖のような場所だった。
湖と言うには小さいが、それを中心に幾つか木造の小屋がある。そして淡い光を放つ光の玉が水の上に幾つも浮かび、周囲を照らしていた。
その光景はクロノがイメージしていたエルフの住処より遥かに幻想的なものだ。連行されている事を一瞬忘れ、クロノは目の前の光景に見惚れてしまう。
「綺麗、だ……」
思わず、そう零す。
それを聞いたクロノの隣の、エルフの青年が口を開く。
「これが我らの世界だ、我らは外に何も望まん、我らは外に何も欲しない」
「我らは我らの世界が有ればいい、それなのに人間…何故我らに関わる」
理解できないと、青年は続けた。
「我らは何も求めず、お前らの世界を侵すこともしていない!」
「なのに何故、我らの世界に踏み込もうとする! 何故、我らの森に火を放った!!」
冷静さを保つのが限界になったのか、声を荒立てる青年にクロノは押し黙るしかなかった。
「答えろ人間っ! 何の権利が有って、俺達の世界を燃やした!」
気がつくと周囲をエルフに囲まれていた、60人ほどのエルフがこちらを睨んでいる。木の上から見下ろすエルフ達ははっきりと分かる敵意を向けている。
子供達は親にしがみつきながら、恐怖や怒りを含んだ表情を浮かべていた。
「森の痛みは、俺達の痛みに同義」
エルフの青年は腰から剣を引き抜いた、クロノはそれにギョッとする。
「この場にはこの森に住む、同胞が全員が集まっている」
「人間、森に火を放った理由が有るのならば、この場の皆が納得できる理由を言ってみろっ!」
眼前に剣を突きつけられ、クロノは情けないが腰が抜けそうになる。
(理由も何も、火を放ったの俺じゃないっての!?)
青年の問いに対する答えを求め、クロノは全力で自身の頭を働かせる。今度こそ、間違えれば命が無い。
(どうする、どうする!? こんなんじゃ共存とかっていう問題じゃない!!)
(なんて言えばいい!? どうすればエルフ達の怒りを静められるっ!?)
(やばいやばいやばいっ! 何も思いつかない!!)
嫌な汗が首を伝うのが分かる、死を実感してクロノの顔は青く染まっていた。
「森の引きこもりが、隠れ家を荒らされて発狂か、笑えるな」
その場の空気が凍りついた、今まで黙っていたセシルが口を開いたのだ。
「セ、シル……?」
クロノはやはり、セシルの意図が見えない。この状況で暴言をかますセシルに、ただただ理解が追いつかなかった。
「……何だと?」
エルフの青年も耳を疑ったのだろうか、聞き返す。
「引きこもり共の発狂が笑える、と言ったのだ」
再び、はっきりとセシルは言う。
「貴様らエルフは、空気中の魔素を扱う術に長けているのだったな」
そう言いながら、周囲のエルフ達を見渡した。
「魔素を多く含む木が多い森は、当然空気中の魔素の量が濃い」
「そんな森は、貴様らの住処には絶好の場所だなぁ」
「自分達の魔法の力を、存分に発揮できる場所だものなぁ」
周囲を見渡しつつ、挑発的な笑みを浮かべながらセシルは続ける。
「自分達の有利な場所に閉じこもり、更なる発展の可能性も捨てて、現状維持を続けるか」
「私には真似できないな、エルフはやはり臆病者の種族か」
吐き捨てるように、そう言った。
「貴様!!」
クロノに剣を突きつけていたエルフが、セシルに向き直る。
「撤回しろっ……今の侮辱は許さん!」
怒りに震えるエルフの青年だが、セシルは詰まらないモノを見るように笑い。
「断る、許さないと言うのなら、その剣で私を斬ってみればいいだろう」
そう言って、同じように青年に向き直った。
「おい! セシル!」
流石にやばいと思い、クロノが叫ぶ。
「まぁ臆病者の種族に、そんなこと出来る訳ないか?」
だが、セシルは挑発を止めなかった。
「貴様ぁ!!」
その言葉と同時にエルフの青年はセシルに向かって走り出す。人には目で追うのがやっとな速度で、セシルに向かって斬りかかった
「セシルッ!」
剣が横薙ぎされると同時にクロノが叫ぶ、一瞬だが、辺りは静寂に包まれた。
セシルは死んでいなかった、エルフの剣は振り切る前に止まっていたのだ。
「え、何で…」
何故剣を止めたのか、クロノは一瞬理解できなかった。
だがすぐに分かった、セシルが辺りに発する殺気が剣を止めさせたのだ。
「う、あ……?」
エルフの青年は冷や汗を流しながら、ガタガタと震えていた。周りのエルフ達からも『ひっ』っと短い悲鳴が上がる。ある意味では関係ないクロノですら、気圧され身動きが取れなくなっていた。
「自分達の絶対的有利な場所から出ようともせず、貴様らエルフの真の誇りを忘れている今のエルフに私は斬れん」
エルフの青年はその言葉に歯噛みし、後方に飛び退く。
「エルフの誇り、だと……他族に俺達の誇りの、何がわかる!」
「分かるさ」
驚くほど簡単に、セシルは言った。
「少なくともその理由、この場にいる年寄り共なら、分かるのではないか?」
そう言って再び視線を、周りのエルフに向ける。
「特に……いい加減に出て来い、そこの奴」
少し離れた所に立つ、一番大きな小屋に向かってセシルは叫ぶ。
小屋の中から、一人のエルフが姿を現した。人間で言うと80歳位の老エルフだ、恐らく500年以上の時を生きているだろう。
「族長!」
セシルを警戒しながらも、エルフの青年は叫ぶ。
「貴様がこの森のエルフ共の長か、今の今まで出て来ないとはな」
「引きこもりの代表には相応しい」
「……ッ! 貴様!」
なおも挑発を続けるセシルに、再び青年は飛びかかろうとする。
「よい」
族長と呼ばれたエルフは、それを制する。
「しかし!」
「レラ=エムシよ、よいのじゃ、剣を収めよ」
老エルフはそう言い、こちらに歩み寄ってくる。
「竜の子よ、お主の言う通りわしがこの森の長じゃ」
「名をタンネ=チャロと申す」
そう言って、セシルの顔を見る。
「お主、エルフの誇りと申したが……」
「それは、どういった意味かのぉ?」
「そのままの意味だ」
セシルは即答する。
「今の貴様らは森に引きこもるだけの臆病者、進むことを諦めた者だ」
「我らは森と共に生きる種、ここから進む必要はない」
強い意思の篭った目で、セシルにそう告げる。
「森は我らの世界、その世界を守る事こそ我らの存在意義じゃて……」
「我らは我らの有り方に誇りを持っておる、それを臆病というか?」
「あぁ、臆病者だな」
またも、即答する。セシルはまるで、何かを知っているように話していた。
「自分らの有り方に誇りを持っている? 笑わせるな」
「その有り方を曲げている今の貴様らに、誇りを語る資格はない」
「何……?」
セシルの言葉に僅かに動揺して、族長は聞き返す。
「少なくとも、五百年前のエルフは、今とは違った有り方を取っていたぞ」
「過去の有り方を捨て、次の世代にそれを語らず、森に引きこもる道を選んだ貴様らは、間違いなく臆病者だ」
周囲を囲むエルフ達の中で、年配の者達が顔を逸らしたのに、クロノでも気がついた。
何のことか分からない若いエルフ達も、それに気がついたようだ。
「族長、何の話ですか」
レラと呼ばれたエルフの青年が、族長に問いかける。
「知らんで良い話じゃ」
族長は振り返らずに答える。
「何故ですか」
「…………」
族長は、黙ったままだ。
「族長!」
「こやつらを、空き小屋に閉じ込めておけ」
族長はそう言って、自身の小屋へ歩き出す。
「そやつらを捕らえたそもそもの理由は、我らの森にそやつらが火を放ったからじゃ」
「それを、忘れるでないぞ」
歩きながら、族長は続ける。
「そやつらをどう罰するか、決めねばならんからの」
そう言って、小屋の中に戻っていってしまった。