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405.神聖の理



 ティアラは進み、徐々に差が縮まっていく。

 距離だけの話ではない。魔法《レヴァン》による強化と弱体化によって、陽滝とティアラの間にあった足りないものが、やっと埋まっていく。


 さらには、陽滝の白い庭フィールドを上から覆い尽くす――魔法《ライン》による赤い庭フィールド

 その一本一本には意志があり、千年前から書き綴った『この瞬間』のための文字が記されていた。それら全てが魔法によって、瞬時に、『この場所』まで収束していっている。


 赤い『糸』は束となり、高波のように陽滝へ襲い掛かった。

 しかし、『天剣ノア』の一閃によって切り裂かれ、そう易々と届くことはない。けれど、その内の一つ。一本だけ、軽く陽滝の肌に触れた。

 その一本こそが、無限に存在する未来の中から、唯一『陽滝が詰む未来』が書き込まれた運命の赤い『糸』となる。


 ――その『糸』に、陽滝は引っ張られる。


 この最終局面と言える盤面の上で、無意味な一手を打たされていく。


「――何を言おうと、最低の親に変わらない……! ティアラ、あなたも私たちの親と同じです!!」


 陽滝は僕を守るように立って、構えた。

 そして、ティアラの言い分を呑み込んだ上で、その母娘の形を決して認めようとしない。いつもの冷静さで受け流すことが出来ず、否定する。最善は『ラスティアラの遺体ごと、中のティアラを攻撃すること』とわかっていても、その一手を陽滝は打てない。


 妥協した手を、打たされ続ける。

 誘導され続ける。――あの陽滝が。


「ひ、ひひっ――」


 嗤った。

 近づいてくるティアラは、嬉しそうだった。

 それもそうだろう。

 千年かけた計画が実を結ぶ瞬間だ。


 いまティアラは《ライン》を利用して、『並列思考』『収束思考』といった擬似的なスキルたちを再現し、同時に使っている。

 対面する陽滝も、同じスキルを使っているはずだ。


 ほぼ同じ力のぶつかり合い。

 だが、明確な差ができている。

 それは陽滝自身が、千年前にティアラへ教えたこと――


 陽滝は漫然とスキルを、使わされている・・・・・・・

 対して、ティアラは完全にスキルを、使いこなしている・・・・・・・・

 陽滝はスキルの対象と期間を選択できない。

 対して、ティアラはスキルを『この瞬間』だけに集中させている。


 だから、『この瞬間』だけは、僅かに――けれど、確かに、上回る。

 二人の千年越しの『決闘ゲーム』。

 その読み合い。

 その指し合い。

 その騙し合い。

 その競い合いにおいて、ティアラは陽滝を超える。


 誘導する側と誘導される側が入れ替わる瞬間だった。

 この倒れた駒ばかりの狭い盤面で、詰みに繋がる道へ向かって、陽滝は強制的に動かされていく。


「ティアラ……! この血の量、本気ですね……!!」


 無制限に集まっていく赤い『糸』に、陽滝は圧倒されていた。

 全ての赤い『糸』が絡み合い、束なり、蠢き、波が押し寄せていくかのような光景。

 陽滝も対抗して、例の白い『糸』を出してはいるが、触れ合った瞬間――逆に侵略されていく。おぞましい光景だった。


 そして、白い『糸』の減少の影響か、陽滝の判断は明らかに遅れている。

 僕を守るように立った陽滝は、手に持った『天剣ノア』で迎撃し続けるだけ。


 ――『糸』に引っ張られ、陽滝は悪手を打たされ続ける。


 その果てに、切り裂かれた一つの赤い高波の合間からティアラが現れて、飛び込んでくる。


 右手には赤い短刀が煌いている。

 それは恐ろしく速い突進だったが、陽滝は身をずらして避けて、その手首を逆に掴む。


 渾身の突きが空を切り、ティアラはバランスを崩した。

 その無防備な身体に向かって、陽滝は『天剣ノア』を振り下ろそうとして――歯軋りして、その剣を一旦放り捨てて、手を伸ばす。


 ――できれば、ラスティアラの遺体を、ティアラの魔の手から救いたい。


 そう思ったのだろう。

 陽滝の右手には《ディスタンスミュート》が纏っていた。


 『体術』が交差していく。

 抗おうとしたティアラの動きを、陽滝は脚を払うことで崩した。

 さらに右手をティアラの胴体に差込み、敵の魔石を抜く。


 ただ、陽滝が抜いて得たのは、敵であるティアラの『魔石たましい』――ではなく、『白虹色に輝く魔石』だった。


 『作りもの』のように美しい。

 けれど、どこか呪われているように感じる。

 もう二度と生き返ることはないという禍々しさが、その魔石には――


『――ううん、これは神聖な魔石』


 全てを、読み切っていたのだろう。

 僕たち兄妹の内心を読んだかのように、ティアラの魔法の声が聞こえた。


 魔石を抜かれたラスティアラの遺体は、魔力の粒子となって消えていくはずだった。

 しかし、いま目の前に見えるのは、風船が破裂して中身が弾け飛んだかのような光景。


 人一人分の赤い血が宙を舞って、徐々に人型を模りつつ、その血の喉から宣言する。



『――これで、詰み』



 誘導され続け、とうとう陽滝は追い詰められた。

 それを僕も感じ取っていた。


 そう思わさせるだけの力が、いま陽滝が手に取った『白虹色に輝く魔石』に宿っている。


 そして、輝いている。

 それはあらゆる色を含んだ白虹の発光。

 人類の血脈であり、星の歴史であり、世界を背負った光。

 千年かけて導かれて、収束されて、完成した『作りもの』の魔石に、『血の人形』となったティアラが、ゆっくりと手を乗せる。


『――これが私の魂をかけた。人生百年をかけた。大陸千年をかけた。相川陽滝という名の『世界の敵』を倒す為だけに、『全て』の力を乗せた一撃――』


 陽滝の手の上に乗せつつ、説明していく。

 それは敵の陽滝だけでなく、動けなくなった僕への叱咤でもあると感じた。


『――この力を集めたのは『現人神』であり、『本当の英雄』となった少女。我が自慢の大英雄むすめの名を、いま一度、聞かせて――』


 この一瞬一秒を争う状況で、ティアラは説明をした。

 その中の言葉の一つに釣られて、僕は懐かしい『予言』を思い出していた。


 ――「始祖ティアラが再誕せし年」「剣と剣が結ばれ、本当の英雄が現れる」。


 そもそも、本当の英雄とは誰のことだったのか。

 思えば、長い物語の中で、本気で英雄を目指し続けていたのは、あのラスティアラだけだった。


 『白虹色に輝く魔石』の魔力が、急速に膨らむ。今日までの異世界での戦いで、何度も見てきた。いま、誰かと魔石が『親和』して、その力が最大限まで引き出されている。


 その誰かを間違えることはなかった。

 『血の人形』と『白虹の魔石』が共鳴して、『親和』していた。


 ――つまり、そういうこと。


 認めたくはなかった。

 だから、目の前の『血の人形』を――ティアラを、睨む。


 ――ここに来て、またティアラは、僕を待っていた・・・・・・・


 ラスティアラの遺言を思い出すのに、この状況は十分過ぎた。

 だから、僕は信じて、口にしていく。


 もう身体に力は入らない。けれど、『詠唱』くらいはできる。

 俯いたままでも、残りの二小節を詠める。

 左手に握った本から、いつでも読み取れてしまう。


 彼女の人生を。

 彼女の夢を。

 彼女の笑顔を。

 生まれたときから、ずっと彼女は真っ直ぐだった。

 強くて、明るくて、夢見がちで、危なっかしくて……なにより、僕とは気が合った。僕と一緒に『冒険』するラスティアラは楽しそうで、そんな彼女と一緒にいるのが僕は――


「――『私は世界あなたが愛おしい』」


 彼女の『詠唱』が理解できる。


 だから、続けられる。

 僕とラスティアラの物語が終わったあと。

 その人生の続き、二小節目と三小節目も――


「――『物語は終わらない』『ここで私は優しい夢を見続ける』」――」


 それを聞いたのは、この場にいる陽滝とティアラ。

 そして、少し遠くで見守る『世界』。


 そのラスティアラの人生を、『世界』も聞いて、読んで――理解して、認めて、受け取った。かつてないほど慎重に、『世界との取引』がなされていく。

 『呪術』の基本中の基本、『代償』による魔力発生だ。


 ――ただ、その魔力の支払われる先は『詠唱』した僕だけではなかった。


 『血の人形』のティアラにも、分けられる。

 ここに来て、『世界』は『人』を――ラスティアラの物語ねがいを理解していた。

 僕も物語ねがいを理解しているから、横から掠め取られても、続ける。

 いま、その取引のルール違反に驚いているのは、きっと陽滝だけ。


 その理不尽は、千年前から決まっていた。

 けれど、その『魔法』の使用者を、僕たちは信じて、叫ぶ。



「――魔法・・私の世界の物語テイルズ・ラストティアラ》!!」

『――魔法・・私の世界の物語テイルズ・ラストティアラ》!!』



 僕のあとに続いて、同じ魔法名をティアラも口にした。


 本当の魔法・・が発動する。僕とティアラに挟まれ、その魔石を持っている陽滝に向かって、魔力が迸る。


 白虹の魔力の奔流は凄まじく、眩しかった。

 ただ、とても静かだった。

 一瞬だけ世界は、静寂に包まれて――


 ――本の捲れる音だけが聞こえてくる。


 その音に包まれた陽滝は、身構えた。

 慎重に、魔法の正体を見抜き、対処しようとしていた。


 対して、魔法の使用者である僕は、先に正体を知れる。

 漠然とだが「本の『魔法』を信じる魔法」とわかった。


 ラスティアラの人生は、全てがティアラの書いた物語だった。

 利用され続けて、使い捨てられて、死にいく運命にあったが、その筆者である母親ティアラを彼女は死ぬまで信じ続けた。

 魔法《ティアラ》を信じ続けた人生が、彼女の本当の魔法・・そのもの。何に特化しているかと聞かれれば、それは魔法に特化した魔法――


 言葉にすれば、とても曖昧だ。

 はっきりとしない。

 だが、いまの状況では、はっきりとした効果が見て取れた。


 ――『場の魔法の強化』が起こっていた。


 いま発動しているのは、魔法《ティアラ》《レヴァン》《ライン》の三つ。

 ただでさえ凄まじい魔法が、魔法・・私の世界の物語テイルズ・ラストティアラ》によって限界を超えて、昇華されていくのがわかる。


「――っ!! なるほど、そういうもの! ならば――」


 陽滝は過程を飛ばして、効果だけを理解して、すぐさま利用しようと動いた。

 自分も無詠唱の魔法を用意して、強化の効果の範囲内に入ろうとする。

 用意したのは《フリーズ》。自らの冷気によって、他の魔法に干渉しようとしたが――


「――っ!?」


 陽滝の《フリーズ》に、魔法・・私の世界の物語テイルズ・ラストティアラ》が作用することはなかった。


 また陽滝は読み間違えた。

 その意味を、また陽滝はスキルで読み取り――


「あなたは、やはり……! 死んでも、私を――」


 ラスティアラの物語の終わりに、相川陽滝じぶんを救いたいという願いがあったことを思い出したのだろう。その生き様が魔法の効果に関わり、何らかの指向性を生んでいると推測したようだ。


 その間も、魔法・・私の世界の物語テイルズ・ラストティアラ》は広がり、空間に満たされていく。


 そして、魔法《ティアラ》という名の『血の人形』が、力強く陽滝の手を握った。魔法《レヴァン》によって、力の差は縮まり続ける。魔法《ライン》によって集まる赤い『糸』が、陽滝の身体に入り込んでいく。もはや、目の届く範囲に、陽滝の白い『糸』は一つもない。


 ティアラに力を食い尽くされた。

 その赤い庭の中央。

 《私の世界の物語テイルズ・ラストティアラ》の中で、陽滝は睨む。


 怒りの炎を灯らせて、たった一人の敵を睨んだ。

 その先は、目の前の『血の人形』。

 いま、陽滝の視界は、ティアラ・フーズヤーズのみを収めて、ついに――


「凍らせろっ、【水の理】!! この世からティアラ・フーズヤーズを、全て! 消せ――!!」


 陽滝が咆哮した。


 原始的な叫びと共に、純粋な魔力の奔流が彼女の身体から巻き起こる。

 魔法を構築すらしない。ただ、自らの力を解放するだけで、この場にある全ての魔法を押し返そうとする。


「――砕いて、散らして見せろ!!」


 叫びは地震のように世界を揺るがし、魔力は嵐のように世界を侵す。

 膨大な魔力が溢れるという理由だけで、体内に入り込もうとしていた赤い『糸』は全て外に追いやられていた。


 強引も強引だった。

 いままでの陽滝なら、間違いなく白い『糸』で対抗していただろう。

 だが、そんな合わせる・・・・なんて上品な戦い方は捨てて、ただ圧倒的な力だけで問題を解決しようとしていく。


 外に追いやられた赤い『糸』は、陽滝の魔力に伴った【水の理】によって、例外なく凍り付いていった。その氷結の速度は凄まじく、『糸』の先が凍ったと思えば、根元まで冷気は伝わり終わっている。


 氷結は拙速。

 敵に逃げる時間を与えることなく、地中まで根付いていた全てを凍りつかせた。

 一瞬にして、赤く染まった庭が白い霜によって、染め直される。

 天に昇る白虹の発光の天幕カーテンも消え去り、千年前から用意された魔法陣が【静止】した。


 有言実行。

 本当に陽滝はティアラの全てを凍らせたのだと、確信できる。


 間違いなく、ティアラは陽滝を倒す為に、この世界の全てを『この瞬間』に収束させていた。その質量と『魔の毒』の暴力で、陽滝を攻略しようとしていた。しかし、その全てが――


「――私にとっては、世界一つ分程度!! 凍らせるのは造作も、ないっ!!」


 逆に質量と『魔の毒』の暴力で、解決された。


 凍って、砕け散っていく。

 魔法《ティアラ》による『血の人形』も、魔法《レヴァン》による白虹の発光も、魔法《ライン》による赤い『糸』も――「ただ、陽滝は強い」というふざけた理由だけで破壊された。


 まさしく、【相川陽滝には誰も勝てない】を証明する圧倒的な暴力だった。

 そして、これこそが彼女の本来の戦い方だともわかる。


 異世界の流儀に合わせた、本を読むような芝居めいた戦い方ではない。

 ただ、スイッチを入れて、全てが無に帰す災害となる。それが、科学の発達した『元の世界』を、問答無用で氷河期に変えた力の正体。


「――はぁっ、はぁっ、はぁっ!!」


 ただ、流石の陽滝といえども、息を切らす。

 根源的で暴力的な戦いを経て、明らかに消耗していた。


 しかし、その代わりに、状況は完全に覆った。


「ふ、ふふっ、冷やりとしましたよ、ティアラ。……が、ここまでですね。詰んだのは、あなたのほうだった」


 言われっ放しのお返しのように、言い返していく。

 その手には、まだ『白虹色に輝く魔石』は輝いていた。


「私を救いたいが為に、この優しい娘は『相川陽滝わたし』を倒す為だけの『魔法』となった。いや、あなたに人生を弄ばされ、そういう都合のいい『魔法』とされてしまった。……だが、最後の最後で、あなたは詰めが甘い」


 理由はわからないが、陽滝にとって本当にラスティアラは特別のようだ。

 この暴力的な戦い方の中で、彼女はラスティアラの『魔石たましい』を守り切った。

 大事な娘のようにラスティアラを握って、消え去った母親のティアラに向かって――


「――なにせ、いま、私は相川陽滝じゃない・・・・・・・・・・


 と、言った。


「一年前の段階で、パリンクロンの『世界奉還陣』により、私と兄さんの身体は入れ違いになっています。ゆえに、『相川陽滝』を倒す為だけの『魔法』である《私の世界の物語テイルズ・ラストティアラ》は不完全燃焼。……わかりますか? 私の読みを超えようとして、起きるかどうかもわからない齟齬ずればかりに頼った結果! あなたの執筆には、丁寧さが失われていた! 娘の尊い犠牲を、あなた自身が無駄にしてしまった!」


 詰みは完璧でなかったと叫ぶ。

 まだ荒々しい呼吸だというのに、勝ったのは自分だということを、誰にも求められていないのに説明していく。


「それと、あなたは齟齬ずれのために、自らの『予言』が乱れていたことにも気づいていましたか? 《冬の異世界ウィントリ・ディメンション》の中で、始祖という信仰は纏まり切っていなかった。……あなたは、雑です。そんなあなたと違って、ずっと私は丁寧だった。こういう対策をしておくべきだとわかっていたから、その通りに私は行動し続けた。私のスキルは、そういう風に出来ている。何があっても、負けない力……! ええ、私があなたに負けることは、絶対になかったんです……! 最初から!!」


 本気を出せばいつでも勝てたと言う。

 その姿は、本当に陽滝らしくないと思った。


「ふ、ふふっ、ふふ――、どうしてでしょう? 嬉しいですね。なんと言えばいいのでしょうか……。ああ、嬉しくて、とてもすっきりしました。頭がこんなにも、すっきりと……、すっきりと、して――」


 ゆっくりと陽滝は振り返る。

 そして、戦いを終えて、乱れた息を整えるために、大きく一息つこうとして――その前に、見る。


「――っ!?」


 未だ陽滝を掴んだ手を離さない僕がいた。


 多くの魔法の余波に晒され、満身創痍となり、顔は俯けたままだが――まだ掴んでいる。

 その僕の傷口から、どろりと赤い『血』が流れている。

 さらに後方の『切れ目』では、まだ終わっていない戦いの様子を見守り続けて――そのさらに奥にいる『世界』と、いま陽滝は目を合わせる。


「くっ、ぅあっ――!」


 陽滝は頭に手を当てて、呻いた。


 ここまでの陽滝の当り散らしこそ、効いていた・・・・・と判断するのに、十分な反応だった。

 ティアラの全ては消せても、魔法・・私の世界の物語テイルズ・ラストティアラ》だけは消せなかった。

 それを僕から流れる『血』も感じて、蠢き、声を発する。


『ねえ、聞いた……?』


 問いかけた先は、僕じゃない。後ろの『世界』に向かって、「私は相川陽滝じゃない・・・・・・・・・・」という言葉を確認する。それは、口にすることが『代償』となるという基本ルールの確認でもあった。


 往生際が悪いことに、まだティアラは戦場に残っていた。

 全てを陽滝に凍らされた中、最後の一体が僕の体内に――いや、最初の一人・・・・・が僕の体内に、保険として潜んでいた。


 また人を盾にした。ずっとティアラはロミスと同じ戦術を選択しているが、その繰り返しに引っかかってしまうほどに、陽滝は消耗していた。


 『対等』な敵は、人生初の経験だろう。

 負け慣れているティアラや僕たちと比べてしまえば、いまの彼女は落ち着きがないと言わざるを得ない。


『いまの陽滝姉、陽滝姉じゃないんだって……。それどころか、半分は相川渦波なんだって。ひ、ひひっ、なんだか急に勝てそうな気がしてこない?』

「うるさい。僕は最初から、勝つ気でやってる……」


 ティアラは軽口を僕に叩いた。まだ彼女を許していない僕は、突き放すように言い返したあと、身体が倒れないように力を手に込めていく。


 ここで初めて、陽滝は僕の伸ばした手の意味を聞く。


「に、兄さん……? まだ……、その手を離していなかったのですか?」


 その問いかけは、つまり僕は敵として眼中になかったということだ。

 陽滝は「ティアラとの戦いのどこかで、勝手に兄は余波で倒れる。むしろ、周囲の『魔力浄化レベルダウン』から守る必要すらある」と判断して、一度も疑っていなかった。


 事実、いま僕は倒れる寸前だ。

 あらゆる力を絞りつくして、いつ意識が飛んでもおかしくない。

 けれど――


「本当におまえは、ずっと『最後の頁』ばかりで、『いま目の前にいる僕のこと』は見てなかったんだな……。みんなのおかげで届いた手を、僕が離すわけがないだろ。バカ陽滝」


 そう答えた瞬間、陽滝を掴んでいた手が、沈み込む。

 無詠唱の《ディスタンスミュート》によって、『繋がり』を作られていく。


 その魔法に陽滝は危険を感じて、空いた右の手で僕を突き飛ばそうとする。

 けれど、僕は揺れる両足に力を込めて、耐えた。


「倒れ、ない……? どうして――」

「……こういうとき、『ラスティアラの主人公』は倒れない」


 限界を超えて動く理由を聞かれて、僕は答えた。

 正直、理由になっていない。

 もう、ただの執念とわかっている。


 それでも、僕の中では、それが最大にて絶対の理由になっていた。


「い、いいえ。『私の兄さん』は――」

「『ラスティアラの主人公』は負けない。『ラスティアラの主人公』は忘れない。『ラスティアラの主人公』は止まらない。――そう、ラスティアラが信じていたんだ」


 それを聞いた陽滝は、逆に身体をよろめかせて、頭を手で抑える。


「うぅっ――!!」


 いま陽滝は、魔法・・私の世界の物語テイルズ・ラストティアラ》の影響下にある。

 詳細はわからないが、陽滝の中で「ずっと成立していなかった『魔法』が、いま叶おうとしている」ように感じた。そして、その『魔法』によって「陽滝の持つ生まれ持った違いスキルが、封じられていっている」とも――


 その正体を探る為にも、僕は手を伸ばしていく。

 陽滝は身をよじって、拒否しようとした。

 ティアラは残り少ない血を蠢かせて、僕の身体から出て、地面を這ってでも陽滝に向かおうとしていた。


 先ほど「これで、詰み」と言っておきながら、これだ。

 何があってもゲームの終わりを認めず、子供のように「まだ終わってない!」と、自分が勝つまで繰り返しを要求する。ティアラ・フーズヤーズとは、そういうやつだ。

 それを陽滝もよく知っているからこそ、危険を感じて僕を振り払おうとする。


「兄さん、手を……、離してください……」

「違う、僕は『おまえの兄さん』じゃない。『始祖』でも『英雄』でも『救世主』でもない。ただの都合のいい『作りもの』だ」

「そこまで気づいているのなら、わかっているはずです。私がいないと、兄さんは……」

「ああ、最後には全てを失う。本当の意味で、全てを」

「わかってるなら、なぜ……!?」


 わかっている。

 僕の戦いの結末は、先んじて見ている。

 この異世界にいた僕そっくりの少女が、そのままを見せてくれた。


 だからこそ、やっと自分の家族と向き合える。


「それでも、僕はおまえと本音で向き合いたい。……もう作り笑いは疲れたんだ」


 もう僕は都合のいい兄ではない。

 ただの兄として、弱音を吐いていく。


「今日までの僕たち兄妹の全てが、間違ってたんだ。ずっと僕は心の奥底で、間違ってるって気づいてた。それを一度も口に出せなかったのは……、僕が弱かったからだ」


 『元の世界』で言えなかったことを、この異世界で言う。

 異世界だからこそ、やっと僕は言えた。


「たぶん、いまでも、僕は弱いままだ……。でも、この異世界で、少しだけ変わった。みんなのおかげで、確かに変われたんだ。――何があっても、前に進み続けれるようになった。どんなに辛い過去があっても、二度と置いて行きはしない。過去に囚われて、立ち止まりもしない。たとえ全てを失ったとしても、僕は僕だってことは忘れない。大事なのは、自分の本当の願いを間違えないこと。偽りの幸せなんて、都合のいいものはないこと。たとえ、どんな理不尽な運命でも、決して逃げ出さないこと――」


 なにより、僕は『たった一人の運命の人』に教わった。

 その彼女の遺言の為にも、陽滝と本気で向かい合う。


「だから、もう一度、聞く……! 僕たちの両親と幼馴染の真実を! 元の世界で何があったのかを――! いま!!」 


 それを知ることが、唯一この戦いを終わらせられる道だと、最初からわかっていた。


 そこに『水の理を盗むもの』ヒタキの『未練』があって、『次元の理を盗むもの』カナミの真実がある。

 その『未練』を使って、みんなで陽滝に勝ち、救い出して――僕の全てが終わる。


 その道を選んで、決して離さない。

 ずっと準備し続けていた魔法・・次元決戦演算ディメンション・グラディエイト前日譚リコール』》を宿した手で、妹の魂を掴みにかかる。


 その道を拒もうと、陽滝は退き、声を漏らす。


「ち、違う……。私の兄さんは……」

『うん、これは私たちの師匠じゃないね。『理を盗むもの』たちが私たちを超えて、全力で生き抜いた――その続き。……いま師匠は、彼らの終わりの続きを、繋げてるだけ』


 即答したのは、ティアラ。

 残り僅かの血を固めて、『血の腕』を作って、僕とは逆の陽滝の腕を掴んでいた。


「終わりの、続き……」

『ただ、力を貰うだけじゃなくて、師匠はみんなの『未練』を果たしてきた。やっぱり、その頁の束が、決め手になったみたいだね! ひひっ、私も負けてられないね……! ――魔法《レヴァン》!!』


 そして、ここに来て、もう一度魔法を構築していく。

 ただ、その魔法《レヴァン》を発動させる為に必要なものは、もうない。


 基点となるラスティアラの身体はない。

 魔法《ライン》も、『魔石線ライン』を含めて、全て砕け散って消えた。


 だから、その《レヴァン》は失敗する。

 あの美しい白虹の光は、微塵も煌かない。かと言って、かつてのような綺麗な紫色でもない。血のように赤い――かと思えば、酸化したように黒く輝く魔力が、地面から溢れ出す。


 それは誰のものでもない。

 ただ、周囲を害するだけの真の『魔の毒』だった。

 抵抗する陽滝を弱らせる為に、ティアラは手段を選ばなかった。


「ティ、ティアラ――!? そんな乱暴な使い方では、シスやパリンクロンの魔法陣と同じ――いや、『世界』という規模で、歪んでいきます! 大陸どころか、『世界』が壊れる!!」


 もう全く余裕がないのだろう。

 陽滝は止める為に、ただ全力で叫んで、注意した。


『世界ぃ!? そんなものっ、どうでもいい! そんなものより、いまは陽滝姉の心の闇・・・だよ――! ひひっ! ああ、やっと読める!!』

「そんなものより……? こ、心の、闇……?」


 しかし、それをティアラが聞くわけがなかった。

 世界よりも大事なものがあると言って、僕の《次元決戦演算ディメンション・グラディエイト前日譚リコール』》に合わせようとする。

 その欲深さに陽滝は惑いつつ、叫び足す。


「いえ、こんな無茶苦茶! 世界よりも先に、私たち三人が壊れます! このまま、三人で心中するつもりですか!?」


 格好悪くも、陽滝は説得の方法を変えた。

 世界で脅しても駄目ならば、その命を盾にしてやろうとして、僕とティアラは――


「ははは」

『いひひ』


 答えるに値しないと、空虚な笑いと邪悪な嗤いが響いた。

 僕たちにとって、心中するくらいは、陽滝と向き合うのならば大前提だ。


「兄さん……、ティアラ……」


 陽滝の顔が、初めて青ざめる。

 長い戦いを経て、とうとう足りた・・・と思えるには十分な表情だった。


 だからだろうか、僕は少しだけ過去を懐かしむ。ここに至るまでの始まりの日が、頭によぎって、ふと感想をこぼす。


「これで、終わり……。あの『冒険』は、終わりだ……」

『うん。あの日、二人で出た『冒険』は、この為にあったんだと思う』


 初めて異世界に訪れて、ティアラと僕は出会い、二人で『冒険』を始めた。その『冒険』の最終目的は、「相川陽滝を救うこと」だった。

 回りまわってだけれど、その最終目的が達成されようとしている。


「『魔の毒』、『呪術』、『代償』、『魔石』、『理を盗むもの』、『魔法』……。この異世界の全てのルールが、いま、『相川陽滝』に勝つ為にあった――」

『ありがとう、師匠。あのとき、私を塔から連れ出してくれて……、本当にありがとう……。おかげで――』


 いま、僕はラスティアラしか見えていない。ティアラに誘導されて、『次元の理を盗むもの』として完成してから、ずっとラスティアラの為だけに戦っている。

 何をするにしても、『ラスティアラの』という言葉が頭につく状態だ。


 けれど、そのティアラとの物語の始まりは、ラスティアラのものでもあった。

 だから、この感想だけは、綺麗に重なった。


「「――やっと『冒険』が終わる」」


 本当に辛いことが多かった。

 けれど、『冒険』は楽しかったと、きっとラスティアラなら言うだろう。さらに、まだまだ続くよと、いつもの笑顔を見せてくれるだろう。

 だから、僕もティアラも、最後は――


「――『未来といまは繫がれ』『いまと過去は繋がれる』。――魔法・・次元決戦演算ディメンション・グラディエイト前日譚リコール』》」


 『詠唱』して、『魔法』を使う。

 ただ、いつもの『過去視』は始まってくれない。

 僕と陽滝とティアラと――『白虹色に輝く魔石』の魔法も含めて、全てが溶け合って、特殊な共鳴魔法となっていた。


 普通の『過去視』ではない。

 もっともっと奥深くまで、進んでいく。

 それは真実に辿りつくまで、決して止まらない魔法となった。



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