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踊る電柱  作者:
桜姫
5/21

 次の日曜日にあった部落(僕の村では、地域の最小単位をこう呼んでいる。差別的な意味合いで使われているのではない)の草刈り活動にも、僕は田代家代表として参加した。道端や用水の岸の雑草を刈る作業なのだが、これも寄り合いと同じく一家族から一人が招聘されるのだ。

 そこで僕は、先週将棋を指した松田老人に話しかけた。

「松田さん、将棋お強いですね。ぜひまたご教授願いたいものです」

「いやいや、坊主も中々だったよ。ただ、初手の7六歩なんかは惜しかったね」

 松田老人はよほど将棋が好きなのか、はたまた若者と話すのが好きなのか、日焼けと共に刻まれた笑い皺を深くした。僕もこんな風に笑える老人になりたいものだと、一瞬目的を忘れて思う。

「父に習った定石なのですが」

 僕が父と将棋を指したのは十年以上前で、しかも遊び半分だったのだが、そこまでは言わないでおく。松田老人は手にした鎌で雑草を刈りながら、再び笑った。

「大駒落ちだったんじゃないか?」

「……それどころか、いつも六枚落ちでしたよ」

 これだけのハンデをつけてもらったのに、一度も勝てなかった。微妙に情けなくなってきた。

「はは、坊主の親父さんは良い棋士だな」

 僕は引き抜いた草をバケツに投げたのだが、草はバケツからかなり逸れた方向に飛んで行った。それを拾いに立ち上がった時に、本題を思い出したので言う。

「そういえば松田さん、例の桜を見に行ったんですけどね。美しいものでしたよ」

 何気なく言うよう心がけたつもりだが、松田老人はまた、遠い眼をした。狙い通りの反応だった。

「……坊主、少し年寄りの昔話に付き合わないか」

「構いませんよ」

 草刈り鎌を手際良く操りつつ、松田老人は七十年前、やはりあの桜が狂い咲いた時の出来事を語り始めた。


 そして、その日の宵。

「昌、分かったの?」

「おそらく」

 スコップを片手に、僕と姉は桜の下を訪れていた。この近くに電柱はないので、くねくね邪魔されることはない。

「姉さんは下がっていてください」

 掘り始めたのは、着物の少女が指した場所。木の根に阻まれ地面は堅いが、スコップの鋭利な先端で切り進む。この木はもう、百年近くここに立ち続けているのだ。多少のことでは枯れまい。

 僕はあまり肉体労働向きではないから、目的の物を発見するまでに、三十分ほどかかった。その間、姉はずっと固唾を飲んで見守っていた。

 根を切るざくりではなく、硬質なものを削る、がりっ。僕はスコップを置き、今度は手で土を払った。

「あの子が見つけてほしかったのは、これだ」

 姉に説明すると、唐突に視界がにじんだ。予想と寸分違(たが)わぬ、しかし希望からは大きく外れた結末だった。

 手渡すことなどできるはずがない。これは、明らかに人間の、古い白骨なのだ。

 姉も息を呑んだ。

「……桜に喰われたの?」

「いや、違う」

 桜の古木は誰も喰らってなどいない。ただ百年もの間、ここに在っただけだ。

「桜は、このことを教えたかっただけだ。『男が娘を殺した』と」

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