40.20から23層まで
翌日、僕とラスティアラは二人で、迷宮の21層に挑戦し直していた。
「――さて! ようやく、本格的な迷宮探索を行えるね。キリスト」
「ああ。ただ、お前の思う本格的と僕の思う本格的には、大きな差があるだろうけどね」
僕たちは家の魔法《コネクション》を経由して、迷宮20層までショートカットした。朝早くから20層という深層にいるのは新鮮な感覚だ。
ラスティアラは身体を解しながら、楽しそうに僕の後ろを歩いている。
昨日とは違い、今日は僕が先導している。
僕の能力を最大限に活かす為、本来のポジションに戻ったのだ。
僕は索敵を行いながら21層を歩くが、後方のラスティアラのうるさい話し声は止まらない。
「キリスト! 目指すは30層だよ!」
「……いや、1層ずつ、様子を見ながら進んで行こう。まずは21層で肩を慣らして、当面の目標は『正道』の終わりあたりにでも設定して――」
「キリストの話は長い!!」
僕が方針を提示していると、それをラスティアラは拗ねたように突っぱねた。
迷宮での方針において、僕たち二人は全く相容れなかった。早朝から話し合ってきたものの、迷宮に入った今でも、その方針を統合できていない。
――と言っても、これでいいと思ってはいる。
ラスティアラをコントロールするのが難しいことは、最初からわかっていたことだ。
僕が彼女に合わせるしかないのだが、最初からラスティアラに譲って甘やかしていては後に響く。
積極的すぎるラスティアラを消極的すぎる僕でバランスを取るのが理想。だから、どちらも譲らないくらいが丁度いいのだ。
「僕の話は長いかもしれないけど、迷宮を進んでいく上で間違ったことは言っていないつもりだよ」
「迷宮を進んでいく上で、つまらないことを言っているけどね」
「正しさとつまらなさは比例するんだよ。あと、僕は別に楽しみに来てる訳じゃないし」
「けど、キリスト。それだと契約違反だよ? 私はキリストの迷宮攻略という目的に協力してあげるんだから、キリストは私の迷宮を楽しむという目的に協力する義務があるんだよ」
「ああ、その通りだ。――これは『契約』なんだ。だから、間をとって行動しようじゃないか、ラスティアラ。おまえが楽しむのはいい。けど、僕の目的も忘れるなよ。勝手はできるだけ慎んでくれ」
「あぁ……。その釘を刺すために、朝からずっと頑固だったのか……」
こいつにはこのくらいの釘を刺さないと安心できない。
いままで組んできたディアやマリアとは、全く違うタイプの人間なのだ。
「日頃の行いが悪いからだ。出会ったときから、おまえはいつも……っと、お喋りはここまでだな」
ラスティアラと話していると、魔法《ディメンション》でモンスターの接近に気づく。
「おっ、早速きたね。いやー、便利だねえ。キリストの索敵魔法」
「この先に敵が一体いる。昨日と同じでかいサルだ。僕が先に飛び込んで引きつける。そのあとに飛び込んでくれ。コンビネーションは、僕の方から合わせる」
「私を猪か何かだと思ってない? まっ、いまは従ってあげるよ」
「いくぞ――!!」
僕は掛け声と同時に走り出す。
本気で駆けているにもかかわらず、ラスティアラは僕のすぐ後ろをぴったりとついてきていた。やはり、能力面では安心できるやつだ。
回廊の角を一つ曲がると、異形のモンスターを目視できるようになる。
昨日と同じモンスター、フューリーだ。
僕が接近したことに気づいたフューリーは、その四本腕で迎撃しようとする。
僕は四本の豪腕を掻い潜り、フューリーの股下を抜けて背後に回る。フューリーは後ろに回った僕を攻撃しようと、身体を捻らせようとする。だが、追従していたラスティアラが、それを許さない。
フューリーは腕二本でラスティアラの剣を受け止める。そして、残った腕を僕の方に伸ばしてきた。それを僕はかわして、さらにフューリーの死角へ身体をずらす。フューリーは僕を見失わないように、顔をこちらへ向けようとして――前方のラスティアラの存在のせいで断念する。ここでラスティアラから視線を外せば、致命傷を受けると直感したのだろう。
フューリーは、まず前方のラスティアラを潰すことを優先した。
背後の僕を放置して、ラスティアラに掴みかかろうとする。
この瞬間、僕は勝利を確信する。
その豪腕がラスティアラに届く瞬間、その腕の肩を僕の剣が斬り裂く。肩を斬り裂かれたことによって、ラスティアラを掴もうとした腕の動きが一瞬だけ止まる。その隙をラスティアラは見逃さず、豪腕を掻い潜り、フューリーの胴体を斬り裂く。
フューリーは声をあげて怒り、ラスティアラを叩き潰そうと躍起になる。
その敵の呼吸に合わせて、また僕は剣を振るう。当然、フューリーの動きは、また一瞬だけ止まる。
詰みだ。
僕が背後にいる限り、まともな攻撃がフューリーはできない。
魔法《ディメンション》が、ラスティアラと敵の動きを絶えず知らせてくれるからこそ、できる芸当である。
何度も隙をつくるフューリーを、ラスティアラは斬り刻んでいく。最後には剣がフューリーの首を斬り裂き、それに合わせて、僕もフューリーの心臓部を背中から突き刺した。
フューリーは断末魔の咆哮をあげて、血を噴出させ、光となって消えていった。
僕は落ちた魔石を拾いながら、ラスティアラに確認を取る。
「怪我はない?」
「返り血も浴びてないよ。余裕。というか、いまのモンスターが可哀想すぎるでしょ。何にもできないじゃん……」
「僕らが全力でやればこうなる。稲を刈るような作業で、僕は大好きだよ」
「うーん……。圧倒しすぎると、面白みが……」
「安心していいよ。21層はここからだから。――魔法《ディメンション》」
僕は魔法の感覚を拡げる。
この21層の特徴は、圧倒的なパワーを持つモンスターが、大量に湧いて出てくることだ。
その仕組みの中には、さっきの断末魔の咆哮が関わっているはずだ。
僕は咆哮が届くであろう領域全てのモンスターたちを把握していく。予想通り、その全モンスターが、いまの咆哮を聞いて、こちらに向かって来ていた。
「どう?」
「予想通りだ。一体倒すと、それを聞きつけて、周りのモンスターが寄ってくるみたいだね」
昨日はじっくりと遠くまで索敵する暇はなかったが、今日は違う。
その動きを把握する余裕がある。
「なるほどー。倒せば倒すほど囲まれていくわけだねー」
「けど、僕には無意味な連携だ。僕の魔法があれば、囲まれるわけがない。ラスティアラ、僕についてきてくれ」
「了解。さっきの二対一戦術で、どんどん倒していくの?」
「基本はそうするけど、面倒になったら一気にやるかもね。もし囲まれても、僕たちなら大丈夫だろうし」
「もちろん」
ラスティアラは笑って答えながら、僕についてくる。
実際、僕とラスティアラは典型的なソロプレイヤータイプだ。
一対多数で、その真価を発揮するといってもいい。
先ほどのように、協力しても強いのは確かだが、それはお互いの力量と戦闘方法が近いからだ。本来ならば、ラスティアラの動きに合わせられる人間はいない。それがわかっているからこそ、ラスティアラは僕の仲間になりたがっていたのだろう。
「あと少しでモンスターがいる。今度は背後から奇襲できそうだ」
「わかった。……あ、モンスター狩るのもいいけど、ちゃんと22層にも向かってよ?」
「余裕があったら、そうするよ」
実のところ、余裕しかない。僕とラスティアラの速度で走っていれば、よっぽどのことがなければ囲まれることはないからだ。
だからこそ、談笑もできる。
昨日は苦戦したフューリーだったが、正直なところ脅威はない。
なにせ、その特徴である群れでの攻撃を封じられているのだから仕方がないことだろう。
僕たちは各個撃破を繰り返し、21層を踏破していく。
囲まれないために『正道』を離れたり、遠回りをしたものの、何の問題もなく22層の階段まで辿りつくことに成功する。
時間にして一時間程度。
フューリーの撃破数は十を超えていた。
◆◆◆◆◆
22層の階段の手前まで辿りついた僕たちは、周囲を警戒しながら回復を行っていた。
余裕とは言っていたものの、数を重ねればミスも起きる。何度か囲まれもしたので、全くの無傷とはいかなかったのだ。重傷ではないが、回復魔法が必要なダメージだ。
「『不垢清浄の世界』『淡い陽にあたりて』。――《キュアフール》っと」
ラスティアラは謡い、魔力を集め、回復魔法を唱える。
それを僕は見つめながら、ラスティアラに疑問を投げる。
「魔法の前の……詩みたいなのには、何か意味はあるの?」
「詩? ああ、これね。うーん、ただのイメージの補助だから、なくてもいいんだけどね。癖みたいなものかな」
「へえ」
同じ魔法でも人によって癖が出るみたいだ。
イメージの仕方も違えば、唱え方が違うこともある。術式自体は身体の中にあるということなのだから、それも当然かもしれない。
「よし。これで完全回復だね」
「ありがとう」
お互いのMPを確認しながら、ついでに経験値も確認する。
ティーダ戦以来、まともな狩りをしていなかったので、経験値は一気に溜まった。やはり、深い層のモンスターとなると一体あたりの経験値が段違いだ。
それと、適正レベルよりも深いところで狩りをしているということも大きいのだろう。
僕とラスティアラは、その桁外れな『素質』のおかげで、本来の適正層よりも深いところで戦える。あのティーダからは、僕は10レベル時点で一般の20レベル台の能力を持っているとまで言われたのだ。低レベルで高レベルのモンスターと戦えるのだから、当然、経験値が溜まるのも通常より早い。
「ついでだから、レベルアップもしとこう。キリスト、警戒しててね」
「任せて」
ラスティアラも経験値を見たのだろう。
レベルアップができると判断して、レベルアップの魔法を唱える。
【ステータス】
名前:相川渦波 HP321/372 MP334/623-200 クラス:
レベル12
筋力7.12 体力7.45 技量8.55 速さ10.92 賢さ10.88 魔力26.91 素質7.00
状態:混乱7.93
【ステータス】
名前:ラスティアラ・フーズヤーズ HP670/709 MP283/325 クラス:英雄
レベル16
筋力11.71 体力11.11 技量7.12 速さ8.39 賢さ12.97 魔力9.12 素質4.00
状態:
発生したボーナスポイントはMPに振る。魔法《コネクション》の維持によって、使えるMPが心許なくなってきた為だ。
スキルポイントは依然として残しておくことにする。
「まだ私のMPは余裕があるね。というか、キリスト。なんでそんなにMP減ってるの?」
「あのゲートの魔法で最大MPが200削れてるんだ。あと索敵魔法でMPがずっと減ってる。戦闘中は補助魔法使ってるから、さらに減る」
「うわぁ、燃費悪ぅ……。もっと節約しなよ」
「嫌だ。万が一にも死にたくない」
「うーむむ。確かに死んでもらうと、私も困るけどさ……」
ラスティアラと魔法について話し合っていると、僕は以前から気になっていたことを思い出す。いい機会だと思って問いかける。
「そういえば、気になっていたんだけど、前に言っていたスキル『異邦人』って何なんだ?」
「ん? こっちから見ると、キリストのスキルは『剣術』『氷結魔法』『次元魔法』『異邦人』『???』の五つが見えるんだけど?」
「僕はその『異邦人』が『???』に見えるんだよ。ラスティアラの目のほうが、レベルが高いのかな? その『異邦人』って、いま何かの役に立ってる?」
「役に立ってるかなんて言われても、私も詳しくは知らないよ。この世界のものではないという、ただの称号みたいなものなんじゃない?」
「そんなものか」
僕たちは雑談をしながら、22層に下りていく。
21層でボスモンスターを探してもいいが、ここまで深い層となると詳しい情報がないので諦める。酒場にやってくる探索者の中に、20層まで辿り着いたことのある人間はそうそういない。
22層への階段は長かった。
それはつまり、22層は天井が高いということでもあった。
「ふう。22層についたね。前来たときは死に掛けたんだけど、二人だと楽だね」
「死に掛けた? 一人とはいえ、おまえが通常のモンスターにそこまで追い詰められたのか?」
「前はレベル10にもなってない状態で、ここまで来たんだよ。強くなりすぎると手応えがないって思ってね。いやー、ほんとあれは楽しかった」
「自然に低レベルクリアしようとするおまえが、僕は怖いよ。おまえは自殺志願者か何かなのか?」
命がかかっているというのに、平気で縛りプレイをしているラスティアラだった。
「いや、死ぬのは嫌だよ。こんな私だけど、命の大切さは知ってる。人が死ぬのを見るのは、苦手だよ」
「苦手な割には、僕とマリアが死にそうになっているのを見て嬉しそうだったけどな」
「死ぬギリギリのところは大好きだから仕方がないじゃん。大丈夫、死ぬ前には必ず助けてあげるから」
もしマリアが聞いたら口を利いてくれなくなりそうなことを、平気でラスティアラは語る。
僕はラスティアラの異常な価値観に呆れながら、22層を進む。
21層と違い、22層の回廊は横幅が狭く天井が高い。横幅数メートル、高さ数十メートルといったところだ。いままでも、各層ごとに少なからず特色はあったものの、ここまで大きな変化は初めてだ。
層が深まれば深まるほど、特色も濃いものになっていくのかもしれない。
色々と回廊について考察していると、魔法《ディメンション》で22層の敵を見つける。
鳥型のモンスターだ。
迷宮の飛行型モンスターは身体が小さい傾向にあったが、このモンスターは違う。数メートルの巨体に、鷹のような翼と爪。そして、複眼のついた頭部が三つある。獰猛な犬歯を確認できたことから、爪と牙の両方に気をつけないといけなそうだ。
【モンスター】リオイーグル:ランク20
「ラスティアラ、鳥みたいなモンスターが出て来たぞ」
「ああ、あいつかー。傷を負ったら逃げるから、一撃必殺でお願いね。降りてこないやつは無視して、来たやつだけカウンターする方向で」
「逃げるモンスターか。それは面倒そうだ。けど、降りてこないやつってことは、こいつも群れが基本のモンスターなのか?」
「21層の猿が鳥になった感じだね。ガラッと戦いが変わるけど……ま、キリストなら大丈夫でしょ」
「おまえの僕に対する、その無駄な信頼は何なんだ……」
「そりゃ、キリストは私にとっての『主人公』だからね……」
ラスティアラは意味深に答えた。
それに僕は軽口で答えようとして、滑空してくるリオイーグルに気づき、意識を彼女から敵に移す。
「――っ! 来たっ!」
「上のほう暗いのによくわかるね」
僕は剣を構えて、下りてくるリオイーグルを迎え撃つ。ラスティアラも呑気なことを言いながら、それに倣う。
21層のフューリーとは比べ物にならない速度でリオイーグルは、その爪をもって、僕の喉を狙ってくる。それを剣の腹で受け止め、そのままリオイーグルの身体を切り裂こうとする。しかし、爪に乗った下降するエネルギーを一身に受け、僕は身体を仰け反らせてしまった。剣を返したときには、リオイーグルは僕の剣の範囲から逃れていた。
一撃離脱するリオイーグルを止めることができず、僕が見送ろうとして――高度を上げようとする敵の横腹に、飛来する剣が突き刺さる。
ラスティアラが投擲した剣だ。
リオイーグルは光となって消え、ラスティアラは残った剣と魔石を拾って笑う。
「一対一だと、すごい厄介なやつだったけど、二人ならそうでもないね。片方が受けた瞬間、もう片方が攻撃すると簡単だ」
「そうみたいだ。けど、相手が複数ならそうもいかないぞ」
「まあね」
ラスティアラは魔石を僕に放る。
僕は『持ち物』に入れつつ、今後の方針を聞く。
「で、どうするんだ。こいつらを相手にするのか?」
「いや、こいつら、すっごいめんどくさい。22層は基本的にパスで」
確かに、動きが速い上、戦術が賢い。
これをまともに相手取るのは、なかなか神経を使いそうだ。
普通の人間ならば、上空が暗いため空襲に気づけない。気づいたとしても、その圧倒的なスピードで防御ができない。受けたとしても、落下のエネルギーが伴っているため、簡単には反撃できない。そして、攻撃に失敗すれば離脱して、それを繰り返す。ラスティアラが言うには、負傷したら逃げ出すとのことだから、その厄介さは22層までのモンスターの中でもトップクラスだろう。
「僕も、こいつらは嫌だな……。遠距離用の攻撃手段がないと、割に合わない……」
「私たち、近中距離に特化してるからねぇ」
「そうだな」
剣士である僕とラスティアラにできる遠距離攻撃は、剣を投げることくらいだ。外せば愛剣がどこかにいってしまうし、かといって投げるための剣をもう一つ持てば動きが遅くなる。単純に、遠くの敵を相手取るのに僕たちは向いていない。
僕が『持ち物』システムを最大限に使えば対応できるだろうが、このモンスター相手にそこまでの手札を切る気にはなれない。
ディアがいれば楽だが、現状の二人では無視するのがベターだろう。
珍しくラスティアラと意見が合ったので、できるだけリオイーグルを避けて移動することになった。
しかし、数分ほど歩いて、そう上手くいかないことがわかる。
「ちっ……」
「どうかした、キリスト?」
僕は魔法《ディメンション》から得た情報を分析し、舌打ちをする。
先ほどリオイーグルを倒したことによって、周囲のやつらがこちらに向かっているのはわかっていた。それでも囲まれないように道を選んでいたのだが、21層のフューリーとは比べ物にならない動きで逃げ場を塞ぎ囲もうとしている。
僕の魔法《ディメンション》の隙をついた個体が二羽、近くに来ている。
「ごめん、ラスティアラ。前と後ろから一羽ずつ来る」
「仕方がないよ。前後なら、とりあえず背中を合わせようか」
「わかった。けど、時間をかけてたら囲まれる。できるだけ、早めに終わらせよう。――魔法《次元雪》《フォーム》」
僕は五個ほど、魔法《次元雪》を精製し、あたりに浮かべた。
魔法《フォーム》は自分の剣に纏わりつかせる。
「その冷気の入った泡……。見たことも聞いたこともない魔法だけど、編み出したの?」
「編み出したというか、魔法を掛け合わせた感じかな。トラップ魔法だから、触らないように。当てたら、動きが鈍ると思うから上手く利用して」
「りょーかい」
準備を終えたところで、上方のリオイーグル二羽がこちらに滑空し始める。
僕とラスティアラは背中合わせになり、それぞれが一羽ずつを相手取る。
僕は魔法《ディメンション・決戦演算》で、リオイーグルの動きを把握していく。
その攻撃を見切って、一撃を受け止めることには成功する。だが、どうしても反撃がワンテンポ遅れてしまい、剣は宙を斬ってしまう。後ろのラスティアラも同様のようだった。
だが、魔法《フォーム》をリオイーグルに移すことは成功した。
あの個体に対する把握能力が格段に上がったので、次降りてくれば、絶対に倒す自信がある。
しかし、魔法《フォーム》を受けたリオイーグルは、そんな僕を嘲笑うかのように遠くに逃げていく。
「えっ? 魔法の泡つけただけで逃げた?」
「ほんと臆病なモンスターだねー。少しでも異常があったら、逃げるのかな」
さらに逃げたリオイーグルは離れたところで鳴き声をあげている。どう見ても、増援を呼んでいるようにしか見えない。
魔法《ディメンション》の範囲を拡げると、遠くにいるモンスターもこっちに気づいたようだ。その中には、リオイーグル以外のモンスターも含まれている。このままでは色んな種類のモンスターを相手にしないといけなくなる。
「うわぁ。しかも逃げたやつ、仲間呼んでるよ……」
「やっぱり、そうなるかー。前は全速力で逃げたんだけど、キリストはどうしたい?」
「僕もそうしたいかな」
「賛成。手強い相手だけど、姑息だから、そんなに面白くないんだよ」
僕とラスティアラは顔を見合わせて、頷き合い、同時に走りだす。
僕たちの背中を、ラスティアラの逃した一羽が襲いかかろうとする。しかし、僕の魔法に死角はない。僕は後ろが見えていると主張するように、剣を後ろに向ける。そうするだけで、近づいてきたリオイーグルは後退した。
後退したリオイーグルを置いて、僕とラスティアラは全力で23層まで走る。
魔法《ディメンション》で道を選んだため、道中の敵は少ない。だが、22層のモンスターは慎重なモンスターばかりだったため、仕留める寸前で逃げられるのを繰り返してしまう。
結果、無駄にMPを消耗して経験値が手に入らないという散々な戦果になった。
「はぁ、はぁ、はぁっ……」
「はあ、はあ、はあ……」
僕たちは息を切らせて、23層の手前まで辿りつく。
ラスティアラは遠慮なく、愚痴を吐く。
「はぁー、面倒だなー。22層ー」
彼女もかなりの体力を失ったようだ。
肩を揺らしながら、僕のあとをついてきている。
階段を下り始めると、追いかけてきていたモンスターは引き揚げていった。どうやら、モンスターは層を跨ぐことができないみたいだ。
その有益な情報を頭に刻み込んだあと、僕は23層に下りていく。




