471.セルドラ
また衝突し、99層が震える。
ここで決着だと、私もセルドラも。
互いに理解していたから、退くことはない。
出会い頭に蹴りつけて、殴りつけた後は。
自然と、地に足つけての殴り合いが始まった。
私は重く肥大化した『竜の腕』を、鈍器を振り下ろすように叩きつける。
セルドラは自前の『竜の腕』で、鈍器で弾くように防ぐ。
触れるたびに、重くて巨大な振動が空間一杯に満ちては、視界が軋んだ。
『体術』が洗練されているのは、最先端の教育と技術を取り入れている私だ。
だが、セルドラは豊富な経験と知識で、その動きに軽く追随してくる。
模擬戦を繰り返して分かっていたことだが、私とセルドラの単純な『体術』勝負は、ほぼ互角。直撃は滅多に起きない。
そして、セルドラの攻撃の衝撃を受け止める度に、私の『竜の肉』は慣れていく。
それは「一度食らった攻撃は通じ難い」という『竜人』の身体的特徴だった。ゆえに強い負荷のかかった私の血肉は、瞬時に進化して肥大化していく。
その『竜の肉』を私はすぐさま引き締めて、その血肉を凝縮する――を繰り返す。
この真正面からの殴り合いを続ければ続けるほど、私は急激に強くなる。
それでも、セルドラは手を止めない。
かつて、私に攻撃を「食らえ」と助言した本人が、丁度いい餌のような反撃の拳を繰り出しつつ、笑みを深める。
「くはっ――」
それは堪え切れずといった様子で零れる。
そして、一度堰を切った笑い声をセルドラは止められない。
「くはっ、くははははっ! くふっ、かはっ、あははっ! あーはっはっはッハっはッハァ! ヒッハッハッハァ!! ああっ、スノウ!!」
笑う。嗤う。哂う。と表現を重ねても似合う奇妙な笑い声と共に、私の名前を呼んだ。
一杯一杯の私と違い、セルドラには喋る余裕が十分あった。
「いい名前だなぁ、スノウ! なんとも綺麗な名前だ! 故郷のクソ儀式を思い出す! なあっ、どういう意味でつけられた名前だ? いや、想像は容易いか? 千年前と違い、平和ゆえに付けられた名前だろう! あの晴れ晴れとした青い空から稀に降る『魔の毒の雪』のように美しく! 麗しく、柔らかく、嫋やかにと! 平和ボケの末ぇえっ、願われたんだろうなァアア! くははっ――!!」
「――――っ!!」
殴り合いながら、一方的に語られる。
こっちは無呼吸が続き、全く反論ができない。
「願われた通りに育ったなぁ、スノウ! 大事に守られ続けて、立派になったなぁ、スノウ! しかし、残念なことに、そのスノウが最後に戦うのは同じ『竜人』の俺! ずっと健気にスノウは国のために働いて、やっと周囲から『英雄』と認められ始めたというのに! 連合国の『最強』はおまえだったと見直され始めたというのに! この俺にぃい――!!」
白熱していく。
戦いだけでなく、喋りも。
「この俺に、全て収獲される!! おまえが今日まで集めた『名誉』も『栄光』も、この『終譚祭』で俺に食い尽くされることだろう! 地上のやつらがいる限り、そうなる! この『終譚祭』が終わったとき、おまえの挑戦は血迷った愚行ということにされ、連合国の誰もが考え直す!! 所詮、スノウ・ウォーカーは一時代の一英雄で、まだまだ未熟! 千年語り継がれた本物の『大英雄』様には届かない! 歴史において、史上『最強』は俺だったとぉ、誰もが騙されるっ!! くふっ、ふふはハっ! あーっはっはっはハハハァ!!」
勝ち誇るように語られ続けるのは、戦術的には優位でも、精神的に許容できないものがあった。
単純に言うと、ムカついた。
だから、私は食らって強くなれる時間を断ってでも、単調なセルドラの拳の動きを見切って、その二つの手首を掴んだ。
漫然とした乱打戦を止めて、一息つく。
そして、その大事な一息を消費して、私は反論をする。
「どうっでもいい!! そんなものが欲しいなら、いくらでも!!」
その対応と返答に、セルドラは驚いていた。
そして、すぐに感心した様子で笑い、犬歯を見せながら嗤う。
「はは、強くなったな……。くふふっ、だからこそ……! おまえと戦うのは、本当に楽しい!! これから、おまえが壊れるのを想像するだけで、本当に愉しい!! ああ、カナミのおかげで『適応』が薄まり、俺はこんなにも楽しくて愉しくてタノしいぃい!!」
セルドラは嗤ったあと、私に掴まれた両腕に力をこめた。
一気に振り解けるだろうに、力を誇示するかのように、少しずつ動かそうとする。
止められない。
ぐぐぐと二人の両手が大きく開かれつつ、一方的な語りは続く。
「スノウ、そのおまえの生まれ持った天凜の才は、『竜人』の最高峰だろう。歴史的に見ても、『魔人』のトップクラスだ。だが、所詮は、その程度。『王竜』程度なんだよ、おまえは」
「あ、あいつ……?」
そのとき、セルドラは優しげな瞳をしていた。
私を通じて、違う誰かを見て、懐かしそうな顔となる。
「『王竜』程度だから、この『悪竜』に届くことは絶対にない。……はっきり言うが、生まれからしてレベルが違うんだ。おまえらと違って、俺は偶然の産物ではなく、必然の賜物。歴史を重ね、叡智を積み、犠牲を増やし、実験を繰り返して、繰り返して、繰り返して! 交配を検証し、検証し、検証し! 子供を厳選し、厳選し、厳選し! ついに至った『最強』の生物が、この俺!! おまえら程度で、勝てるわけがねえ!!」
そう言い切られたとき、とうとう私の掴んだ手は強引に振り解かれた。
続いて、セルドラは逆に私の手首を掴み返し、その場で独楽のように回る。
私も対抗して、両腕に力を込めた。だが、こっちは手を振り解くことはできない。
巻き取られる糸のように軽々と、大質量のはずの私の身体が持っていかれる。視界が掠れたと思ったときには反転し終えていて――気づいたときには、身体が99層の地面に叩きつけられていた。
背中に走る衝撃で、『体術』で投げられたと理解できる。
掠れた視界は滲み、白黒に点滅して、ぐらぐらと揺れている。しかし、その不安定の視界の奥に、私を見下ろすように立つセルドラの姿だけは、はっきりと見て取れた。
「く、くふっ、ふふ――」
笑っていた。
セルドラは右手を口に当てて、左手で青い短髪を掻き上げながら、笑いを膨らませる。
『竜化』で肥大化した腕で口を覆っていても、その声は空間一杯に響く。
「くはっははははは! ああっ、楽しいな!! レベルが違う相手に、圧倒的なパワーで上回るのは、愉しいなあぁああ!! それも強い奴に圧勝するのは、より楽しいぃ!! そいつが必死に積み上げたものを食らうのは、二倍タノシイッ!! 当たり前だよなぁ!? それが生き物が、生きるってことだ!! 暗雲の時代じゃあ、常識も常識だったぜぇええ!? あーっはっはっはっはーー!!」
笑い過ぎて、よろけて後退する。
戦闘中だというのに、あと少しで笑いこけていた。
初めて見るセルドラの姿だった。
中々に独特だが、これが彼の素なのだろう。
この『終譚祭』を切っ掛けに、「これが最後だから」「せっかくだから」「記念に」といった感情で、全てを曝け出しているのかもしれない。
私は背中の痛みを無視して、ふらつきながら両手を地面につく。
立ち上がりつつ、セルドラの一方的な話に対して、自分なりに答える。
「……うん。千年前も現在も、捕食が生物のルールだって私も思う。だからこそ、こんな私でも総司令に就けて、あなたは千年前に総大将を任されたんだろうね。セルドラは何も間違ってない」
「…………っ!?」
同意が返って来るとは思わなかったのだろう。
セルドラの反応から、私が「間違ってる」と答えるのを期待していたのが丸わかりだった。
――そして、明らかに動揺したセルドラは、ここまでの軽快なお喋りをぴたりと止めてしまう。
動揺して口が塞がるのは、こっちもだった。
心の隙が、余りに大きい。
その異常な舌戦の弱さに、弱点は他の『理を盗むもの』と変わらないと確信できる。
――ただ、その弱さゆえの厄介さも、他の『理を盗むもの』と同じだろう。
動揺したセルドラは、ふらつきながら立ち上がった私を細目で観察して、また違う誰かを見ながら、今度は真逆のテンションで語り出す。
「……その減らず口に、その顔。間違いなく、スノウは俺んところの末裔だな。……あの従姉と、そっくりだ。瓜二つと言っていい。しかし、あいつの面影もある。我が王とも、時折り見紛う……」
その「あね」とやらが誰かは分からない。
だが、「我が王」となれば私を通じて見ている誰かを推測できた。
「その我が王って、ティティーお姉ちゃん?」
似ていると言われたのは嬉しいが、見紛うほどかとも思う。
この服が原因か? 確かに、今日はティティーお姉ちゃんから譲ってもらった軽鎧だ。だが、ギルド仲間のアリバーズに聞けば、『飛翔翠石の軽鎧ルイフェンリィト』はお姉ちゃん専用でなく、趣味の作り置きだったという話だ。
ならば、私の顔と振る舞いを見て、似ていると言っているのか。
首を傾げる私に向かって、セルドラは答えていく。
「そうだ、そのロード・ティティーのことだ……。……そういや、あいつ。最初は、ティティーって名乗ってたっけな。いい名前だって何度も自慢してきて、その顔がすげえ綺麗で……、俺は好きだったから、ふらふらと……、ふらふらと?」
さらに私の目の前で、呑気に記憶を掘り返し始める。
他の『理を盗むもの』と比べれば軽症とはいえ、セルドラも『召喚』で千年を飛んだ弊害で記憶が掠れている部分があるようだ。
ぶつぶつと自問自答した末に、一人で答えを出していく。
「いや、ティティーは竜の里に伝わる『翼人種』でなく、ただのハーピィ混じりだった。選ばれし伝説の『竜人種』である俺やスノウとは程遠い。別種も別種。何も関係ねえ。あるはずがねえ」
首を振る。
そして、私とティティーお姉ちゃんは関係ないと、勝手に結論を出した。
それは私にとって受け入れがたいことだった。
その乱暴な納得の仕方は無理があるぞと反論する。
「セルドラ、たぶんそれは違うよ。誰が誰の末裔だって話じゃない。だって、千年だよ、千年」
私が『竜人』だから、『竜人』のあなたとだけ『繋がり』があるとは思わない。貴族だから貴族だけのはずもない。
「血脈ってやつが、たった一つの線で綺麗に繋がっていると思う? 私のウォーカー家の血なんて、もーぐっちゃぐちゃ。お義母様も言ってたけど、血脈は複雑に絡み合うものなんだよ。もちろん、時には分かれることもある。けど、一度生まれた『繋がり』が消えることは、良くも悪くも中々ないよ」
「血脈が、複雑に絡み合う? ……いや、そりゃそうか。そりゃそうだ……」
隠れ里のような閉鎖的な場所だと、近親者での婚姻が多い。
セルドラの知人・友人に婚姻者が少なく、唯一の例がカナミとノスフィーだったりと偏っていたからだろうか、その発想はなかったという表情だった。
「だから、きっと私はティティーお姉ちゃんとも関係ある。あと、ちょっと嫌いなやつだけど、あのローウェン・アレイスとも。すごく大回りの遠回りの縁だとしても、色々な人の血と繋がっているんだと思う」
「我が王ロード・ティティーと騎士ローウェン・アレイス……」
名を二つ並べて、セルドラは眉を顰めた。
対して、私は交流のあった二人を思い出しつつ、その魔法を口にする。
「少なくとも、私にはお姉ちゃんの魔法が一つ、受け継がれている。――《ククールバヨネット》」
右腕に風を集める。
そして、魔力で固める――なんてことは器用に出来ないので、『竜化』しているとき限定の『竜の風』による模倣だ。
自己流ながらも風で銃剣を構築したのを見て、セルドラは笑みを浮かべる。
「それは、王の風の剣……!」
覚えがあるようで、一目で意味を解してくれた。
そして、すぐさま私は、高く飛ぶ。
この銃剣が最も力を発揮する距離まで、後退する。
続くように、セルドラも翼で飛んだ。
ただ、銃剣の射線を意識してか、真っすぐは追いかけてこない。
千年前、この覚えのある銃剣に撃たれた記憶があるようだ。
そのセルドラの迂回に合わせて、自然と私も曲線を描くように飛ぶ。
巨大な翼を持った『竜人』が二人。
迷宮の深部を空に見立てて、空中戦を始めた。
「――《フライシューツ》」
私は追いかけてくるセルドラに、弾丸を撃ち出す。
ただ、ティティーお姉ちゃんほどの威力はない。
『風の理を盗むもの』の魔石があれば話は別だが、いま手元にはない。
腕の銃剣も含めて、これは魔石があった時代に訓練した魔法を『竜の風』で再現しただけだ。本物には遠く及ばない。
けれど、セルドラはティティーお姉ちゃんの脅威を思い出しているのか、警戒して、遠距離攻撃を選択してくれる。
私と同じ銃剣らしきものを、『竜の風』で腕に形成した。
ただ、全く同じではない。
セルドラのほうが風魔法に精通していて、完成度が高かった。その上で、見たことがない形状でもあった。
私の銃剣は細長いが、セルドラは立方体に近い。
それを、両手に二つ。そして、その射出口から打ち出されるのは、私の放つ弾丸よりも小さくて――しかし、射出速度は異常に速かった。
「――――っ!?」
こちらが一息で一発放つ間に、向こうは絶え間なく、二桁以上の弾丸をばら撒く。
さらにセルドラは両手を動かし、点の攻撃でなく、ほぼ線に近い攻撃をしてくる。
こちらの弾丸は『竜の風』を凝縮した代物なので、私の点が線に触れた瞬間、炸裂してしまう。
撃ち合いの空中戦だ。
私が十の弾丸を撃てば、セルドラは千の弾丸を撃った。
それを私もセルドラも、高速飛行で避けていく。
ただ、よく確認すると、綺麗に私の弾丸だけが撃ち落とされて、どこにも届いていない。
その上で、セルドラ側にはまだまだ余裕がある。千の弾丸を撃ちながら、器用にも広げた翼のあたりに追加の魔法――拳大ほどの風の球体を、百近く用意して、浮かせていた。
球体が攻撃魔法《ドラグーン・アーダー》だと判別できたときには、すでに風の球体は空の戦場に放たれていた。
手にある銃型魔法を通していないので、その飛来速度は遅い。しかし、明らかにセルドラの意思通りに動いて、飛行する私に向かって誘導していた。
私は全力で後退を選び、セルドラを真似るしかなかった。
銃剣に射出速度を重視するイメージを足す。その上で、無駄弾は撃たないように効率よく、逃げ飛びながらも正確に、遅い誘導弾《ドラグーン・アーダー》を撃ち落としていく。
さらに、こちらも翼のあたりに特殊な《ドラグーン・アーダー》を複数用意して、すぐさま空の戦場に放った。その中には、「透明な弾丸」や「魔力に反応して、自動炸裂する風の塊」なども混ぜて――
爆発音と衝撃の巨大な嵐が、99層に巻き起こっていく。
撃ち合い、撃ち合い、撃ち合い、色のない爆発の花畑が一面に広がる。
地上の『終譚祭』を超える花火を、たった二人が数秒だけで明滅させていた。
そして、『体術』と同じく、この空中戦も直撃が少ない。
このままでは埒が明かない。この空の撃ち合いに、先ほどの殴り合いも織り交ぜるかと私が考えたとき、戦場に大きな振動が奔る。
セルドラの魔法の振動だった。
『――く、くはっ! くはははははっ! スノウ、口だけではないな! 予想以上にやる! 確かに、『竜人』の一族の力だけではない! 貴族ウォーカー家の戦術理論がある! 『理を盗むもの』たちの教えも感じる! 様々な経験と魔法の知識が、おまえの戦い方には詰め込まれている! ああ、素晴らしい!! より壊し甲斐が出てきた!! はっはっはっは!!』
この二か月、私とセルドラは何度も模擬戦をして、国の戦術・戦略を話し合った仲だ。
それでも、師に自分の力を隠していたことを、敵ながら褒め讃えられる。
ただ、悪いが、こちらは敵を称賛する気にはなれない。
『――そっちは、口だけのくせに』
こちらも魔法で声を大きくして、返した。
魔法の弾の撃ち合いだけでなく、言葉の投げ合いも始まる。
『はぁ? 何言ってんだ、おまえ。俺が口だけ?』
『私は甘やかされるプロだから、わかるよ。セルドラは口だけの甘やかしだ』
戦いながら、断言する。
理由は多くある。
いまも「壊し甲斐がある」と言いつつ、まるで親戚の伯父さんのように甘い顔をしている。
厳しいことを口にして脅しつつ、最後には甘やかす準備をしている。
そういう相手を見抜くのが、私は得意だった。
というか、完全にカナミがそのタイプで、セルドラも同系統で間違いない。
セルドラは飛行速度を上げつつ、私よりも大きな声で言い返す。
『俺が口だけの甘やかしぃ……? そりゃ、余り笑えないジョークだな。おまえ、俺のことを何も聞いてないのか? 俺は一人の将である前に、一人の快楽殺人鬼だった。罪のない『魔人』たちを実験材料にしたり、千年前のファニアを地獄に変えたり……。善人を殺しては愉しみ、有望な悪人を唆しては惨劇を広げた! きっと歴史上で、俺は最も『不幸』をばら撒いた一番の罪人だろうな!! 間違いなく、誰よりも真っ先に死ぬべき悪党!! そうっ、真の『悪竜』とは俺のこと! 我らが神も認めていることだっ!!』
そう宣言して、一際大きな銃弾を撃つ。
その弾丸から、セルドラの心の揺らぎを感じる。
少し単調になり出した相手の弾丸を避けつつ、私は冷静に言葉と弾丸を返していく。
『死ぬべき悪党? そうカナミが言ったの? あのカナミが、本当に? カナミは『悪竜』をカッコいいって言いそうなセンスしてても、死ねなんて絶対言わないでしょ』
カナミという人は、どんな悪が相手でも裏に何か事情があるはずだと考えるタイプだった。
もし、その悪役に事情がなくとも、更生を期待して見逃すほどだ。
その甘やかしは、カナミ自身が被害者でも変わらない。例えば、あの大悪党が相手でも、嫌っていたのは結局口だけだった。
『…………』
『カナミなら全部知った上で「セルドラは最高の英雄だった。とても頑張ったね」って、労うと思うよ』
撃ち合いの爆音の中。
少しだけ、静寂が満ちる。
十分な間を置いて、セルドラから大音量の言い訳が呟き返される。
『ふざけるな……。人殺しの悪党が、最高の英雄なわけあるか。地上の馬鹿共は、俺に騙されているが……。あの地上こそ、悪党が騙ってきたという動かぬ証拠。俺みたいな悪党しか嗤えねえ冗談は止めろ、スノウ」
『人殺しかどうかを言ったら、私もだけどね。ティティーお姉ちゃんも同じで、大量殺人しちゃってる』
『ち、違うっ!! おまえらと一緒にするなっ!! 軍人が国のために殺すのは、責任の在り処が全く違う! おまえらは誰かを守るために戦っただけだ!! 特にロード・ティティーは、長く虐げられた『魔人』たちのために立ち上がった王! そこには大義があった! 高潔な志があった! 受け継いだ優しき精神があった! 趣味で人殺しを愉しんでいた俺と、二度と同列に語るなぁああアア――!!!!』
ここでセルドラは激怒して、叫ぶ。
そして、さらに攻撃が雑にもなった。
その潔癖っぷりは、カナミ並にずれていた。
その上で、あのアイド並に忠誠心まである。
『…………っ!』
セルドラの心が露になっていくのを、私は感じる。
ただ、露骨過ぎて、少し反応に困る。
崩すなら弱点は、この隙だと誘われるような気がした。
しかし、これが罠ではなく、本当に弱点だから、『理を盗むもの』たちは『理を盗むもの』なのだ。
セルドラも他の『理を盗むもの』と変わらず――いや、もしかしたら、戦闘力が高いのに反比例して、彼は他の誰よりも会話に弱いのかもしれない。
しかし、こうやってセルドラ相手に空中戦をしながら、心をぶつけ合うような『話し合い』をするのは、そう容易いことではない。
ゆえに千年前は、その弱点を誰も突いてくれなかったのかもしれない。
そして、たくさんの『理を盗むもの』たちが去った現在は、セルドラ相手に『話し合い』できるのが、もう本当に少なくて――
だからこそ、私だ。
この頑丈で、声が大きくて、誰よりも諦めの悪い私が、セルドラの露になった部分を振動で揺らす。
戦いながらでも、撃ち合いながらでも――!!
『そのティティーお姉ちゃんが、あなたを最後まで信じてたよ……!! セルドラはぶっきらぼうだけど、いつも弱い者の助けになろうとしていたお人好しだって!!』
『あいつの目の前ではな!! そう演じて、騙したさ!! だが、目の届かないところで殺して殺して殺して、殺し回っていた!!』
『それでも! 確かにティティーお姉ちゃんは、総大将を頼りにしてた! 誇りにも思ってて、感謝もしてた! だから、別れる間際まで、あなたの病気のことを心配してた!!』
『騙されやすいやつなんだ、あいつは!! 飽きやすい病気だって嘘をついたら、そのまま信じた!! ああっ、本当にバカで、不器用な女だった!!』
『どれだけ口で悪ぶっても! セルドラが優しかったのは、私と話したティティーお姉ちゃんが証明してる! ……というか、嘘も何も。どれだけ胸の中が邪悪でも、一度もそれを見せなかったら、ないも同然だよ』
『…………っ! ち、違う……』
私が「ティティーお姉ちゃんはこうだった」と繰り返すたびに、セルドラの動きは鈍っていった。
伝説的な飛翔の『速さ』が、全ての弾丸を置いていく『速さ』へ。
なんとか肉眼で収めきれる『速さ』から、普通の小鳥が飛ぶ『速さ』に。
話せば話すほど鈍っていき、とうとう空中で静止する。
セルドラは宙に漂って、あらぬ方向に視線を向けて、私の放った弾丸を全て、無防備に被弾した。
私は驚き、手を止めて――しかし、口は緩めない。
『ティティーお姉ちゃんが信じた総大将セルドラを、私も信じる。千年後の『竜人』の一人としても、すごく信頼してる』
魔力の粒子による煙の中、ぼそりぼそりと大音量でセルドラは喋る。
『だから……、騙されるなって言ってんだろ……。俺は英雄のように振る舞い、騙っているだけだ……』
『セルドラは優しかった。私に色々と教えてくれた。その立派な姿は、伝説の英雄にちっとも恥じなかった。ティティーお姉ちゃんと同じくらいに、私を甘やかしてくれて――』
『だから、それは!! この愉しみのためだ!! こうして、強くなったおまえを圧倒して、愉しむため!! おまえもファフナーも! どいつもこいつもっ、ちょっと甘やかしたくらいで、すぐに懐きやがって!! おまえらは極上の獲物だった! ただ、すぐ食うのはつまらないから、上手く育ててただけだ! 獲物が肥え太るのを待つ捕食者に、獲物が懐いてどうする!! この大バカがぁあっ!!」
セルドラは短く青い頭髪を掻き毟っては、叫ぶ。
その姿から、ダメージが見て取れる。
軽く万の大軍が吹き飛ぶ弾丸を受けたのだ。
流石のセルドラと言えど、身体のところどころの皮膚が裂けて、出血していた。
しかし、その肉体的ダメージよりも、私の話のほうを痛がっていた。
宙に滞空して、両手で耳を塞ぎ、『竜の咆哮』で私の振動を相殺しようとする。
『甘いんだ! おまえらは甘い甘い甘い甘い甘い!! 頭ン中が能天気で、花畑過ぎる!! 恵まれた環境に生まれたやつらしいことしか言わねえ!! 食うのに不自由ないやつらは現実見なくてもいいから、人生楽でいいよなあ!? 食うのにすら不自由で、悪行を重ねてでも生きたいってやつもいるのによォ!? そんなやつらの中には、もう本当にどうしようもない悪党がいる!! 失うものを、生まれ持たなかったからなあ! 失いたいものばっかりだった!! そういう輩が、生まれながらに悪いことが好きで堪らなくて、自から悪行を進んでする! もう殺すしかないやつは、ごまんといるんだよ!! スノウ、分かれ! 早く分かれぇっ!!』
その尋常ではない叫び声は、一種の防御壁と化していた。
意図しない『竜の咆哮』で、99層に残っていた全ての魔法や弾丸が掻き消えた。
本当に恐ろしい。
ただ、恐ろしいのは叫びの振動の強さではなく、『理を盗むもの』特有の不安定さだ。
私が出会ったことのある不安定で恐ろしい『理を盗むもの』は、ローウェンとアイドとラグネの三人。
あの三人の症状に、いまのセルドラは近い。
『ああっ、この俺がそうだ!! 千年前、ティティーもアイドもファフナーもカナミも苦しめた悪党が俺だ!! なんでかわかるか!? 俺は生まれながら、他人の苦しみだけが愉しみだったからだ! 普通の楽しみってやつが、つまらねえ!! だから嗤いながら、『不幸』を撒き散らした! それだけが愉快だった! くははっ、生きているだけで迷惑も迷惑! 最悪も最悪! 本当に嗤える! ああ、笑えるね!! 哂うようなやつなんだ、俺はぁあああああ!!」
セルドラは主張する。
私に向かって、悪い奴に騙されるなと。
俺は不安定で危険な奴だから注意しろと。
特に『英雄』を騙る悪党なんて、さっさと殺すべきだと。
自分を捨ててでも、私を心配してくれる。
ただ、その自暴自棄には、私は私だから付き合えない。
『――セルドラ。そう悪者ぶれば、いつか誰かが止めてくれるって思ってるでしょ。私は絶対嫌だからね。そんな都合のいい『英雄』は、どこにもいない。来てなんかくれない』
どこか縋るような目をしていたセルドラを、きっぱりと突き放した。
『……ぁ、ぁあ』
その返答に、セルドラの勢いは、叫びさえも止まった。
だが、自嘲しながら、なんとか声を絞り出していく。
『スノウ……、え、『英雄』なら……、来るさ……。望めば、神がなる……。いや、もうなってくれたんだ。二つの世界を争わせようとした邪悪な俺を、神が止めてくれた。おまえにも見せたかったくらいだ。俺とあいつは二人で……、ロマンチックな『竜退治』のストーリーを紡いだ……。あれは間違いなく、『悪竜』と『英雄』の……、戦い……、だった、はずだ。き、綺麗な光だったなあ……。くはっ、くははっ、はははははは――』
笑いながら「はずだ」と言うのは、もう記憶の自信がないからだろう。
例の流れに、ずっと身を任せ続けているから、もう自分で生きている感覚がない。
だから、いつの間にか、大事なものを魔法で上書きされていても、もうセルドラは文句を言えない。
本当に弱々しい。
セルドラは圧倒的な暴力を持ちながら、圧倒的に弱者。
かつての私とローウェンの自棄を見ているようで、心が苦しい。
だからこそ、この最大の好機に、急ぎ私は一番の目的を口にする。
「セルドラ、もうわかってるはずだよ。他人任せは止めて、一緒に行こう。私はあなたと一緒に、カナミを助けに行きたい」
手を伸ばす。
ただ、その手をセルドラは見て、怯えた表情を浮かべた。
分かっているのだろう。
これは救いの手ではない。
自らの足で歩かせるために、少しのあいだ手を貸すだけ。
『俺も……? カナミを助けるだと……。あのカナミを……?』
聞いたセルドラは、99層の空で、その声を震わせた。
ただ、それは『竜の咆哮』だからではない。ただ、本能的にセルドラは恐怖で、声を震わせてしまっていた。
『む、無駄だ……! それは全部、無駄だった! 俺は助けようとして戦って、もう失敗したんだ! 他の奴らが成功していく中! 俺だけがっ、千年前から失敗して失敗して失敗して、失敗してしまったから、こうなっちまってる! 一か月前、俺がカナミを追い詰めたせいで、こんなことになってんだぞ!? こ、こんなことにっ!! スノウ、見ろ!!』
セルドラは両腕を広げて、状況を再確認させようとする。
それは、この『竜の風』の吹き荒れる99層だけの話ではないのだろう。
地上の『終譚祭』も含めて。
なにより、『最深部』で行われている儀式を含めて、叫ぶ。
『俺が失敗したせいで、このザマだっ!! あ、あはっ、は、ははははっ、はははは……!』
失敗とは、カナミの生まれ故郷ニホンで行われた『第八十の試練』のことだろう。
かなり前から、カナミとセルドラは「『試練』は終わった」と言っている。
――だが、私は少し疑問に思っている。
その『第八十の試練』は、本当に本気でやったのか?
当事者二人以外、誰も見ていない戦いだ。
なにより、他の『理を盗むもの』たちのように、『試練』が終わったあとの清々しさがセルドラからは全く感じられない。
セルドラの本気を私は疑う。
その視線を受けたセルドラは、両耳に当てていた両手を動かして、今度は顔を隠し、逃げるように叫ぶ。
『ほ、本気だった! 本気も本気! 俺は全力で『第八十の試練』を課した! 使えるもんは全部使ったぜ!? 信頼を勝ち取り、騙し、寝込みを襲った! 人質も取った! 向こうの世界を巻き込んで、火器も兵器も利用した! 『最強』の俺が、そこまでやって――それでも、失敗だ!! もう強いとか弱いとかの次元を超えてる!! カナミは無敵だ! 戦いにならない! 敵が無いんだ! 居ないとかじゃなくて、その概念が、もう無い!! それはなぜだ!? 次元が違うからだ! その次元の違う存在を、人は何と呼ぶ!? ――『神』だ!! もう神以外に、呼びようがねえだろ!! 俺たち『セルドラ』が祈った神を、どうして『セルドラ』の俺が殺せる!?』
セルドラは『第八十の試練』を思い出したのか、身を縮こまらせて翼も尾も、全身を震わせていた。
敗北のトラウマを、完全に植え付けられている。
これだけ反則的に強いセルドラが、産まれたての小鳥のように震えているのだ。かつての私と同じ類のトラウマでも次元が違うレベルなのだと、見ているだけで伝わる。
『お、俺は……、その神から、『奇跡』を受け賜わった……。魔法《リーディング・シフト》で、人生を『改編』して頂いた……。あの忌々しい『適応』を、『逃避』に上書きして頂いた……! なあっ、素晴らしい『呪い』だと思わないかぁ!? 『逃避』ていいとは、つまり生きていいということ! これからは、普通に『幸せ』になっていいと、俺は許されたんだ……。は、ははっ。ゆ、許されてしまったんだァ!! 人殺しを許せるのは、殺された本人のみだというのに! ゆえに、人殺しは永遠に許されないというのに! そのルールから外れて、俺は赦されてしまった! そんな存在がいるとすれば、それは神しかいないっ!! いまや、神だけが俺を赦して、癒してくれる!! 『安心』も与えてくれる! 神の尖兵となったことで、いま、やっと俺の心は安らいでいる……。だから、もう仕方ないんだ……。俺が祈るのは、仕方ないことだろ……、スノウ……』
ふらふら、ぐらぐら、ゆらゆらと。
99層の宙で妄信するセルドラの姿は、地上の信者たちの誰よりも深みに嵌っていた。
だが、その一方的過ぎる関係を、私は否定する。
「癒されて、『安心』って……。本当にそう思ってる? そんなに震えてて」
セルドラの震える指先を、私は指差した。
釣られて、セルドラは目を向ける。そして、その手をゆっくりと目の高さまで持ち上げて、自らの震えを見せつける。
「よくわかってんじゃねえか、スノウ……。これは、神への畏怖であり、ト、トラウマだ。こんな馬鹿みたいに震えてる俺が、また神と戦れるわけないだろ? おまえの手を、掴むわけないだろ?」
「考え方次第だよ、セルドラ。過去の過ちを悔やんで、怯えて竦むだけじゃない。過ちから学んで、繰り返さないようにすることだってできる。その震えは、食らえば力にもなるんだ……! だから、たとえ失敗しても、もう一度!! もう一度、セルドラは本気で、カナミに挑戦しよう! 私たちと一緒に!!」
「も、もう一度? 無理に決まってる。同じ本気じゃあ、また失敗――」
「失敗でもいい!!」
かつての私と同じ言葉を繰り返すセルドラに、遮るように叫んだ。
その手の言い訳は、もう私は私で聞き飽きている。
答えだって、出ている。
だから、途中は省略して、伝える。
「たぶん、これから私はセルドラに、負ける!! でも、目を覚ましたら、また私はあなたと戦う! 何を失っても、何度だって戦うよ! 諦めないって決めたから!! 何度でも何度でも何度でもっ、勝てるまで戦る!! 逃げるんじゃなくて、全て受け止めて、食らって飛翔くって決めたから!! それを教えてくれたあなたは、違うの!? セルドラッ!!」
「あ……、ぁ……。セ、『セルドラ』……?」
人生を、凝縮して、叩きつけた。
そして、セルドラは言葉を失う。
上手く気圧せている……はずだ。
間違いなく、魂と魂のぶつかり合いで、私はセルドラの心を揺らせている。
ただ、揺らし過ぎたせいか。
セルドラは困惑の果て、ふいに視線を逸らす。
いま自分の名前を呼ばれたはずなのに、首だけを動かして、後ろを見た。
まるで、自分が『セルドラ』ではないかのように。
いま私と戦っているのは、別の『セルドラ』かのように。
この世界に『セルドラ』なんていないかのように。
現実『逃避』し始めているのを感じて、私は叫び止める。
「セ、セルドラ!! 私たちは最も強い種族の『竜人』! 何を諦める必要がある!? 祈って、願って、縋って! そんなことしても、何も変わらない!! 助けなんて来ない! だから、私と一緒に――」
そう励まして、さらに前へ手を伸ばす。
しかし、セルドラは――
「そ、そうだぞ、『セルドラ』……。祈って、願って、縋って……、なんで、俺に殺された? 心臓がない程度、どうにか生き延びる方法があったんじゃないのか? 我が王ロードは、心臓が潰れても動いたぞ。ゴースト混じりのチビもだ。なのに、なぜ? なぜ誇り高き『竜人』のおまえが諦めた? あんな山奥で祈って、待ってても、助けなんて来るはずねえ。『英雄』が殺さないと、『悪竜』は終われなかった。なのに、どうしてだ? どうして、従姉さん……? どうして、俺に本気で勝とうとしなかった。なあ……、なあっ――」
私に「そうだぞ」と同調してくれた。
通じたのかと、一瞬思った。
だが、すぐに違うと気づく。
セルドラは自分の後ろにいる誰かと、いま、話している。
その誰かを『セルドラ』と呼んで、ずっと二人は『一緒に』いる。
精神干渉系の魔法? それとも、単純に長くカナミと一緒にい過ぎたせい?
明らかに、カナミと似た『幻視』だ。『幻聴』も聞こえているのは明らか。ということは、つまり――
不味い。
ディプラクラのときも思ったが、神を詐称するカナミが『狭窄』の影響を撒き散らしているのは、本当に最悪過ぎる。
しかも、ただでさえ『適応』と『逃避』で二重のセルドラに、三重目――!
私が自らの失敗を確信したとき、セルドラは急に前を振り向いた。
そして、ここまでの優しい伯父のような表情を一変させて、親の仇かのように私を睨みつけて、叫ぶ。
『あ、ああぁっ!! ぁあぁああああっ、姑息な真似をっ!! 姑息な真似をぉおおっっ!! まともにやっては勝てないからと! 『王竜』ォオ!! 本当に姑息な真似をぉおおっ!! ローォドォオオォオオォオオオォオオオォォオオオオオオオ――!!!!』
セルドラの振動が爆発的に跳ね上がっていた。
もはや、声という枠を超えていた。
音響のみで、周囲の空間が歪み、視界が白く染まっていく。
さらに私を「ロード」と呼び、指差すことで、99層に満ちた『竜の風』『竜の咆哮』が全て指向性を持った。危険を察知して距離を取ろうとする私を、全方位から包み込んでいく。
驚く。
その無詠唱でありながら強力な魔法――以上に、セルドラの精神状態の悪さに驚く。
これでもかと心の隙を突く私を、「姑息な真似を」と罵るのは仕方ない。
しかし、セルドラは明らかに私を通じて、違う誰かを叱責している。
つい直前まで私と話していながら、人違いしている。
恐ろしく強力な『幻覚』の中、セルドラは醒めない夢を見続けている。
「――『欲深き血から生まれ』『欲昏き種は滅ぶ』! 『飢えるまで貪れ』ぇええっ!!」
まともに機能していない耳だが、その物騒な『詠唱』は私の鼓膜を叩いた。
途端にセルドラの魔力が、いままでとは比較にならないくらい濃くなる。
「――古代複合魔法《竜殺しの竜刃》ァアアアアアアア!!
初めて聞く魔法名。
古代魔法という名を通されたことで、千年前の『魔の毒』という呼称を私は想起した。
ただ、それだけではない。
さらに、二種目。
『魔の毒』とは全く異なる『毒』も感じる。
吹き荒れていく不吉な『竜の風』の中、それは混じっていた。
本能が、これは『この世のものでない毒』と感じ分ける。
記憶が、これが『セルドラが異世界で見つけた叡智』と判断する。
『魔の毒』と似て非なる『小さな小さな粒のような毒』が、特殊な振動と共に、私の頑丈な鱗や皮膚を通り抜けて、肉に巡る血管に浸透していく。
飛ぶ私の四肢を、振動と風と毒が絡み取り、包み込む。
動けないように、宙で拘束して――すぐに、爆ぜる。
私を中心点にして、99層が破裂した。
※来週は短めなので、金曜日20:00に投稿したあと、土曜日20:00にも投稿します。
ご注意ください。
※現在、「好きラノ」さんで2020年上半期ライトノベル人気投票中です。
「異世界迷宮の最深部を目指そう13」と「異世界迷宮の最深部を目指そう14」をどうかよろしくお願いします。
(明日まで!




