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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第十三章 『エイムグルカの精霊学校』
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第九十三話 『嵐の前の、出発前夜』

 ついこの前、打倒、『黒曜霊派アビス・マーケット』などとほざいていたクロノだったが、あの後すぐに意識を失った。二重接続デュアルリンクが切れた瞬間、今まで感じた事のない疲労感が襲い掛かり、そのままダウンしてしまったのだ。



 その直後、精霊学校の屋根から飛び降りてきたセシルによって、宿まで運ばれたらしいのを、後で聞かされた。



「情けないよなぁ……本当に……」



「仕方ないさ、単純に考えれば、普通の精霊技能の2倍疲れるんだしね」



「クロノ、まだ、下手だから……多分、10倍……くらい」



「燃費悪いねぇー、あははっ」



 簡単に扱える物では無い、今の時点ではリスクが割にあっていない。こんな調子で『黒曜霊派アビス・マーケット』に勝てるのだろうか。



 まぁその事は後に考えるとしよう、今のクロノには現状を何とかする必要がある。



「…………~~~っ!」



「クロノ、どうした? のぼせたのか?」



「いや、だってさ……」



 クロノ達は今、露天風呂の中で話していた。エティルと契約後からなのだが、クロノは入浴も精霊と一緒だ。



「裸の付き合いは良い物だ、疲れも取れるしね」



「…………いや、そうだけども……」



 アルディはともかく、エティルもティアラも姿形は普通に女の子だ。片や妖精サイズ、片や尾びれ付きとは言え、正直に言えばとても可愛らしい二人なのだ。クロノは未だに慣れれなかった。



「クロノ、顔、赤い」


「大丈、夫?」



 普段身に纏っている羽衣のような物を取り払ったティアラが、顔を近づけてきた。



「……うぅ……」



「あれあれあれ~? にへへ~……クロノってば恥ずかしがってるの~?」



「恥ずかしがらない方がおかしいだろ……」



 まだ17歳のクロノに、これは少しレベルが高すぎる。



「やーん! 初心うぶだねぇ!」

「すっごく悪戯したくなるねぇ!」



「契約者をからかうのはよしなよ、まったく」



「むぅ~…………あっ! だったらこれならどう!?」



 エティルが何かを思いついたように、湯船から飛び上がった(裸で)。



「久々だけど……とうっ!」



 エティルが風に包まれた次の瞬間、そこには男の子のような姿に変わったエティルがいた。



「うおっ!?」



「どう? どう? 美男子バージョンのエティルちゃん!」

「意外なこのギャップにドキッとこない?」



 来たら来たで、色々とまずい気がする。



「前にアルディ君が言った通り、精霊は性別の概念が薄いの」

「あたし達は一番楽な姿を取ってるだけで、いつもの姿は生まれた時の姿なんだよぉ」



「だからこんな感じで、姿を変えたりも出来るんだよぉ、凄いでしょ!」




「確かに凄いけど、サイズは変わらないんだな」




「一瞬くらいなら、クロノくらいになれるよ?」

「けどしんどいんだよね……シルフも妖精種フェアリーに分類されるし、こればっかりはなぁ~……」



 男の子の姿で湯船に浸かるエティル、何だか新鮮だ。



「けどやっぱり、エティルちゃんはこっちの方がいいや!」



 そう思っていたのに、すぐにいつもの姿に戻ってしまった。



「クロノもぷりちーなエティルちゃんの方がいいもんね!」



「エティルはエティルだろ、お前がお前ならそれでいいよ」



「…………うわぁ、自覚ないなら凄いよぉ、クロノ……」



 エティルの顔が僅かに赤くなった気がするが、クロノは気がつかない。



「アルディもティアラも、性別変えれるのか?」



「まぁ、精霊だしね」

「こんな具合になら変われるけど」



 そう言うアルディの体が光り始めた、嫌な予感がする。次の瞬間、アルディはロングヘアの美少女に姿を変えていた。



「ふふっ、中々だろ?」



「馬鹿馬鹿馬鹿っ! ここでやる必要ないだろっ! それじゃ意味無いだろっ!」



「アルディ君が一番からかってるじゃーん!」



「まぁ契約者との戯れは必要だろう?」



 言い方の問題では無い気もするが、アルディは茶色のロングヘアを靡かせながら笑っていた。



「ん~? 顔が赤いな、大丈夫かい?」



「いいから! もういいから! 戻っていいから!」



「あははっ! はいはいっと」



 アルディを敵に回すと酷い目にあう、これは覚えておいたほうが良さそうだ。



「ティアラちゃんもレッツ性転換だよぉ!」



「疲れる、から、や」



「空気読もうよーっ!」



「エティが、それ、言うの?」



 悪いが、クロノもそう思ってしまった。



「まぁ、ティアラのセンスじゃクロノは驚かないだろうしな」

「所詮お子様のセンスでは、自信が持てないのも仕方ないよ」



「むっ……カチン……」



 アルディは本当に、口が上手いと思う。



「私だって、クロノ、ビックリ、させれる」

「エティも、アルも、驚く」



「ほぉ、だったら見せてごらんよ」



「むぅ……」



 少し困った顔で考え込むティアラ、どんな姿になるか考えているのだろうか。



「あ、そうだ」



「…………目に物、見せる」



 何か思いついたのだろうか、ティアラが水に包まれ、次の瞬間には少年のような姿のティアラがそこにいた。



「ぶはっ!?」



「ちょ、それっ!?」



「まぁ普通に男の子だな……ってどうしたんだ?」



 エティルとアルディが同時に驚愕の顔に変わる、その顔を満足そうにティアラは見ていた。



「私の、勝ち、ふふふ」



「馬鹿! よりにもよってルーンの姿になるんじゃないっ!」



「反則反則っ! それは反則だよぉ!!」



 ティアラに飛び掛る二人だが、ティアラは湯船を泳いで逃げ始める。他の人が居ないのが救いだろう、クロノはバシャバシャ暴れる精霊達を尻目に空を見上げた。



「今のが、ルーン・リボルトか……」



「俺と、あんまり歳変わらなかったんだな」



 ほんの少し、ほんの少しだが……伝説の勇者の姿が見れて、良かったと思ってしまったクロノだった。




















「あふぅ~、良いお風呂でしたぁ~……」



 クロノの頭の上でほっこりしてるエティル、満足したなら何よりだ。



「途中からお湯の掛け合いになってたけどな……」



「クロノの緊張をほぐす為だよ、善意善意」



「アルディの蹴り上げたお湯は、普通に水撃レベルだったんだが……」



「訓練訓練、はははっ」



「……宿の人に、怒られた……」

「楽しかった、のに……」



 白熱しすぎたせいか、途中で怒られてしまったのだ。




「他のお客さん居なかったとはいえ、やりすぎたな……」




 止めるどころか一緒にはしゃいでいた為、クロノにも悪いところがある。こんな風に遊ぶのはローと一緒に居た頃以来な為、ついついやってしまった。



「……へへっ」



「クロノ、何考えてるのぉ?」



「ん? 心の声を聞かないのか?」



「聞こえないもん」



 ティアラと契約後、クロノは自分の心を意識の底に沈める術を学んでいた。もう簡単には心の声を漏らしたりはしないのだ。



「幸せ、だなぁ……こいつ等と、会えて、良かったなぁ」

「そう、思ってる」



「えへへ~っ! 精霊冥利に尽きますなぁ~」



「気恥ずかしくもあるが、精霊として嬉しいね」



「ティアラーーーーーーーーっ!!」



「あぅあー」



 どれだけ心を沈めても、まだティアラにはダダ漏れらしい。何の解決にもなってないのが現状だった。クロノは顔を真っ赤にしながら、ティアラの頭をグリグリしていた。



 そんなこんなでクロノ達は、セシルの泊まっている部屋までやってきた。今後の話をしようと思ったのだ。



「セシルー? いるかー?」



「ん、いるぞ」



「今、良いか?」



「別に入ってもいいが、保障はしないぞ」



 何の事かさっぱりだ、クロノは深く考えずに扉を開けた。部屋の中ではセシルが着替え中だった。



「え、ちょっ!?」



「ふむ、開けたか」

「別に私は構わんのだが、まぁあれだなお約束だしな」



 次の瞬間、クロノはセシルの尻尾で引っ叩かれていた。理不尽である。




「着替え中ならそう言えよっ!!」




 頬を赤くしたクロノが涙目で訴えるが、セシルは目を逸らしていた。



「まぁ良いだろう、損得一対一でチャラだ」



「んだよ、それ……」



 相変わらずセシルは何を考えているか分からない、クロノは叩かれた頬を擦っていた。



「……二重接続デュアルリンク、出来たのだな」



「……うん、みんなのおかげだ」



 唐突に口を開くセシルだったが、その顔は真面目な物だ。クロノもそれを察し、セシルと向き合った。



「今回もずっと見てたんだろ? どうせさ」



「あぁ、ずっと見ていた」

「言わなくても大体予想は出来ているが、正直勝ち目は薄そうだぞ」




「それでも、許せない」




 『黒曜霊派アビス・マーケット』の力は未知数だ、精霊を捕縛する特殊な技を使う事以外、謎が多い。そして、精霊使いのクロノにとっては、恐らく天敵とも言える存在かもしれないのだ。



「俺は夢の為に旅をしてる」

「その夢の道だけは、絶対に曲げたくない」



「ここで『黒曜霊派アビス・マーケット』を放置するのは、その道を曲げる事になるんだ」

「捕まってる精霊達を助けたい、絶対に放っておけない」




「あの人達みたいな被害者はもう、出したくないんだ」




 ギリアムとの戦いから、既に一週間が過ぎていた。クロノは教師を辞めたギリアムから、幾つかの話を聞いていた。



『テメェに負けた俺は、道具としては終わりだ、結局使い捨てって訳だ』

『俺は利用されてた廃材って訳よ、お前が期待してる情報なんざ、殆ど持ってねぇ』



『『黒曜霊派アビス・マーケット』の上層部の事、殆ど知らねぇんだ』

『ただな、奴等の本部がどこにあるかは知ってるぜ、正確な場所じゃねぇけどな』



『発展都市・『ラベネ・ラグナ』……その裏に奴等はいる』

『本部に入る前、俺は変な術で意識を飛ばされたからなぁ』



『用意周到な奴等さ、正確な場所を知られない為だろうよ』

『だからそれしか知らねぇ、何人いるか、どれだけ強いか、そんなの知らねぇ』



『奴等は『ラベネ・ラグナ』にいる……話せる事はこれくらいだ』

『本当はこの仕事の後、このウンディーネを返却しねぇとダメだったんだがな』



『精霊学校はもう終わり、俺も失敗してガラクタだ』

『俺はもう繋がりを切られてるからな、もう俺から連絡は出来ねぇ』



『……面倒にならねぇ内に、姿を消すことにするさ』

『このクソうぜぇウンディーネを、どうにかしねぇとダメだしな……』



 そう言って、ギリアムはどこかへ去って行った。何だかんだ言っても、そこまで話してくれたのだ。去り際、傍らのウンディーネが彼に寄り添っているのが見えた。ギリアム自身うざそうにしていたが、乱暴に振り払う事はなかった。



「確かに酷いことしてたけど、あいつ等だって元は被害者だ」

「根っこの所にいる、『黒曜霊派アビス・マーケット』を許すわけにはいかないんだ」




「…………はぁ」

「私は、貴様の旅に勝手について行っているだけだ」



「口出しはしない、貴様のやりたいようにやれ」

「どうせ、止めても無駄なのだしな」




「あぁ、止められてもやるさ!」



「元々『ラベネ・ラグナ』に行く予定だったし、丁度いいしね」



「エティルちゃん的には、今回はやる気十分だよぉ~!」



「ん、やる気、十分、眠い、けど」



「あはは……締まらないな……」



 もう夜も遅い、ティアラは寝ぼけ眼でクロノの寄り掛かっていた。



「……今日はもう休め、出発は明日だ」




「うん、そうするよ」

「お休み、セシル」



「グッナーイッ!」



「じゃ、お休み」



「Zzz……」



 クロノ達が部屋から出て行った後、セシルは窓の外を見つめる。



「ラベネ・ラグナ……か」



「……ここから西だったか」



 ここから西の方角、何かを感じる。強大な、何かを。



「……道中、無事で済むとは思えんな」



「この段階では、早すぎるだろう……あのアホ鳥が……」



 タイミングが悪すぎる、何故このタイミングで、「奴」がコリエンテ大陸に来ているのだろう。セシルは一人、歯噛みしていた。
























 ラベネ・ラグナ近辺では、少し前から暴風が警戒されていた。その風の動きから魔物の仕業だと思われ、十数人の勇者達が捜査に出ていた。




 そして、その十数人の勇者が今、一体の鳥人種ハーピーに敗北しようとしていた。もはやパーティーは半壊、殆どが意識を失い、戦意のある者はたった一人だ。




「くそっ! 化け物めっ!!」




「嫌ねぇ、それを承知で来たんでしょぉ?」

「化け物扱いで挑んで来た癖に、今更じゃない?」




「これだから、人間って大嫌いよ」




 空を舞う鳥人種ハーピーの女性、勇者は銃を構えるが、一瞬で視界が逆さまになった。




「なっ!? うわあああああっ!!」




 勇者の男は逆さまの状態で、鳥人種ハーピーに両足を掴まれていた。そのまま上空へ連れ去られてしまう。




「はなっ……離せっ!」




「離すと落ちちゃうわよ?」

「うふふっ、ねぇ? 気持ち良い事してあげよっか」




 その言葉と同時、勇者の男は空中に投げ出された。




「ひっ……」




「まぁ、君がドMだったらの話、なんだけどね」




 空中に放り出された男の体が、風に切り刻まれた。その風は目の前の鳥人種ハーピーが高速で放った蹴りが生み出した鎌風だ。一瞬で血塗れになった男の体が、不自然なほど静かに地面に落下した。



「この程度で挑んでくるなんて、人間って馬鹿ねぇ」



「こっちはあんたらに構うくらい、暇を持て余してるだけだってのにぃ」



 優雅に着地した鳥人種ハーピーは、足元で痛みにもがいている勇者を蹴り飛ばした。



「くっ……あっ……」




「あたしの暇潰しに協力できるくらいになってから、勇者名乗れば?」

「まっ、無理だろうけどね」




「人間なんかが、あたしに追いつけるわけないもん、ね?」




 そう言ってゆっくりとした動作で足を動かす鳥人種ハーピー、その足の爪が月明かりで不気味に光る。瞬き一回分の時間で、その鳥人種ハーピーの周囲に倒れている勇者が、血飛沫を上げて吹き飛んだ。



「何発蹴ったか分かった? 正解は78発よ」




「魔王直属最高戦力……四天王のシア=エウロスです、お見知りおきをってね」




「あー……意識無いか、情けないわねぇ」



 場違いなほど桁外れな力が、クロノの道を遮ることになる。



 『絶風』のシア=エウロス……彼女との遭遇が、クロノとある精霊の間に、溝を生むことになる。



 風の行く末を、知る術は無い。



次回から新章です、絶風……襲来。

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