第百五話 『絶対に、離さない』
ジュディアに向かって突っ込むクロノ、エティルのおかげでほんの少しでも落ち着きを取り戻したクロノは、今の状況を頭の中で整理していた。
(まず……アルディやティアラの方は心配要らない!)
(今のあいつ等は俺なんかよりずっと強い……負けるなんて絶対にない!)
(けど、ここで俺が負ければ……ジュディアはあいつらを捕らえに行くだろう)
(そうなれば……終わりだ……!)
(こいつには精霊の力を無効化出来る力がある、精霊法は通用しない)
(今こいつに通用するのは、俺の物理攻撃だけだ)
高速で頭を回転させながら、クロノはジュディアに殴りかかる。不適に笑うジュディアが手を翳した瞬間、精霊技能がかき消された。
(クロノッ! 疾風がぁ!)
(…………っ! 拳は届くっ!)
繋がっていた精神を無理やり引き剥がされる感覚、非常に嫌な気持ちになる能力だ、クロノは一瞬怯みながらも、握った拳を叩き込みにかかる。
しかし、横からジークスに蹴り飛ばされ、クロノは悶絶してしまう。
(…………ッ!)
「精霊と別れは済ませたか、少年よ?」
悶絶したクロノ目掛け、ジュディアが再び手を翳す。精霊を引き剥がそうとしているのだ。クロノは蹴られた箇所を押さえながら、一旦後方に飛び退いた。
「…………ヒヒッ……理解が早い……いいねぇ……いいねぇ……楽しいねぇ……」
「ん……剥がせなかったのか」
「楽しめそうだよ……ヒヒヒッ……嬉しいねぇ……楽しいねぇ……」
「狩りの時間は……心が躍るねぇ……」
(やっぱり……そうなのか……)
(痛ぇ……あの男……スゲェ馬鹿力だ……)
恐らくは筋力増強系の固有技能だろう。核となるジュディアの護衛を勤めている男だ、相当な実力者の筈だ。
(あの男が前衛で精霊使いを抑え、隙を見てジュディアが精霊を奪い取る……)
(単純だけど……厳しいなぁ……)
(うぅ……クロノ……)
不安そうな声が聞こえる、エティルとしても気が気ではないのだろう。エティルを奪われると勝ち目は無くなる、そうじゃなくても、友を奪われるなどクロノには耐えられない。
(…………あいつの力、契約者から精霊を引き剥がす力……)
(最初、まともにあれを喰らって……エティルだけ無事だった理由……)
(それは……精霊技能を使ってたからだ)
(精霊と契約者の精神が繋がっていれば、たとえあいつの力でも、いきなり精霊を引き剥がすのは無理なんだ)
先ほども手を翳される瞬間、精霊技能を再発動したのだ。クロノの予想通り、精霊技能は消されたが、エティルが弾き飛ばされる事は無かった。
(ジークスとか言う奴を先に倒すのは、かなり辛い)
(まだどんな力か分からないけど、肉体強化系の能力なら……今の俺が使える風の力じゃ押し切れない)
(やっぱ風の力であいつを振り切って、なんとかジュディアを倒すしかない)
(エティルの力が無くなれば、振り切るのも難しくなって……多分終わる)
(エティル、精霊技能……絶対に切らすなよ!)
(消されてもすぐに再発動だ、そうすればお前は飛ばされない)
(絶対に離すな、勝って、みんなを取り戻すんだ!)
(う、うん……!)
疾風の速度で宙を蹴りつけ、クロノは再びジュディアに狙いを付ける。そんなクロノの隣に、ジークスが飛び上がってきた。
「つれねぇなぁ、俺とも遊んでくれよ」
「お前に構ってる暇は……!?」
(……疾風が!? しまっ……)
ジークスに気を取られた瞬間に、ジュディアに精霊技能を消し飛ばされた。
「暇は? 何だってっ!?」
力任せに殴り飛ばされるクロノ、ガードした両手から嫌な音が響いた。成すすべも無く地面に叩きつけられ、肺の中の空気を吐き出してしまう。
「……ゲェッ……ホォッ……!?」
「……おい、ジュディア……真面目にやってんのか?」
咳き込むクロノを睨みながら、ジークスは背後のジュディアに声をかける。
「やってるやってる……ヒヒッ」
「じゃあ何で精霊が出てこない? 剥ぎ取れるチャンスは幾らでもあんだろ」
「無いんだなぁ……これが……」
「あの子面白いなぁ……自分の身より精霊を優先してる……」
「精霊とのリンクを剥がしても、すぐまた繋ぎ直すんだ……」
「いいなぁ……いいなぁ……いい玩具だぁ……」
「痛めつけようよぉ……丁度精霊の心もぶれてるし……」
「身も心も…………ズタズタにしようよぉ……」
「まぁ、俺はお前に従うけどよ?」
「コルクやクシュルトは大丈夫か? さっき何か意味深な事言ってただろ」
「駄目だろうねぇ……僕以外じゃ勝てないだろうねぇ……」
「調教部屋のみんなには悪いけど、間違いなくあっちは全滅するねぇ……」
「まぁ、全滅しようが何しようが……あっちの精霊は結界内から出られないからねぇ……」
「結界内に送った時点で、勝ちは確定してるよぉ……」
「だから、目の前の子に集中しようね……」
「へいへい、つっても……もう虫の息だがな」
何とか立ち上がるクロノだが、既にフラフラの状態だ。
「諦めたほうが、楽かもしれねぇぞ」
「…………楽な道に、興味はない」
「ヒヒッ……おいでおいで……楽しませてよ……」
どんどん悪くなる戦況、クロノは気づいていないが、エティルの心に乱れが生じてきている。それを見逃す、ジュディアでは無かった……。
調教部屋・B-2内部では、大量の兵がアルディに向かって突っ込んでいた。
「捉えた!」
「ふんっ!」
前後からアルディに向かって剣を振るう男達、その剣はアルディの肉体に当たった瞬間に砕け散った。折れるのではなく、粉々に砕けた剣に戸惑いを隠せない男達を、アルディは蹴り飛ばす。
石ころのように宙を舞い、壁に叩きつけられる兵を見て、コルクは言葉を失っていた。
(なんだよこれ…………こんな精霊……今まで……)
既に自分以外の兵は殆ど残っていない、壊滅状態だ。僅かだが、恐怖の感情すら湧き上がってきている。
「話が違うじゃんか……ジュディア様に従ってれば……簡単にお金が……」
「精霊なんて…………金儲けの道具なんだろ…………!?」
「こんなの……聞いて…………聞いてないぞぉ!」
腰から引き抜いた棒状の物を振るう、光と共に数十センチだった棒が槍に変化した。その槍を構え、コルクはアルディに向かって突っ込んでいく。
渾身の突きがアルディの背中を捉え、同時に槍が砕け散った。
「あ…………嘘………………っ!?」
振り向いたアルディが、後ずさりするコルクに近寄っていく。
「……君も、あの男に利用されていたみたいだね」
「いつから利用されていたのか……どうやら君の目に映る精霊は……既に『金儲けの道具』みたいだ」
「刷り込まれた物は、中々元には戻らない」
「そうだな……覚えておくといい」
「精霊だって、魔物なんだよ?」
ゆっくりと距離を詰めるアルディ、その表情は穏やかな物だ。
「君達が普段から恐れ、警戒し、敵として見ている…………そんな存在と同じなんだ」
「人との距離が近すぎて、忘れてしまっていたのかい?」
「それとも、知らなかった時から利用されてきたのかい?」
「なら、今の内に正しく理解しておこうね」
ニッコリと笑ったアルディ。それと同時、調教部屋の内部が大きく砕け散った。壁、天井、床、全てがヒビ割れ、砕け散り、崩壊寸前になる。
「………………ヒッ!?」
「僕達は、人を簡単に殺せる存在だ」
「自然界の力、その身に刻まれたいか?」
「――――あまり、調子に乗るんじゃない」
分かり易すぎる直線的な殺意、コルクはそれを向けられただけで、意識を失ってしまった。
「…………ふぅ、少しやりすぎたかな?」
「……やっぱり、壁や天井、床まで結界で覆われているか……」
「僕の力じゃこの結界は壊せない…………クロノ、エティル…………頼んだよ」
自分は魔物と同じだ、危険性は勿論ある。それでも、そんな自分を友と呼んでくれる奴もいる。そんな大馬鹿だって、人にはいる。信頼を向けられれば、こちらも応えてやりたくなる。そんな自分の感情は、共存の可能性と言えないだろうか。
(それを教えてくれた、だからこそ、僕は人を信じたい)
(こんな奴等に負けないさ、クロノ……そうだろう?)
自分の契約者は、信じるに値する。結界内のアルディに出来る事は、信じる事だけだ。
調教部屋・B-4内部……既に勝ち目なしと判断したクシュルトだったが、そんな彼を逃がすほど、今のティアラは優しくない。
「!?」
空間に開けたワープホールは、ティアラの水で切り刻まれてしまった。
(……魔力を……魔素単位で切り裂かれただと……!?)
(クソッ……なんてデタラメな……!)
既に自分以外の兵はやられている。ティアラは空気中の水を操り、調教部屋の内部を水で埋め尽くそうとしていた。クシュルトの膝辺りまで水は溜まっている、このままでは水攻め状態になるだろう。
「おのれ…………化け物か……!」
「今、更…………何だと、思ってたの?」
「クロノの、とこ……帰して」
尚も契約者の元へ帰ろうとする精霊だったが、応じる訳がない。この結界内に閉じ込めた時点で、この精霊は倒したも同然なのだ。
(最悪、私が敗れても…………ジュディアが無事ならいいのです)
(ふふっ…………この精霊がいい気になっていられるのも……今だけ……)
(そう、じゃあ……いいや)
心の中に聞こえた冷たい声。それがティアラの声だと理解する前に、クシュルトの右肩が何かに切り裂かれる。
「くぅあっ!? くっ……!」
ワープホールを利用し、ティアラの動きを封じようとするクシュルトだったが、上げようとした右手が何かに叩き下ろされた。
「ぐっ! のっ!?」
距離を取ろうとしたが、右足の傍で何かが弾け、バランスを崩してしまう。その直後、頭の後ろで何かが弾け、頭部が水の中に叩き込まれる。
「ガボッ……ブハァ…………ッ!?」
顔を上げた瞬間、両肩、右足、腹部に水が叩き込まれ、後方に吹き飛ばされた。
「……こ、の……いい加減に………………っ!?」
顔を上げた瞬間、心を鷲掴みにされる感覚を覚える。一瞬で勝てないと察してしまった。何をしても、何をしようとしても、全て見透かされると確信できた。
「クロノ、助けに来るまで…………いい気になって……待ってる」
「それまで……虐めて、あげる」
「私の、事……虐める、つもり……だったん、でしょ?」
「……残念……でした……」
ティアラの背後の水が、複数の鞭のように形を変えた。
「あなた、達が……精霊に、したこと…………教えて、あげるよ」
「逃がさない……勝てない……痛い……苦しい……」
「絶望、って……いい気になって……ドヤ顔で……教えて、きたんで、しょ?」
「どれだけ、酷い事、か…………教えてあげる」
その瞬間、クシュルトの心は何かを諦めた。
地下に響く轟音、クロノの体が壁に叩きつけられた音だ。ジークスの力は普通の人間の力では無い、金剛無しで何発も耐えられる威力ではなかった。スピード自体は疾風で振り切れるレベルだったが、ジュディアが嫌なタイミングで精霊技能を剥がしてくる為、クロノは攻撃を避けられないでいた。
(クロノッ! 精霊技能に集中してちゃ、クロノの身が持たないよぉっ!)
(何言ってんだ…………消された後すぐにかけ直さないと……お前が奪われるんだぞ……っ!)
(けど……だからって……それも相手の思う壺なんだよぉっ!?)
ジュディアは途中から、明らかに手を抜いていた。まるでクロノを痛めつけるのを楽しんでいるかのように。
何度も何度も精霊技能をかけ直すのは、クロノの精神に多大な負荷をかける。このままでは精神的にも、肉体的にも……確実に限界が来るだろう。
(…………いいから、リンクに集中だ……)
(……クロノ……)
疾風をかけ直し、クロノはジュディアに向かって走り出す。当然だが、ジークスが立ち塞がった。
「またジュディア狙いか? いい加減学習しな」
「テメェじゃ、無理だよ」
「……っ!」
ジークスの体を盾にするように位置を取り、クロノは左拳を握り締める。
「風昇打っ!」
「いい度胸だっ! そりゃ認めてやる!」
「だが、軽いっ!」
風圧を利用した一撃は、ジークスに軽々と止められてしまった。
(なんだ、この男…………ビクともしねぇ……)
「俺の固有技能は重力指針、俺の体に重さをプラス出来る力よ」
「俺の肉体限定だが、プラス出来る重さの大きさ、方向は自在っつー便利な力だ」
「ちなみに限度はねぇが、俺の体が偉い事になるんで実質限界はある事になる」
「今俺の手の平に、お前の攻撃を受け止める感じで重さを乗せた訳だな」
「向かってきたガッツは認めるが、お前の力じゃ俺は退かせないってこった」
「あぁ、後ジュディアの力は俺の体を貫通すっから、位置取りは意味無いぞ」
その言葉と同時、疾風がかき消されてしまう。慌てて精霊技能をかけ直すクロノだが、それを見たジークスが不適に笑った。
「余裕だねぇ……良いのかよ?」
「お前、今ピンチだぜ?」
精霊技能に気を取られていた隙に、目の前のジークスが右拳を振り上げてきていた。
「俺の拳はヘビー級っ!!」
「……………………がっ!!?」
アッパー気味に叩き込まれた拳、クロノは成すすべも無く殴り飛ばされてしまった。力なく天井付近を舞うクロノに、ジュディアは手を翳す。
「……ヒヒッ……限界かなぁ?」
「ヒヒヒッ! そろそろ……精霊技能も限界かなぁ?」
「精霊の心もぶれまくってるよぉ? 意識ある? 聞こえてる? ヒヒヒッ!」
精霊剥離の力をクロノに向かって撃ち出すジュディアだが、精霊は引き剥がせない。まだ、精霊技能の連発で耐えているらしい。
(クロノッ! クロノッ!)
(何で……? あたし……役に立ててないのに……)
(どうして……そこまでするのさぁ……!)
エティルの声に応えたいのだが、その余裕すら残っていない。クロノは歯を食いしばり、何とか体勢を立て直そうとする。
「ヒヒヒッ…………ジークス……!」
「はいよ」
そんなクロノの横に、ジークスが飛び上がってきた。もうガードする力も残ってない。振り下ろされた一撃をモロに喰らい、クロノは地面に叩き落された。
「無様だねぇ……役にも立たない精霊を庇って……何も出来ないでズタズタになって……」
「ヒヒッ……滑稽だなぁ……見てて面白いよぉ」
「楽しいなぁ……精霊は僕の前じゃ無力……精霊に頼り切った馬鹿を痛めつけるのは……楽しいなぁ……」
「正義気取って乗り込んできて、返り討ちにされてどんな気分?」
「精霊を助けに来たのに、精霊奪われてどんな気分?」
「……ヒヒッ…………ヒヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!」
「ざまぁみろっ! ざまぁみろっ! ヒヒャヒャッ!」
「必死に守ってた……その役立たずのシルフも、今奪ってあげるよ!」
倒れているクロノに手を翳すジュディア、悔しさで涙を流していたエティルが、クロノの体から弾き飛ばされた。
(…………あっ!)
勝ちを確信したジュディアだったが、次の瞬間、クロノは飛ばされかけたエティルの手を掴んだ。
「クロノッ!?」
「~~~~~~~~~っ!!」
既に立ち上がるのも辛いほどにボロボロだが、それでもクロノはエティルを引き寄せる。
「クロノッ! なんでっ!」
「…………っ!」
その光景を見て、ジュディアは我慢できずに大笑いしてしまう。
「ヒヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!!! 何だぁ? 何してんだぁっ!?」
「ダッセェ……! 凄い必死だねぇっ!」
「そんなに精霊が大事なの? 泣くほど大事なのっ!?」
「さっきから見てたら、その精霊は君に100%の力を預けて無いっぽいのに!?」
その言葉に、エティルは俯いてしまう。
「君がどれほど大切に思っても、その精霊は君の信頼に応えてないのにっ!?」
「そんな役立たずを、そこまで庇うの? ヒヒャヒャヒャッ! 傑作だなぁっ!」
「馬鹿すぎて、笑いが止まらないよぉ!?」
力を強めるジュディア、それでも、クロノはエティルの手を離さなかった。引き寄せ、抱き抱えるように耐える。
「……クロ……ノ……?」
「……ぐ……ぅ……」
「…………しつこいなぁ…………」
「離せよ、離しちゃえよ……」
「ヒヒッ……君はさ、負けたんだよっ!」
「ジークスッ!」
「へいへい……」
必死に耐えているクロノを、ジークスが面倒くさそうに蹴り飛ばす。抵抗もせず、クロノは壁に叩きつけられた。
それでも、エティルは離さなかった。必死に歯を食いしばり、エティルを抱き締める。
「クロノッ! 死んじゃうよぉ!」
「そうそう、死んじゃうよ? 早く離しちゃいなよ」
「いい加減惨めすぎるからさ、諦めなよ」
「そこまでするほど、大事な物じゃないでしょ」
「大事に…………決まってんだろうがっ!!!!!」
振り絞るような咆哮を聞き、ジュディアは首を傾げる。
「大事に決まってんだろっ! 精霊は俺の友達なんだっ!」
「絶対に渡さない……絶対離さないって約束したんだっ!」
「……白けるなぁ、友達……? 何それ」
「馴れ合いで……何が出来んのさ」
「役立たずには……変わりないんだよぉ? ヒヒッ……」
「うるせぇんだよっ! そんなの、どうでもいいんだっ!」
「傍に居てくれるだけで、俺は嬉しいんだっ! 嬉しかったんだっ!」
「友達だって言ってくれた、それだけで……嬉しかったんだよっ!」
「お前なんかに……奪われてたまるか……!」
「エティルだって……アルディだって……ティアラだって……!」
「絶対、絶対! 渡すもんかよっ!」
「……あぁ……うん……」
「……哀れだねぇ……ヒヒッ……」
「ジークス、やれ」
「ガッツは認めるぜ、ガッツはさ」
眼前に迫るジークスの拳、避ける力は残っていない。
(クロノ……! クロノ……!)
(約束したから……絶対に……離さないから……)
(……………………………………ッ!)
(俺は…………信じてるから…………)
この状況でも、この少年は100%の信頼を向けてきていた。何も出来ない、未熟な自分を……ひたすらに信じてくれていた。
不安や恐怖の感情を押し退け、エティルの心に湧き上がったのは、契約者を助けたいという純粋な感情だ。
あの満月の夜を越える力で、クロノとエティルの精神は一つになった。
強烈な風が巻き上がり、ジークスの体が上空に巻き上げられる。
「ぬぅおおおおおおおおっ!?」
「……何だ…………?」
突然の強風にジュディアが顔を覆う、その瞬間、感じた事のない力が迫り、ジュディアの顔を殴り飛ばした。
「………………っ!?」
過去、精霊使いとの戦闘で一撃も貰ったことのないジュディアは、困惑しながら地面を転がった。そんなジュディアを、ボロボロのクロノが見下ろしている。
「……チィ……何をしやがったこの野郎っ!」
着地したジークスが、クロノの背後から襲い掛かる。だが、拳を構えた頃には、クロノの体は視界から消えていた。
「消えた……!? いや……!?」
ジークスが振り返るのと、クロノの蹴りがジークスの顔面を蹴り飛ばすのは、殆ど同時だった。
「ブホァッ!?」
相手に『蹴られた』と悟られる前に、クロノは宙を蹴り距離を取る。体は痛むが、それ以上に嬉しかった。
(あの夜は……不思議な力で精神が繋がってた)
(だから……分からなかったんだな)
(第二リンクって……凄い暖かい……)
心が繋がっている、一緒に戦っている事を、深く実感できる。
(……ん? ……泣いてるのか?)
(……うるさい!)
(馬鹿……あたしだって……約束したもん……)
(絶対……応えるから……って……)
100%の信頼と、純粋な助けたいという気持ち。二つが重なり合い、あの夜を越えるほどの力で、精霊技能を発動させたクロノ。
精霊技能・烈迅風……絆を風の刃に変え、クロノは奪う者と向き合った。
「俺の友達、返してもらうぞ」
「……ヒヒッ…………図に乗るな……!」
決着の時は、もうすぐそこだ。




