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399.逃げ続けて逃げ続けて




 その剣の完成を見守り続けたヒタキちゃんは、真っ向から打ち負かそうと指差す。


「しかし、残念ながら、それ・・の扱いは私のほうが上です。あなたの時間稼ぎに付き合う気はありませんよ」


 自らの魔力属性を操ることで、真似るように薄青色を白虹色に変色させた。

 私が《レヴァン》と《ライン》を使い、命を削ってまで完成させたものを、とてもあっさりと彼女は用意した。


 そして、二つの星の魔力が接触する。


「――っ!? はぁっ、はぁっ、はぁっ――!!」


 優位に立ったのはヒタキちゃんだった。

 質と量も、私を上回っている。一瞬のせめぎ合いだけで、ごっそりと体力を持っていかれた。無詠唱の《キュアフール》が追いつかず、口内から血を零れる。


 さらに、追い立てるように、『切れ目』から命の取立てが行なわれた。

 不自然に体力が失われ、眩暈がする。

 そのよろける私に、セルドラはフーズヤーズ城一階の石柱を武器にして、強打を行う。さらにファフナーが呼吸を合わせて、遠距離から魔法を撃ちこみ続ける。


 三者の容赦のない追撃を、白虹の魔力が防ぐ。けれど、確かにダメージは蓄積されていく。一撃一撃を魔力で遮るたびに、私という器に亀裂が入っていく。


 ただ、その代わりに時間は十分に稼げた。

 もう仲間たちを連れたリーパーは安全圏まで退避しただろう。


 ラスティアラ・フーズヤーズのやるべきことはやった。たとえ、いま倒れても、結末は大きく変わらない。そんな後ろ向きの考えが、ほんの少しよぎって――


『――ラスティアラ!』


 激化する戦いの中、傷だらけとなった私は目を見開く。


「――っ!!」


 セルドラの一撃で床に打ち付けられ、埃塗れとなっていた身体に力を入れ直して起こす。しかし、周囲には土埃が舞っているだけで、近くには誰もいない。


 いま私を呼んだのは……。


 私は不敵な笑みを浮かべて、立ち上がる。

 見栄とかではない。ただ、せっかくだから、恋人相手にいい所を見せたい。そんなお洒落感覚の格好付けで、大仰に風魔法《ワインド》で土煙を払わせて、私の雄姿を全員に見せ付ける。

 そして、話しかける。


「――大丈夫・・・


 身体は、ふらついている。

 《キュアフール》が追いついておらず、傷だらけで、片腕なんてあらぬ方向に折れたままだ。だが、私は残った腕で剣を握りしめて、いま視ている人に告白する。


「やっと、私も手に入れた……。死んでも好きだって気持ち……。いま、自信を持って言える。これが私の、みんなにも負けないくらいに重い気持ち……」


 口にすれば口にするほど、『切れ目』の『呪い』は強まっていく。

 好きと繰り返すのは、残り少ない命という頁をめくるような感覚だった。

 けれど、後悔はない。『未練』にはならない。


〝――これは『呪い』じゃない。もっと神聖なものだって、私は信じている〟


 そう『素直』に思う。

 このとき、城の『頂上』から姉ノスフィーの光が届いていた。カナミが生き返り、もう消えているはずのノスフィーが、死んだあとも、光を遺して、城のみんなを見守ってくれていた。


『――二人は決して終わってなんかいません、――この世界を生き抜いてください。――、もう誰も死ぬことも悲しむこともなく――、ラスティアラあなたも、どうか――』


 お姉ちゃんの声だ。

 これは光による『話し合い』だろうか。

 それとも、『血の力』によって死者の声を聞いているのだろうか。

 おそらくは、スキル『読書』による読み取りだろうが……ノスフィーの遺した光には、多くの想いが乗っていた。


 その中でも、特に『誕生の祝福』の割合は大きい。

 それこそが彼女の人生であり、『詠唱』であったと、階下にいても伝わる。その姉に触発されて、私は死の間際で、誕生の喜びを口にしていく。


「うん……。生まれてきて、よかった。お母様、私に譲ってくれて・・・・・・ありがとう……」


 『素直』なお礼を姉と母に伝えた。

 その私の様子を見て、ヒタキちゃんが手を止めた。他の『理を盗むもの』二人も、主の会話の邪魔を避けて、一旦止まる。


「ラスティアラ・フーズヤーズ……。あなたは、何も知らない四歳の子供です。母親ティアラに騙されてると、知らないだけで……」


 ヒタキちゃんも、私の発言の元となった『頂上』を見上げていた。


「そう……。騙されていると、知らずに……」


 上を睨みながら、呟く。

 その念のこもった声から、私とノスフィーだけでなく、『頂上』にいるカナミとラグネちゃんにも言っているとわかった。


 この四人は特にティアラ様とヒタキちゃんの『糸』が多い。

 だから、「どれだけ必死になっても、無意味。早く諦めて、楽になって欲しい」と忠告しているようにも聞こえた。


「――だとしても・・・・・


 私は言い返す。


「騙されていたとしても、変わらない。私とノスフィーは、もちろん。ラグネちゃんもカナミも、ちょっとくらい悲しくても『答え』は変わらないと思う。だから・・・大丈夫だよ・・・・・。心配してくれてありがとう」

「…………っ!!」


 ここまで来ると、ヒタキちゃんの表情が曇る条件が私でもわかる。


 ずっと彼女は「ラスティアラ・フーズヤーズの理不尽」を悲しみ、悔やんでくれている。

 アイカワヒタキにラスティアラ・フーズヤーズを心配する資格はないとわかっていても「何かできることはないか」とずっと探し続けてくれている。


 やっぱり、ヒタキちゃんは優しい子だ。

 必要に駆られて敵役を演じているけれど、根っこはカナミと変わらない。

 だから、私は強気に彼女と話すことができる。


「だって、さっき妹ちゃんが教えてくれたのは、私を不憫に思ったからだよね? これから生き続ける・・・・・『アイカワカナミ』の抱えた理を、わざわざ私に――」

「あの説明は、あなたの人生を兄さんの『代償』とするために必要だっただけです。これから死に続ける・・・・・は『ラスティアラ・フーズヤーズ』であると、世界に示しただけの儀式ことばでした」

「でも、教えてくれた。教えてくれなくてもいい真相まで、わざわざ。私の人生を知って、妹ちゃんは……。やっぱり、この世界はみんな優しい……」


 思えば、私の周りは優しい人ばかりだった気がする。

 だから、私は『世界あなた』が好きだと言えた。その『世界』に生み落としてくれたお母様を、もっともっと好きになれた。


 私は優しいみんなが大好き……!

 愛してる……!!


「――何も優しくありません。そもそも、あなたは既に知っていたことでしょう? でなければ、ああも・・・私や兄さんに協力しません」


 その内情を『糸』で読み取っているヒタキちゃんは、強く否定する。 

 できれば、いますぐにでも私自身に全否定させて、『呪い』をティアラ様に移したいのだろう。だが、そうはさせない。


「薄らとだけね。あと私が協力してたのは二人だけじゃなくて、みんなとだよ」


 知っていたとしても変わらない。

 むしろ、知ったからみんなを好きになれた。

 この熱い・・気持ちが冷めることは、死んでもない。


「……はあ」


 その私の思考も読み取ったのだろう。そして、とうとう私の理解と説得を諦めて、大きな溜め息をつき――戦いを再開させていく。


 まずヒタキちゃんが先ほどよりも大量の魔力で、白虹の魔力を抑えこむ。そこにファフナーが血の矢を放ち続け、セルドラの巨体を一番前で立ち塞がらせる。リーダーであるヒタキちゃんの統率の下、三人の連携は完璧だった。

 いかに私の魔力が反則的だろうと、『理を盗むもの』三人の相手は……はっきり言って、勝ち筋がない。


 スキル『読書』、あと持って数十秒だと私に教える。

 足元に繋がった赤い『糸』も、目を凝らせば見える白い『糸』も、どう足掻いても勝てないと教えてくれるが――私は全力で、最後まで戦い続ける。


 最後の瞬間に全てを懸ければ、まだわからないと息巻く。

 何があっても集中力は途切れさせない。


 そう私は決心していたのだが、あっけなく気は逸れてしまう。

 空から降り注ぐ光の明滅に、私は目を奪われる。フーズヤーズ城の中央付近で、天を仰いでしまった。


 丸い吹き抜けの奥に、『星空』が見えた。

 いまの時刻は深夜。

 太陽の光はない。

 だが、魔法の光が、剣戟の火花が、戦いの明滅が、『星空』のように闇を彩っていた。

 そして、その空で一際輝いている『星』は――


「……『星空』に『月』? それと――あぁ……、あはっ」


 ノスフィーの光の中、カナミとラグネちゃんが戦っている。

 その明滅を見て、私は「綺麗だ」と、とても単純な感想を抱いた。

 綺麗な『星空』を前にして、私の気は逸れ続けて――この状況で、ふとティアラ様の物語を思い出してしまう。


〝――後に、それを私は『星空の物語』と言った。

 笑顔で「師匠と陽滝姉が、私の真っ暗な世界を照らしてくれた星だから」と答えた――〟

〝――その話の最後に、いつも私は言い残す。幸せな結末だけを信じて、『魔の毒』の暗雲で覆われた空を指差して、「いつか、この暗過ぎる世界がキレイな星で一杯になったとき! それが私の物語のフィナーレ!」と――〟


 ティアラ様の物語が、いまでは自分のことのように感じる。

 他人の話とは全く感じない。《レヴァン》と《ライン》で繋がっているからではなく、単純な感情移入が私を『ティアラ』と思わせる。



「――カナミ・・・聞いてる・・・・?」



 あと持って数十秒。

 逆に言えば、その最後の瞬間まで余裕がある。


「カナミ……。もうお別れは済ませてるから、いいよね? それよりもさ、カナミも一緒に視ようよ……」


 その時間に、私は何がしたいかと考えて――大好きなカナミに向かって、大好きな『読書』を誘っていた。


「あの『星空の物語』は、本当に綺麗で、かっこよくて……。とても刺激的で、楽しい『冒険』で、それで……。それでね……」


 かつて、病床のティアラ様は『異邦人』と出会って、たくさんの『冒険』をした。

 しかし、終わりに待つ『呪い』を読み取ってしまい、最悪の結末を避けるために戦い続けることを選んだ。


 その果てに、ティアラ様は『私』を作る。

 それは『新しい私』。『理想の私』。『代わりの私』。

 その『私』はティアラ・・・・だと、ティアラ様は千年前に信じた。


「それは、『私とカナミの物語』でもあったんだ。だから、少しも寂しくない。これまでも、これからも――」


 そして、その『私』はティアラ様だと、『私』も千年後に信じる。


 だから、一緒に読み返して欲しい。

 あの最初の出会いを――


〝失われた旧暦の終わり。

 あの塔で、『私』は異世界に迷い込んだ渦波と出会った――〟


 あれから千年。


〝新しい暦が千年を刻んだとき。

 あの迷宮で、『私』も異世界に迷い込んだカナミと出会い直す――〟


 繋がっている。

 ティアラ様から私に受け継がれて、新暦1013年まで続いた。

 だから、これから先も、ずっと――


「――続く・・


 そう呟く。

 ただ、その注意散漫な私の姿に、ファフナーが苛立ち始める。


「何をぶつぶつと、一人で……!! 真面目に戦えっ、そして、もっと俺に見せてくれ……!」


 独り言を呟くのはファフナーも同じだというのに勝手なやつだ。ただ、その彼と違って、相方の『理を盗むもの』セルドラは非常に冷静だった。


「これは……、確かに、『過去視』なら遺言になりえるが……」


 私のしていることを正確に把握していた。

 おそらくは、最後の一人であるヒタキちゃんも同じだ。


 ただ、彼女だけは無表情の無言で、遺言を全て無視して、じわりじわりと氷の刃で私を追い詰めていくだけだ。

 淡々と、刻一刻と、無感情に頁を捲り続ける。


 そのヒタキちゃんと対照的なファフナーが、感情のままに吼える。


「ティアラ! おまえが本当に『聖人セント』だったというなら、見せてみせろ! この千年後に!!」


 本当に無茶を言ってくれる。

 しかし、その彼の身勝手さが、この厳しい戦いに綻びを生んでくれる。

 三人の連携に乱れが生じて、唯一の突破口が見える。


 その最後の隙に、私は全てを懸けて――


「――『私は世界あなたが愛おしい』――」


 人生を詠む。

 この『詠唱』で失われるものはない。

 その人生があるというだけで、優しい『世界あなた』は観劇料を律儀に払ってくれる。


 だから、これだけは《レヴァン》でも《ライン》でもない。

 ティアラ様も『糸』も関係ない。私自身が歩んできた人生。レガシィが私に教えてくれた――唯一ヒタキちゃんに匹敵する力。


 その力を以て、人生最後の疾走を始める。

 《グロース・エクステンデッド》で破裂寸前の両脚を使って、床を抉るように蹴る。


 風を切り、一瞬でファフナーまで距離を詰めた。

 懐に入り、軽く手を伸ばして、彼の胸に触れる。


「なっ――」


 ファフナーが驚くと同時に、『血の力』を使う。


 あえて『血の理を盗むもの』に対して、『血の力』で臨み――あっさりと私は上回った。

 彼の『血』を手の平から一息で抜き尽くして、飲み干す。

 ファフナーの姿から色素が急激に失われていき、透き通っていく。

 その『血の力』への抵抗力のなさから、彼は本当に『血の理を盗むもの』の代理人でしかないとよくわかった。


 大陸を滅ぼせるほどの『血の力』を持っていても、あれはファフナーにとっては『合っていない力』だったのだ。


 彼の本来の姿は、この透明の身体。

 非人道の実験によって、強制的に改造された希少種の『魔人』。

 融通が利かないほどに礼儀正しくて、思い込みが激しいけれど芯は強く、狂気とは無縁の『強き少年』。


「か、返して、くださ・・・――」


 ティアラ様の記憶によれば、この透明な姿のほうがファフナーは強い。だが、彼は『弱さ』と『狂気』を求めて、私から『血』を取り返そうと手を伸ばした。


「返さない」


 私は微笑みと共に、白虹の魔力を叩き込むことで応える。手抜きの代理人に付き合っている暇はないので、ラグネちゃんの『反転』を使って、ファフナーの意識を絶った。


「ファフナー!?」


 友セルドラが声をあげて、駆け寄ってくる。


 この男が、器用貧乏の私にとって最大の壁だ。

 『無の理を盗むもの』に相性や弱点はない。勝つには、単純にセルドラの膂力と魔力量を上回るしかない。


「どいて!!」

「――――っ!?」


 セルドラは危機を感じ取り、防御の姿勢を取った。

 そこに私の持つ白虹の魔力の全てを叩き込む。それは魔法の形を得ていない魔力を押し流すだけだったが、数値化すれば十桁を軽く超える量だ。《レヴァン》の魔力が洪水のように、セルドラの巨体を呑みこんでいった。


 ダメージはないだろう。

 だが、これで三人の囲みは完全に崩れる。


「ヒタキちゃん!!」


 残った一人に向かって、天剣ノアを握り締めて、もう一歩だけ駆け出す。

 これが最後の一歩だからと、死ぬ気で床を蹴った。


「…………」


 何も言わず、ヒタキちゃんは氷の刃を構える。

 魔法で動かすのではなく、『剣術』で私と相対する。ただ、それは身の危険を感じての行動ではなく、決死の私への礼儀でしかないと、その冷静な表情から伝わってくる。


 ――剣が交錯する。


 氷の刃の側面を、『天剣ノア』が削るように滑った。

 二種の剣が煌いて、最後の一瞬が過ぎていく。


 当然のように、ヒタキちゃんの氷の刃は私の胸に突き刺さっていた。

 致命傷だというのに、傷に痛みはなかった。出血時特有の熱もない。氷の刃に冷やされて、血液が凍りついている。


 ただ、私の『天剣ノア』の切っ先も、きちんとヒタキちゃんに届いていた。

 ヒタキちゃんの首筋に、ぴたりと触れている。


 《ライン》から収束した私の『剣術』は、確かにヒタキちゃんの『剣術』を超えていた。

 その状況でヒタキちゃんは、未だ冷静に話す。


「振り抜かないのですか?」


 小さな声で聞き、私も小さな声で答える。


「振り抜かない……。私は最後に、ヒタキちゃんと『対等』に話がしたかっただけだからね……」


 どうやら、身体に穴が空いていても、魔法《グロース・エクステンデッド》によって、喉を震わせることくらいはできるようだ。単純に私の『作りもの』の身体が、こういう状況ときに特化しているというのもあるかもしれない。


「話なんて、している場合ですか……? 私を殺さなければ、あなたは死にます。死ぬんです」


 ぐいっと、ヒタキちゃんの氷の刃を持つ手に力が入った。

 凍りつきながらだが、胸の致命傷が広がっていく。


 しかし、それでも私は動かない。『詠唱』も一節で終わり。

 カナミと同じで、死んでも『話し合い』がしたい。そして、どうにか助けたい。

 その私の意志が白い『糸』を伝い、誤解なく齟齬なく正確にヒタキちゃんに伝わる。


「……しかし、死ねば終わりです、ラスティアラ。せっかく、兄さんと結ばれたというのに、たった数日で……。このたった数日で、終わりになってしまうんですよ? あなたは私と話をしている場合ではありません」

「たった数日だね……。でも、この数日間、私たちは確かに結ばれてて、幸せで、満たされてた」


 短いなんて思わない。

 むしろ、長かった。

 私の人生は、とても長かった。という満足感が、いまの私にはあるのだが――


「その満足感は、全て『作りもの』です。あなたは満たされていないし、死後に続くこともないし、ティアラと同じでもない。いまあなたが死ねば、ラスティアラ・フーズヤーズには何も残らない。たったの四歳で、死ぬ。――私は嘘をつきません。あなたは母親にとって、ただただ都合のいい『作りもの』でしかない。もちろん、都合がいいのは私にとっても、ですが……」


 ヒタキちゃんは懺悔するかのように、私に忠告し続ける。

 その姿を見て、やっぱり私は助けるべき相手を間違えていなかったと確信していく。


 私は手に持った剣を落として、両の手でヒタキちゃんの頬に触れる。


「確かに、私は『作りもの』だった……。でも、すごく楽しかったんだ。いや、『作りもの』だったから、楽しかったんだと思う。『私』は、とにかく創作が好きだからさ……」


 千年前の『私』には届かなかったところに触れて、撫でる。


 ずっとこれがしたかった。

 一度ラグネちゃんに殺されかけて、色々な記憶が見えたり、たくさん考えたけれど――結局は、これだけのために私は戦っていたんだと思う。


「だから、一杯感謝してる。お母様とヒタキちゃんが作ってくれた本のおかげで、私は誰よりも幸せだった。『作りもの』として生まれたからこそ、カナミの『たった一人の運命の人』になれた。これからもずっと、私とカナミは一緒――」


 全てが『作りもの』の中、その愛だけは『世界』さえも認める『本物』。

 という一頁だけで、王道ベタな演劇が大好きな私は報われる。


「……いいえ、ずっと・・・なんてありえません。たった数日だけ両思いだったあなたと違って、これから私は兄さんと『永遠』を過ごす。だから、家族四人で過ごした日々も、湖凪さんと過ごした日々も、ティアラと過ごした日々も、あなたと過ごした日々も、全て塗り潰される。色褪せていって、必ず兄さんの中から消えていく。……そう私が望んだ以上、絶対です」


 ヒタキちゃんは首を振り続ける。自らの望みが叶い、兄を独占できる未来を口にしながらも、どこか不安げに否定し続けていた。だから私は、その彼女の両頬を撫で続けて――


「カナミは忘れないよ」

「……いいえ、忘れます。兄さんは忘れっぽいんです」


 全力でカナミを自慢する。

 けど、ヒタキちゃんも即答だ。


「絶対に、なかったことにしない」

「なかったことにします。逃げ癖があるんです。そういう人なんです」

「カナミは勝つよ。ヒタキちゃんにだって」

「勝ちません。兄さんが私に勝ったことなど、一度もない」

「だって、カナミは……私の『主人公ヒーロー』だからね」

「……『私』の、……ヒーローだから?」


 ヒタキちゃんは、その言葉を繰り返して――『静止』した。

 それだけは簡単に飲み込むことはできないようで、いくらか視線を彷徨わせたあと、じっと私の顔を見つめた。そして、氷の刃を消す。


「くっ、うぅ――!」


 魔法《アイス》で構築されていたであろう氷が消えて、私は呻く。

 冷気が霧散して、胸の凍結が解除されただけではない。凍っていた時間が溶け出したかのように、傷口から血が溢れ出す。鋭い痛みが走り、傷口が燃え上がるように熱くなる。


 ヒタキちゃんは一歩引く。

 逃げるように私の両手から離れて、目を逸らし、背中を見せた。


「信じるのは個人の自由です……。それがあなたの幸せならば、私は応援します。……さよなら、『最後のティアラ』」


 限界を迎えた身体を支えてくれていた氷の刃が消失して、私は前のめりに倒れるしかなかった。

 最後の一歩のつもりで足を酷使したせいで、立ち上がれない。ただでさえ不調だった身体に穴が空き、そこから張り詰めていた全てが抜けていく。


 ――もう私は二度と立ち上がれない。


 ただ、最後にヒタキちゃんに手が届いて、撫でて、話せたことに満足する。


 痺れていく手足。濁っていく五感。朦朧としていく意識。

 はっきりと感じるのは『切れ目』からの視線だけ。


 これで二度目だ。

 だから、とても私は落ち着いていた。

 残った力を振り絞って、仰向けに身体を起こして、見上げる。

 最後は『星空』を――カナミを見続ける。


 視界は光に満ちて、耳に話し声が届く。


「陽滝、止めは刺さないのか……?」


 吹き飛ばしたセルドラが戻ってきて、ヒタキちゃんと話す。


「放っておけば、確実に死にます。もう『呪い』に抗う体力が、彼女にはありません。なにより、彼女は逃げない。逃げて……くれない」

「確かに、もう確実だろうが……だが、あれを?」


 その返答にセルドラは、心底不思議がっていた。

 たとえ『呪い』で死ぬ直前だとしても、私の身体には《レヴァン》と《ライン》による尋常でない魔力がある。

 その私を放置しようとする理由がわからないようだ。


「それよりも、いま『頂上』でラグネ・カイクヲラが消失しました。急ぎ、迎えに行く必要があります。世界を静止させる前に、余計なしがらみを兄さんに与えたくありません」


 その疑問に答えることなく、淡々とヒタキちゃんは次の話をしていく。


「――なので、あなたは下へ。予定通り、別行動です。兄さんは私一人で凍らせます」


 そして、歩き出した。

 その散歩に行くような軽い足音に、セルドラは不満を抱えながらも反対をしない。


「おまえの言う通り、全てが予定だ……。驚くことに、何一つ『予言』から外れていない。経過など存在しなくても、何も問題なかった。結果は変わっていない」

「そういうことです。いまの彼女との戦いも、何もなかったも同然。だって、依然として未来は何も変わっていない。全てが、私の手中もののまま……。だから、私は兄さんに……、兄さんに私は早く……」


 魔法が構築される。

 カナミの得意な次元魔法《コネクション》だ。

 その魔法の扉を開いて、ヒタキちゃんはくぐり抜ける。


「――兄さんに会いに行きます」


 そう言い残して、ヒタキちゃんはフーズヤーズ城一階から去っていった。

 そして、残されたのは、倒れたファフナーと私、立ち尽くすセルドラの三人。


 ――三人が残されて、戦いは終わった。


 終わったが、予想よりもずっと善戦できたと私は思っている。

 ヒタキちゃんに触れて話せたとき、確かに『糸』よりも先に動いて、引っ張っていた感覚があった。


「ふふふ……」


 嬉しかった。

 ただ、その代わりに、もう私は完全に動けない。


 死を待つだけとなった私は、自分の身体を確かめる以外にやることがない。

 胸に貫かれた傷から血が止まらない。無茶な戦い方で内部に蓄積していた損傷ダメージが、そのまま溢れ出ているかのような勢いだ。

 魔力は十分にあっても回復魔法が追いついていない。いや、むしろ無限に溢れる魔力が私という器に亀裂を作っている。『切れ目』の『呪い』もある以上、自然回復する見込みはゼロだろう。


 ヒタキちゃんの言うとおり、もう確実に私は助からない。

 そんな私に向かって、セルドラは話しかける。


「……いまの陽滝は、初めて見た。ティアラの複製レプリカ――いや、ラスティアラ。おまえは強いな」


 そして、私のすぐ近くに腰を下ろして、膝を抱えた。

 戦闘のダメージで休んでいるようには見えない。息を整えているわけでもない。ただ、セルドラは座って、呆然と上を見ていた。


 呆れたことに、ヒタキちゃんの「あなたは下へ」という指示をサボっていた。セルドラは少なくとも、騎士のように実直に従うつもりはない様子だ。セルドラは私と一緒に、地べたから見える『頂上』の光を見つめ続ける。


 だが、いつまでものんびりと見てはいられない。


 ――唐突に、城の冷気が強まった。


 さらに、フーズヤーズ城が大きく揺れた。

 ただでさえ、一階は激闘で崩落寸前だ。城全体の寿命が、地震で一気に縮まった。天井や壁の亀裂から落ちる砂埃が、何倍にも増えていく。


 ――いま丁度、『頂上』で新たな戦いが始まったようだ。


 このフーズヤーズ城でまともに戦えるのは、ここにいるセルドラと――カナミとヒタキちゃんしかいない。

 戦っている二人を理解したのは私だけではない。隣のセルドラが、気安い友人のように『頂上』の戦いの予想を私に聞く。


「おまえは、カナミが勝つほうに賭けてるのか……?」


 もしかしたら、彼は何かしらの魔法で、『頂上』を観戦している可能性が高い。その細めた目には、いまカナミの劣勢が見えているのだろう。

 けれど、私は迷いなく頷いて、逆に問いかける。


「……あなたは?」


 聞かれたセルドラは私と違って、即答できない。

 その細めた目を、私に向ける。続いて、この一階に倒れているファフナーを見たあと、ゆっくりと予想を口にしていく。


「俺は……、【相川陽滝には誰も勝てない】と知っている」


 そして、その無敗の主の指示に従い、彼は動き出す。

 『竜化』を行い、背中から竜の翼を広げた。


 だが、先ほどと違って、大きさが違う。どうやら、セルドラは質量を弄れるらしい。続いて、腕を竜の鱗で覆い、常人の五倍近くに膨らませたあと、私の身体を片手で掴んだ。


 幸い、傷口が痛いと思えるほどに、まともな感覚は私に残っていなかった。もはや鉤爪と化しているセルドラの手に掴まれて、私は連れて行かれる。


 セルドラは翼をはためかせて、一跳びで中央の吹き抜けに飛び込む。

 螺旋階段を使わずに、下へと落ちていきながら、話し続ける。


「じきに、おまえは死ぬ……。予定通り、城は崩れ、瓦礫によって潰され、必ず死ぬ。だが、ここならば――」


 着地の直前、『竜の風』で落下の勢いが減衰した。

 舞う花弁のように軽く、ふわりとセルドラは世界樹が根を張った最下層に足をつけた。


「このフーズヤーズの地下は特別だ。『糸』の性質上、陽滝の読みの外となる。……結末が変わることはないだろうが、少しは時間を稼げるだろう。瓦礫は落ちにくい」


 そして、優しく私の身体を、土の地面に横たわらせる。

 その台詞から、彼は私の死に敬意を払い、場所を選んでくれたとわかる。そのまま、セルドラは世界で最も巨大な樹――『世界樹』に近づいて、語りかける。


『――迎えに来た、ディプラクラ』


 甲高過ぎる声が、セルドラの竜の鱗に覆われた喉から発生した。

 その振動は私の皮膚を這うように震わせたあと、世界樹の表面にも伝った。そして、その特徴である無数の赤い葉が全て、緑に染まる。


 ファフナーの『血』の守りを失った世界樹に向かって、セルドラは肥大化した竜の鉤爪を勢いよく突き刺した。数秒ほど内部を探るように腕を動かして、引き抜く。その手の中には、一人の老人の身体が収まっていた。


 ティアラ様の記憶にあった三人目の『使徒』ディプラクラだった。


「……最後だ。二人きりで話すといい」


 そういい残し、セルドラは『使徒』ディプラクラを握って、その翼を動かして、いま落ちてきた道を戻っていく。

 『竜の風』で飛び去っていく背中に私は「ありがとう」と小さく答えて、見送った。


「…………」


 フーズヤーズ城の最下層で仰向けとなり、私は一人、血を流し続ける。


 上からは尋常ではない地鳴りの音が響き、ぱらぱらと小石が落ちてくる。

 それ以外に音はない。

 生き物の呼吸音は、私だけ。

 だから、自分の息が徐々に細くなっていくのが、よくわかる。


 死の間際、墓の下のような地の底に取り残されてしまった。

 だが、寂しくはない。むしろ、やっと――


「ねえ……、まだ……。聞いてる……?」


 落ち着いて、話せる。

 この最下層に話し相手なんていない。これから私は一人で死ぬ。けれど、私は喉を震わせる。


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