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異世界迷宮の最深部を目指そう  作者: 割内@タリサ
9章.終わらない夢の続き
462/518

458.いつか、化け物は百十層に辿りつく。少女は貴方をずっと忘れていませんでした。

 いま本に、物語が足されていくのを感じる。

 しかし、紡いでいるのは僕でなく、マリア。



〝「――ようこそ、カナミさん。ここが・・・この十層こそが・・・・・・・百十層・・・。『火の理を盗むもの』マリアの階層です。急造でも無断拝借でもなく、ここを百十層と思ってくれて構いません。そして、誰よりも早く、カナミさんに『第百十の試練』を受けて貰いたいと思います」〟



 あるはずのなかった文章。

 言いたいことはたくさんあったが、一つずつ指摘していく。


「……マリア。ここは、十層だ。百十層なんて存在しない。そういう風に、僕が作った」

「しかし、カナミさんは続けるんですよね? 物語の続きを」


 押し出されるように話す僕と違って、マリアの答えは素早くも緩やかで、落ち着いている。


「続くのは日常エピローグで、『試練』じゃない。……この迷宮は、攻略クリアされたんだ。陽滝の百層まで、全ての『試練』を乗り越えた僕が、魔石を集め切った。だから、終わり。そういうものなんだ、マリア」

「聞いてます。そういうもの・・・・・・とは、向こうの世界の『てれびげーむ』……でしたっけ? それを勝手に真似てるカナミさんの自分ルールに、私たちが合わせる理由は、どこに?」

「き、聞いている?」


 また。

 『未来視』を超える情報ものが一つ。

 あれだけ『紫の糸』や『執筆』で、綺麗な流れを作っていたのに、一体誰が。


「『ラスティアラ』さんから、聞きました。カナミさんは、全て『なかったこと』にすると」

「…………っ!!」


 マリアは当たり前のことのように言ったが、こちらの内心は荒れに荒れた。


 『ラスティアラ』から、いつどこで?

 ずっと『ラスティアラ』は僕と一緒だ。

 僕の知らない『ラスティアラ』など存在しない。


 その僕の不安を払うように、マリアは言う。


大丈夫・・・。確かに、明日から、みんなとカナミさんの『決闘』は始まります。……けど、私は違うんです。フライングで、その応援に来ただけ。カナミさんなら、必ず『試練』を乗り越えられますよ」


 ずっと僕が口にしていた「大丈夫」よりも、何倍も安心感のある「大丈夫」だった。


「…………」


 僕は落ち着きを取り戻し、「『試練』を受けて貰いたい」という宣戦布告に続いて、「大丈夫」と口にした意味を、スキル『並列思考』で考え始める。


 マリアは『なかったこと』になるのが嫌だから、全力で邪魔しに来たはず。

 しかし、それは僕の自惚れだった?

 応援に来たと言っている。つまり、マリアは僕の味方――


 燃え盛る瞳を見つめる。

 魔法の炎の瞳には、鏡を見ているかのように僕の姿が映っていた。

 仮面はない。髪は伸びた。黒いローブは、始祖カナミのようだ。けれど、火傷跡が千年後であることを示す。出会った頃のマリアを見ているかのように、僕の瞳は空ろ。


 対して、マリアの瞳は燃え盛り続け、真っ直ぐに僕を見つめている。


 嘘だ。

 僕の『計画』を止めに来た以外に、ここで待ち構える理由はない。

 マリアは上手く嘘をついている。

 僕と同じで、嘘をついているとしか思えない。


 が、確証はない。

 内心を読み取ろうと、その魔法の瞳を見つめれば見つめるほど、過去の記憶が蘇える。


 ――『炯眼』。


 彼女を不幸に突き落とし、僕と引き合わせた『生まれ持った違いスキル)』。

 思えば、一度でも僕がマリアの心を読み切れたことはあっただろうか?


 無意識に、袖口から『紫の糸』を伸ばそうとしていた。

 『糸』がなければ読み切れないと、心が早々に降参していた。


 しかし、『糸』は崩れていく。

 この地下空間では上手く保持できない。

 なんとか一本だけに集中して、『紫の糸』をマリアに繋げようと努力する。


 次は熱い。

 10層の燃え盛る火炎には魔力が伴っており、脆い『糸』を焼き溶かした。


 おそらく、マリアには『糸』が見えていない。

 それでも、この燃え盛る空間では、不可視だろうが全てが届く前に焼き払われていく。


 ――理不尽に、強い。


 だが、これがマリアという少女。

 はっきり言って、『計画』最大の不安要素は、彼女だ。


 唯一、僕以外に『理を盗むもの』の魔石たましいを持つマリアだけに、可能性があった。

 いまの僕に、痛みダメージを与えられる可能性だ。


 だから、その『火の理を盗むもの』アルティの力を最大限に活かされて、儀式の隙を突かれるのが、最も困る展開だった。

 それでも、アルティをマリアの中に残すと決めたのは、純粋に彼女たちには『幸せ』になって欲しかったからだ。

 もっともっと報われて欲しい。

 『血陸』出発前に、『理を盗むもの』の輪から外したのは、普通の『幸せ』を手にして欲しいという僕の願い――


 ――たとえ、相手側に切り札を与えることになろうとも、僕の中にあるルール・・・によって、『火の理を盗むもの』アルティをマリアに残した。


 なのに、その相手側にとって大事な切り札が、いまここに一人。

 隣にディアがいない。

 前にスノウがいない。

 潜んだライナーがいない。

 現在のマリアのリーダーは――シア・レガシィは、「せーの」でいこうと提案したはず。事実、それが最適解。もし僕が同じ立場なら、絶対に僕もそうする。敵側としても、それが一番困った。だから、事前にこちらの仲間の人数を増やした。


 ディアやスノウは止めなかったのか?

 いや、もしかして、ディアやスノウも好き勝手に動いている?


 け、喧嘩でもしたのか……?

 いや、最後の温泉旅行では、すごく仲が良かった。

 仲が良かった……はずだ。あそこだけ少し記憶が曖昧なのは、全ての流れ・・が確定したあとで――その意識の隙を突かれて、僕が視ても読んでもいないところで、何かの相談があった?


 あったとしても。

 マリアが、たった一人というのはありえない。

 わざわざ万全の僕と向き合うのもありえない。

 儀式の隙を狙わないと、僕は魔法を使い放題だ。ばらばらに挑戦しても、各個撃破されるだけ。リアルの戦争どころか、ゲームですら基本中の基本のこと。いや、もちろんこれはゲームではない。でも、これはゲームみたいなものだった。ゲーム好きだった僕の為に、妹がゲームのような世界を選んでくれた。ただ、決して異世界はゲームではなかったのだけれど――


 思考が纏まらない。

 『並列思考』で、ずっと聞こえている声がうるさい。

 というか、視えている。すぐそこ。マリアの右後方。


『――マリアちゃん!!』


 もう『繋がり』は、ないけれど。

 絶対に『ラスティアラ』は、いまマリアを応援している。


 さらに言えば、もう一世界ひとり

 例の視線・・も、じっとマリアを見て、期待をしている。

 君は『異世界』だというのに、『異邦人』である僕に注目しないのか――と、ここまで。


 スキル『高速思考』『収束思考』も駆使して、一秒満たずで熟考した結果。

 一秒以上考え込んでいる姿を見せないようにと、ひとまずの返答で取繕っていく。


「――落ち着こう、マリア。とにかく、一旦落ち着いたほうがいい」

「落ち着くのは、カナミさんですよ。さっきから、どこを見てるんですか? 本当に、もう目が……、見えていないんですね」


 だが、取繕った全てを『炯眼』は見抜いた。


「目は……、見えている。さっきから、一体何言ってるんだ、マリア」

「『表皮そと』はまともなようでも、ちっともまともじゃない。誰かが隣に立って見ててあげていないと、すぐに空っぽ。――それが、零守護者ゼロガーディアンのカナミさん」


 粛々と、一方的に、語られていく。

 そして、目の見えない僕を気遣うかのように、マリアは声を出しながら前に出た。


「ここに、このアルティさんの十層で、あなたの前に、マリアが立っています。――そして、いつか・・・は、これからです」


 マリアの一歩目に、鮮やかな赤い炎が迸った。

 歩いた石の床が、どろりと溶け出す。


 二歩目、三歩目も同じ。

 歩いた跡が、溶けた岩マグマとなっていた。


 高温であることは、見ればわかる。

 しかし、ただの高温で溶けるように、迷宮の床は出来ていない。


 その異常現象を確認したとき、さらにマリアの足元の炎は強くなり、この部屋全ての光源を上回った。八方に伸びていた僕の影が、一箇所に集まり後方に大きく伸びる。


「リーパーは、そちらの方を守ってください。ノイさんじゃなくて、そちらの新しい女の子のほうを。カナミさんの新しい犠牲者さんは、保護案件ですよ」


 僅かに顔を後ろに向けると、そこには僕の影から出た褐色の少女リーパーが清掃員さんに寄り添っていた。


 そして、いま名前を数えられたノイのほうは、僕の中で完全に逃げるタイミングを逸する。――震えていた。いまのリーパーのように、自分も出たいのだろう。けれど、しっかりとマリアが「ノイさん」と捕捉しているから、その一歩目が踏み出せない。


 ノイは千年前の色々な戦いを見守ってきた。

 だから、知っている。


 ――いま出れば、一瞬で炭にされる。


 『世界の主』さえも怯えさせる火力が、『火の理を盗むもの』にはあった。

 だから、アルティは十守護者テンガーディアンだったのだ。

 他の全ての『理を盗むもの』たちを差し置き、星の循環機能を最大利用して、その力を削いだ理由。それを、マリアは正しく理解しているのだろうか。


「マリア、ちゃんと僕は見えてるよ。聞こえてもいる。だから、僕の話も聞いて欲しい。アルティの全力は、本当に危険なんだ。『親和』したての一年前でさえ、パリンクロンごと大陸を削いだだろう? 『火の理を盗むもの』の力は、いまの成長したマリアが、全力で利用していい力じゃない。氷河期どころの話じゃなくなる」


 早口で言い切った。

 ただ、まだ『試練』を避けようとしている僕を見て、マリアは驚いた顔を見せる。


「アルティさんの全力ですか……? いま、私は百十層と言いました……。ひとりを超えていくのが、『親和』の力。いまの私を、全盛期のアルティさん程と計算しているなら、カナミさん、それはちょっと――」


 少しがっかりもしていた。

 まるで目の見えていない僕を、憐れんでいるようにも見えて――


「もし私が『世界の主』となってしまったら、カナミさんの代わりに『ラスティアラ』さんを助けます。妹さんもティアラさんも、しっかりと私が受け継いでいきます。そこは安心してください。――『約束』します」


 優しい声でマリアは、『契約』でなく『約束』と言った。

 なぜか、これだけは真実だと、簡単に読み取れた。


 いま、マリアはこう思っている――

 思っていたよりも、僕がぬるい。ノイが弱い。流れが遅い。

 もし自分が勝ってしまったら、そのときはそのとき。

 新しい『世界の主』は、私か。仕方ない。

 ――くらいの軽さで、四歩目と五歩目を踏み出し、『第百十の試練』を始めようとする。


 迷宮の地面さえ溶かす熱源が近づいてくるが、それよりも、代わりに『ラスティアラ』を助けるだって?

 させるものかと僕は、無意識に氷結魔法を構築していた。


「――《フリーズ》」

「――《フレイム》」


 間髪入れず、マリアは対応した。

 初歩魔法が二つ、ぶつかり合う。


 瞬間。

 10層のフィールドが、僕とマリアの間に包丁を入れたように二等分にされた。


 冷気と熱気。

 相反する二属性が互いの領域を広げようと、せめぎ合う。

 熱風が巻き起こり、水蒸気が満ち――ない。相殺されず、僕の《フリーズ》が一方的に負けて、呑み込まれて、冷気は跡形もなく消えていた。


 対して、マリアの炎は一切減衰しない。

 消えない炎・・・・・が、勢いを落とすことなく、さらに溶かしていく。

 《フリーズ》に続いて、地面までも。

 10層と11層の間に挟まった石の板が、チョコレートが溶けるようにドロリと融解していった。


 ――不味い。


 マリアは宣言通り、110層に相応しい炎を使っていた。

 しかし、ここは10層。

 千年前の始祖カナミが想定した迷宮の耐久度は、守護者ガーディアンアルティの10倍程度までだったのだろう。


 だから、10層の地面がマリアの熱に堪え切れず、溶けて、抜け落ちる。

 足場を失い、僕は浮遊感に襲われた。


 すぐさま、打開策を『未来視』で探そうとするが、まだ熱い。

 広げようとした次元魔法の感覚が、高温の鉄に触れたかのように火傷して、中断させられた。


 咄嗟にローブの袖から、『紫の糸』を約二十本ほど伸ばす。

 完成度は低いが、どれか一本。たった一秒だけでいい。

 繋げれば、このマリアの異常な強さの理由が判明する。

 その思考・行動・目的・理念を読み切り、瞬時の『高速思考』で分析・対策・計画・実行まで動ける。


 ただ、問題があるとすれば、110層を自称するマリアから発せられる熱は、80層のセルドラの振動を大きく上回っていて――と不安がよぎったとき、同じ高さで落ちていくマリアの姿が見えた。


 視線が合う。

 同じ浮遊感の中、マリアは前方に魔法を放とうと、片手を前方に構えていた。

 癖のように、僕も全く同じ構えを取る。


「『おこれ断炎』――」

「『伝え断氷』――」


 懐かしい『詠唱』が反響する。


「『夢幻蹌踉とせんまにまに』『星を飲み込め』――」

「『夢幻蹌踉とせんまにまに』『星を飲み込め』――」

「――火炎魔法《ミドガルズブレイズ》」

「――氷結魔法《ミドガルズフリーズ》」


 大蛇の魔法。

 どちらとも、星を一周りさせられるほどの大きさで構築できる魔力があった。


 しかし、凝縮して、この空間を泳げる最高の大蛇が二匹。


 崩れ溶けて行く迷宮の中、氷蛇と炎蛇が生成され、浮かぶ。

 相反する二属性の魔法が向かい合い、同時に宙を泳ぎ出し、噛み付き合った。


 また魔法がぶつかり、先ほど以上の衝撃と熱が奔る。


 だから、10層のみならず、11層も。

 その地面が熱に堪え切れず、溶けて、抜ける。

 さらに下へ下へと、僕とマリアは迷宮を落ちていく。


 落下が『第百十の試練』の始まりの合図となった。




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― 新着の感想 ―
原点回帰アツすぎる でもマリア勝つ気があんまり無さそうに見える やっぱりアルティって最初のボスの力量じゃなかったんやな 明らかに強すぎる ところでアルティの本名ってマリアなのか?
[一言] イメージをしていて、ふと思ったんですが・・・ マリアちゃんって服着てます? だって、何でも燃やし尽くす炎を纏ってたら、服とか全部焼けますよね? あと、普通に火と水で水蒸気爆発しそうな気がす…
2021/02/23 21:17 退会済み
管理
[良い点] ヤベー理を盗む者程力を削ぐために浅い階層に出てくるという話がありましたね。 当初はアルティがそんなに?って思ったものですが、この終盤で色々なものの評価がひっくり返っていく感じに脱帽です。 …
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