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踊る電柱  作者:
宵の宴
10/21

 霞が関の某所に、真昼からカーテンを閉じ切った一室があった。薄明るいその部屋は家具の類がほとんどなく、ありふれた絨毯の上には机が一揃えだけあるだけだった。

 上質な拵えの椅子には壮年の男が一人腰かけていた。その正面に立つ男は若く、二十代の中ほどだろう。

「逃げられたか」

 壮年が呟くのは問いではなく、確認だった。若い男は俯いたまま返事をしなかった。

 机上に、一枚の写真と複数の資料が置かれていた。証明写真を引き伸ばしたような写真には、あまり外見に頓着しなさそうな男子高校生が写っている。数枚の資料はその高校生に関するもので、表に『田代昌タシロ ショウ十七歳』と記されていた。

「詳しく話せ」

 淡々と問いただされ、若い男は自らのつま先を見つめたまま細い声で語り始めた。

「覚醒剤の常習者に催眠術をかけ、田代昌を狙わせました。しかし、田代昌はその能力を発揮して逃げ切った模様です。念のため証拠隠滅は済ませました」

「それが例の水死体か」

「はい」

 若い男の語尾が震えた。顔を上げることはできず、頭を下げたまま叱責を待った。もっとも、壮年の表情は逆光で窺い知ることができないのだが。

叱責よりも先に、深いため息が聞こえた。

「資料を見る限り、田代昌は荒事向きではないと判断するのもやむを得ないだろう。しかし異能を持っていることを失念したのか。それを抜いても比較的高い知能と冷静さの持ち主であることは確かであっただろう」

 若い男が黙っているので、詰問は続いた。

「人には見えないものが見える者は、私や君がそうであるように、稀に生まれる。多くの場合虐げられるそのような人間をこの国に生かすため、我々は党を立ち上げたのだ。しかしこの田上昌ほどの力を持つ存在は、我々を妨げる危険性がある。まさか分からないわけではあるまいな」

 前半は、若い男がこの壮年の立ち上げた党に名を連ねた時から繰り返し言われていることだ。今更教えられるのは、皮肉からだろう。

 机上の資料の二枚目には、田代昌の表向きの評価が書かれていた。三枚目に異能の記述がある。十七歳になって程なく、故郷限定で『見える』ようになったことや、意思疎通が計れることなどだ。

「次こそは成功させます」

 低頭を保って若い男は述べたが、壮年は「その必要はない」と言い切った。そして資料の四枚目を若い男に渡す。学校で強い頭痛に襲われて気絶した一件が記されていた。

「人の身に過ぎた力だったのだろう。放っておいても田代昌は狂うか、死ぬ」


 壮年の部屋を後にし、若い男は周囲に人影がないことを確認して廊下の壁を蹴った。

「畜生!」

 無声音で身を絞るように叫ぶ。

 幼いころから家族に白い目を向けられ、学校にも馴染めなかった彼は、大学卒業時に声を掛けてくれた壮年こそ救いだと思っていた。しかし、入党して以来任されるのは汚れ仕事ばかりで、最初のうちは言いなりになってこなしていたものの、元々思慮深い彼はすぐに気付いてしまった。

「あんな善良そうなガキが、党の妨げになるもんか。権力の味を覚えやがって」

 人なきものを見る人間によって構成されるこの党において、カリスマ性で実権を握る男だ。見るに留まらぬ青年が将来自分にとって代わることを恐れているのだろう。

「生き延びろよ、田代昌」

 小さな声で殺し損ねた青年の名を呼び、若い男は再び壁を蹴った。

「俺はお前と違って、神様仏様が恐ろしい。それでも頼んでやったんだからな、無駄にするなよ」

 そして青年と電信柱の漫才のようなやり取りを思い出し、独りほくそ笑んだ。人ならざるものに好まれる青年は、人間から見ても中々好ましかった。田代昌が大人になったらこの党を乗っ取ってはくれないだろうか、などと投げやりなことを思う。それは党首の壮年に対する嫌悪であり、他に行き場のない自分への皮肉だ。

 あるいは、一縷のみ残った希望や、久しく見なかった夢なのかもしれない。


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