第九十九話 『天才の提案』
一国の姫様相手に精霊技能まで使って挑むクロノ、大抵の者は無礼だとか、酷いだとか思ったりするだろう。だが、そんな奴等にクロノは声を大にして言ってやりたい。
「爆ぜよっ! 赤き爆炎に乗って肉片の雨を降らすがよいっ!!」
「ふはははははっ!!!」
「うわああああああああああああああああああっ!?」
こんなバイオレンスな姫が居てたまるか、と……。
(街中なのに当たり前のように発破してくるんだけどっ!?)
「一国の姫が国の破壊活動進行させていいのかよっ!!」
「直すのも妾じゃ、文句あんのか」
「そういう問題じゃないだろっ!!」
「細かいのぉ……貴様今の状況分かっとるのか?」
「 跪け、凡才がっ! 」
姫の撃った弾はクロノの頭上を掠めていく。それだけ見れば外したようにしか見えないが、急にクロノの体が何かに押し潰されるように地面に叩きつけられた。
「ぐあぁっ!?」
「撃ち出した弾丸の軌道から下に、重力波を発生させる特殊弾じゃ」
「この説明する優しさこそ、超絶天才の持つ余裕という奴じゃな」
「知るかぁっ!!」
言いながらも銃撃は止むことが無い。クロノは手の平に水を集め、自身の真横にそれを撃ち出した。その衝撃で重力波の範囲外に飛び出し、体勢を整える。
「危なかった……!」
「ちょこまかと……そこを動くな、このアホがっ!」
弾を込め直している訳でも、銃を変えている訳でも無いというのに、先ほどとは違った弾丸がクロノを襲う。前方全てが弾丸の雨で埋め尽くされた。
「……ッ!? アルディ! 金剛っ!!」
(はぁ……姫様相手に二重接続とはね……)
(まぁいいか、このままじゃ契約者が蜂の巣だ……ティアラ、いくよ?)
(おー……)
二重接続を発動し、右手に水、左手で大地の力を込める。
(まだ大して上手くは使えないけど……混合精霊法っ!)
「「「隆起門・泉っ!」」」
自分の前方に水のプロテクト付きの石壁を作り出す。水は石壁の表面に水流を作り出しており、攻撃の威力を散らしつつ受け止める事を可能にしている。
(ついでに目眩ましにも使える、はず……)
(アルディ、エティルとチェンジだ)
(はいはい、エティル、タッチ)
(……あ、うん! 任せてっ!)
水と風、二つの力で感知を行えば、壁の向こうの姫様の動きだって感じられる。このまま奇襲で勝負を決めようと思っていたクロノだが、背筋が凍るような悪寒と共に嫌な物を感知した。
「しゃらくさいわっ! ごり押しじゃっ!」
瞬間、石壁が何だかよく分からないキラキラした砲撃でぶっ壊されてしまった。当然その衝撃でクロノは吹き飛ばされてしまう。
「ふざけんなっ! 女の子が持てる武器が出していい出力じゃないだろうっ!!」
「常識? 普通? 限界? それらを超越してこそ超絶天才なんじゃ! アホッ!」
「女も男も関係ないわっ! 最前線での戦闘を考慮した妾の最新機銃! 『クイーンホーク2式』!」
「見た目は普通の2丁のハンドガン! 軽いし音も小さい、見た目もラブリーじゃ!」
「じゃがこの小さな見た目に反し、妾の血と汗と涙と拘り、知識の全てを押し込めた自信作なんじゃっ!」
「内に込められた弾丸は8種類、弾丸そのものに細工がしており、それぞれの弾丸が5回分の発射を可能としておる」
「弾切れのリスクを減らし、補充の隙を激減、プラス8種類の弾丸の持つ様々な効果により遠・中・近距離の戦闘に柔軟に対応っ! ロマンと実用性を同時に兼ね備えた夢の武器じゃっ!」
「当然弾丸は8種類で全てでは無い、日々の試行錯誤の末、新たな弾丸も開発されておるっ!」
「2丁の銃、互いに別の弾丸を込めバリエーションを増やしてもよし、オリジナルの弾幕を錯誤してもよし……その時その時で無限の戦果を上げられる素敵ウェポンじゃっ!」
「どうじゃ? どうじゃ? 凄いじゃろ? 欲しいじゃろ?」
とりあえず、自分の発明品を褒めて貰いたい気持ちは伝わってきた。
「いや、まぁ……凄いですけど……」
「感想が庶民的じゃな、没」
「うおおっ……凄いムカツク……」
「クソッ! 今度はこっちから攻めるぞっ! エティルッ! ティアラッ!」
多種多様な弾丸で攻められ続けると分が悪い、クロノは水の感知を最大にし、風の速度で一気に距離を詰めた。
(いくら武器が凄くても、使ってる本人は女の子なんだ)
(速度で圧倒する! 当たらなきゃ問題ないし、撃たせなきゃ良い話だ!)
一気に背後に回ったクロノ、動きを見切り、狙いを銃に絞る。
(武器を弾き飛ばして…………っ!?)
左拳を構えた瞬間、右足が急に動かなくなった。目をやると、右足が地面に埋まっている。
「そこはトラップじゃ、泥沼トラップ」
「はぁ!?」
「ただ撃って当てるだけではつまらないじゃろう? 撃ち込んだポイントにトラップを仕掛けるにくい演出付きの弾丸もあるのじゃ」
「貴様の回りこむ位置など、性格、速度、思考パターンで簡単に割り出せるしの」
説明しつつも、銃口が額に押し付けられた。
「レベルが違うのじゃ、凡才が」
「四散用拡散弾・血飛沫・改っ!!」
2丁の銃が火を噴き、銃弾ではなく爆撃のようなものがクロノを襲った。何重にも重なった赤い爆発は、0距離で相手を粉々にする無慈悲な処刑技だ。
「…………っ!」
咄嗟に二重接続を解除、金剛に全神経を集中して守ったにも関わらず、クロノはその場に崩れ落ちてしまう。それほど、強力な攻撃だったのだ。
「げほっ……」
(冗談じゃないや……戦闘のセンスまで天才的なのか……)
「お? 上半身を吹っ飛ばすつもりじゃったが、意外と頑丈じゃな」
「……まだ目は諦めておらんな、何故そこまでするのじゃ」
「見たとこ精霊使いなのは分かるが、『黒曜霊派』と何か因縁でもあるのか?」
「妾を覗いて、国民の誰一人にその存在を悟られず、闇に溶け込む正真正銘のゴミクズじゃぞ?」
「己の身を削ってまで、何故関わろうとする?」
姫はこちらを覗き込むように、観察するように聞いてきた。
「許せないからに、決まってる」
「そんな単純な理由で、死ぬかもしれん危険を冒すと?」
「奴等に傷つけられた奴を、俺は見た……黙ってるなんて無理だ」
「俺は精霊使いだ、精霊を酷く扱うなんて、絶対に許せない」
「それに……俺の夢にとって、奴等は障害になる」
「夢? 庶民の貴様如きの夢に、何故『黒曜霊派』が関係する?」
「俺の夢は、人と魔物……他族が共存する世界だ」
「今現在で一番人と距離が近い精霊との関係を、『黒曜霊派』は悪くしてる」
「無視出来る筈、ないだろ……!」
「……共存? 正気か?」
「天才のアンタにゃ、さぞ馬鹿らしく聞こえるだろうな」
「けど、俺は本気だ、ガキの頃からずっとその夢を抱いてきた」
「ここだけは、絶対に曲げないって決めてるんだ」
目は逸らさない、どう思われても構わない。この夢だけは……絶対に譲れないのだ。
「ふむ……共存、魔物と共存か……」
「……その言葉、偽りが無いと誓えるのか?」
「この命を賭けてでも誓うさ、人生賭けてきてるんだしな」
「……凡才、庶民……ふぅむ……撤回するか……」
「おい銀髪、名乗れ」
「へ?」
思わぬ言葉に首を傾げると、額に銃が押し付けられた。
「二度言わせるな、名 乗 れ」
「クロノ! クロノ・シェバルツですっ!?」
「クロノか、貴様、本当に共存の世が夢なんじゃな?」
「……! そっちこそ同じ事何度も聞くなよ、本当だってば……」
「精霊達とも、その夢に対して誓って契約を結んだんだし……」
「そうか…………そうか……ふふふっ」
嫌な予感がする、逃げ出したくなるクロノだったが、右足が地面から抜けてくれない。
「のぉクロノ、妾と組まぬか?」
「……は?」
「今妾はな、凄く忙しいのじゃ」
「その理由はのぉ、天焔闘技大会の準備に追われておるからなんじゃ」
天焔闘技大会……20年に一度、デフェール大陸のとある国で開かれる最大規模の闘技大会だ。数多の強者が集い、その力を競い合う……盤世界最大の祭りと言っても過言では無いだろう。
「妾はのぉ、祭りごとが好きで好きで仕方ないのじゃ」
「盤世界の代表国が手を取り合って開くこの闘技大会、我がラベネ・ラグナも当然力を貸すことになっておる」
「妾は超絶天才じゃからのぉ、今回の大会は過去類を見ないほど盛り上げたい訳なんじゃ」
「その為の発明品を今まさに作っておる、大会は六ヶ月後じゃから、そっちは余裕で間に合うのじゃ」
「じゃが! 妾が手を貸すからには、過去の大会を超絶凌駕する盛り上がりを見せたいっ!」
「その為に、貴様の手を借りたいのじゃ」
「貴様の様な大馬鹿を待ちわびておった、普通の枠から飛び抜けた者をな」
なにやらテンションが上がっている姫様、話が見えないので思い切って聞いてみることにする。
「……俺に、何をさせる気ですか」
「魔物を呼べ」
聞き間違いでは無いだろうか、今とんでもない事を聞いた気がする。
「え……」
「妾は今回の大会が初めてなのじゃが、過去の記録を読む限りな?」
「勇者や腕に自信のある者同士が戦っても、そりゃ盛り上がるじゃろう」
「じゃがっ! 飽きるじゃろ!? 様々な固有技能持ちが集っても、人間だけじゃ限界あるじゃろっ!?」
「魔物も混ざれば、めちゃ盛り上がると思わんか!?」
「いやいやいやいやいやいやいやいや! ステップを飛ばしすぎですよっ!!」
「そんなのパニックになるに決まってるじゃないですかっ!!」
「アホ、ちゃんとその辺はしっかりするわ」
「多くの退治屋による徹底警備、観客に危険がないよう高レベルの結界配置」
「規則を厳重にし、全てを完璧にする……妾には既にその未来が出来上がっておるっ!」
「けど! 他の国が賛成するわけ……!」
「妾には賛成を強要させる力があるっ!!」
「各国に発明品を作ってやっているのは誰だと思っておる! 妾じゃっ!」
「父上や母上ですら不可能な事を、妾は我侭で押し通すことが出来るのじゃっ!!」
一国の姫としてどうなのだ、それは……。
「けど、魔物の方だって……そんな都合よく……」
「だからこそ、貴様に手伝ってもらうのではないか」
「世界を巡り、知り合い、友となった魔物達、その種族に声をかけてくれればよいのじゃ」
「流石の妾も成功は中々難しいと思う、じゃがな」
「成功すれば、盛り上がれば、人と魔の距離は大幅に縮む、そう思わぬか?」
「これは互いの利害は一致しておると思わぬか?」
「勿論タダで手を貸せとは言わんぞ? 『黒曜霊派』討伐も手伝ってやろう」
「どうじゃ? 悪い話では無いと思うのじゃがの」
確かに、悪い話では無い。むしろ、夢のような話だと思う。クロノ個人では不可能だが、この姫の力を借りれば……今の現状を大きく動かす事が、出来るかもしれない。
「……一つだけ、いいですか?」
「なんじゃ」
「無礼な口を利いた、会ったばかりの俺の……戯言のような夢」
「それを信じて、そんな大掛かりな仕事の手伝いに誘うのは、どうしてですか」
「妾は、人を見る目には自信がある」
「戯言のような夢、それに全てを賭けてきた事は、貴様の目と精霊達が語っておる」
「実績だって少しはあるのじゃろ? 魔の者と友になった事もあるのじゃろ?」
「無いのなら、その背を支える少しばかりの自信の説明が出来ぬ」
笑みを浮かべる姫を見て、敵わないと察してしまった。少々ぶっ飛んではいるが、やはり大物に違いは無いのだ。
「……無礼な口を利いて、すいませんでした」
「俺でよければ、協力させてもらいます」
「堅苦しいのぉ、妾達は今から手を組むのじゃ」
「城の堅物共には任せられん、貴様にしか出来ん事を頼む事になる」
「妾の事は姫と思わんでいい、同じ目標を目指す友と思え」
「親しみを込め、フローと呼ぶことを許そう」
「姫様をそんな呼び方していいんですかね……」
「構わん、天才じゃった妾に愛称で呼んでくれる友など居なかったからの」
「唯一、心を開いてくれた友も居たのじゃが……妾は奴の手を離してしまったしの」
「?」
「まぁ過ぎた事、今は関係ない話じゃ」
そう言いながら、フローはクロノの右足目掛けて銃をぶっ放した。その一撃で泥沼と化していた地面が吹き飛ぶ。
「さて、詳しい話は後回しじゃ」
「まずは、『黒曜霊派』駆逐作戦を開始せねばな」
「ふふふ、超絶天才の力……見せてくれよう……」
「大会まで時間の余裕は無いからの、さっさと終わらせるぞ」
自分より年下の女の子とは思えないほど、その後姿は頼もしく見える。頼りになる仲間の手を借りて、クロノはラベネ・ラグナに潜む闇に立ち向かうことになった。
戦いへのカウントダウンは、もう始まっている。




