第九十三話 『嵐の前の、出発前夜』
ついこの前、打倒、『黒曜霊派』などとほざいていたクロノだったが、あの後すぐに意識を失った。二重接続が切れた瞬間、今まで感じた事のない疲労感が襲い掛かり、そのままダウンしてしまったのだ。
その直後、精霊学校の屋根から飛び降りてきたセシルによって、宿まで運ばれたらしいのを、後で聞かされた。
「情けないよなぁ……本当に……」
「仕方ないさ、単純に考えれば、普通の精霊技能の2倍疲れるんだしね」
「クロノ、まだ、下手だから……多分、10倍……くらい」
「燃費悪いねぇー、あははっ」
簡単に扱える物では無い、今の時点ではリスクが割にあっていない。こんな調子で『黒曜霊派』に勝てるのだろうか。
まぁその事は後に考えるとしよう、今のクロノには現状を何とかする必要がある。
「…………~~~っ!」
「クロノ、どうした? のぼせたのか?」
「いや、だってさ……」
クロノ達は今、露天風呂の中で話していた。エティルと契約後からなのだが、クロノは入浴も精霊と一緒だ。
「裸の付き合いは良い物だ、疲れも取れるしね」
「…………いや、そうだけども……」
アルディはともかく、エティルもティアラも姿形は普通に女の子だ。片や妖精サイズ、片や尾びれ付きとは言え、正直に言えばとても可愛らしい二人なのだ。クロノは未だに慣れれなかった。
「クロノ、顔、赤い」
「大丈、夫?」
普段身に纏っている羽衣のような物を取り払ったティアラが、顔を近づけてきた。
「……うぅ……」
「あれあれあれ~? にへへ~……クロノってば恥ずかしがってるの~?」
「恥ずかしがらない方がおかしいだろ……」
まだ17歳のクロノに、これは少しレベルが高すぎる。
「やーん! 初心だねぇ!」
「すっごく悪戯したくなるねぇ!」
「契約者をからかうのはよしなよ、まったく」
「むぅ~…………あっ! だったらこれならどう!?」
エティルが何かを思いついたように、湯船から飛び上がった(裸で)。
「久々だけど……とうっ!」
エティルが風に包まれた次の瞬間、そこには男の子のような姿に変わったエティルがいた。
「うおっ!?」
「どう? どう? 美男子バージョンのエティルちゃん!」
「意外なこのギャップにドキッとこない?」
来たら来たで、色々とまずい気がする。
「前にアルディ君が言った通り、精霊は性別の概念が薄いの」
「あたし達は一番楽な姿を取ってるだけで、いつもの姿は生まれた時の姿なんだよぉ」
「だからこんな感じで、姿を変えたりも出来るんだよぉ、凄いでしょ!」
「確かに凄いけど、サイズは変わらないんだな」
「一瞬くらいなら、クロノくらいになれるよ?」
「けどしんどいんだよね……シルフも妖精種に分類されるし、こればっかりはなぁ~……」
男の子の姿で湯船に浸かるエティル、何だか新鮮だ。
「けどやっぱり、エティルちゃんはこっちの方がいいや!」
そう思っていたのに、すぐにいつもの姿に戻ってしまった。
「クロノもぷりちーなエティルちゃんの方がいいもんね!」
「エティルはエティルだろ、お前がお前ならそれでいいよ」
「…………うわぁ、自覚ないなら凄いよぉ、クロノ……」
エティルの顔が僅かに赤くなった気がするが、クロノは気がつかない。
「アルディもティアラも、性別変えれるのか?」
「まぁ、精霊だしね」
「こんな具合になら変われるけど」
そう言うアルディの体が光り始めた、嫌な予感がする。次の瞬間、アルディはロングヘアの美少女に姿を変えていた。
「ふふっ、中々だろ?」
「馬鹿馬鹿馬鹿っ! ここでやる必要ないだろっ! それじゃ意味無いだろっ!」
「アルディ君が一番からかってるじゃーん!」
「まぁ契約者との戯れは必要だろう?」
言い方の問題では無い気もするが、アルディは茶色のロングヘアを靡かせながら笑っていた。
「ん~? 顔が赤いな、大丈夫かい?」
「いいから! もういいから! 戻っていいから!」
「あははっ! はいはいっと」
アルディを敵に回すと酷い目にあう、これは覚えておいたほうが良さそうだ。
「ティアラちゃんもレッツ性転換だよぉ!」
「疲れる、から、や」
「空気読もうよーっ!」
「エティが、それ、言うの?」
悪いが、クロノもそう思ってしまった。
「まぁ、ティアラのセンスじゃクロノは驚かないだろうしな」
「所詮お子様のセンスでは、自信が持てないのも仕方ないよ」
「むっ……カチン……」
アルディは本当に、口が上手いと思う。
「私だって、クロノ、ビックリ、させれる」
「エティも、アルも、驚く」
「ほぉ、だったら見せてごらんよ」
「むぅ……」
少し困った顔で考え込むティアラ、どんな姿になるか考えているのだろうか。
「あ、そうだ」
「…………目に物、見せる」
何か思いついたのだろうか、ティアラが水に包まれ、次の瞬間には少年のような姿のティアラがそこにいた。
「ぶはっ!?」
「ちょ、それっ!?」
「まぁ普通に男の子だな……ってどうしたんだ?」
エティルとアルディが同時に驚愕の顔に変わる、その顔を満足そうにティアラは見ていた。
「私の、勝ち、ふふふ」
「馬鹿! よりにもよってルーンの姿になるんじゃないっ!」
「反則反則っ! それは反則だよぉ!!」
ティアラに飛び掛る二人だが、ティアラは湯船を泳いで逃げ始める。他の人が居ないのが救いだろう、クロノはバシャバシャ暴れる精霊達を尻目に空を見上げた。
「今のが、ルーン・リボルトか……」
「俺と、あんまり歳変わらなかったんだな」
ほんの少し、ほんの少しだが……伝説の勇者の姿が見れて、良かったと思ってしまったクロノだった。
「あふぅ~、良いお風呂でしたぁ~……」
クロノの頭の上でほっこりしてるエティル、満足したなら何よりだ。
「途中からお湯の掛け合いになってたけどな……」
「クロノの緊張をほぐす為だよ、善意善意」
「アルディの蹴り上げたお湯は、普通に水撃レベルだったんだが……」
「訓練訓練、はははっ」
「……宿の人に、怒られた……」
「楽しかった、のに……」
白熱しすぎたせいか、途中で怒られてしまったのだ。
「他のお客さん居なかったとはいえ、やりすぎたな……」
止めるどころか一緒にはしゃいでいた為、クロノにも悪いところがある。こんな風に遊ぶのはローと一緒に居た頃以来な為、ついついやってしまった。
「……へへっ」
「クロノ、何考えてるのぉ?」
「ん? 心の声を聞かないのか?」
「聞こえないもん」
ティアラと契約後、クロノは自分の心を意識の底に沈める術を学んでいた。もう簡単には心の声を漏らしたりはしないのだ。
「幸せ、だなぁ……こいつ等と、会えて、良かったなぁ」
「そう、思ってる」
「えへへ~っ! 精霊冥利に尽きますなぁ~」
「気恥ずかしくもあるが、精霊として嬉しいね」
「ティアラーーーーーーーーっ!!」
「あぅあー」
どれだけ心を沈めても、まだティアラにはダダ漏れらしい。何の解決にもなってないのが現状だった。クロノは顔を真っ赤にしながら、ティアラの頭をグリグリしていた。
そんなこんなでクロノ達は、セシルの泊まっている部屋までやってきた。今後の話をしようと思ったのだ。
「セシルー? いるかー?」
「ん、いるぞ」
「今、良いか?」
「別に入ってもいいが、保障はしないぞ」
何の事かさっぱりだ、クロノは深く考えずに扉を開けた。部屋の中ではセシルが着替え中だった。
「え、ちょっ!?」
「ふむ、開けたか」
「別に私は構わんのだが、まぁあれだなお約束だしな」
次の瞬間、クロノはセシルの尻尾で引っ叩かれていた。理不尽である。
「着替え中ならそう言えよっ!!」
頬を赤くしたクロノが涙目で訴えるが、セシルは目を逸らしていた。
「まぁ良いだろう、損得一対一でチャラだ」
「んだよ、それ……」
相変わらずセシルは何を考えているか分からない、クロノは叩かれた頬を擦っていた。
「……二重接続、出来たのだな」
「……うん、みんなのおかげだ」
唐突に口を開くセシルだったが、その顔は真面目な物だ。クロノもそれを察し、セシルと向き合った。
「今回もずっと見てたんだろ? どうせさ」
「あぁ、ずっと見ていた」
「言わなくても大体予想は出来ているが、正直勝ち目は薄そうだぞ」
「それでも、許せない」
『黒曜霊派』の力は未知数だ、精霊を捕縛する特殊な技を使う事以外、謎が多い。そして、精霊使いのクロノにとっては、恐らく天敵とも言える存在かもしれないのだ。
「俺は夢の為に旅をしてる」
「その夢の道だけは、絶対に曲げたくない」
「ここで『黒曜霊派』を放置するのは、その道を曲げる事になるんだ」
「捕まってる精霊達を助けたい、絶対に放っておけない」
「あの人達みたいな被害者はもう、出したくないんだ」
ギリアムとの戦いから、既に一週間が過ぎていた。クロノは教師を辞めたギリアムから、幾つかの話を聞いていた。
『テメェに負けた俺は、道具としては終わりだ、結局使い捨てって訳だ』
『俺は利用されてた廃材って訳よ、お前が期待してる情報なんざ、殆ど持ってねぇ』
『『黒曜霊派』の上層部の事、殆ど知らねぇんだ』
『ただな、奴等の本部がどこにあるかは知ってるぜ、正確な場所じゃねぇけどな』
『発展都市・『ラベネ・ラグナ』……その裏に奴等はいる』
『本部に入る前、俺は変な術で意識を飛ばされたからなぁ』
『用意周到な奴等さ、正確な場所を知られない為だろうよ』
『だからそれしか知らねぇ、何人いるか、どれだけ強いか、そんなの知らねぇ』
『奴等は『ラベネ・ラグナ』にいる……話せる事はこれくらいだ』
『本当はこの仕事の後、このウンディーネを返却しねぇとダメだったんだがな』
『精霊学校はもう終わり、俺も失敗してガラクタだ』
『俺はもう繋がりを切られてるからな、もう俺から連絡は出来ねぇ』
『……面倒にならねぇ内に、姿を消すことにするさ』
『このクソうぜぇウンディーネを、どうにかしねぇとダメだしな……』
そう言って、ギリアムはどこかへ去って行った。何だかんだ言っても、そこまで話してくれたのだ。去り際、傍らのウンディーネが彼に寄り添っているのが見えた。ギリアム自身うざそうにしていたが、乱暴に振り払う事はなかった。
「確かに酷いことしてたけど、あいつ等だって元は被害者だ」
「根っこの所にいる、『黒曜霊派』を許すわけにはいかないんだ」
「…………はぁ」
「私は、貴様の旅に勝手について行っているだけだ」
「口出しはしない、貴様のやりたいようにやれ」
「どうせ、止めても無駄なのだしな」
「あぁ、止められてもやるさ!」
「元々『ラベネ・ラグナ』に行く予定だったし、丁度いいしね」
「エティルちゃん的には、今回はやる気十分だよぉ~!」
「ん、やる気、十分、眠い、けど」
「あはは……締まらないな……」
もう夜も遅い、ティアラは寝ぼけ眼でクロノの寄り掛かっていた。
「……今日はもう休め、出発は明日だ」
「うん、そうするよ」
「お休み、セシル」
「グッナーイッ!」
「じゃ、お休み」
「Zzz……」
クロノ達が部屋から出て行った後、セシルは窓の外を見つめる。
「ラベネ・ラグナ……か」
「……ここから西だったか」
ここから西の方角、何かを感じる。強大な、何かを。
「……道中、無事で済むとは思えんな」
「この段階では、早すぎるだろう……あのアホ鳥が……」
タイミングが悪すぎる、何故このタイミングで、「奴」がコリエンテ大陸に来ているのだろう。セシルは一人、歯噛みしていた。
ラベネ・ラグナ近辺では、少し前から暴風が警戒されていた。その風の動きから魔物の仕業だと思われ、十数人の勇者達が捜査に出ていた。
そして、その十数人の勇者が今、一体の鳥人種に敗北しようとしていた。もはやパーティーは半壊、殆どが意識を失い、戦意のある者はたった一人だ。
「くそっ! 化け物めっ!!」
「嫌ねぇ、それを承知で来たんでしょぉ?」
「化け物扱いで挑んで来た癖に、今更じゃない?」
「これだから、人間って大嫌いよ」
空を舞う鳥人種の女性、勇者は銃を構えるが、一瞬で視界が逆さまになった。
「なっ!? うわあああああっ!!」
勇者の男は逆さまの状態で、鳥人種に両足を掴まれていた。そのまま上空へ連れ去られてしまう。
「はなっ……離せっ!」
「離すと落ちちゃうわよ?」
「うふふっ、ねぇ? 気持ち良い事してあげよっか」
その言葉と同時、勇者の男は空中に投げ出された。
「ひっ……」
「まぁ、君がドMだったらの話、なんだけどね」
空中に放り出された男の体が、風に切り刻まれた。その風は目の前の鳥人種が高速で放った蹴りが生み出した鎌風だ。一瞬で血塗れになった男の体が、不自然なほど静かに地面に落下した。
「この程度で挑んでくるなんて、人間って馬鹿ねぇ」
「こっちはあんたらに構うくらい、暇を持て余してるだけだってのにぃ」
優雅に着地した鳥人種は、足元で痛みにもがいている勇者を蹴り飛ばした。
「くっ……あっ……」
「あたしの暇潰しに協力できるくらいになってから、勇者名乗れば?」
「まっ、無理だろうけどね」
「人間なんかが、あたしに追いつけるわけないもん、ね?」
そう言ってゆっくりとした動作で足を動かす鳥人種、その足の爪が月明かりで不気味に光る。瞬き一回分の時間で、その鳥人種の周囲に倒れている勇者が、血飛沫を上げて吹き飛んだ。
「何発蹴ったか分かった? 正解は78発よ」
「魔王直属最高戦力……四天王のシア=エウロスです、お見知りおきをってね」
「あー……意識無いか、情けないわねぇ」
場違いなほど桁外れな力が、クロノの道を遮ることになる。
『絶風』のシア=エウロス……彼女との遭遇が、クロノとある精霊の間に、溝を生むことになる。
風の行く末を、知る術は無い。
次回から新章です、絶風……襲来。




