第九十七話 『契約者として、もう一度』
四天王の襲来を受け、毎度の事ながらボロボロになったクロノ。結局丸々一日を休息に使ってしまった。山頂付近で野宿をしていたクロノは、夜空を一人で眺めていた。
(……生き延びただけ、まだ幸運だったのかもしれないなぁ……)
心の声に反応する者は居ない、精霊達は夢の中だ。クロノは自分の右肩を摩る、シアに切り裂かれた傷がズキッと痛んだ。
(セシルが手当てしてくれたけど……結構深く斬られたんだよなぁ)
(……どうやって斬られたのか、それすら分からなかった)
一人で俯くクロノ、そんなクロノの背後にセシルが近寄ってきた。
「まだ起きてたのか、明日の朝には山を降りるのだろう」
「いい加減休んだらどうだ」
「……なぁセシル、強くなるにはどうすればいいんだ?」
「焦らない事だ」
「……むぅ……」
それは分かっているのだが、あれほど圧倒的な力を目にしたのだ。いつかはあれに追いつかないといけないのだろう、クロノは焦りと不安を振り払えずにいた。そんなクロノを見かねたのか、セシルが隣に並んできた。
「……私も一応四天王なのだが、本当に気にしないのだな」
「呆れた奴だ、全く……」
「いや、驚いたんだぞ? でもそんなに気にすることでも無いかなぁって……」
「……貴様は精霊使いだ、貴様一人でもがいても強くはなれん」
「焦って見失っている今の貴様に、上は見えんだろう」
「見失ってる? 何をだよ」
「精霊学校で貴様は何とほざいていた? 貴様は一人で戦っているのではないだろう?」
「幽霊騒ぎで、精霊達はなんと言っていた?」
「伝説の勇者に連れ添っていたとはいえ、奴等も完璧ではない」
「貴様、もう一度よく考えてみろ」
「助け合う、その言葉の意味をな」
そう言って、セシルは背を向けた。
「お、おい?」
「ある意味では、いい機会かも知れん」
「一度言っただろう、精霊使いは一人一人の形がある」
「契約者として、もう一度見つめ直せ」
「貴様と奴等の形を、見つけてみろ」
セシルなりのヒントなのかもしれない、今までセシルが意味のない事を言ったことは無い。思わせぶりな言い方も、自分で考える事も大事ということなのだろう。
「……見失ってる、か」
「すぅー……はぁ…………よしっ!」
深呼吸をし、気持ちを切り替える。いつまでも凹んでいては始まらないだろう。
(とりあえず、保留だ保留!)
(まずは目先の目標からだ、ラベネ・ラグナを目指すのが先決!)
寒空の下で悩んでいても答えは見つからない、このままでは明日の朝に響くだろう。クロノは迷いを胸の奥に押し込み、眠りにつくのだった。
次の日の朝、クロノは久方ぶりに静かな朝を感じていた。
(……?)
毎朝毎朝、エティルが騒がしい朝を提供してくれていたのに、今朝は随分と静かだ。
「あっ、クロノおはよ~」
「エティル、起きてたのか?」
「うん、今朝もエティルちゃん元気元気♪」
「……そっか?」
何故だか、エティルの笑顔に違和感を感じた。
「遅いお目覚めだね、クロノ」
「既に僕達は準備できてるよ」
「Zzz……」
「本当にティアラは準備出来てるのか……?」
アルディに担がれているティアラは、どうみても半分寝ている。
「いいからさっさと朝飯を作れ」
「食わねば山を下れんではないか」
「そう言うなら手伝ってくれよ……」
「まぁまぁ……僕が手伝うからさ」
アルディがそう言いながら近寄ってくる。一連の流れるような動きの合間、ティアラが投げ捨てられた。
「うぎゃあー」
「いい加減起きなよ、もう」
「目覚め、最悪……扱い、酷い」
「短い間に五度寝する君が悪い」
「朝から何をしてるんだ、お前等は……」
やれやれとクロノは食事を作り始める。その最中、エティルは岩の上に座りながらじっとしていた。
「……?」
「クロノ、どうかした?」
「……いや、エティルが静かだなぁって」
「……そうだね」
「クロノ、その……」
アルディが何かを言いかけるが、言い淀んでしまう。
「何だ? どうかしたか?」
「……気にかけてあげてくれないかな」
「こんな事、僕が言う事じゃないんだけどさ」
「その、お願いだ」
アルディにしては珍しく、言いずらそうな感じだ。
「……俺、何かしたかな……」
「クロノが、って訳じゃないんだ」
「エティルはね、似合ってないけど……性格上仕方ない所が……」
「? どういうことだ?」
「……彼女は、ルーンにとって最後の精霊でね」
「出会いが一番、遅かったんだよ」
「それだけじゃない、エティルにとって……契約者は君が二人目、ルーンが始めての契約者だったんだ」
「ルーンと契約した精霊で、彼女だけが……契約初心者だったんだ」
「ティアラはクソ野郎と契約して、酷い目にあったって話は聞いてたけど……」
「アルディも、フェルドって奴も……ルーンより前に契約者がいたのか」
「あぁ、僕は過去に一人、フェルドは三人と契約をしてた経験がある」
「契約未経験、そして出会いが一番遅かったって事もあってね」
「エティルはよく焦って、失敗してたんだ」
「別に焦る必要もないし、気にする必要もないのにね……」
「いつも騒がしいくらい明るいくせに、そんな事を気にして、よく落ち込んでいたよ」
「吹けば飛んでいってしまうくらい、彼女は打たれ弱いのさ」
「意外だな、言っちゃ悪いけど……」
「……今回、クロノと最初に出会ったのはエティルだろう?」
「前回は最後で、今回は最初に出会ったんだ」
「それも、焦る原因かな」
「ルーンと第二・第三の精霊技能を発動させたのも、エティルが最後だったから……」
「今回は、きっと誰よりも先にその域に達したいって、思ってる」
「そう思ってたのに、あの四天王だ……そりゃ凹みもするよ」
そうだ、シアとの戦いで……風の精霊技能はその力を吹き飛ばされた。一番最初に使えるようになり、ずっと使ってきた風の力が、いとも容易く無効化されたのだ。
「……そっか、そうだよな……」
「俺……エティルの事、何も知らなかった……」
「最初に出会ったのに……何も……」
セシルの言う通りだ、何も見えてない、何も知らないのだ。一緒に戦ってくれている仲間の事を、見失っていた。
「……僕は、クロノを信じてるよ」
「勿論エティルも……認めないだろうがティアラもね」
「だから、頼む」
「今はエティルの事を、気にかけてやってくれ」
真の意味で助け合うというのは、そういうことだろう。クロノはアルディに向き直り、力強く頷くのだった。
「飯はまだかっ!!!?」
セシルの咆哮が、クロノの決意を吹き飛ばした。
「くそぉ……今結構シリアスだったのに……」
「ははっ……クロノらしい展開だね」
雰囲気はぶち壊されたが、大事な話を聞けたと思う。クロノは卵を焼きながらも、今後の方針を改めるのだった。
「エティル! 俺頑張るからなっ!」
「えぅっ!? 何々? どうしたの?」
「頑張るったら、頑張るんだっ!」
「ふぇえ~? 急に熱血だねぇ?」
朝食を運びながらも、クロノはエティルにやる気を見せ付ける。
(うーん……今のエティルには逆効果じゃないかな? それは……)
「アル……お節介……」
「あれじゃ、ただの……馬鹿」
「クロノもクロノで……まだまだだなぁ……」
「確かに、余計なお節介だったかもしれないなぁ……」
「けど、アル、らしい」
「完全、に……保護者……」
「……よし、悪口として受け取ろう」
「何故……褒めた、のに……あぅあぅ……」
ティアラの頬をグリグリするアルディ、今朝もここだけは変わらずに微笑ましい。朝食を済ませ、クロノ達は山道を下り始めた。
「くそっ……体の節々が痛む……」
「こんなんで『黒曜霊派』と戦えるのだろうか……」
「あれだけ蹴られて、原型を留めていられた幸運に感謝しろ」
「ミンチになっていても、不思議じゃなかったぞ」
「僕の大地の力と、あの四天王が戯れ気分で手を抜いていたのが幸いだったね」
「本気で蹴られてたら、余裕で挽肉だったよ」
「クロノォ……無理しないでね?」
「心配……痛いの、辛い」
「そう思うならさ、背中と頭から下りてくれよ……」
エティルは頭の上、ティアラはクロノの首に手を回し、無理やり背に引っ付いていた。心配してくれるのはいいが、負担はかけてくるスタイルらしい。
「……ごめんね……」
失敗した、エティルがまた落ち込んでしまった。
「嘘嘘嘘っ! 冗談だって! 軽いしな、全然辛くないぞ!?」
「なんか、ずるい」
「ティアラも軽いし? 全然構わないぞー? むしろいいトレーニングに……」
(やっぱり僕、お節介だったかなぁ……)
空回りするクロノを見て、アルディは人知れず溜息を零していた。せめてもの助け舟を出そうと、アルディはセシルに話を振った。
「セシル、君の話を聞いてから少し疑問が浮かんだんだが、いいかな?」
「答えられる範囲なら、構わんが」
「今の魔王は、エフィクトだって言ってただろう?」
「そして、君とあの鳥人種が四天王」
「なら、残り二人の四天王は誰なんだ?」
「……! 俺も気になる! 四天王の種族と名前……!」
いつか、自分の前に立ち塞がる者達なのだ。聞いておいて損はないだろう。
「……まぁ、別にいいか……」
「あの九尾狐の子孫と、訳分からん奴だ」
「……もう少し具体的にお願いしてもいいかな」
「クロノにも伝わるように……」
「……500年前の四天王、『神獣』の朧……九尾の妖狐の子孫、そいつが今の四天王の一匹だ」
「確か、『神憑』の茜と名乗っていたな」
「もう一体は知らん、『変幻』と名乗っていたが、あんな奴は知らん」
「性別は男、種族は謎、強さは化け物、あとうざい」
「以上だ」
「最後の一人適当じゃないか?」
「一瞬交戦したが、本当に訳が分からなかったのだ、仕方ないだろう」
「……底が図れなかったのは、ルーン以来だ」
「……強いってことは、間違いないのか」
「下手すれば、私よりな」
「まぁ、あの時は剣を使わなかったし……一概にそうとも言えんが」
「そういえば、その剣ってルーンのだったんだな」
「……そのでかい剣を使ってたのか……本当に桁違いだったんだなぁ……」
セシルはクロノよりほんの少し背が低いが、背負っている剣はクロノと同じくらいの馬鹿でかさだ。斬ると言うか、ぶった斬るとか、そんな表現が似合いそうな剣である。一目では人が扱えるとは思えない。
「どれくらい重いんだ?」
「山一つくらいだ」
「いやいや、流石に無いって」
「ばれたか、本当は城一つくらいだ」
「いやいや……」
「今回は嘘じゃないんだが……」
……嘘だと、信じたい。
「この剣の名は、『霊王剣・ヴァンダルギオン』……『八戒神器』の一つだ」
「『八戒神器』? なんだそりゃ」
「使い手の望みのままに、邪を祓い、時には天を割り神を貫くとまで言われる伝説の宝具だ」
「武器そのものが使い手を選ぶと言われ、武器が認めねば持つ事すら出来ん」
「世界に8つ存在するという、究極の武器だ」
「私も、全てを見た事は無いがな」
「伝説の勇者は、使ってた武器まで凄いんだなぁ……」
「ルーンはその剣で、あらゆる困難を越えてきたんだよ」
「時には山を斬り、城を斬り、島を斬り……」
「懐かしいねぇ、空を斬ったり、空間斬ったり……」
「海、とか、割ってた……地獄まで、斬り進んだり……」
「お願いだから常識とかルールまで斬らないで、俺の理解を超えすぎてるからっ!!」
本当に追いつけるのだろうか、そもそも人間だったのだろうか……どうしても信じられない。
「まぁこの話はひとまずここまでだ、見えてきたぞ」
唐突にセシルが前を向く、地平線に、目指していた国が浮かんでいた。
「あれがラベネ・ラグナ……盤世界最大の発展国で、全ての科学が集まる国……」
「そして……『黒曜霊派』が巣食う国……」
ドームのような物で覆われた国は、遠巻きでも分かるほど大きく、賑やかだ。アノールドやウィルダネスの国と比べると、機械的なイメージが強い。
「……不安か?」
セシルが挑発的な笑みを浮かべ、聞いてきた。
「……不安や困難を避けた先に、俺の夢はないんだ」
「そう言った物を越えた先に、見たい未来があるんだよ」
「今回だって、俺は俺の納得できる道を進むだけだ」
そう言って、クロノは走り出す。
「よしっ! 行くぞみんなっ!」
一人ではなく、仲間と共に。
「急ぐと転ぶよ? まったく……」
「えへへっ…… ゴーゴーッ!」
「太陽……まぶし……」
困難を、越える為に。
クロノは直感で分かっていた、目指しているあの国で、マークセージと同じくらいの困難が待っている事を。
コリエンテ大陸、最大の激戦が……待っている事を。
新章スタート! この章は長くなります!




