Episode:エルフ ② 『ハーフエルフの薬屋さん』
「来ました! 着きました! 錬金術の国!」
「未知未知! 未知の香りがするのですよーーーーっ!!」
国の入り口付近ではしゃぐピリカ、その背後でレラはボロボロの状態でくたびれていた。マークセージから真っ直ぐここ、アゾットの国を目指す予定だったにも拘らず、予定していた以上の時間をかけてしまったのだ。
「いや……予想はしてたんだけどさぁ……」
その理由はピリカの探究心のせいだ、ありとあらゆる未知に吸い寄せられる彼女と共に、真っ直ぐ目的地に進むなど不可能である。砂漠で縦横無尽に駆け回る彼女に、終始振り回されていたのだ。
最初に砂漠を越えた時は、クロノの足取りを追っていた。その為、ピリカも真っ直ぐと真面目に進んでくれたのだ。その枷が外れた今、彼女を止める物は何もない。
「レー君! レー君! 早く早く!」
「……はぁ……分かった分かった……」
それでも、彼女は前のように一人で突っ走る事はしない。マークセージの一件以来、ほんの少しだが自重はするようになっていた。レラはゆっくりと立ち上がり、ピリカと共に門を潜っていく。
「……ピリカ、耳は出すなよ」
「分かってるよー! レー君心配し過ぎ」
砂漠越えに使った厚着の服、レラ達はその服のフードで耳を隠していた。エルフである彼らは、耳を見られるだけで魔物とばれてしまう。人間の国を歩き回るには、最低限の警戒は必須だった。
「うっはー……! この香り……これが噂に聞くポーションの香りなのですか……!?」
「間違いなく香水の匂いだ」
「錬金術で発展したアゾット……その技術で生み出された様々な効果を持つ薬・ポーション……!」
「見たい、知りたい、使いたい……出来れば製造方法も知りたい……」
「はぁはぁ……居ても立っても居られないのですよぉ! 未知が私を呼んでいるのです!」
「百歩譲って呼んでいるとしても、未知は逃げたりしない」
「だから落ち着け、道行く人の目が痛い」
息遣いが荒くなっているピリカ、目を離すとすぐに走り去ってしまいそうだ。そんなピリカの手をしっかり握り、離さないようにするレラ。パッと見兄妹のように見え、かなり微笑ましい。
(……犬の手綱、引いてる気分だ)
当の本人が感じている物は、随分と冷めた物だったが。
「レー君……早速未知の捜索を……!」
「はいはい……じゃあ…………っ!?」
「……ピリカ、来い!」
キラキラと顔を輝かせるピリカ、レラも彼女の提案に乗ろうとしたが、何かを感じ取り目つきを変えた。ピリカの体を引き寄せ、路地裏に身を隠す。
(何? 発情?)
(馬鹿言え、見ろ)
(……退治屋……って奴だ)
レラの目線の先、大通りで数人の人間が歩いている。その身に纏う雰囲気は、一般人のそれと大きく異なっていた。
(レー君ピリピリし過ぎ、警戒強すぎない?)
(お前が油断しすぎなんだ)
(魁人から聞いてただろ、この国は魁人が前に入ってた退治屋のアジトがあるんだ)
(マークセージの同盟の話は、当然この国にも届いてる)
(揺れ動いてる真っ最中なんだ、見つかると面倒になるぞ)
路地裏で息を殺すレラとピリカ、気配は出来る限り消しているが、あちらは魔物殺しのプロだ。人とエルフの違いなど、簡単に見破るだろう。可能な限り、姿を晒すのは避けたほうがいい。
「正直俺は反対だったんすよ、リリネア先輩が魁人君に勝てる訳ねぇし」
「ひっどーい! リリネアちゃんだって頑張ったのよっ!?」
「一番のお気に入りを失って、めちゃ傷心なのに~!」
「俺のイライラも2割増しだぜ! 魁人のダボがあああああああああああっ!」
「アイツだけは、やはりこの俺が粉々のグチャグチャに……!!」
「つうか……リリネア先輩の勝手な出撃の罰、何で俺らの連帯責任なんすか……」
「ボス、めっちゃ怒ってたっすよ……」
「そりゃジェイクも俺も、この役立たずを止めなかったからな」
「連帯責任だ、当然だな」
「クレイド先輩…………そんなところでキリッとされても困るっす……」
「当然の如く役立たず呼ばわり、止めてくれないっ!?」
ギャアギャアと騒ぐ退治屋一行は、そのまま城下町から出て行ってしまった。
(…………行った、か?)
(……ねぇ)
(やはり魁人の言ってた奴等か、油断大敵だな……)
(ねぇ、レー君?)
(ん? 何だ)
(その……近い)
レラは自分の体でピリカを隠すように立っていた。両者の距離は数センチも無い。
(……あっと……悪い)
(いや、いーけどさ……)
(そんな真面目な顔されると、ちょっと……面白い)
「普通に失礼だな、おい」
「レー君が真面目ぶる=失敗って、お姉ちゃんの知識に登録されてるしねー」
「今すぐその情報を破棄しろっ! 今すぐだっ!」
「さぁ! 気を取り直してレッツ・未知ハントッ!」
「撤回しろっ! おいっ!」
「ちょっ……一人で行くなっ!!」
走り出したピリカを見失わないよう、レラは慌ててその後を追いかける。途中ですれ違った人物が、チラッとレラに視線を這わせた。
(………………同胞、か)
(懐かしい匂いが微かに残ってるな…………セシルの奴、生きてたか)
(待ちくたびれたっつーの…………まったく……)
(へへへっ…………それにしても、ワクワクは尽きないねぇ……!)
笑みを浮かべ、城下町を後にするその人物。彼が再びレラとピリカに出会うのは、まだまだ先の話だ。だが、この出会いが始まりだった、それも確かである。
「そこの道行くお二人さーんっ! お尋ねしたいのですーっ!」
「ピリカアアアアアアッ! 一人で突っ走るなって……っ!」
「レー君レー君! あっちにこの国で一番のポーション店あるんだってっ!」
「突撃ーっ!!!」
「だからって俺の手を引いて突っ走ればいいって問題じゃねぇんだよおおおおおおっ!!?」
電光石火の早業で通行人から情報を仕入れたピリカは、レラの手を引いて街を駆け抜ける。中央街から少し離れた静かな場所に、そのお店はあった。
「何々……? ポーション専門店・『メディカルクラフト』……どんな病気も治します……?」
「嘘くさいな……見た感じ薬屋ってより黒魔術とかそっちの感じが……」
「ど ん な 病 気 も 治 す 不 思 議 な 薬 ! ?」
「知りたい知りたい知りたいっ! 突撃するのですよっ!!」
「…………どんな生き物より奇怪な生き物が、目の前にいる気がするけどな……」
レラの嘆きなど届いていないのか、ピリカは店の中に飛び込んでいった。
「いらっしゃいませ~、メディカルクラフトへようこそ~」
出迎えてくれたのは、陽気な声に反した格好の女性だった。まず顔が見えない、真っ黒なローブに身を包んだ、恐ろしく怪しい人物だった。
(……おい、大丈夫なのかこの店)
「おぉー! 聞いてた通り凄まじく怪しい店主なのですよーっ!」
「聞いてた通りっ!? つか歯に衣を着せろ馬鹿っ!」
「めちゃくちゃ怪しい店主だけど、凄くいい人で、薬も凄く高性能と……さっきの人が教えてくれたのですよ!」
「はい~! 私凄く怪しいですけど~、凄くいい人です~」
「自分で言うのな……」
何だか気が抜ける声と合わさり、レラは力が抜けてきた。
「お客様~? どのようなポーションをお求めですか~?」
「5秒で練成致します~」
「その前に……ちゃんとした材料から作られた薬なんだろうな?」
「はい~、貴重な薬草からその辺の雑草、貴重な鉱物からその辺の石ころ、様々な材料から作られております~」
「それ以上の材料の詳細は企業秘密及び、グロ注意なので~話せません~」
「ピリカ、帰るぞ」
この店の薬を使うと、色々とやばそうである。レラは身の危険を感じ、店から出ようとした。そんなレラの手を、ピリカはしっかりと捕まえる。
「ちょ、離……!」
「ポーションの効果は~どういった種類があるのです~?」
「地味に口調移ってるっ!?」
「そうですね~? 病気用のお薬から~、傷の回復用~、魔力や腕力のドーピング~、媚薬や睡眠薬に毒薬~、様々ですね~」
「おい、後半は法律に引っ掛からないのかっ!?」
「バレなきゃいいのです~」
「おいっ!?」
「冗談はさておき、お客様は何をお求めです~?」
首を傾げる店主だったが、顔がまったく見えないので逆に不気味である。
「未知……をお求めですっ!」
「はい~?」
「このお店から漂う未知の香り…………出来ればその全てをっ!」
「企業秘密です~」
その言葉で、ピリカの体が崩れ落ちた。
「うぅ…………未知への壁は高いのです……」
「いや、俺はここの内情は出来れば知りたくないな……」
「…………おやおや~? お客様~?」
「少し、こちらに来てくれますか~?」
「…………?」
少し不振に思ったが、レラは店主との距離を詰める。
「…………まぁまぁ……珍しいですね~」
「お客様~? 少しお時間ありますか~?」
「……何?」
そう言った店主が、ローブを脱ぎ始める。隠された素顔が顕になり、横に伸びた特徴的な耳がピョンと飛び出した。見た目は20代くらいの、美しい女性だった。黒いロングヘアが印象的である。
「エルフなのですっ!?」
「はい~、出来たら内密にお話したいな~と」
「『彼』のお知り合いでしたら、嬉しいな~と……」
「……彼?」
「……良く分からないが、話を聞かせてもらおう」
「それは嬉しいです~」
店主は店の鍵を閉め、レラとピリカを店の奥の部屋へ案内してくれた。薄暗かった店内とは打って変わり、白を主体にした明るい部屋だ。
「今開発中のお茶ポーションがあるのですが~」
「お構いなく!」
「わたしは頂くのです、未知の香りが……」
いつか未知に殺されるのでは無いかと、レラは気が気では無い。
「さぁさぁ~お掛けください~」
何やら抹茶色のグツグツした液体が、ビーカーに入って出てきた。
「では、頂くのですっ!」
「…………っ!? これは……!」
「どうしたピリカッ!」
「……驚くほど、お茶なのです」
「これポーションの意味あるのかっ!?」
「そこは盲点でしたね~」
レラの喉は突っ込みすぎて、そろそろ限界だ。
「さてさて~、お二人もエルフですよね~」
「今の時代、エルフの旅人なんてとても珍しいですね~」
「未知を追い求め、旅を?」
「……何故分かる?」
「あの方と同じですからね~」
「今は無き、数百年前のエルフに重なります~」
「ポーション屋さんは、何者なんですか?」
「そうでした~名乗ってなかったですね~」
「私はミルナイ・アルケミスト、純血のエルフではなく……ハーフエルフなんです~」
「初めて見ましたっ!!」
「座ってろ……!」
立ち上がり、ミルナイに飛び込みかけたピリカだったが、レラがそれを押さえつけた。
「この国でポーション屋を開いて、10年くらいですかね~」
「ハーフエルフは人からも、エルフからも迫害される存在ですから~色々ありました~」
「正体を隠して、怪しいお薬屋さんやってますけど~バレたら生きてられないでしょうね~」
「この国には退治屋さんも居ますし~、正直死と隣合わせですね~」
「……そこまでの危険を冒して、どうして人の為に薬を?」
「私は~、人間さん好きですから~」
「私は236歳なんですけど~、私が子供の頃は~お母さんとお父さんと各地を点々としてました~」
「お母さんがエルフで~お父さんが人間だったんですけどね~」
「人間だったお父さんは~寿命で死んじゃったんです~」
「お母さんも、後を追うように死んじゃいました~」
「私は~人とエルフの愛の結晶ですし~、両親の仲の良さをずっと見てきましたからね~」
「そりゃ酷い人も居ますけど、やっぱ好きなんですよ~人間さん~」
「だから、私はポーションを作ってるんです~」
「はぁー! 立派ですねっ!」
ピリカは食い入るように聞いていたが、レラは気にかかる事があった。
「……俺達をエルフと見破ったのはいいが、どうして安易に声をかけてきた?」
「ハーフエルフは、人からもエルフからも迫害される存在と……お前が言ったんだぞ?」
「正体を隠し、店を開いてるお前が……どうして自分から危険を冒す?」
「そうですね~? お二人が悪いエルフに見えなかったのと~」
「カムイさんのお知り合いかな~と?」
「カムイ様っ!? カムイ=ライクン様ですかっ!?」
「はい~、その反応からすると違うのですね~」
「……カムイ様と、知り合い……なのか?」
「私の両親が結ばれたのは、カムイさんのおかげですから~」
「もっとも、カムイさんは『あいつならこうしただろうから、俺もそうしただけだ』と言ってました~」
「たまに私の様子、見に来てくれるんです~」
「あいつ、って……?」
「お話に聞いただけですが~500年前に連れ添った親友さんだとか~?」
「お名前はルーン・リボルト、カムイさんは口癖のように『あいつの想いは、まだ消えてない』と言っていました~」
500年前、人と魔物の共存を訴え、その想い叶わず行方をくらませた伝説の勇者……。今でも、その仲間達は諦めていないのだ。ルーンの想いを、今尚抱き続けているのだ。
「お二人は~私の正体、ばらしちゃいますか~?」
「それはとても困ります~、というか、今ちょっとだけ焦ってます~」
「いや、そんな事はしませんよ」
「わたし達は、人と魔物の共存を目指しているのですっ!」
「そんな事する訳ないですし、貴重なお話に感謝感激ですっ!」
「それは嬉しいです~、勇気を出して声をかけてよかったです~」
「カムイさんと、同じような目をしてると思ったんですよ~」
エルフ族の英雄と呼ばれている男と、同じような目をしている……正直光栄である。
「そんな素晴らしいお二人に~半分だけ同胞な私も情報提供します~」
「お二人は、『討魔紅蓮』をご存知ですか~?」
「名前だけなら……」
「退治屋の中で、一番強い人たちなんですよね?」
「私のお客様の中には~退治屋の人もいるので、ちょっとだけ詳しい話も聞けるのです~」
「最近この国の退治屋『魔葬砂塵』が、『討魔紅蓮』の傘下に加わったらしいです~」
「それも私にとって怖い話なんですけど~『討魔紅蓮』には『八柱』って呼ばれる、特に強い人が8人いるんです~」
「その中に、通称『エルフ狩り』って呼ばれてる人が居るんです~」
「何でもエルフばっかり狙って、その耳を刈り取るだとか~」
「……………………ッ!」
その言葉を聞いた瞬間、ピリカの顔つきが変わる。幼少の頃、ピリカは両親の死と向き合い、それでも外の世界を目指した。父と母が何故死ななければならなかったか、それを知る為に。
「……エルフの、耳を……?」
「ピリカ……」
「…………その人の、名前は……分かりますか?」
「確か~……ジャック・ヴェルローズ……だったと思います~」
「40~50くらいの男の人で~、肉体を硬化させる能力を使うそうです~」
ピリカの両親は、無残に耳を切り取られていた。偶然とは思えない。恐らく、ピリカの両親を殺したのは、その男だ。
「…………貴重な情報に、感謝するのです」
「30年ほど知りたかった事が、ようやく見つかりそうです」
「? お役に立てて嬉しいです~」
「ミルナイさん、お仕事頑張ってくださいね」
「応援、しています」
「俺たちはこれで」
「また、来ます」
「はい~、楽しみに待っていますね~」
笑顔で見送ってくれるミルナイに、レラとピリカは手を振って別れた。店を出てしばらくすると、ピリカが倒れそうになる。レラは、そんなピリカを支えてやった。
「ごめん、レー君…………また、支えてくれて……」
「……謝るな、馬鹿」
「えへへ…………知りたくて、知りたくて……ずっと胸の中に沈んでたんだけどなぁ」
「いざ分かると、嬉しいより怖いや……」
「未知って……色々なんだねぇ…………」
「……それでも、自分の眼で見て、自分で考えて、答えを出したいんだろ」
「未知に対する答えは、自分で出したいんだろ」
「…………そ、だね」
「レー君、手……握ってて……」
レラは黙って、震えるピリカの手を握ってやる。思わぬ所で手に入った、ピリカの両親の仇の情報。ゆっくりと、ゆっくりと……『討魔紅蓮』の残した波紋が広がっていく。
既に、物語は動き出している。




