42.前々々々夜祭
ラグネちゃんたちを退けたあと、僕たちは自宅に戻ってくる。
掃除洗濯をしていたマリアが帰ってきた僕たちに気づき、困ったような顔をする。
「おかえりなさい。ご主人様、ラスティアラさん。早いですね。食事の用意はまだなのですが……」
どうやら、予定していた時間よりも早かったため、まだ食事ができていないらしい。
時間が空いてしまった。僕は買い物がてらにディアのお見舞いにでも行こうとして、ラスティアラに引き止められる。
「じゃあ、キリスト。お祭りに行こうよ」
居間の椅子に座っていたラスティアラが、僕を誘う。
「お祭り?」
「うん。いまフーズヤーズはお祭りの真っ最中なんだよ。四日後に、一年に一度の聖誕祭があるんだけど……その日までの一週間、国をあげてお祭りしてるんだ」
「ああ、聞いたことがあるな」
確か、ディアから聞いた話だ。
退院が聖誕祭になるということで、その日に遊ぼうと約束していた気がする。
「私、お祭りに参加するの初めてだから、とっても興味があるんだよねー」
「僕も興味がないわけじゃないな」
文化の違うお祭りと言うのは興味がある。
そもそも、元の世界でもお祭りの経験は少ない。――行きたくても行けなかった。
なので、お祭りというイベントは僕にとって魅力的なのだ。
「それじゃあ、決定。行こう行こう」
「ああ。どうせ、水を買いに行かないといけないからな」
僕は同意する。
意味のないイベントかもしれないが、持て余した時間ならば気分転換に丁度いいだろう。やらなければいけないことは、いまのところ水の補給くらいだ。
そう考えて軽く同意すると、料理を作ろうと取り掛かっていたマリアが声をあげる。
「ま、待って下さい。それって、いわゆる――」
しかし、その声は途中で止まる。
僕はマリアに目を向けると、一瞬だけ悔しい顔をしていたように見えた。しかし、すぐに彼女は表情を消して、押し黙ってしまう。
もしかして、僕たちがマリアを置いていくとでも思っているのだろうか。
ラスティアラは笑いを堪えているだけで、会話に入ろうとしない。
仕方がなく、僕が声をかける。
「マリアも一緒に行こう。用意して」
「……え、私も行っていいんですか?」
「当たり前だ」
ここで誘わなかったら友人とも仲間とも言えなくなる。僕としては、当然のことなのだが、マリアにとってはそうでなかったらしい。
「でも、食事の用意が――」
「今日は外で食べよう。一緒に」
「は、はい……」
僕は強引にマリアを説得する。
そして、彼女に近づいて、その手を引いて外に連れ出そうとする。
「行こうか。ラスティアラ、案内してくれ」
「ふふっ。いいよ」
ラスティアラはニヤニヤしながら、ゆっくりと立ち上がる。
楽しそうで何よりだが、面倒くさいやつだ。最初からマリアを連れて行く気はあったくせに、それを言葉にしなかった。自分の楽しみのために、わざわざ僕に誘わせる形を取った。
「笑ってないで、さっさと案内しろ」
前方で笑うラスティアラの頭を叩きながら、僕たちは家から出る。
僕の家からフーズヤーズまでは、さほど遠くない。連合国中心にある迷宮に近いということは、つまり他国にも近いということなのだ。
一時間ほど歩くと、すぐにお祭りの活気を感じ取ることができた。フーズヤーズが国をあげてお祭りをしているのは間違いないようだ。国の端でも熱気が凄まじい。
街の大通りに入ると、多くの出店が並んでいた。
店主たちは大声をあげて、お客を寄せようと張り切っている。食べ物を置いている店もあれば、小物を売っている店もあり、そのジャンルは様々だ。
僕は食文化に興味を惹かれて、並ぶ食べ物を観察していく。
僕の世界と似たような手軽な菓子もあれば、見たことのない料理もたくさんある。それに、調理器具も見たことがないものばかりだ。この世界独特の魔石を利用した熱源や、魔法が作用してるであろう包丁などを見ると、異世界の祭りであることを実感する。
正体不明の焼きもの。
形の悪い木の実の盛り合わせ。
独特な焼き方をした肉の串。
食べ歩くのに向いていないであろう巨大なパン。
当然ながら、目新しい食べ物ばかりだ。
味を想像できない食べ物を前に、僕は興奮を隠しきれなかった。
「ご主人様、屋台くらいでキョロキョロしすぎですよ……」
その田舎者のように落ち着きのない僕を、マリアが注意する。
「い、いや、ちょっと珍しくて……」
「聖誕祭のお祭りなんて、どこでも毎年やっているじゃないですか。屋台も定番のものばかりですし……」
どうやら、マリアにとっては見慣れたものらしい。
この光景を前にしても、何の感慨も浮かばないようだ。
だが、僕にとっては違う。
全く文化の異なるお祭りとなれば、全てが新鮮でしかない。そんな僕の事情をマリアは知らないので、何がそんなに面白いのか理解してくれない。
「いや、僕の故郷では、こんなお祭りやってなかったから、すごく新鮮なんだ」
「え、ご主人様ってファニア出身ですよね?」
「あ、ああ。ファニアの辺境に住んでたから、お祭りなんてなかったんだ。だから、お祭りは初めてなんだよ」
「辺境、ですか……?」
マリアは僕の言葉を繰り返す。
納得していない様子だが、故郷の話を続ければ続けるほど、僕の嘘が崩れてしまう。お祭りの空気を楽しむのに忙しい振りをして、僕はマリアから離れていく。
僕が周囲を観察していると、仮装した一行とすれ違う。
獣の毛皮に獣の被り物をした集団だ。狼や熊を真似て、仮装をしているのだろう。このお祭りでは、そういった格好をすることに何らかの意味があるのかもしれない。
僕はフーズヤーズに詳しいであろうラスティアラに聞く。
「なあ、ラスティアラ。いまの仮装には、どんな意味があるんだ?」
先導していたラスティアラは、こちらに振り返り、興奮した様子で答える。
「知らない!」
「え、知らないのか?」
「うん。私も初めてって言ったでしょ」
ラスティアラは声を弾ませながら、僕と同じように周囲を見回す。
それを聞いたマリアが信じられないものを見るように、驚く。
「本当に初めてなんですか?」
「恥ずかしながらね。色々あって、お祭り中の街に来たのは今日が初めてなんだ。だから、経験者なのはマリアちゃんだけになるね」
「あ、ありえません……。お祭りに参加したことのない人が二人も……」
「だから、さっきの仮装、私も気になってるんだ。教えてよ、マリアちゃんっ」
ラスティアラは先導するのを止めて、マリアの隣に移動する。そして、三人で横並びになって歩き始めながら、マリアの説明を聞く。
「さっきの仮装は、無病息災を祈っての仮装ですよ。由来は大陸に伝わる神話です。神話に出てくる聖人ティアラ・フーズヤーズの仲間の格好をすることで、その聖人さんの御加護を願っているんです。生誕日に近づけば近づくほど、聖人さんの力が大陸に戻ってくるらしいので、このお祭りの間を仮装して過ごす方は多いですよ」
「あぁー、そうそう。そういえばそうだった気がするよ」
マリアの説明を聞いたラスティアラは、思い出したように手を打つ。
「そういえば、ラスティアラさんの名前って、聖人さんの名前と似ていますね。ご両親は、聖人さんの御加護を願ってつけたんですか?」
「お、流石マリアちゃん。その通りだよ」
「縁起の良い名前ですね」
何でもないようにラスティアラは同意し、マリアはそれを小さく笑う。
しかし、僕は笑えない。マリアは知らないが、僕はラスティアラの姓が『フーズヤーズ』であることを知っている。なので、どうしても、何らかの事情がありそうだと邪推してしまう。
僕たちはマリアの説明を聞きながらフーズヤーズの街を歩く。
お祭りが最も盛んなのは町の中心部なので、自然と足はそちらに向いている。番地で言えば50番に当たる。
「よーし、マリアちゃん。一緒に買い食いしようね」
「え、嫌ですよ。お祭りの食べ物は、割高でもったいないです」
「――っ!? で、でもっ、食べなきゃここに来た意味がないよ?」
「私は見てるだけでいいです」
「えぇー……」
確かにマリアの言い分も尤もだ。
この世界の相場に詳しくない僕でも、出店に並んでいるものが割高であるということがわかる。お祭りに慣れているマリアにとって、ここにあるものは高いだけで付加価値のないものなのだろう。
このままでは、ラスティアラが可哀想なので僕は助け舟を出す。
「ラスティアラ、諦めろ。僕が付き合うから」
「仕方がないか……。キリストでいいや」
ラスティアラは僕よりもマリアと遊びたかったようだ。
気落ちした様子で、渋々と了承した。
とりあえず、買い食いをしながら、お祭りの中心に僕たちは歩くことにする。
ただ、途中から、どうにかして遠慮するマリアに買い食いさせるというゲームに発展したりしていた。
◆◆◆◆◆
「――おい! ラスティアラ! なんか、変なのがあるぞ!」
「うわぁ、すごい! なにこれぇ!?」
そして、小一時間もしないうちに、僕とラスティアラのテンションは頂点に達していた。
最初はクールを気取っていた僕だったが、余りにも珍しいものが多すぎて、高揚感を抑えきれなくなったのだ。ラスティアラも僕と同じような反応をするので、どうしても二人で盛り上がってしまう。
「それ、子供用の遊びですよ?」
後ろではクールなマリアが、僕たちを可哀想なものを見る目で見ている。
だが、マリアの冷たい目にも慣れてきた僕は、構うことなく浮かれる。
買い食いを繰り返しながら進んだ僕たちは、町の中心部にある大広場まで辿りついてた。そこには物を売るお店だけでなく、遊園地のアトラクションのようなものが配置されていたのだ。
といっても、現代的な豪華なものではなく、射的や型抜きのような質素なものだ。
しかし、僕を興奮させるには十分なものだった。
僕は元の世界でも、こういった遊びをした経験がない。その上、現代にはないであろう種類の遊びもあるのだから、興味は増すばかりで止まらない。
いまのところ、僕は異世界の射的に興味津々だ。
矢じりの代わりに布を巻いた矢を用いて、柵の中で走り回る動物を射るゲームのようだ。布には塗料が付着してあり、それで射抜けば動物を仕留めたかどうか判断できるようになっている。僕の世界だったら、安全性の問題や動物愛護の観念から実現しないであろうゲームだ。
柵内を軽快に動物が走り回る。
その動きの俊敏さから、動物ではなくモンスターではないかと思ってしまうが、知識の浅い僕には判断はつかない。
賞品に大した物はないが、そう簡単に射抜かれないであろう標的を見て身体が疼く。
だが、マリアの言うとおり、大の大人たちはこの遊びをやろうとしてない。といっても、僕と同年代くらいの子は平気でやっている。
要するに、僕とラスティアラの背が平均より高いため、成人がやっているように見えてしまうのがネックなのだ。
僕は悪目立ちを避けて、とりあえずマリアが最初にやること薦める。
そうすれば、僕も少しは自然な形で参加できる。
「マリアは子供じゃないか。まずマリアがやってくれないか? そうすれば僕たちも、いくらか自然に参加できるし」
「わ、私は子供じゃありません! もう十三になります!」
僕の情けない考えに一言あるかと思ったが、それよりもマリアは年齢について反論した。子供扱いしていることにご立腹の様子だ。
それにしても、マリアが十三才というのは意外だ。思っていたよりも年を食っている。
だが、僕にとって十三才というのは十分子供の範囲内だ。僕は自分を大人だとは思っていないし、自分より年下の子を大人と思えないのは当たり前だ。
――しかし、それは僕の世界の価値観の延長の話だ。
なので、ラスティアラに確認をとる。
「ラスティアラ、十三って大人なのか?」
「んー、こっちじゃあ一人前扱いだね」
「そっか……」
こちらの世界では成人の年齢が低いことを確認し、マリアに軽く謝る。すると、マリアは思いついたように疑問を投げかける。
「そういえば、二人はいくつなんです?」
僕の年齢。
言葉の翻訳の正確さにもよるが、いまのところ暦において、世界間に大きな差はないはずだ。僕の世界で数えた年齢を答えても大丈夫だろう。
「僕は十六だね。たぶん」
「十六!?」
マリアは僕の年齢を聞いて驚いた。
僕の背は高いが、顔は年相応の童顔なので、ここまで驚かれるのは初めてだ。
「そんなにおかしいかな?」
「いや、二十前後だと思っていました。背が高いし、それに物腰も柔らかだし……」
どうやら、マリアは僕のことをかなり年上に思っていたようだ。しかし、理由が物腰というのは予想外だ。続いて、ラスティアラも答える。
「私も同じく十六だね。一応」
「えぇ!?」
またしてもマリアは驚きの声をあげる。
僕ほどではないとはいえ、ラスティアラも身長は高い方だ。さらに、大人顔負けのプロポーションをしているるため、平均よりも大人に見える。マリアはラスティアラのことをもっと年上だと思っていのだろう。
「あれ、そんなに意外かな?」
ラスティアラが不思議そうにこちらを見る。
僕は薄く笑って首を振る。そこまで僕は驚いてはいない。
ただ、未だにマリアは驚きを抑えられていないようだ。
「たった三才差で、こ、ここまで……。背も、胸も……」
わなわなと身体を震わせ、自分の体型とラスティアラの体型を見比べている。
確かに三才差とは思えない。それほどまでに、成長度合いに差がある。
僕が憐れみをもってマリアを見ていると、その視線に気づいた彼女は気を取り直して、僕たちに注意を呼びかける。
「と、年はとにかくっ! 二人は立派な大人に見えるんですから、こんなことをしていると笑われますよ!」
結局はそこに行き着く。
老けて見えてしまえば、本当の年齢など意味はない。
「そこまで気にしなくても……」
「この生暖かい目を感じてください! 恥ずかしいことです!!」
確かに騒いでいる僕たちを微笑ましく見る目はある。しかし、それはお祭りで興奮している人を見る目であって、可哀想な人を見る目ではない。それに、どちらかといえば、ラスティアラの美貌に見惚れている目のほうが多いと思う。
ラスティアラはそこにいるだけで人の目を惹く。
その容姿が人混みに埋没することを許さないのだ。そのためか、同行している僕に対する嫉妬の目も多い。最初は目立たないように遊ぼうとしていたが、これのせいで僕は早々に諦めてしまった。
「ふふっ。マリアちゃんが恥ずかしそうにしていると、こっちは逆にテンションが上がるなあ。マリアちゃん、この私が、その程度で踏みとどまるとでも思ったの?」
恥ずかしそうにしているマリアを愛でながらラスティアラは意気揚々と、射的の遊戯の受付に足を運んだ。
それをマリアは止めようとしたが、止めようとすれば止めようとするほど嬉しそうにするラスティアラを前に、ついには諦める。
ほどなくして、ラスティアラは受付のおじさんから弓と矢を受け取り、遊戯が開始される。
遊戯の内容は、一定の位置からフィールド内の動物たちをどれだけ仕留められるかというものだった。時間内に仕留めた数によって賞品が貰えるらしい。
ラスティアラは弓に矢をつがえて、一射ずつ丁寧に撃っていく。その全てが流麗で正確無比、まるで英雄譚に出演する射手のごとき神業だった。
それを行っているのがラスティアラほどの美貌の者ならば、人目を惹くのは必然だ。最初は次々と動物を射抜く挑戦者に子供たちが驚きと好奇心で集まり、それに周囲の大人たちが釣られ、その存在感に釘付けとなる。
終了時間を示す砂時計が落ちきったときには、フィールドに放たれた鳥や獣のほとんどが仕留められていた。
終わりと同時に周囲で眺めていた子供が「すごいすごい」と騒ぎだし、遠めに眺めていた大人たちも拍手をもってラスティアラを讃えた。
「ふっ――、思いのほか楽しい」
ラスティアラは満足そうに呟き、弓を舞いのようにくるくると回し、最後には決めポーズを取ってまでしてギャラリーに応える。
そして、ラスティアラはその拍手の中を進み、顔が引きつっている受付から賞品を受け取る。ただ、自分が異常であることを理解しているため、値の張った賞品ではなく、得点が低くても手に入る可愛らしいネックレスを選び取った。
ほとんどが木製だが、中心に魔石が一つあしらわれており、安物過ぎず豪奢過ぎない一品だ。
ラスティアラはネックレスを受け取ったあと、こちらのほうに歩き、それをマリアの首にかける。
「私からのプレゼントだよ、マリアちゃん」
「は、はあ。ありがとうございます……」
マリアは小さくお礼を言うと、それを周囲の人間は微笑ましく見つめていた。
なるほど。
マリアという子供へのプレゼントとすることで、ラスティアラの大人げなさを打ち消したみたいだ。あれなら、恥ずかしいことはないかもしれない。
この状況で挑戦するのは目立つだろう。けれど、ラスティアラがここまで目立ってしまった以上、もう僕たちが目立つのは避けられない。
ならば、やりたいことをやろうかと僕は判断し――
「よし、それじゃあ僕も負けてられないな。マリアへのプレゼントのため、腕を奮わしてもらおうかな」
本当は自分がしたいだけだが、周囲の人間に言い訳するため、わざと聞こえるように言う。
「あ、いえ。別に――」
「さあて、やろうか!」
マリアの拒否を最後まで言わさずに、僕は受付のほうに歩く。ラスティアラのを見てると、僕もやりたくて仕方がなくなったのだ。
先ほどの神業の次に遊ぶには、よほどの勇気がいるため、受付は空いていた。
僕は弓と矢を受け取り、標的の洗浄が終わったあと、遊戯は始まった。
「――魔法《ディメンション・決戦演算》」
僕は気づかれないように魔法を展開する。
よほどの実力者じゃないと魔法には気づけないだろうが、よほどの実力者であるラスティアラが僕の魔法に気づいて、笑いを堪えきれず噴き出していた。
ラスティアラのように美しく仕留めていくことはできないので、目標は先ほどの点数を上回ることに集中する。だが、弓の経験のない僕は、最初の数発を外してしまう。魔法と技量の恩恵があるとはいえ、ラスティアラのようにはいかないようだ。
だが、数度の調整を終えれば、もう慣れたものだ。
人間離れした感覚器官と技量が、狙いを正確にしていく。先ほどのラスティアラの見様見真似で、僕はステータス任せに矢を放ち続ける。
そして、MPを浪費し本気でやったおかげか、先ほどのラスティアラの得点を僅かに上回ることを成功する。
周囲で見ていた人たちが喝采をあげ、この場の熱がさらに温まっていく。
賞品を受け取りにいき、その選択に僕は迷う。マリアにあげられるものならば何でもいいのだが、アクセサリとなると種類はそう多くはない。僕は仕方がなく、先ほどのネックレスと似た腕輪を受け取る。
そのまま、マリアの方へ歩いて、手渡す。
「ほら、マリア」
「なんて大人気ない……」
マリアは呆れた表情でそれを受け取り、すぐに背中を向けてこの場から離れようとする。
これ以上目立つのを避けたいのだろう。単に、騒がしい空気に馴染まないというのもあるかもしれない。
「ま、待ってよ、マリアちゃん。キリストの得点超えたいから、あと一回やらせて!」
後ろでは、無駄に負けず嫌いなところをラスティアラは見せていた。
けれど、それをマリアは放置して離れていく。このままだと泥仕合に発展する予感がするので、僕はラスティアラを窘める。
「ほら、ラスティアラ。行くぞ」
「えー、勝ち逃げー……」
ラスティアラは渋々といった感じで、その場から離れようとする。
人混みに紛れこもうとしているマリアを見失わないように、周囲の好奇の目をくぐって僕たちは小さく走る。
マリアに追いついたあたりまで来ると、もう僕たちを注目する人はいなくなった。色々と注目を集めはしたが、多くのイベントがあるお祭りの中の騒ぎの一つでしかない。人混みに混ざりこんでしまえば、ラスティアラに向ける羨望の目以外に、僕たちに目を向ける人はいなくなった。
先に進むマリアへ、ラスティアラが声をかける。
「マリアちゃんはやらないの? お金が心配なら、私が出すよ。誘ったの私だし」
「……はあ。あの後にできるわけないじゃないですか。別に私はいいです、小さい頃にやったことがありますから」
「あ、やったことがあるんだね。それなら、いいかな」
そう言ってラスティアラはマリアの前を歩き出す。
視線は忙しなく面白そうなものを探しながら、お祭りの人だかりを掻き分けて行く。
ある程度歩き進むと、川辺が見えてくる。そこには一際多い人だかりができており、何らかのイベントが催されているようだ。
それを見つけたラスティアラは、はしゃぎながら僕の手を引く。
「川のところで、何かやってるよ!」
「水辺でしかできない何かをやってるみたいだな」
僕は元の世界の金魚すくいを思い出して、期待を膨らませながらラスティアラについていく。
はぐれてはいけないので、ラスティアラが握っていない方の手でマリアの手を掴む。そして、三人で川辺の店まで歩いていった。
川には上流と下流に網がかけられており、その間の空間に大量の魚が放たれていた。川は大人の膝ほどくらいまでの深さしかなく、多くの人が魚を手掴みしようと躍起になっている
「取り放題食べ放題の、魚手掴みゲーム……かな?」
こういったものは僕の世界でも見られたので、少しばかり期待はずれだ。
だが、ラスティアラは目を輝かせて挑戦したそうにしている。
「やるよ! 次はキリストに負けないから!」
ついでに僕と競争もしたいようだ。
どうやら、先ほどの負けが響いているように見える。
「仕方がないな。僕が参加しないと、ラスティアラも張り合いがないだろうからね」
見たことがある遊戯とはいえ、やったことがあるわけではない。面白そうなのは間違いなく、断る理由が僕にはなかった。
僕たちは順番待ちをしている列に並び、他愛もない雑談を始める。
マリアと魚料理について教えあったり、ラスティアラが食べたいものを聞いたりして時間を潰して――そして、順番が半分まで進んだところで、背後から声がかかる。
「――あれ? キリストとマリアちゃんじゃないか」
獣の仮面を側頭部に付けた少女が、僕たちを見つけて近寄ってくる。
服を何枚も重ね着している迷宮の守護者、アルティだった。
僕は少しばかり警戒を強めて、周囲を見渡す。
アルティが一人だけであることを確認して、ほっと一息ついて手をあげて応える。マリアも一礼して対応した。
「アルティ。なんで、ここにいるんだ?」
「なんでって、私が遊んでちゃ悪いかい?」
「いや、悪くないけど」
悪くはないが、迷宮のボスがふらふらと出歩いているのを見ると、僕の心臓によくない。
「さっきまでエルトラリュー学院の友達たちと、遊んでいたよ。いまは君の苦手なフランちゃんはいないから、安心したまえ」
「そりゃ、安心だ」
僕とアルティが話をしていると、後ろにいたラスティアラが笑い始める。そして、楽しそうにこちらへと寄ってくる。
「ぷふっ、すごい驚いたよ。可愛いのに、なかなかできると思って、君の事を『擬神の目』で見たら、まさかのまさかの――ふふふふふっ」
ラスティアラから先ほどまでの朗らかさが消えうせ、まとわりつくような戦意を放っている。
おそらく、アルティが人間でなく、かなりの実力を持ったボスモンスターということを見てしまったのだろう。
僕は説明するために、アルティとラスティアラの間に割り込む。
「待て、ラスティアラ。こいつは僕の協力者だ。絶対に――」
「大丈夫。見たところ、そういう空気じゃないのはわかるよ。えーっと、アルティちゃんでいいかな? 私はラスティアラ、よろしくね」
ラスティアラは僕の言葉を遮って、アルティに挨拶をする。
「ほう。君が、あの――なるほど。君とは仲良くできそうだ。ただ、気恥ずかしいのでちゃん付けはやめてもらえないかな。君とは呼び捨てで呼び合いたい」
「わかったよ、アルティ」
「うむ、よろしく頼む。ラスティアラ」
二人は握手をして、にこやかに笑い合う。
その様子を僕は恐る恐る見守る。正直なところ、いまここで殺し合いが始まっても僕は驚かない。そのときは、マリアだけ連れて魔法《コネクション》で帰ろうと思う。
そんな目で見ていることに気づいたのか、アルティは笑いながらこちらに話を振る。
「心配性だなあ。キリストは」
「僕が普通なんだ。それで、アルティはこれからどうするんだ?」
「そうだね。少しばかり君たちとも遊ぼうかな? 長くは付き添えないがね」
「まあ、遊ぶくらいなら……」
本当はどこかに行って欲しいが、ここで無下な扱いをするのは協力者として薄情すぎる。僕は嫌々ながらも、同行を許した。
それを聞いたラスティアラは、さらに嬉しそうになる。
「いいねー。それじゃ、アルティ、キリスト、私の三人で競争しようよ。アルティちゃんの実力も見てみたいからね」
迷宮の守護者であるアルティと競えることが楽しみのようだ。だが、アルティは苦笑いをしながら断る。
「それは遠慮しておこう。水は苦手だから、マリアちゃんと二人で野次だけ飛ばさせてもらうよ」
そう言って、アルティは参戦を辞退する。
セオリー通り、火のモンスターであるアルティは水が苦手なようだ。
後方に下がってマリアと話し始める。
その後、順番が回ってきたので、僕とラスティアラだけで挑戦することになった。
僕は全力でラスティアラに勝とうと作戦を練る。それがラスティアラの望みだと知っているからだ。
結局、ラスティアラの望みはいつだって、全力で遊べるかどうかだ。それが僕とできるとわかっているから、あいつは僕の傍にいる。
僕にはラスティアラを楽しませる義務がある。そういう『契約』をした。
おそらく、これもラスティアラの言う「冒険を楽しみたい」という夢の一つなのだろう。ラスティアラの様子から、それがなんとなく伝わってくる。
とはいえ、全てが義務感というわけでもない。
僕だって、心のどこかで、この異世界の「冒険を楽しみたい」と思っているのだろう。ラスティアラに付き合うのは、さほど苦痛ではない。
楽しみながら、ラスティアラという戦力を確保できるのならば、文句はない。
僕は次元魔法の全てを駆使して、ゲームを勝ちにいく。
結果、周りの客が引いて、店主が青ざめるレベルの競争になってしまい――最後はアルティに実力行使で止められ、マリアの説教を延々と受けることになってしまった。
それでもラスティアラは楽しそうだった。
僕も、そこそこ楽しかった。
そして、迷宮さえ関わらなければ、僕たちは気が合うということがわかり、少しもったいないなと思ったのだった。




