277.『再誕』
「――この女誑し! ひもっ! かっこつけ! シスコン! 変態! 人間のクズ! 女の敵! というか人類の敵! 優柔不断! 期待させるだけさせて放置するから、酷いことになるんだよ! 口だけ男! ヘタレ! 正直、生きてるだけで迷惑! 周りがっ、というか私が後始末にどんだけ苦労したか! 甲斐性なし! 負けるたびに女の子のところに逃げるな! 根性なし! 大事なところでばっかり負けてぇえ! この負け犬――!!」
「う、うん、わかった! 十分わかった! わかったらそろそろ終わりに……」
その余りな罵倒の数々にキリストは顔を青くして、降伏しようとする。
けれど、ティアラさんは敵が降伏しようとも一切容赦なく責め立てる。
「うっさい、師匠! 最後だから全部言うよ! 師匠はもっと狙いを一人に絞るべき! あっちこっち行かない!!」
「じゃ、じゃあ、人が集まってきてるから……せめて場所を変えよう!」
キリストは周囲の反応を見て、移動を促す。
いまや観客たちの興奮は最高潮であった。英雄のスキャンダルを聞いて、とても興味深そうに聞き耳を立てて、知人たちとひそひそ話しをしている。ティアラさんの暴露を聞けば、裏でどんなことを囁かれているのか想像するのは容易い。
というか、観客の中から「やっぱり噂どおりか……」とか「うわあ最低ー」とか漏れてきている。凄まじい勢いでキリストの評価が落ちて、元からあった噂の信憑性が高まっているのがわかる。
そして、キリストの離れたい気持ちもよくわかる。
わかるが、いま目の前で話している消滅直前の女の子から逃げるのは許されない。こっそりと僕はキリストの退路を塞ぎつつ、二人の会話を笑顔で見守る。
「師匠! この期に及んで、周囲の目を気にするの!? そんなんだから、千年前も大事なところで失敗ばかりしてたんだよ!!」
「いや、それは……でも、このままだと僕の評判が……。いまスノウのやつが間違いなく聞いてるだろうし……。これ以上はまずい……! あらゆる意味で本気でまずい……!!」
「大事なのは、いまのラスティアラちゃんでしょ! ここで逃げたら、ぶっ飛ばすよ!」
「――くっ、わかった! わかったけど、魔法はなしでいこう!! なしで!!」
戦意を見せたティアラさんにキリストは怯えて、自分の味方であると思われるラスティアラのところまで後退する。
そして、いまにも正座しそうな勢いだった。
完全に話の勢いに呑まれているのが見て取れる。
ティアラさんはキリストを圧倒したことに満足したのか、連続の罵倒を止めて、話の結論を叩きつける。
「とにかく、私は師匠が好きじゃないよ! この男は女たらしの最低野郎だからね! 異性としては無理! あるのは師としての尊敬がギリギリちょっとあるだけ!!」
それにキリストとラスティアラは並んでショックを受ける。
二人とも表情に出まくりだった。二人はレベルも能力もずば抜けていて何かと恐ろしい存在だが、精神面は大したことがないのだ。特に恋愛面だと幼稚を通り越したレベルであることは以前に確認済みである。
ティアラさんの宣言で唖然とする二人。先に立ち直ったのはラスティアラだった。
なんとか盤面を覆そうとキリストを励まそうとする。
「カ、カナミ、信じちゃ駄目……! 嘘だよ、嘘っ。きっとティアラ様が、私のために身を引こうとしてるだけだから……!」
「そうなのか……? いまのは嘘……って思いたいけど、ティアラが嘘ついている風には見えないんだ……」
「自信もって! カナミはかっこいいって! ティアラ様も惚れてるはず……! た、たぶん……」
「なんか……最初より自信失ってないか……?」
「だって……流石に酷いし……」
「あ、ああ……。酷いな……」
二人はティアラさんの言葉を振り払おうとしていたが、結局は飲み込まれて項垂れてしまう。
その様子からティアラさんの話を心から信じているとわかる。
二人ともステータスを見る『目』だけでなく、観察眼にも優れている。その力によって、嘘がないことを看破してしまったのだろう。
ティアラさんの話には「ああ、やっぱり……」と思えてしまう説得力があった。
しかし、揃って項垂れる駄目主たちも、幾度となく修羅場を乗り越えてきた人物だ。
すぐに心を強く保って「いや、まだわからない」「なにかのスキルで騙されているだけかも」とか言って二人で支え合おうとしていた。
その足掻きを見て、僕は悪態をつきながら一歩前に出る。
「ちっ、まだわからないのか……!!」
ティアラさんの話を補強しようと、僕の知っているこの時代のキリストの女性遍歴を足しにかかろうとする。
そこにいるラスティアラを初め、キリストパーティーを眺めただけでも補強する数に不安はない。
僕でも十分にとどめを刺すことは可能だ。
だが、それをティアラさんは止める。
「いやライナー、まだ私に任せて。これでも、一番の年長者だからね。相手が師匠でも、詰め方は熟知してるよ。しっかり見てて」
そして、獲物を追い詰める狩人の目をして、歯を見せて笑う。
自分の過去話を始めたときは少し不安だったが、いまのティアラさんがキリストたちを叩きのめそうとしているのは間違いない。
力で叶わないなら言葉を使って勝利する――という昨日の稽古の続きをしているのだと僕はわかり、一歩引く。
「さあ、いまから証明してあげる。私は師匠が好きじゃないし、師匠はらすちーちゃんが好き。それをいまっ、完璧に教えてあげる――!」
ティアラさんは詰め寄る。
心揺らいでいる二人にとどめを差すべく、残酷に優しく、ゆっくりと語りかける。
「よく聞いて、師匠。聞いての通り、私は千年前の師匠のことをよく知ってる。もちろん、師匠のことだけじゃなくて、他にも色々。使徒レガシィにやられた師匠と違って、生涯無敗だった私は千年前長生きしたからねー。ぶっちゃけ、一足先に迷宮の『最深部』まで行ってるんだよ?」
とてもあっさりと連合国最大の悲願を達成していることを伝える。
そして、それはキリストの悲願でもある。
「なっ――」
迷宮の『最深部』を目指していたキリストは驚きを隠せず、いままでの話全てが吹き飛んだかと思えるほどの驚きを見せる。
「千年前の勝利者だった私は誰よりも先に、みんなの悲願を達成してる。シス姉の望んだ『世界を平和にする方法』だって用意してる。また新しい『みんなを幸せにする魔法』も開発したんだ」
キリストを置いて、ティアラさんは次々と新事実をばら撒いていく。
「まだ陽滝姉は眠ってるよね? 私は陽滝姉を起こす方法だって知ってる。それどころか、あの『病気』の正体を師匠よりも詳しく知ってる。『最深部』でようやく確信できたよ」
嘘か真か――わからないが、全てを解決する力が自分にあると言う。
そう簡単に信じられるものではないが、千年前を生き抜いた伝説のティアラさんだからこそ、それを口にする権利があった。真実味があった。
「いま消えかけてる私を生かせば、そういう色々便利なことを知ることができるねー。あっ、でもちゃんと詳しい話を聞きたいなら、ラスティアラちゃんを犠牲にしないといけないよー。どれもこれも、この場でぱぱっと話せるくらい簡単な話じゃないからねー」
もうティアラさんの残り時間は数分ほどしかない。
それをキリストは次元魔法《ディメンション》で理解している。
「だからさっ、いまここで『ラスティアラちゃん』か『私』か――どっちを生き残らせたいか選んでよ」
強引過ぎる方法で二択を迫る。
その二択は、ただ好む人物を選ぶだけの話ではない。
「つまり、『好きな人』か――『その他全ての解決』か。とってもわかりやすくて簡単な選択でしょ?」
天秤に乗せるだけ乗せて、ティアラさんは気軽に笑った。
それにキリストは絶句する。
だが、その問いの返答は早かった。本当に早かった。
眉間に皺一つなく、迷いも一切なかった。
「――ああ、簡単な選択だ。それだけは間違えない。もう僕は絶対に間違えない」
ティアラさんの言ったとおり、わかりやすく簡単であり、間違えようがないと言い切り――難題の答えを口にする。
「僕は『ラスティアラ』を選ぶ。『ティアラ』は選ばない」
相対するティアラさんでなく、隣に並ぶ守るべき人の名を呼ぶ。
それを聞いた本人は首を振りながら咎める。
「カナミ!!」
けれど、キリストが揺れることはない。
強固な意志で選択した――だから、覆すことも後悔することもないと言葉を続けていく。
「ラスティアラを見捨てるなんて絶対にない。……だからと言って、他の全てを簡単に捨てるほど諦めはよくないけどね」
そう言って、ティアラさんに向かって、同じような笑顔を見せた。
まるで鏡を見ているような笑顔で、二人は向き合っていた。同じ気持ちを共有し、同じ意志で、同じ道を進んでいるのだとわかる鏡合わせだ。
気持ちを共有したことで、ティアラさんは安心したような表情を見せる。
「ふ、ふふっ。ほんと言うようになったね。傲慢だねー。ほんと変わったよ――」
ティアラさんは望む答えを受け取り、全ては予定通りのはずだったが、少しだけ寂しげでもあった。それは同じ道を共に歩んでいたけれど、一人先に進む友人の背中を見送ると決めたかのようで……。
けれど、いまその感情は似合わないと、より大きな笑顔で寂しさを塗り潰して叫ぶ。
「さっすが、師匠! いまどきっ、愛する人を犠牲にして世界を守るなんて、千年くらい遅れてる! 愛する人も守って、大切な家族や仲間も守って、その上で世界を守る! これこそが至高のハッピーエンド!」
先ほどラスティアラの主張した『幸せな終わり』であると訴えて、自分の勝利宣言も同時に終わらせる。
味方を失ったラスティアラは、縋るように隣のキリストに確かめる。
「カ、カナミ……、本気……?」
「僕は本気だ。本気でおまえのことが好きだから迷いなんてない」
もう一瞬の迷いもない。
考えることもなく即答されたことで、ラスティアラは悲しそうに唇を噛む。そして、次はティアラさんに語りかける。
「それで本当にティアラ様はいいんですか……? なんで、笑って……いられるんですか?」
「笑えるよ。だって、私が師匠に求めるのは『師匠であること』だけだもん。私は自慢の師匠が、本当に強い師匠になってくれて満足。……やっと、あのときの恩返しができたんだって本気で思える。何度も言うけど、この場で師匠のことを好きなのはラスティアラちゃんだけなんだよー? ちゃんと私は生前で大往生したんだよー?」
こちらもまた一瞬の迷いもなく即答した。
「わ、私、だけが好き……?」
その言葉を、とうとうラスティアラが繰り返す。
ずっと繰り返されてきた言葉を噛み締めていく。
それが嘘でなく真実であることを少しずつ理解しているのだろう。めまぐるしく表情を変えていく。
悲しい顔から困った顔に。困った顔から不思議そうな顔に。不思議そうな顔から嬉しそうな顔に。嬉しそうな顔から恥ずかしそうな顔に――その見事に整った顔を、何度もぐにゃぐにゃと歪めていき、答えに辿りつく。
「――ぁ、ああ」
もう首を振ることはなかった。
受け入れず「駄目」と否定することなく、その身の狂気が霧散する。
そして、ようやく年相応の表情を見せる。
若く純真な、若く素直になれず、若く熱い恋愛感情に火が灯った。
真っ白だった頬に色がついていく。いまのラスティアラの感情を表すかのように熱い血が巡り、徐々に赤く染まる。際限なく、赤く染まる。
「あぁ……、ぁあああ、あああああっ――!!」
あんぐりと口を開けて、長い金髪を振り乱して、悶えだす。
その顔は蒸気が出ているのではないかと思えるほど熱そうで、たった数秒で真っ赤に染まりきっていた。
今日まで抑えてきた恋愛感情が、何倍にも膨れ上がって表に出ているのだとわかる。
ずっと目を逸らしてきた真実に直面し、恥ずかしさが頂点に達しているのだろう。
その急変を見て、すぐ近くのキリストが心配げに近寄るが、
「ラスティアラ、大丈――って、なんで斬りかかる!?」
「こ、こっち見るなぁあああ――!!」
ラスティアラは手に持った剣を振り回して追い払い、フーフーと猫のように威嚇し始める。真っ赤な顔で。
正直、その過剰な反応はラスティアラらしくない。ここまで興奮して、我を失う姿を見るのは初めてだ。
けれど、本来これが彼女がすべき反応なのだ。
精神年齢一桁に相応しい感情なのだ。
ニヒルに笑って、一歩引いて、周りの女の子を応援するなんて――余りに子供らしくない。
これこそがラスティアラの心の中に潜んでいた本心。
ああ、ようやくここまできた。ざまあみろ。
世界を物語のように俯瞰的に見ていた女を、その物語の中までひきずりこんだのだ。背中を押して、逃げ場を潰して、なんとか舞台袖から中央まで追いやって見せた。
そして、当然だが、舞台中央のヒロインに、僕らの主人公は話しかける。
「それは……嫌だ。僕はおまえが好きだから、きっと嫌われても死ぬまで見続けると思う」
う、うーん……。
それはどうかと思う台詞である。
キリストの苦手な竜人や元奴隷女と同じことを言っていると気づいているのだろうか。しかも次元魔法《ディメンション》の使えるキリストが口にすると、より酷い台詞だ。
ただ、その重い言葉は覿面で、さらにラスティアラは悶えて、どこまでも顔を赤くしていく。ぶんぶんと首を左右に振って、長い髪を振り乱す。
「うわぁっ、あぁっ! ぁあああっ、ぁあああああアアアア――!!」
歓喜とも絶望とも取れるかのような叫びと共に、猫のように俊敏な動きでキリストから逃げようとする。
こっちはストーカー的な意味で受け止めた僕と違って、恋愛的な意味で真っ当に受け止めたようだ。ただただ恥ずかしそうである。
しかし、告白に喝采する観客たちに囲まれた場所で逃げ場はない。
ラスティアラは知り合いの僕とティアラさんを見比べ、すぐさまティアラさんを選んで、その身体に抱きついた。
いま僕は、とてもサディスティックな笑顔を浮かべていることだろう。それと慈愛溢れる母のようなティアラさんを比べれば、誰だってそっちを選ぶ。当然だ。
そして、揃った。
色々あったが――本当に色々あったが、これで予定通りの結末に戻った。
いま儀式に必要な『魔石人間』たちが揃った。ティアラさんの見事な話術で、ラスティアラが自発的にこちらの手に落ちた。
ティアラさんは抱きつくラスティアラの頭を撫でながら、優しく囁く。
「ふふっ。師匠が好きなのもラスティアラちゃんだけみたい。よかったね……。両思いだよ?」
「う、うぅぅーっ! ぁあぁぁ――っ!!」
ラスティアラは隠れるように顔をティアラさんの胸の中に埋めて唸る。真っ赤に染まった情けない顔を見られたくないというのはわかるが、余りに酷い光景だ。
精神年齢を見れば間違いはないのだが、いまの二人の身長差を見ると――大の大人が女の子に甘えているかのように見える。
そして、ラスティアラは密着しているけれども、鮮血魔法《ティアラ・フーズヤーズ》でティアラさんを吸収しようとする素振りはない。
もう理由がなくなったからだろう。
ティアラさんの恋心を理由にして動いていた以上、それがなくなれば強引に『再誕』させる理由がない。
というより、いまやそれどころではないのかもしれない。
自分の情けない姿がフーズヤーズ市民に見られているという心配をする余裕もなく、ただただ恥ずかしがって、処理しきれぬ感情に悶え、唸り続けている。
そのラスティアラをティアラさんは十分に撫でて、顔をキリストに向ける。
「ふいーっ。これでもう終わりかなー? 師匠もおーけー? まっ、千年前のことはゆっくりと思い出してくれたらいいよ。ただ、もし全部思い出したらさ、そのときは――」
そして、別れの言葉を残す。
それはまるで予言のようで――
「――そのときは私たち母娘ごと、ラスティアラちゃんを愛してあげてね」
ティアラさんは胸の中の少女を娘と称して、愛してあげてと願った。
その母の愛情にも似た願いに、キリストは頷き返す。
約束が交わされ、すぐさまティアラさんは真剣な表情と共に叫ぶ。
「ライナーちゃん! 前言撤回して悪いけど、力も想いもっ、全部娘にあげることにする! いまなら例の『親和』が娘とできそうー! だからっ、予定変更ー!!」
僕ではなくラスティアラを継承者に変えると宣言する。
いま『親和』が……? いや、文句はない。
説得の叶ったいまならば、ラスティアラが抵抗することはないだろう。
紆余曲折を経て、僕たちは僕たちの理想の理想まで辿りついた。
キリストの登場は決して無駄ではなかったのだ。
「気にするな! もう十分にあんたからは貰った! 元々、それが一番の終わり方だ!」
了承する。
同時に、ティアラさんは腕の中のラスティアラの血に働きかけ、『再誕』の魔法を再開させる。
二人の魔力が混ざり合い、白く発光する。
いま、世界最高の神聖魔法が『十一番十字路』の『魔石線』と共鳴して、最大規模で発動する。
そのための『詠唱』をティアラさんは謳う。
見る者全てがわかるように、より光を輝かせるために、その心のままに、謳う――
「これよりっ、『再誕』の儀式の終わりを始める――!
我が名は聖人ティアラ・フーズヤーズ! 千年の予言をここに成就させる! 始祖が為に我は『再誕』し、始祖が為に命を果たす! 我がフーズヤーズの民たちよ! この儀式を見るがいい! その目に焼き付けるがいい! これがレヴァン教の全て! この神聖なる光を受け止めよ!!
結局、神の教えなんてこんなもんである! しかし、こんなもんこそが世界の全てだ!
では、始祖カナミと娘ラスティアラの婚約を行う!
両者、我が命を賭けて定めたレヴァンの戒律に誓え! ちょっとやそっと重複しようと関係などない! 婚約は婚約!!
なぜなら――! 『ああ、世界は愛こそ偉大』! 『恋こそ人生、人の生きる意味そのもの』! 『人の恋路を邪魔するやつは死んでしまえ』!
レヴァン教の聖人の名に於いて、二人の前途に祝福あれ――!!」
厳格な謳い文句が始まったかと思えば、最後は滅茶苦茶だった。しかし、その滅茶苦茶な『詠唱』のほうが、本当の意味で魔法を手助けしているとわかる。
飾った言葉などに意味などない。
心の底からの言葉だけが、魔法を強くする。
真の『詠唱』であり――真の『魔法』。
その理を証明する光が満ちる。
「――神聖魔法《再誕》!!」
ティアラさんは魔法名を宣言する。
そして、光が爆発する。
二人の『魔石人間』の身体から発する光は膨張していく。光の鱗粉を舞わせ、薄らと虹色に纏い、目を刺すように眩く――どこまでも広がっていく。
無限の光に包まれる。
目を開けていられない。
光の奥にいる二人を見届けることすらできない。
この光が神聖魔法《再誕》。
もう誰にも止められないと思った。
これで終わりだと安心する――
――そのとき、声が聞こえてくる。
光の奥から、とても気軽な声が届く。
「じゃっ、ライナーちゃん。この後とか、陽滝姉のこととか、色々頼んだからね。というわけで、スキル解除ー」
この山場でティアラさんは、予期せぬ言葉を放つ。
スキルの解除――つまり、僕に何かしらのスキルをしかけていたことを白状する。
「――え?」
僕は呆気に取られ、声を漏らす。
そして、ずっとスキルで誤魔化されていた『とある違和感』が湧き出す。
それがどういったスキルだったのかはわからない。何を騙されていたのかも気づくことはできない。けれど、そのスキルの力でティアラさんは僕の信頼を得ていたことだけはわかる。
同時に、僕の頭の中に歪な雑音が混じった。
それはザザザ――と、砂を噛む様な音。
その怪音に合わせて、とある光景が見える。
そこでようやく僕は、神聖魔法《再誕》の対象に僕も入っていることに気づく。
その魔法によって、僕の『血』に叩き込まれる。
それは記憶。
ティアラさんの過去が僕の中に入ってくる。
――古く寂れた城――冷たい石の壁に石の床――いつ、どこなのかもわからない――とある城の、とある部屋の中――白銀の髪の少女がいた――それが生前のティアラさんであると僕は直感で理解する――そのティアラさんの隣に、黒髪の兄妹がいた――顔を見れば、誰かわかる――きっと千年前のキリストと、その妹さんだ――三人が揃って笑い合っていた――そして、約束をしていた――その約束の内容は――
――砂嵐のような耳鳴り。
一生涯を凝縮した塊を飲み干すのは、僕の処理能力では不可能だった。
針を刺すような痛みが脳を襲う。
ただ、逃げるように目を閉じても、光は消えない。
瞼の裏の真っ白な世界に、その記憶は映り続ける。
無数の残像を瞼裏に重ねて、千年前の始祖と聖人の姿が映り続ける。
瞼の裏に映され続ける『星空のような物語』。
その全てを、いま理解するのは無理だ。余りにも膨大な情報が、余りに速く流れていて、頭が焼き切れないようにするので精一杯だ。
しかし、なんとか断片は拾える。
その断片を繋ぎ合わせていく最中、僕は思った。
――話が違い過ぎる。
思わず僕は叫ぶ。
光の中に向かって、消えるティアラさんを引きとめようとしてしまう。
「これは――お、おい! 待てっ、ティアラさん、説明を――!!」
「ごめん、ライナー。そういうことだから。このまま、見てて」
しかし、黙って見ていろと言われる。
確かに、ここで話を掘り返してしまえば、せっかく降参したラスティアラが息を吹き返し反逆してしまうだろう。
だからと言って、いまのを見過ごすことはできない。いま見えた記憶が本当ならば、前提が覆る。あらゆる意味が反転する。
何もかもが間違っていた。
僕はティアラさんに謀られていたのだとわかる。
ただ同時に、僕だけをティアラさんは信じていたこともわかる。
「――うん、信じてるんだ。だから、お願い」
その僕の思考を読んで、堂々とティアラさんは強請った。
なぜ僕にだけティアラさんが記憶を見せたのか――わかっている。
信用できるのが、もう僕しかいないのだ。
千年以上かけて、ようやく一人だけ見つけた協力者。それが僕だった。
ティアラさんの当初の計画通り、力と想いはラスティアラに与え。
そして、記憶だけを僕に残していく。
運命を乗り越える力はラスティアラに、責任だけは僕に押し付ける。
本当にふざけた贔屓だが、僕は頷くしかなかった。
「……やればいいんだろ、やればっ!」
数日前、僕は約束をした。
特訓のお礼に、もしキリストと妹さんが道を間違えたら戦うと約束した。
たとえ、いまさら妹さんが僕の想像を超える化け物だと聞かされたとしても、一度約束したことを覆すつもりはない。
その僕の返答にティアラさんは満足したのか、光の奥から小さな「ありがとう」という声が聞こえたような気がした。
もうティアラさんに文句を言っても仕方がない。
僕は儀式が成功するように協力する。
「ラスティアラ! いまからおまえの中にティアラさんの真実が入る! もう一度、比べて確かめろ! あんた自身の気持ちを!!」
ティアラさんの目的は、ラスティアラに自分の想いを認めさせることだ。
その準備が全て終わっている。
あとは全員でラスティアラの背中を押すだけだ。
『魔石人間』二人が魔法の光に包まれ、ぱらぱらと空から魔力の雪が降り注ぐ。
その中でラスティアラは真っ赤な顔のまま、自分の『血』の中に注ぎ込まれるティアラさんの想いに困惑する。
「ぁ、ぁああ、ああ……。嘘……じゃない……。ティアラ様の想いが……届く……。ティアラ様は本当にカナミを親のように慕っていただけだったの……? ぁあっ、ぁあああっ――!!」
おそらく、二人の間にあった壁がなくなったことで、ティアラさんと例の『親和』をしているのだろう。
先の告白によって、やっと二人の人生が正しく重なったのだ。
そして、彼女の想いと重ねて、自らの間違いを理解していく。
「カナミが好きだったのは、私……? 私だけだった……? あの想いは全て、私から生まれたものだった……?」
驚くことに、僅か数秒で本当にラスティアラを納得させてしまっていた。
ティアラさんは、娘の頭を撫でながら応える。
「そういうこと。私は師匠との再会なんか望んでなかった。望んでいたとすれば、それは私の愛する我が娘たちの幸せくらいかな……? 幸せになってね……。さあ、あとはらすちーちゃん次第だよ……」
こうして、想いを預けられ、願いを託され、ラスティアラは――
「――う、うんっ! ごめん、お母様……! 私、生きるよ……! 私はカナミが好きだから……お母様に身体はあげられない! 私もお母様じゃなくて私を選ぶ!! 私は私を全力で幸せにするから!!」
ラスティアラはティアラさんの遺言を守ろうと、声を張り上げて自分の幸せを誓った。
その『魔石人間』の身体は誰かのものでなくラスティアラ自身のものであると、フーズヤーズのしがらみ全てに返答した。
その結末にティアラさんも満足したのか、ラスティアラを撫でる手が止まる。そして、徐々に身体から力が失われていく。
儀式によって、全てがラスティアラの中に受け継がれていく。光が収束し、魔力が凝縮し、魂が身体から身体へ移動する――当然、それはティアラさんの身体の停止を意味する。
別れの言葉が掠れて、消えていく。
「ナーイス、らすちーちゃん……。これで、もう私は、あんしん……。それ、じゃ――あね――……」
「はいっ、さよならです! お母様!!」
ラスティアラの別れの言葉は生気に漲り、光の中で弾けた。
同時に、完全にティアラさんの身体は動かなくなる。
光も魔力も出しつくし、呼吸も血の脈動も止まり、本当の意味で空っぽになった。
ティアラ・フーズヤーズとしての役目を終えて、世界から消えた。
もうあの妙にイラつく師匠に文句を言い返すことはできない。
僕にとっても、いまのが最後のさよならだ。
ティアラさんの消失で儀式は完了した。
莫大な光と魔力はラスティアラの中に消えて、残るのは微かなティアーレイが舞うのみ。
周囲で見守っていた観客たちは珍しく静かに見守っていた。
僕もキリストも何も言えない。
ただ一人、中心のラスティアラだけが深呼吸をしながら声を漏らす。
「ああ、この私の中にある大きな好きって気持ちは、私のものでよかったんだ……。全部全部私のものだったんだ……。これでやっと自信を持って、カナミに好きって言える。私は私だけの責任で、告白できる。ありがとう、ティアラ様……」
空に昇るティアーレイを追いかけるように、お礼の言葉を空に投げた。
その顔は憑き物が落ちたかのようにすっきりとしていて、もう戦闘もいがみ合いも起きないと確信できる様子だった。
僕は臨戦態勢を解き、剣を鞘に戻して、同じく大きく息をつく。
「ああ、おまえの気持ちだったんだ。全部な。……はあ、やっと終わったか。本気で面倒くさかった……」
終わりを口にする。
そして、解散の仕方を思案する。
どう観客たちの輪から抜けるかとか、フェーデルトやエミリーの扱いとか、色々とやることはある。その全てを終わらして、早く一人になりたい。
早く帰って一人になって、あの嘘つき女――ティアラさんの記憶を読み取らないといけない。
先ほど頭に叩き込まれた情報を整理しないと、ティアラさんの残したものが無駄になる。
僕は自分の頭の中にある新たな記憶群を軽く物色しつつ、ラスティアラの身体を注視する。この儀式を経て、僕もラスティアラも強くなっただろう。
間違いなく、ラスティアラは数値の面――特に『素質』が伸びたはずだ。そして、僕は数値以外の面――『数値に現れない数値』が鍛えられた。
本当にティアラさんは破天荒な人だったが、恩を感じずにはいられない。その恩に報いる為にも、この儀式の後処理を早く終わらせようと動き出し――
「まだ動かないで、ライナー」
しかし、ラスティアラに止められる。
ティアラさんの力で強くなった四肢に力漲らせて、まるで迷宮の守護者と同じようにプレッシャーを僕にかける。
動いたら、致死量の魔法を放つと言わんばかりの魔力がうねった。
「なっ……!? なんでだよ……!?」
へとへとの僕と違って、ラスティアラは活力に満ちていた。
儀式の果てに、儀式前よりも強くなっているのがわかる。言うことを聞かざるを得ないほどの力量差が存在していた。仕方なく僕は足を止めて聞き返す。
「なんでって……? ここから本番だからだよ。そして、その本番を見守る義務が、ライナーにはあると思う」
何を言っているのかと、逆に不思議そうな顔を返される。
嫌な予感がする。
「ほ、本番? おい、何するつもりだ? もう解散でいいだろ? 今日は疲れたんだ。とりあえず解散して、また明日にでも……」
僕が代案を提案するも、そのときにはもうラスティアラはこっちを見ていなかった。
腕の中の元ティアラさんの死体を近くの長椅子に横たわらせて、心機一転の表情で自らの輝く髪を編み出す。
荘厳で美しい滑らかな長髪が、子供っぽい幼稚な三つ編みに変わっていく。
それは一年前の『舞闘大会』で戦っていたときと同じ髪型だ。
キリストに救われ、自由な意志の下に好き勝手戦っていたときの髪型だ。
ここに来て彼女は初心に戻る意志を見せて、立ち上がり、睨む。
その視線の先には、当然――
「もうティアラ様を言い訳には使わない! フーズヤーズも関係ない!! ここから先は『聖人』でも『現人神』でもない私の言葉! 『大英雄』になる予定の私っ、この『ラスティアラ』が!! その想いを伝えないといけない! お母様の為にも! いますぐ!!」
キリストを睨み、叫んだ。
その叫びはキリストに向けてのではなく、周囲の観客たちに自己紹介したのだと僕はわかる。いまここで全員にわかるように答えを出す気満々だ。
僕は焦りながら、その強行を止めようとする。
「いますぐ!? いや、待て!」
「前に言ったでしょ? 『再誕』の儀式が終わったら、私は私とカナミの愛が本物かどうか確かめるって……!」
「確かめる……? いや、それはわかってるが……そんなのどっかの個室で二人きりで勝手にやれ! いまやることじゃない!」
「二人だけだとなんだか恥ずかしいでしょ!」
だが、それは意味のわからない理論で言い返される。
よく見れば、またラスティアラの顔が真っ赤になっている。これから始まる『愛を確かめる』という行為に、自分が一番恥ずかしがっているのだ。
嫌な予感が止まらず、僕は叫ぶ。
「は、恥ずかしい!? 何する気だ、おい!!」
「なにって……『告白』に決まってる!!」
「はあ!?」
告白らしい。
いま人生を賭けた一世一代の告白をすると心に決めたらしい。
この思春期に突入してるのかしてないのかわからない四歳児の暴走は、もう止まらない。スキル『悪感』の力もあってか、それを痛感する。
僕が口をつぐんだのを見て、ラスティアラは前へ前へ歩き出す。
まるで闘技場の中、対戦者に向かって歩く決闘者のような足取りだ。
その顔が羞恥で真っ赤になっていなければ、決してこれから告白する様相には見えない。
周囲の観客たちも同じ感想なのか、ラスティアラの不器用っぷりをくすくすと笑っている。
その僕の呆れと観客の笑いなどお構いなしに、ラスティアラは進み――
「カナミィ――!!」
これから告白する相手の名前を全力で叫ぶ。
恥ずかしいから、とりあえず叫んだ感がとても溢れる叫びだ。
「ああ、僕は逃げない! ラスティアラ!!」
それはキリストも同じだった。同じく不器用だった。
これからラスティアラが行うであろう告白を予期し、こちらも顔を赤く染めて叫び返していた。
正直、体面を気にするキリストにとって、この状況は最悪と言っていいだろう。先も言っていたように場所を変えたいと願っているはずだ。
しかし、ここにきて無駄な心の強さを発揮してしまっている。
僕の主たちは馬鹿なので、本物の愛ならば、いかなる状況でも愛を叫べるとでも思っているのだろう。
きっと今日までの経験から――ここで逃げてはいけないと、ここで嘘をついてはいけないと、ここで間違えてはならないと、ここで本心で向かい合わなければ後悔すると――一歩も退かない意志を見せている。無駄に。
キリストも『告白』をすると決めたのだ。
そして、この二度目の告白こそが本番――そう思わせる面持ちで、キリストも一歩前に出る。
半壊した『十一番十字路』にて、フーズヤーズの市民たちの視線の中、向かい合う二人の男女――キリストとラスティアラ。
そして、それを見守らされている僕。
帰りたい……。
本気で帰りたい……!
この恥ずかしい二人の関係者と見られるだけで、僕も顔が赤くなる。いますぐ関係ない振りをして逃走したい。というか、止めたい。できるなら止めたい。
けれど、止められない。
今日ずっと戦闘し続けてへとへとの僕では、どちらにも敵わない。
――ああ、最悪だ……!!
この最高のようで最悪の結末に、僕は顔を歪ませる。
そして、始まる。
逃げることができず、僕の目の前で二人の本当の告白が始まる。
明日、月曜日投稿します。
二十五日、六巻発売。
いま渦中のラスティアラの顔を再確認できるのでお買い得(販促)!。
三章『舞闘大会』編の決勝戦を収録。7章と違ってとても真面目な話をローウェンがしてくれます。書籍らしく読みやすくしたつもりです。その上で私の我侭を一杯通した素晴らしいイラストたちも見てください。文と同時に。
これが書籍の魅力だと思っています。Webとは少し違った笑顔になれると思います。




