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次の日曜日にあった部落(僕の村では、地域の最小単位をこう呼んでいる。差別的な意味合いで使われているのではない)の草刈り活動にも、僕は田代家代表として参加した。道端や用水の岸の雑草を刈る作業なのだが、これも寄り合いと同じく一家族から一人が招聘されるのだ。
そこで僕は、先週将棋を指した松田老人に話しかけた。
「松田さん、将棋お強いですね。ぜひまたご教授願いたいものです」
「いやいや、坊主も中々だったよ。ただ、初手の7六歩なんかは惜しかったね」
松田老人はよほど将棋が好きなのか、はたまた若者と話すのが好きなのか、日焼けと共に刻まれた笑い皺を深くした。僕もこんな風に笑える老人になりたいものだと、一瞬目的を忘れて思う。
「父に習った定石なのですが」
僕が父と将棋を指したのは十年以上前で、しかも遊び半分だったのだが、そこまでは言わないでおく。松田老人は手にした鎌で雑草を刈りながら、再び笑った。
「大駒落ちだったんじゃないか?」
「……それどころか、いつも六枚落ちでしたよ」
これだけのハンデをつけてもらったのに、一度も勝てなかった。微妙に情けなくなってきた。
「はは、坊主の親父さんは良い棋士だな」
僕は引き抜いた草をバケツに投げたのだが、草はバケツからかなり逸れた方向に飛んで行った。それを拾いに立ち上がった時に、本題を思い出したので言う。
「そういえば松田さん、例の桜を見に行ったんですけどね。美しいものでしたよ」
何気なく言うよう心がけたつもりだが、松田老人はまた、遠い眼をした。狙い通りの反応だった。
「……坊主、少し年寄りの昔話に付き合わないか」
「構いませんよ」
草刈り鎌を手際良く操りつつ、松田老人は七十年前、やはりあの桜が狂い咲いた時の出来事を語り始めた。
そして、その日の宵。
「昌、分かったの?」
「おそらく」
スコップを片手に、僕と姉は桜の下を訪れていた。この近くに電柱はないので、くねくね邪魔されることはない。
「姉さんは下がっていてください」
掘り始めたのは、着物の少女が指した場所。木の根に阻まれ地面は堅いが、スコップの鋭利な先端で切り進む。この木はもう、百年近くここに立ち続けているのだ。多少のことでは枯れまい。
僕はあまり肉体労働向きではないから、目的の物を発見するまでに、三十分ほどかかった。その間、姉はずっと固唾を飲んで見守っていた。
根を切るざくりではなく、硬質なものを削る、がりっ。僕はスコップを置き、今度は手で土を払った。
「あの子が見つけてほしかったのは、これだ」
姉に説明すると、唐突に視界が滲んだ。予想と寸分違わぬ、しかし希望からは大きく外れた結末だった。
手渡すことなどできるはずがない。これは、明らかに人間の、古い白骨なのだ。
姉も息を呑んだ。
「……桜に喰われたの?」
「いや、違う」
桜の古木は誰も喰らってなどいない。ただ百年もの間、ここに在っただけだ。
「桜は、このことを教えたかっただけだ。『男が娘を殺した』と」