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三語のおもちゃばこ2

作者: 和泉あかね

ユーカリ ミノタウロス シュープリーム

  世界恐慌のその後(の人間模様とか)を描いてください。


「至高の愛の終わり」


 Supreme Love And…と指輪の内側には刻印さていました。シュープリームって? と聞くとあなたは意地悪そうに「君にとって、僕の愛はどんなものなの?」 なんて逆に質問をした後に、照れくさそうに「至高」って意味だよ、と教えてくれました。

「至高の愛、そして…」そしての続きはなに? 

 世界恐慌の後に訪れたのは全てを焼き尽くす第三次世界大戦。どこが敵でどこが味方か、分からないままに、わたしの住む小さな島国もその戦禍に巻き込まれて、指輪の贈り主である愛する人も指輪を残して空へ消えてしまいました。

「ミノタウロスは、人ではなく、獣でもなかった。悲しいくらいに、何者でもなかったんだな」

 画集で「ミノタウロスを倒すテセウス」という作品を見たあなたは、そっと呟きました。意味のよく分からなかったわたしは、だた曖昧に頷きました。

 真っ赤な紙が、あなたの元に届いたのは、そんな会話の三か月後でした。召集命令、わたしはその紙の赤を今でもよく覚えています。燃えるような、赤でした。

「ユーカリは、山火事の後にバーっと雨が降ると一斉に芽を出すんだ。焼けて、何もなくなった砂漠のような地に新しい芽をしっかりと根付かせるんだ。強いよね。由香里はユーカリと似ている名前だから、きっと強く生きられるよ」

 紙を右手でひらひらさせながら、あなたは悲しそうに言いました。わたしは、涙でむせて返事ができませんでした。

「ぼくは、きっと戦場でミノタウロスになってしまうんだ。だから、待っていてはいけないよ」

 あの日の会話が、最後になりました。赤紙が届いてからあなたは出征するまで、一切私との連絡をたってしまったのでした。あれは、あなたの優しさだったのでしょうか、それとも弱さだったのでしょうか?

 あっけないほどのスピードで大戦は終焉を迎えました。住む町は、ほぼ壊滅し、残された瓦礫の山からは煙があがっていました。

―ユーカリは、こんな地でも芽を出すのでしょうか―

 あなたから贈られた指輪にそっと訊ねました。もちろん、返事は聞こえるわけもなく、それでも薬指のヒンヤリとした感触が、わたしに降り注ぐ雨のように心地よく、あなたからのメッセージのように感じました。


 株価の暴落から始まった世界大戦は、多くの犠牲を払いました。永遠にあなたはわたしのところに戻ってこない。

 涙も枯れました。でも、それはわたしだけではなく、多くの人々が愛する人と別れたのです。

「至高の愛、そして・・・」

そして…の続きをわたしが決めてもいいのなら、エターナルと刻みましょう。

 再び、きっと同じ時代に同じ時を生き、愛し合うものとして、再び必ず会えるのだと、永遠の愛を誓い指輪を焼け野原に埋めました。



お題「冷奴」「トーテムポール」「プラズマ」


「プラズマ布団」


 その店は俺の住む公団の脇の空き店舗にオープンした。

「グーッ!っとヘルシングー!本舗(仮)」

 A4サイズの紙に、一文字一文字緑色で印字され、ガムテープで少し不揃いに貼られている。

 店構えは安っぽいが、新聞に入っている折込チラシはフルカラーで「地域の皆様こんにちは!百歳まで!ずっと!健康!」とビックリマークが乱用されたメッセージと、「目玉!健康冷奴3丁で100円持ってけどろ!」と赤い字で印字された商品広告。どろ!はどろぼー!なのだろうが、100円払うのだから、どろ、でも泥棒でもない。

 そんなことを考えながら、店舗の引き戸を開けた。

 店には、誰もいない。

「すいません」三回ほど呼ぶと、裏のドアを開けて、寝起きのような風貌の中年男性がやって来た。

「うちはね、説明会に参加してもらう店なんで、また二時間後に来てくれませんか」

「いや、ぼくは豆腐を買いに・・・・・・」

「ですから、ヘルシング講座に来てもらわないと」

 押し問答をしている間に、老夫婦が入ってきてしまった。身奇麗な上品そうな夫婦だ。奥様の指にはギラギラとダイヤが光っている。

「・・・・・・まぁ、三人になりましたので?特別に講座を開催します」

 どうぞ、と勧められてパイプイスに腰をかけた。ホワイトボードには見たこともない記号が書かれ、「オーロラ」「宇宙」「パワー」「建康」とカラフルに書かれている。でも、健康の二文字を間違えるあたり、かなり怪しい。

 そのボードの両脇にはトーテムポールが立っている。

 よく見ると、上から、日光の三猿をイメージしたようなポーズ「見トーテム」「言わトーテム」「聞かトーテム」になっている。

 俺は、100円玉を右手に握り締めたまま、仕方なく講座を聞くことになった。

 話の意味が全然分からない。

「・・・・・・であるからにして、宇宙を構成するものの99パーセント、それはプラズマなのです!みなさん一度はテレビで、(え?あなたのお家はプラズマテレビ!それはすばらしい!)で、見たことがありますでしょ。オーロラ、あれはプラズマの正体なのです!」

 老夫婦の激しい相槌にも受け答えしながら、話は続き

「ですから、この新製品『プラズマ布団』で眠れば、健康と長寿がお約束されるわけで御座います」

 結局、羽毛布団のインチキ販売か。しかも、今目の前にある布団の模様は・・・・・・深夜のテレビショッピングで19,800円で売っているのを見たことがある。

「本当に、命もお金で買える時代ですわね」

「うむ、おいくらですかな」

「ご夫婦でお使いでしたら、ペアペア割引が適用されまして~」

 電卓をはじき、老夫婦に提示する。覗き込んだ俺は驚いた。715,050円!「長生き、ゴーゴー!価格でございます」

 バカバカしくて、やってられない。思わずパイプイスを蹴っ飛ばして俺は「豆腐!」と叫んだ。男は、

「はい。100円になります。ここで見聞きしたことは、何卒、こちらのほうで」 とトーテムポールを指差した。

「お友達を紹介いただきますと、ご招待価格というのも御座いますので」

 そそくさと100円を受け取ると、布団を熱心に揉んだり引っ張ったりしている老夫婦の元に、跳ねるようにして戻っていった。

 買うのだろうか、プラズマ布団。儲かるのだろうか、プラズマ布団。俺は来た道を引き返し、店舗に戻った。口の軽さなら自信がある。裏口をノックし、従業員募集の予定の有無を確認した。




お題は「マグカップ」「温室」「傘」



 結婚記念に貰ったマグカップが、割れてしまった。

もう10年も使い続けたウエッジウッドのワイルドストロベリー。

直哉は、このマグカップの絵を見るたびに「君はいいね。この苺みたいに温室育ちだよ。専業主婦でいられるんだから」と言った。

私は「ワイルドでしょ?それに専業主婦だって、いろいろあるのよ。温室じゃないわ」と答えるのだが、そんな声に直哉は耳を貸さない。


割れたマグカップを直哉に見せながら

「私に合ったカップを買ってきてちょうだい」と強請ってみた。

「いくらでも時間があるんだから、自分で買いに行きなさいよ」

 直哉は読んでいる雑誌から目を離さない。

「お願い。あなたが私に選んだものを使いたいのよ」


 直哉がカップを買ってきたのは、その会話から一か月後のことだ。

 幾何学模様の描かれた、大きくて、重たいカップ。ナミナミと紅茶を入れて持ち上げると、人差し指が痛くなってしまう。

「どうしてこれを選んだの?」

「たくさん入れば楽だろう?大は小を兼ねるから」

「私に合う?」

 直哉はテレビのリモコン手に、しきりにチャンネルを変えている。

「シーエムは見るだけ時間の無駄だよな」

 私は、悲しい気分で大きなマグカップに紅茶を淹れてたっぷりミルクを注いだ。 言葉が通じないのかしら、と思う。

 そして、赤い傘を思い出す。

 直哉と付き合って初めて貰ったプレゼントは赤い傘だった。デートの途中で急に降り出した雨。ビニール傘でいいと言ったのに、彼はデパートの売場に行き、何本も開いては閉じを繰り返し、一本選んだ。


 赤に黒ユリの描かれた傘、持ち手がまっ黒で、うんと太い。

 私の眼にはグロテスクにすら映るその商品を、さっさとレジへ持ってゆくと、その場で値札を切ってもらい、差し出してくれた。


 「とても小さい手だね」初めて私の手を握ったときに直哉はそ言った。それなのに私の手には全く馴染まない、大きな持ち手の傘を選んだのだ。

 あの頃から、直哉と私は言葉が通じていなかったのかもしれない。

「わたし、いつでも語学留学している気分だわ」

 そう言いながら直哉の顔を見ると、直哉は「そうか」と呟いた。

「おかしいわよ」と言っても、返事がない。

 私は繰り返す。「そうか、なんて答え、可笑しいわよ?」

「うん。そうか」

 カップを支える人差し指がほんのり赤く染まった。

 少しでも軽くしたくて、一気に紅茶を飲みほした。


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