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異世界迷宮の最深部を目指そう  作者: 割内@タリサ
1章.挑戦の始まり
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6.迷宮国家


 結果だけ見れば、ただのお人好しの集まりだった。


 一度足を斬られて囮にされたせいか、その思いはより強い。

 ただ、言いようのない不安が残っているのも確かだ(主に、ラスティアラとかいう少女のせいで)。

 僕はお人好したちの話を統合し、『正道』を堂々と歩くことにした。


 すぐに女性二人組とすれ違う。

 しかし、何事もなかった。


 出口がこっちで合っているかどうか聞こうかと迷ったが、人がこちらから流れているのは間違いないので踏みとどまった。


 道中、色々な集団とすれ違う。

 僕を値踏みするような目で見てくる集団も居たが、これといった問題は起きなかった。


 そして、『正道』を数十分ほど進んだ結果、出口に辿り着いたのだった。


「やった……、やった……!」


 目を焼く日差し。

 穏やかな陽気を運ぶ風。

 迷宮内とは比べ物にならない澄んだ匂い。


 僕は地上に生還した。

 その喜びを身体全体で表していると、綺麗に身を整えた警備兵のような男が声をかけてくる。


「おいおい、オーバーだな」


 男はフレンドリーな様子で笑っていた。

 だが、凶器を――剣を腰に下げているのを見て、僕は身構える。


 見たところ、敵意は感じない。

 この『出口』の前で立っていたところを見ると、警備兵の可能性が高い。装いもフォーマルなものだ。すぐに僕は思考に氷を落として、浮かれた感情を抑える。


「ええ、かなり苦労したので……」


 当たり障りのない言葉で返して、様子を窺う。


「ふーん、確かに見たところボロボロだな。この時間帯なら、ギリギリだが水道が使えるぞ」


 そう言って、男は親指で遠くを指した。


「……ありがとうございます。行って来ますね」


 『水道』と言葉を聞き、僕は内心で大喜びしながら頭を下げた。


「いいよ。仕事だからな」


 僕は男の指し示す方角に歩いていく。

 歩きながら、もう少し何らかの話を、いまの男としたほうがいいと考える。いまの会話を彼は『仕事』だと言った。公的な仕事かどうかはわからないが、僕の助けになってくれる可能性は高そうだ。


 ある程度歩くと、そこには井戸があった。

 水道と聞き、現代的なものを想像していた僕は落胆する。けれど、助かることは助かるのは確かだった。


 僕の世界の井戸と同じ仕組みだったので水を上げるのに手間取ることはなかった。

 まず、水を『持ち物』の空の皮袋に補充する。衣服に付着した泥は、濡れた布でぬぐうことで、ある程度は綺麗にする。刃物は水洗いでいいのか迷ったが、匂いが気になるので水ですすいだ。


 洗いながら、先ほどの男とすべき会話を考えていた。

 人通りも余りないため、他人に聞かれる危険も少ないだろう。

 人柄も人相も悪くなく、早急に情報を得たいならば、好条件な人物だと判断し終える。


 いくつかの会話をシミュレートしたあと、僕は自然を装って男に近づく。


「……いやあ。いくらかましになりました。すごく助かりますね、水道」

「ああ、水道があるのは迷宮の入り口の中じゃ、この北の『フーズヤーズ』だけだからな」

「へえ。そうなんですか。他のところにはないんですか」

「ああ、騎士国家さまさまだな。迷宮に張り付いている五国の中じゃあ一番金があるからな」


 ごく普通に、聞いたことのない言葉が飛び交う。


 正直なところ、現代のこと――つまりは、僕の世界のことを話したい。けれど、もう『魔法』なんてものが飛び交っている世界だ。望みは薄いし、不審に思われるだけだろう。まだ何もかも賭ける段階ではない。


 僕は知っている振りをして、さらなる情報を引き出そうとする。


「『フーズヤーズ』って、他にもお金がかかっていたりするんですか?」

「そうだな。迷宮のために造られた専用の施設で一杯だ。なんだ、坊主。こっちの国は今回が初めてなのか?」

「ええ、そんなところです」

「最近は五国の行き来が楽だからな」

「なので、この国のことをよく知れる場所があれば教えてくれませんか?」

「んー、そうだな。なら、まずはここから真っ直ぐ進んで中央広場に行くといい。看板地図がある。そこから国立図書館なり、仲介所なりに行って、詳しく調べるといいぞ。慣れたら、ギルドや教会にも行け。おすすめだ」

「なるほど。ありがとうございます」


 深々と頭を下げて礼を言うと、男は気恥ずかしそうに頬をかきながら礼はいらないと言う。


「いいよ、仕事だしな」


 これ以上、会話の引き延ばしはできないだろう。

 仕事と言いながら色々と世話を焼いてくる彼とは、また話す機会があるかもしれない。不審がられないうちに別れることにする。


「では、また……」

「ああ、またな」


 僕は軽く手を振り、助言通りに真っ直ぐ中央広場とやらを目指していく。


 その途中、ふと一度だけ振り向いた。

 ある程度距離が空いたことで、背後にあった迷宮の全容が把握できるようになっていた。


 僕が出てきた迷宮は、とてつもなく巨大な遺跡・・だった。

 そして、その遺跡の中央には天を貫く巨木がそびえたっている。その枝には濁った宝石の装飾がなされていた。装飾それも巨大で、もしかしたら中には空間があり、そこも迷宮になっているのかもしれない。


 僕は前を向き直し、その異様な遺跡から遠ざかっていく。

 あそこから脱出できたという事実をかみ締めながら――



 ◆◆◆◆◆



 ――そして、街に辿り着く。


 街の景観は王道RPGそのものにしか見えなかった。

 文化の傾向は西洋に偏り、時代は中世ぐらいのように感じる。


 特徴的なのは、道の整備が異様に整っていることだ。

 道の端々は宝石と思われる綺麗な鉱物で装飾されていた。

 迷宮の『正道』もそうだったが、宝石の線が途切れなく延びている。

 この異世界では、宝石は貴重なものではないのかもしれない。


 街道を歩き続けると、多くの家屋を見つける。

 木製のものからレンガでできたものまで、多様な種類が不規則に並んでいる。


 その街を歩く人々には活気があった。そして、人々も多様だった。装いはスモックのような簡易な布だけの者もいれば、鋼鉄の重装備をガシャガシャと鳴らして歩く者もいる。様々な肌の色の人間が溢れ、たまに獣のような姿をした者もいる。いわゆる、半人半獣にあたる人種だろう。鋭い牙を剥き出しにしている者、横に長い耳を持っている者、ふさふさの尻尾や美しい羽を持っている者――幻想的な種族たちが、ここで生きている。


 元の世界とのギャップが凄まじい。

 当然、常識と非常識が、ぐちゃぐちゃと音をたててミキサーにかかっていく。同時に、ゴリゴリと大切なものが削れる音もしていた。


 こんなにも人は多いのに、世界に誰も居ないような孤独感があった。

 こんなにも空は広いのに、襲い掛かる閉塞感もある。

 幼い頃、大きなデパートで迷子になったときのような感覚だ。


 ああ、ここは僕の居た世界ではなくて……。

 いま僕は、僕は……――



【スキル『???』が暴走しました】

 いくらかの感情と引き換えに精神を安定させます

 混乱に+1.00の補正が付きます



「あっ……」


 告知が『表示』される。

 それを僕は静かな気持ちで見送った。


 文面通りの症状が表れる。

 焦燥や不安を代償に、クリアな思考を手に入れる。

 『???』ということに不安を覚えるが、いまはこのスキルに助けられていると判断するしかない。これがなければ、いまごろは巨大狼の胃袋の中だったかもしれないのだ。


 手に入れたクリアな思考で、再確認をしていく。

 いま周囲に見知った者など誰一人いない。見慣れた建物もない。


 それは鮮明で、リアルで、大掛かりすぎて――何かのドッキリ企画、外国のアトラクション、地球にある未開の土地――そういった希望的観測は、全て剥がれ落ちている。


 ああ、仕方がない。


 覚悟していたことだ。

 それよりも大切なのは「ならば、どうする」ということだ。

 自失しているだけでは得るものはない。

 冷静に僕は次の行動を頭の中で組み立てていく。


「まずは看板だ」


 気合を入れ直し、堂々とした面持ちで街の中を歩いていく。

 幸い、僕の装いでも浮くことはなかった。

 綺麗な身なりの人もいれば、僕のような外套に剣を携えた冒険者も少なくなかったからだ。


 数分ほど歩いたところで広場を見つける。

 大きさは野球ドームほどで、噴水や石の長椅子といったものが置かれている。


 その中央には一際大きな噴水があり、その隣には巨大な看板が立っていた。

 看板を眺める人はいなかった。というよりも、この広場で足を止めるものが少なかった。公的なイベントのために確保されている土地で、普段はただの道になっているのかもしれない。


 看板には地図がいくつか記されていた。それと、国の歴史やらも書かれている。

 隣の噴水には壮年の男の彫像が建っていた。もしかしたら、これはこの国の記念碑みたいなものかもしれない。

 その全てを記憶するつもりで、僕は看板を見始める。


 ――看板の情報を読む限り、この国は『迷宮のための国』らしい。


 正確には連合国。

 宗教を同じくする五国が教えに従い、巨大な『迷宮』を囲み、攻略しようとしているというのが全容だ。その宗教の伝承によれば、この迷宮の『第百の試練』をクリアすれば『どんな望みでも叶う』とのことだ。


 あつらえたようなクリア条件だと思った。

 帰りたければ、迷宮の100層まで潜れということだろうか。


 少しだけ眉をひそめて、続きを読んでいく。


 いま僕が居るのは迷宮の北部に位置する『フーズヤーズ』国。

 偉大なる騎士を祖とした騎士道を重んじる貴族中心の国。


 地図は僕がフーズヤーズのどこに居るかを詳細に記していた。

 フーズヤーズは番地を百分しており、番号が若いほど高貴な人間が住むという風習があるらしい。ちなみに、ここは21番地。ここから22番地に進んでいけば商店街があり、20番地には公的機関である仲介所などがあるようだった。


「よし……」


 それらの情報を頼りに、まずは20番地に存在する図書館らしき場所に向かうことを決める。


 図書館は街のシンボルのように目立ったところにあった。

 なので、迷うことはなく、短時間で辿りつく。


 僕は不安を隠しながら、建物に入っていく。

 係員の人が少しこちらを確認したが、止められることはなかった。


 木造の広い洋館だ。

 とても静かで、僕の知っている図書館と変わりないように見える。

 僕は現状を助けてくれそうな書物を数冊手に取り、備え付けのテーブルの一つに座った。


 書物を広げ、本を読み初め――そこで『読む』という行為に対して疑問を持つ。

 正確には、いままで目を背けていた事実が前面に現れる。


「なんで……。読めるんだろう……」


 僕は呟いた。

 それに反応して、静かに読書をしていた人たちが顔を上げてこちらを見た。


「すみません」


 小さく頭を下げた。

 すぐにこちらを見た人たちは興味を失い、自らの本に目を向け直す。


 いまの謝罪が通じているのもおかしい。

 こちらを見た人たちの中には金髪の白人もいれば、ふさふさの獣耳の人もいる。およそ、日本語を嗜んでいるはずのない人たちが日本語に対応している。


 僕が広げている書物は一際おかしい。

 よく見れば、英語にも日本語にも属さない奇妙な文字の羅列だ。なのに僕は、これをこの世界を知るのに丁度良いと思って、手に取ったのだ。


 日本語が奇妙な言語に、奇妙な言語が日本語に、勝手に翻訳されている。

 『魔法』と言ってしまえば、それまでかもしれない。

 けど、これを僕の世界で行うとしたら大事おおごとだ。

 まず脳の改造が必要になる。脳を弄って、記憶や人格を足したり引いたりすることになる。続いて、科学の解剖実験が頭に浮かんだ。ただ、恐ろしい。それは本当に恐ろしい――



【スキル『???』が暴走しました】

 いくらかの感情と引き換えに精神を安定させます

 混乱に+1.00の補正が付きます



 まただ……。


 どろどろと湧いてきていた恐怖が掻き消えた。失敗の繰り返しを後悔することも許されず、また頭がクリアになる。


 色々助かっているのは確かだが、嫌な予感がするのも確かな『表示』だった。

 発動条件は精神的なものが切っ掛けになっていると思う。

 できるだけ思考を制限して、激しい感情に支配されないようにしないと……。


「ふう……」


 深呼吸をして冷静になる。


 ただ、これは冷静だなんて良いものではなく、もっと別のものかもしれない。

 『表示』の『状態異常』の欄に、『混乱』がどんどん足されていっている。しかし、『混乱』という表現とは逆に、僕の頭の中は澄み渡っていく。不思議な感覚だ。

 スキル『???』自体に混乱無効の効果があるかもしれないが、それでも目に見える『状態:混乱2.99』という『表示』は不安を掻きたてる。


 とても不安だが、これ以上考えても仕方がない。

 この荒波立たない静かな精神に、僕は集中していく。

 そして、用意した書物を読み進める。


 この世界を、国を、文化を、迷宮を――知っていく。

 時間が許す限り、延々と――



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[気になる点] 混乱イコール正気度の定価みたいな感じか? いきなり意味わからん世界に放り込まれて正気を保てるとか正気じゃないし そのうち腹とか刺されてもスンとしてる狂人になりそう
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