第九話 『勇者の手伝い』
「あの、すいません!」
荷馬車の周りに立つ4人の男達、その内の一人にクロノは声をかける。
背中に剣を背負っている所を見ると護衛だろうか、軽装の男はクロノに気が付いた。
「ん、君は? こんなところで何をしている?」
男がそう言うと、他の3人もクロノのほうを向く。
「えと、俺は旅の者で……エルフに……」
何て切り出せばいいのか、クロノは悩む、不信感を抱かれれば話を聞くのは難しくなる、しかしクロノはこう言った場面で口がうまいほうではなかった。
だが、男はクロノの『エルフ』と言う単語に反応する。
「君は、エルフと意志の疎通を?」
その言葉にクロノは顔を輝かせる、やはりこの人達はエルフと何かしらの関係がある人間なのだ。
「あ、貴方達もですかっ!?」
そう顔を上げたクロノは、軽装の男の鎧に『勇者の証』が刻まれている事に気が付いた。
「貴方は、勇者様でしたか……」
急に緊張する、そして自分には二度となれない存在に少し複雑な感情も抱く、だが、勇者はやはりクロノの憧れで有り、その勇者の一人が他種族と交流をしているのかも知れない可能性にクロノは興奮した。
「やめてくれよ、勇者様なんて……勇者自体珍しいモノじゃないだろう?」
男はそう言って頭を掻く、確かに勇者は実際珍しいモノではない。
現在旅人の90%が勇者の称号を持つ者と言われるほどである、クロノのような『一般人』の旅人のほうがよっぽど珍しい。
「それに勇者らしいことなんて、してないからね」
そう言って男は荷馬車を見る、やはり荷馬車の護衛を任されたのだろうか。
「荷馬車の護衛ですか? でも何故エルフの森に荷馬車を……」
「やっぱり勇者様は、エルフと繋がりが!?」
クロノは顔を輝かせる。
後方で話を聞いていた、体格のいい男が勇者様に耳打ちした、勇者様は『良い、任せろ』とだけ言っていたがクロノに意味は分からない。
「繋がりか、確かに有ると言えばあるかもね……」
「と言うか、君は普通の旅人のようだが……」
勇者様はクロノの身なりからそう続ける、そして少し警戒した、確かにクロノは他人から見ればどこからどう見ても一般人の旅人だ、そんな少年が街道から外れた森に何の用があるのか、警戒されても不思議は無い。
「あ、えと……怪しい者じゃないです!」
「俺、エルフと話がしたくて……」
慌てて言葉を繋ぐが、その言葉がまずおかしいことにクロノは気が付かない。
「一般人が、エルフと話を……ねぇ……?」
勇者様の目が細まる、他の3人も怪しんでクロノを見ていた。
普通の者なら旅に出ることさえ珍しいのだ、それに加えて『他の種族に用がある』なんて、不自然すぎると捉えるのがこの世界では『普通』だった。
人が他の種族に持つのは一般的には『不信感』や『敵対心』といった警戒だ、相容れない存在として、種族同士の間には壁があった。
特に『人類』は他の種族と比べると圧倒的に弱い、生存競争や領土の問題で追い詰められているのが現実である。
(また、やっちゃった……)
クロノは自分の愚かさを心の中で嘆いた、自分の考え方は『普通』とは違うのだ、勇者でもない一般人が、他の種族との繋がりが有るとすればだ。
一般的に一番可能性があるのは、他種族に利用されている者、つまり『スパイ』扱いだ。
エルフ族に利用され、人類にスパイとして潜り込んでいる少年、自分は今そう疑われていると、クロノは察する。
「ち、違います! 俺はただ、エルフとコンタクトが取りたいんです!」
クロノは慌てて否定する、勇者にはそういった怪しい者を捕らえる権利もあるのだ。
「一般人がどうして他の種族とコンタクトを取る必要が有るのかな?」
勇者様の目は笑ってなかった、確実に怪しんでいる、クロノは思考がパンクしそうだった。
「お、俺は! 他の種族との共存を望んでます!」
偽らない、それがクロノの取った策だった。
「だから、エルフとコンタクトを取りたいんです!」
「だから、エルフと繋がりが有りそうな勇者様のお力をお借りしようと!」
洗いざらい、自分の考えを吐き出すクロノ・・・その姿は間違いなく『変人』だ。
「…………」
勇者様の目線は冷たいものだった、最悪ここでクロノの旅は終わるかも知れない、勇者様は少し考えた後……。
「嘘はないかい?」
「無いです! 誓います!」
事実、嘘は言っていない。
ふぅーと息を吐く勇者様は、続けてクロノに告げた。
「僕はね、数日前にとあるエルフに出会ったんだ」
「そのエルフは、勇者である僕にあろうことか一つの頼み事をしてきた」
クロノは黙って聞いていた、閉鎖的なエルフが勇者に頼み事をすると言う奇妙な話に釘付けだったのだ。
「そのエルフは若いエルフでね、外の世界に興味があると話していたよ」
「長い寿命を森の中だけで過ごすことに疑問を感じていると……そう言った」
エルフは他の種族の中でも長寿だ、500年は軽く生きる、確かにその命尽きるまで森の中だけで生きる、というのはクロノには想像するだけで眩暈がした。
「だから、外を知りたいと……訴えてきた」
「勇者である僕にそう言ってきたのを見ると、相当固い意思だ」
「だから、手を貸してやることにしたのさ」
そう言って、荷馬車に目をやる。
クロノは興奮していた、エルフが外を知りたいと、外との繋がりを求めている事実が嬉しかった、それと同時に、その願いを叶えようとしている目の前の勇者様が光り輝いて見えた。
その瞬間、森から何かが飛び出し、クロノの背後に着地する。
「リーガル様、遅れて申し訳ないです」
エルフの女の子が勇者様に向かって、そう言った。
「大丈夫だよ、それより同胞にばれてないね?」
勇者様がそう答える、このエルフの子が勇者様の言った子なのだろう。
「はい!間違いなく一人です、オンリーです!」
何か妙なテンションだが、少女は笑顔でそう言った。
長く尖ったエルフ族特有の耳、腰まで伸びる髪は、森を溶かしたかのような緑色、その瞳も翡翠のように緑色に染まっていた。
クロノは(可愛い子だなぁ……)と正直見惚れていた。
そんなクロノに気がつき、少女はニコッと笑いかける。
エルフ族には敵意の篭った目しか向けられていなかったクロノは嬉しくて泣きそうになる。
「よし、なら頼むよ」
「イエッサー!」
エルフの少女は荷馬車から袋を取り出し、それを森に運び込んでいった、結構大きな袋だと言うのに、軽々担いで木の枝に飛び乗って行った。
「あの袋は?」
クロノは勇者様に問いかける、どうやら荷馬車には同じような袋が幾つも積まれているようだ。
「あぁ、魔法の粉だよ」
「人と仲良くなれる、きっかけをくれる魔法の粉だ」
勇者様はそう言った、クロノはそんな夢みたいな物があるのかと疑問に思ったが。
「それより、君は他の種族との共存とか言ってたね?」
勇者様にその思考を遮られる。
「あ、はい! 馬鹿な夢かと思われても……絶対に成し遂げてみせます」
クロノははっきりと言う、どれだけ『普通』と違ってもこれが自分の夢であり、理想なのだ。
「なら、君に手伝って貰いたいんだ」
勇者様は笑顔で、クロノに手を差し出す。
「君の夢にとっても、この行いは大きな一歩になる……違うかい?」
違いなど無い、エルフと人の交流の第一歩だ、その手伝いが出来るなんて、まさに夢のようだった。
「は、はい! 光栄です! 是非手伝わせてください!」
クロノはその提案に乗り、その手を取る。
「そうか、ありがとう」
憧れていた勇者様のお手伝いが出来るのだ、旅に出て正解だったと、クロノは内心お祭り状態だ。
「僕はリーガル・ライアン 君は?」
「クロノ・シェバルツです!」
握手する手に自然と力が入る、クロノは興奮を抑え切れなかった。
「よし……クロノ君、僕の話を良く聞くんだ」
リーガルの話を聞いてる間、エルフの少女は荷馬車から袋を森の中に運び続けていた、話を聞き終わり、クロノはリーガルの指示通りに動き出した。
「分かりました、任せてください!」
そう言って走り出すクロノの背中を見つめながら、リーガルは薄く笑う。
「いいのかよ? あんなガキに話して」
先ほどリーガルに耳打ちした体格のいい男が、口を開く。
いいんだよ、とリーガルは荷馬車の袋が全て運び終わっている事を確認する。
「共存、ね」
荷馬車を移動させるよう指示を出しながら、リーガルは呟く。
「丁度いいじゃないか、利用させてもらおう」
そう言って勇者はその場を離れた、男達4人は各々が笑みを浮かべていた……。
前回の最後で格好良い事言ってましたが、クロノが格好つけれるのはまだ先です(笑)