第百一話 『涙色の本音』
「あ、クロノ~! こっちだよぉ」
クロノ達が泊まっている宿の屋上に、エティルはいた。月明かりに照らされたエティルは、少しだけ幻想の世界の住人に見えてしまう。
「流石、妖精種に分類される種族なだけあるな」
「ん~? 何々? 何かあったの?」
「なんか、大人びた顔してるよぉ?」
エティルがこちらの顔を覗き込んでくる。
「別に、何もないよ」
「ならいいけど……それで、話ってなぁに?」
そう言って、エティルはクロノの目の前に座る。
「頭の上にはこないのか?」
「それじゃクロノの顔見えないじゃん」
「お話する時くらい、ちゃんとするよぉ」
こういう些細な事を気にする所が、エティルの可愛いところだとクロノは思う。
「んー……改めるとどう言っていいのか……」
どう切り出せばいいのか少し迷ったが、こういうのは簡単に言うのが一番だろう。
「……エティルの話を、聞かせて欲しいんだ」
「あたしの?」
「……あ……もしかして……心配、かけちゃった?」
何かを察したのか、エティルが申し訳無さそうな顔になってしまう。
「いや、そうじゃなくて……」
「…………いいの、分かってるんだよぉ」
「あーぁ……精霊失格だよねぇほんと……」
「契約者に心配かけちゃって……ほんと馬鹿だなぁ……あたし」
また落ち込ませてしまった、どうしてこうなってしまうのだろうか。俯いてしまうエティルを見ると、不甲斐無い気持ちで一杯になる。
「……っ! 俺はっ! エティルの……お前等の契約者なんだっ!」
「助けられてばかりで……俺もお前達に何か、してやりたいんだよっ!」
「落ち込んでるお前は見たくない、だから……あの……えと……」
自分でも何を言いたいのか良く分からない、勢いで口走っているのがバレバレだ。空回りするクロノをエティルはポカーンと見つめていた。
「…………えへへっ……何頑張ってるのさぁ」
「何か、クロノの癖に生意気だよぉ?」
「なっ……お、俺は真面目にっ!」
「……ん……ありがとね」
「……あたしね、置いてかれるの、怖いんだよぉ」
そう語るエティルの顔は、今まで見たことがないほど真剣な物だった。
「ルーンと契約してからかなぁ、それに気がついたのって」
「みんなと違ってね、あたしってルーンが初めての契約者だったんだ」
「みんなと違って、上手くリンク出来なくて、あの頃は焦ってたよぉ」
「そんなあたしを、ルーンは引っ張って行ってくれてね?」
「普通のシルフだったあたしも、こんな凄い力を持てる位、強くなれたんだ」
「けど、気づいちゃったんだなぁ……あたし……」
「引っ張ってもらわないと、あたしって……みんなに追いつけないんだなぁって」
「……あたしさぁ……ルーンに鬼ごっこ、結局一度も勝てなかったの」
「あたし、みんなの事大好きなんだよ……けど、遠くてさ」
「あたし一人じゃ、全然手が届かなくて……」
「いつも、いつも、置いてかれないように、焦ってばかりだったんだ」
エティルの小さな体が、さらに小さく見える気がする。いつも元気だった彼女の姿は、どこにも無かった。
「……こんな事言うと、嫌われるかも知れないんだけどね?」
「あたし、クロノとの鬼ごっこが好きなんだよぉ」
「クロノは弱くて、遅くて、あたしを追いかけてきてくれる」
「前にいるって、安心できたんだ」
えへへっと笑うエティルが、どこか切なそうに見えてしまった。
「…………もし、クロノが強くなったら……」
「………………『また』……置いていかれるかもって……思っちゃってね……」
「追いつけなくなるの……怖くて……」
「あたしの、我侭で…………あたしが、臆病なせいで…………」
「クロノとのリンク……弱くなってるの……」
「あたしのせいで……あたしが……クロノの足引っ張ってるの……」
「そんなこと……」
「……あるんだよっ!!」
顔を上げたエティルは、涙を両目に溜めていた。
「クロノは……あたし達とリンクする時……あたし達の事信じてくれてる……」
「リンクする度、伝わってくるんだよ? 真っ直ぐな信頼、すっごく暖かい心……」
「凄く嬉しい、応えてあげたいの……本当だよ?」
「けど……あたしが怖がってるから……本当はもっと強くリンク出来る筈なのに……」
「第二リンクだって……出来るかもしれないのに……それなのにっ!」
「本当は誰より早く、クロノと第二リンクしたいよ! 一緒に強くなりたいよぉ!」
「けど……だけど……やっぱり……怖いんだよぉ……」
「もう……置いてかれるの……やなんだよぉ……」
エティルの悲痛な叫びが、言葉だけじゃなく心でも伝わってくる。涙を流すエティルに、自分は何て言ってやるのが正しいんだろう。
(分からない……どうすれば泣き止んでくれる……?)
(安心させて……やれるんだ……?)
「俺は、置いていったりしない、よ」
「ルーンもそう言ってたよ、そう言って笑ってくれてた」
「けど、ルーンは居なくなった……あたし達の前から消えちゃったんだよっ!」
「クロノの事信じてるけど……怖いんだよぉ……」
「面倒くさい精霊だよねぇ……あたし……自分でも精霊失格だと思うよぉ……」
「自分の都合で、契約者とのリンクをボロボロにして……」
「あの四天王の子の時だって、それでクロノを傷つけた……」
「あの時は、単純に俺が弱すぎて……」
「それ以前にっ! あたしが心を乱したから、クロノとのリンクがかき消されちゃったんだよぉ!」
「あたしのせいで……クロノが死に掛けたんだよっ!?」
「……最低、だよ……」
「ごめん……ごめんね……」
これじゃダメだ、エティルは傷付き、どうすることも出来ない。
(嫌だ、どうにかしてやりたいんだ)
(何か言え、何か……)
(黙ってんじゃねぇよ……何か言ってやれよっ!)
(何か……元気付けてやれる何か……)
言葉を整理する、気の利いた言葉を頭の中から探し出す。頭の中に浮かんできた言葉は、在り来たりな物ばかりだった。
(……………………………………ふざけんな、クソ野郎)
何故自分は、こんな事をしているのだろう。
上辺だけの言葉で、何をしたいのだろう。
本気でぶつかれ、本当にエティルの為を思うなら。
言いたい事なんて、考えるまでも無く用意できているだろう。
「……俺、友達ってあまりいなくてさ」
「前にエティルやアルディが、俺の事友達だって言ってくれて、嬉しかったんだ」
「…………ふぇ?」
「俺、強くなりたい」
「けど、それ以上に……お前達と一緒にいたい」
「一緒に、笑えるだけで幸せなんだ」
「だから、俺は手を離さない」
「絶対、置いていかない」
「けど、ルーンは……」
「置いていかないったら、置いていかないっ!!」
「俺はルーンじゃないっ! 俺は絶対手を離さないっ!!」
「大体俺は弱いんだよっ! 引っ張っていくなんて出来ない、お前等が引っ張ってくれないとダメなんだよっ!」
「何が置いてかれるのが怖いだっ! 散々俺は言ってきたっ! 一緒に進んで行きたいって!」
「お前等が嫌だって言っても、俺は一緒がいいんだよっ!」
「足を引っ張ってるだ? 存分に引っ張れっ! 俺なんかその100倍引っ張ってるぞっ!」
「迷惑かけてる? 上等だっ! 俺もかけるからお前も遠慮するなっ!」
「め、めちゃくちゃだよぉっ! それでクロノは死に掛けたんだよっ!?」
「あたしは、もう契約者を失うなんて嫌なんだよぉっ!」
「俺は死なないっ! お前を置いていったりもしないっ!」
「絶対絶対、手を離したりしない!」
「いつか、お前達を越えるくらい強くなっても、絶対に離さないっ!」
「その時は、俺がお前を引っ張って行くっ!」
「けど……根拠だってないじゃんっ!」
「言葉だけじゃ……あたしは……」
「俺はお前の、契約者だっ!!!!」
「根拠はそれで十分だっ! 言葉で足りないなら心で感じろっ!」
「怖いなら、不安なら、面倒でもなんでもいい、俺にぶつけろっ!」
「……なんで、クロノ……?」
「なんであたしなんかに、そこまで……」
「あたしなんか? ふざけんなっ! 友達が泣いてるんだぞっ!? 何かしてやりたいだろっ!」
「気の利いた事も言えない……頼りなくて情けない……俺だけどさ……!」
「言葉じゃ伝えらんないくらい……大事に思ってるんだよっ!」
「だからっ! お前が何て言っても……俺はお前を離さない!」
「何があっても、絶対にだっ!」
正しいかなんて分からない、言いたい事をただぶつけただけだ。当然ながら、エティルは唖然としている。
「……あたしで、いいの?」
「は?」
「あたしなんかが、クロノの精霊で……後悔とかないの?」
「こんな面倒くさい、頼りになんないシルフで……いいの?」
「いい加減にしないと、マジで叩くぞ?」
「あたし、アルディ君みたいに落ち着いてないし、アドバイスとか出来ないよ?」
「ティアラちゃんみたいに凄い力じゃないし、クールじゃないし……」
「エティルにはエティルにしかない良い所あるだろ、うるさいとことか」
「元気なとこって言ってよぉ!」
「あぅ……それにそれに……あたし……リンクもちゃんと応えて上げられない有様だし……」
「関係ないね」
「俺のシルフは、お前以外有り得ない」
「ルーンの精霊だったからって訳じゃないぞ」
「俺は、お前がいいんだ」
「…………ふぇ……」
「……ふぇぇぇん……」
滝のように涙を流すエティル、そんなエティルの頭を、クロノは優しく撫でてやる。
「お前は俺の最初の精霊で、初めて友達になった精霊なんだ」
「お前が何しても、受け止めるさ……友達なんだから」
「ごめ、んね……あたし…………」
「ふぇ、絶対……応えるから……」
「クロノの、信頼に…………絶対、応えるからぁ……」
「焦るな焦るな、俺の力量じゃ使えるか分からん」
「お前の契約者は、想像以上に弱いんだからな?」
「うぇぇぇん……格好悪いよぉ……」
「ほっとけ!」
伝えたい事を伝えることが出来た。クロノは安心し、泣き続けるエティルを撫で続けていた。そんな二人を、物陰から見守る影が二つ……。
「どうやら、丸く収まったみたいだね」
「やれやれ……世話の焼ける契約者と仲間だよ」
「アル、親の、顔」
「心配、性……寝たふり、まで……して……」
「ふん……これが僕のスタイルなんだし、仕方ないだろう?」
「僕は契約者にも、エティルにも、辛い顔はして欲しくないんだよ」
「アルの、そーいうとこ、好き」
「……ふあぁ……」
「エティルが泣き止むまで、まだかかるだろうね」
「僕たちは先に部屋に戻ろうか、もう心配なさそうだしね」
「うむぅ……Zzz……」
「はぁ……君も十分世話がかかるよ……」
寝ぼけ眼のティアラを背負い、アルディは部屋へと戻っていく。盗み見していた事は、契約者に悟られないようにしなければと、アルディはゆっくりとその場を立ち去るのだった。




