表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界迷宮の最深部を目指そう  作者: 割内@タリサ
6章.唯二人の家族
257/518

255.アイドの戦い方

 ――証明する・・・・


 決闘が始まった。

 庭で向かい合った二人の決闘者が、同時に動き出す。


 その中、自分は敵の疾走を待ち構え、唯一つのことを心の中で誓う。


 勝って、自分は『宰相』であることを証明する。

 唯それだけの誓いを胸に、自分・・は――宰相アイドは叫ぶのだ。


「張り巡れ! カサヴィランカ――!!」


 その呼びかけは魔法でなく、魔人ドリアードとしての力。

 千種を超える植物たちが自生し、一種の魔の森と化している庭の中――名を呼ばれた植物の太い幹が蛇のように動き出す。


 いかに始祖といえ、魔力で相殺することは不可能だろう。


 表面は苔にまみれ、緑と茶色の混じった木が複数。

 その木群が成長し、伸びて、荒れ狂う。

 そこに魔法の操作はない。ただ、樹人ドリアードである自分が呼びかけ、カサヴィランカという種族の木が反応しているだけ。


 これならば、さほど頭の回転が速くない自分でも――十を超える木々を同時に動かすことができる。


 木々が四方八方から始祖渦波を襲撃する。

 駆け出した始祖渦波は、その全てを小規模の次元魔法――おそらくは《ディメンション》で把握し、剣を振るった。


 木々が一呼吸で細切れになる。

 それを見て、自分は全力で後退する。


 この樹人の呼びかけの強みは、魔法のように集中する必要がないことだ。十を超える木々を攻撃に使いながら、自分は防御に専念できるのは大きなメリットだろう。


 そして、決戦場が自分の世話した庭となれば、呼びかけられる木々はまだまだある。

 今度は十どころではない――百の幹や枝で攻撃してやる。


「庭の皆様っ、頼みます! このまま、始祖渦波を封殺してください!!」

「僕の剣を舐めるなよ! 伸びろ! ――魔法《次元断つ剣ディ・フランベルジュ》!」


 十の蛇に百の触手を足したかのような木々たちの襲撃に対して、始祖渦波は次元属性の刃を伸ばした。淡く薄紫色に光る刀身が煌き、瞬間――周囲の百十あったはずの木々が全て断たれる。


 方向も距離も関係ない。

 世界全てが間合いだと言わんばかりの斬撃だった。


 かつてのローウェン様と同じだ。

 その理不尽な才能に怒りながらも、頭の隅で冷静に用意していた対応策を切る。


「出番です! ド・リフィドゥ! みなさんを守ってください!!」


 前もって張り巡らせていた特製の樹木ド・リフィドゥの太い幹を、振るわれる剣の先に待機させる。


 同時にトンッと、木に刃物がかかった・・・・音が聞こえる。

 それは小さすぎる木こりの斧が、大自然の大木相手に切断は不可能と思い知るときと同じ音だ。


「なっ!?」


 始祖渦波の驚きと共に、その城ごと斬ってしまいそうなほど伸びた剣が静止する。

 そして、薄紫色に発光していた刀身が霧散する。


「刃がっ、通らない――!? 斬れないどころか、吸われてる!?」


 かかった・・・・剣先から魔力を奪われていると悟り、自ら『魔力物質化』を解いたようだ。流石、次元魔法使いの極地に至った始祖――状況を察するのが異常に早い。

 

「ド・リフィドゥは『魔力吸いの聖木』と呼ばれる植物! それをじっくりと培養して、この『木の理を盗むもの』が育てた改良品種! そこに『光の理を盗むもの』の術式がぎっしりと書き込まれています! いかに始祖といえど、次元属性の魔力だけで断つことは不可能! さあ、そのまま始祖を飲み込め! 『魔力吸いの聖木ド・リフィドゥ』!!」


 この『切断不可能』という手札を始祖渦波の頭に刻み込むために叫び――『魔力吸いの聖木ド・リフィドゥ』を中心に戦いを展開する。


 『魔力吸いの聖木ド・リフィドゥ』は始祖の芳醇な魔力を食い、かつてない活力を身体に漲り巡らせ、もっと食わせろと腹を空かせた獣の如く襲い掛かっていく。

 食虫植物でもなく食人植物でもなく、この魔法使い殺しの食魔植物こそ、始祖を相手にするために育ててきた自分の自信作――だが、その自信作を、始祖は嘲笑うかのように、ものの数秒で対応していく。


「僕の魔力を欲しがってるのか!? 斬ることはできるけど、面倒すぎる!! ならぁっ――!!」


 周囲に無数の『魔力吸いの聖木ド・リフィドゥ』が迫っているというのに、始祖は限界まで魔力を抑えた。

 魔力の刃だけでなく、基礎魔法である《ディメンション》まで解除した。

 そして、目を閉じて・・・・・――全ての攻撃を実体ある剣だけで払っていく。


「――は、はぁっ!? そんな馬鹿な!」


 思わず悪態をつきたくもなる。

 これでは完全に『地の理を盗むもの』ローウェンだ。それも、彼にあったはずの弱点である魔法も完備している。つまり、魔法の得意な『史上最強の剣士』ということになる。


 この馬鹿みたいな『理を盗むもの』相手に『魔力吸いの聖木ド・リフィドゥ』だけで攻めていたら、すぐに数が底をついてしまうだろう。

 攻撃を止めて、自分の周囲に木々を戻して、防御に専念させる。


 自分も始祖も敵の攻撃を待つ形になり、ヴィアイシア城の大庭に静けさが戻る。

 決闘の時間に穴が空き、まず始祖が閉じていた目を開き、準備運動を終えたかのような表情で話しかけてくる。


「……『木の理を盗むもの』って名前の通り、そうやって色んな木々を魔力で操って戦うんだな」


 余裕に満ちている。

 始祖からすれば、様子見の一合目を終えたといったところか。『魔力吸いの聖木ド・リフィドゥ』は自分が千年前から育てた秘蔵だというのに、軽く突破してくれるものだ。


 その動揺を悟られぬように、自分も余裕の表情を作って答える。負けぬよう、できるだけの底知れなさを演出する。


「ふふっ。いいえ、始祖渦波。木々を魔力で操る……そんな器用な真似、自分にはできませんよ? 自分がやっているのは、もっと単純なことです」


 この現代の世界の人間ならともかく、千年前の凡人である自分に、そんなおとぎ話の魔法使いのような真似ができるはずない。


 そもそも、他の木属性の魔法使いが行っているように植物を強制的に動かすのは、かなりの才能を必要とする技なのだ。

 悲しいことに、自分にはその才能がゼロだ。


「自分の魔力は周囲を助長させることに特化しています。ただ、はっきり言ってしまえば、自分はそれだけ。魔王と称された『統べる王ロード』のような魔力制御能力もなければ、始祖と称されたあなたのような魔法開発力もない。ティーダ様と同じくらいに魔力の質は扱い難く、剣のみに生きたローウェン様と同じ程度の魔力しかない。魔法使いどころか、戦う者として落第だと誰からも言われました……」


 自分の力を飾ることなく告白していく。

 どうせ、始祖渦波相手ならばすぐに看破される事実だ。惜しくもなんともない。

 なにより、これだけは始祖渦波に知っておいて欲しかった。

 この決闘の理由一つくらいは伝えたかった。


「自分にできるのは『成長促進』『回復』『他者強化』『自己強化』、その四種のみ。攻撃手段は一つもありません。まさに、戦闘するために生まれたのではなく、誰かを支える為だけに生まれた存在。自分に出来るのは、みんなの特徴を活かし、生きることを助けることだけ! だが、逆に言えば、それだけは誰にも負けない! この場において、自分は最強! ――『グロース・ブランチウッド』!!」


 庭に向けて、全体強化魔法を発動させる。

 もちろん、その魔力に合わせて、『魔力吸いの聖木ド・リフィドゥ』が自分の魔力を吸わんとする。それに自分は抗わない――それどころか、樹人ドリアードとしての根を足元に張り、大地を通じて先に魔力を渡す。


 そして、お願いするのだ。

 友として、自分の敵である始祖と戦うのに協力してくれと。


 それだけが自分に出来る戦闘方法。

 その訴えに返ってくるのは、木々のざわめきと急成長による軋みの混ざった歓声。

 自分の魔力を貰った全植物が、自分の友人として始祖に立ち向かうことを約束してくれる。


 ドリアードの力と『木の理を盗むもの』の力を合わせ、庭の全方位から木々が始祖渦波を捕まえんと動き出す。


「――さらに増えるのか!? くそっ、今度は人食い植物っぽいのも混ざってるな!」


 いかにも生き物を食いそうな壷や貝の形をした植物が交ざっていたことで、始祖渦波は舌打ちする。


「ふふ、人食い植物だけではありませんよ! この城にある植物の種類は星の数! まだまだこちらの手札はあります!!」

「説明してる暇があるなんて余裕だな! アイド!」

「ええ、自信があるのです! ここは自分のフィールド! あなたに勝つための世界! 負けはしません!!」


 自分は口では強がったが、実際のところは違う。


 余裕はそっちだ。

 この渾身の総攻撃を前に会話の余裕があるのだから、かなりの余力があるはずだ。

 おそらくだが、ノスフィー様の横槍を警戒をして、全力を出し惜しんでいるのだろう。


 その利がこっちにあっても、まだこれだ。

 始祖渦波は植物全種の乱舞を剣一つで迎撃していき、無傷で耐え続け、いまや幹や枝の突撃に慣れ始め・・・・、じりじりとこちらに向かって近づいてきている。


 ……慣れる?


 ああ、ふざけている。

 余りにふざけている。


 そして、その強すぎる力に、少しだけ弱気になってしまう。

 確かに、自分の手札は星の数ほどの種類はあるかもしれない。されど所詮、植物は植物。そのほとんどが大地と水と光を糧に、ひっそりと生きるものばかりで、通用するカードではない。『魔力吸いの聖木ド・リフィドゥ』のように、他物質他種族を食らおうとする種は少ないのだ。


 いま始祖渦波はノスフィー様を警戒して強引に勝負を決めに来ない。だが、もし、なりふり構わず突撃されれば、一方的に斬り伏せられるのは間違いないだろう。

 真っ向勝負での勝率は――零パーセント。


 この数十秒ほどの戦闘で、それを自分は痛感した。そして、向こうも同じ答えに至ってしまうまで、そう時間はかからないだろう。


「くっ、仕方ありません……!!」


 呻き声をあげ、自分は根を張っていた足を地面から離して、後退し始める。

 

「待て、アイド! 逃げるつもりか!?」

「自分は決闘の場を、この庭だけだとは思っていません! このヴィアイシア城は『次元の理を盗むもの』を殺すためだけに作られた自分の『武器庫』! このヴィアイシア国に生息する植物が自分の武器となる以上、国全てが決闘場!! そう自分は解釈しています!!」


 逃げようとする自分に始祖渦波は呼び止め、自分は心外だと言い返す。


 そして、庭全ての植物による足止めさせることで、西の出入り口をからトンネルのように広い大廊下に逃げこむことに成功する。

 この大廊下に待機して貰ってるのは――


「――獲物はそこです! 『石食い蔦テリアリア』のみなさん!」


 天上から天鵞絨ビロードのカーテンのように無数の緑の蔦が――『石食い蔦テリアリア』が垂れ下がっている空間。


 その蔦が、自分に続いて大廊下に入ってきた始祖渦波に纏わりつこうと動き出す。


 当然、それを始祖渦波は迎撃しようと、剣を振るう。

 しかし、すぐに彼は異変に気づく。


 『石食い蔦テリアリア』は始祖渦波でなく、その身につけている鉱石たちを狙っているのだ。

 手に持った宝剣、身体のうちに潜ませたアクセサリーや篭手――この大廊下を通る者に隠し武器は一切許さない。


「なっ。僕じゃなくて、武器を――!?」

「『石食い蔦テリアリア』! その祖に連なる誇り高き一族よ! 『木の理を盗むもの』の名において祈ります! かの剣聖を絡み取り給え!!」


 この大廊下には『石食い蔦テリアリア』という種の巣だ。

 拳闘士である自分は通れども、剣士である始祖渦波は易々と通れない。


「いまです! もう足場はいりません!」


 さらに、鉱物狙いに戸惑う始祖渦波に考える暇を与えず、大廊下の床代わりとなっていた植物たちに呼びかけ、罠を発動させる。

 回避不能の広範囲の落とし穴だ。


 足場を失い、始祖渦波は落下する。同じく、そう遠くないところにいた自分も落ちていく。もちろん、落ちながらも側面にある壁からの鉱石を食う蔦――『石食い蔦テリアリア』の襲撃は止まらない。


 始祖渦波は剣を壁に刺して、落下を防ごうとした。

 しかし、それでは無防備となった剣を奪われると思ったのだろう。すぐにとりやめて、宙で剣を振るおうとする。


 だが、この落下中の状態では得意の『剣術』は冴え渡らず――堪らず、始祖渦波は剣を何もない空間に向かって差し込み――その美しい宝剣を消した。


「取られるぐらいなら、使うか――!」


 おそらく、次元魔法で別空間に避難させたのだ。

 いい判断だ。

 あの『地の理を盗むもの』の魔石がこちらにあれば、それを魔力源にしてさらなる大罠を発動させることができたのだが、上手く回避されてしまった。


 続いて、始祖渦波は身につけていた金属全てを脱ぎ捨てて、遠くに放り投げる。

 教本に載せたいほど、完璧な『石食い蔦テリアリア』の対処だ。

 『石食い蔦テリアリア』は鉱物の匂いを嗅ぎ取って動く植物だ。放り投げられた装備たちを食らったあとは、鉱物を一つも身につけていない始祖渦波の居場所を感知できず、立ち往生するしかなくなる。


 そこでようやく、自分と始祖渦波は階下の大広間に着地する。

 ここの天井にも『石食い蔦テリアリア』は生息しているが、揺れるオーロラのように静かだ。餌である鉱物が一つもない以上、もう出番はないだろう。


 新たなステージに移り、徒手空拳となった始祖渦波は語りかけてくる。


「鉱物に反応する植物なんてものもあるんだな……。それで、僕の装備を剥いで、魔力も武器もなしで、おまえは殴り合いでもしたいのか? それでも僕は構わないぞ」

「……自分が唯一あなたと戦えるフィールドは『拳闘なぐりあい』のみと思っています。しかし、それすらも渦波様に勝るとは思っていません。ゆえに色々と準備させて頂いております」


 互いに余裕の表情は崩さない。

 まだまだ奥の手はあると見せかけ、互いに互いの手札を読み取ろうとしている。


 始祖渦波は自分の発言だけでなく、表情も見逃すまいと鋭い目を向ける。

 自分の表情の筋肉の動きだけでなく、体温や血流、汗の量まで見抜かれていそうで怖い。


「アイド、準備ならもういいだろう? これ以上何を――……っ!?」


 喋る途中、始祖渦波は口を押さえて身体を屈める。

 自分はにやりと悪役のように笑いかける。


「ふふ。ようやく、効いてきましたね」


 敵は怖い。それでも笑え。

 一歩も退くな。

 そのための準備を自分はしてきたのだ。自信を持て――!


「その症状は『金刺毒花トリドレイク』ですね。ならば、もっとそれを増やして、他の花は減らしましょうか」


 部屋の隅にひっそりと咲いていた色鮮やかな花たちに、地面から魔力を通して語りかける。毒々しい赤や青といった花たちは、時間を巻き戻したかのように蕾へ戻っていき、黄色の花だけが残っていく。


 城中に咲いていた多種多様な花が、黄色一色に染まる。

 同時に多種多様な効果をもった花粉が、一種だけに特化されていく。

 いま始祖渦波を襲っている体調不良を悪化させるためだけの空間に変わっていく。


「アイド……、まさかおまえ……」

「ええ、先ほどからちらほらと花が見えましたでしょう? あれが城の彩りのために用意されたとでも? 先日、始祖迎撃の準備をすると言いましたでしょう? ――全て毒花です。それも大陸でトップクラスの危険度を誇る特製の毒植物のみ」


 自分を睨む始祖渦波に、ネタ晴らしをしていく。

 きっと、正直に毒矢や高濃度の特殊ガスを使っていれば、こともなげに対処されていたことだろう。だが、この極自然に存在する花たちによる意識の外から攻撃だけは、始祖渦波でも防げない。――千年前、彼自身が零していた弱点の一つだ。


「ここからは『金刺毒花トリドレイク』さんたちに任せます! 他の皆さんはお休みを!!」


 毒を一種に絞り、また足元から魔力を供給して、花粉の量を倍増させていく。

 やりすぎということは絶対にない。樹人である自分には効かない毒なので、一切の油断なく増量させる。

 

「これだけの量があれば、ドラゴンも卒倒しますが――まだ足りないでしょう! 始祖の身体のでたらめ具合には恐れ入りますが、時間をかけて毒を身体にひたしていきましょう!」

「――――っ!!」


 会話をすればするほど、花粉を吸引して不利になると思ったのだろう。始祖渦波は話の途中で、こちらに向かって素手で駆け出した。


 ――来た。ようやく、このときが来た。


 その突進を、悠然と自分は迎え撃つ。

 腰を沈めて、構えを取る。


 どれだけ怖かろうと、ここだけは退いてはいけない。

 いま始祖渦波は剣も魔法も封じられ、毒によって体調不良を起こしている。さらに『木の理を盗むもの』は接近戦に弱いという先入観があり、戦いを急ぎ、迂闊に駆け出した。


 ここで勝負しなくて、いつすると言うのだ――!!


「この宰相アイドを、舐めないで頂きたい!!」


 徒手空拳で近づいてくる始祖渦波に対し、しなるように腕を振るう。下から鞭のように放たれた裏拳が、敵の防御をすり抜け、正確に顎を捉えた。


「ぐっ――!」


 接近戦で先に拳を当てられたことに始祖渦波は驚き、呻きながら一歩下がる。だが、すぐに体勢を立て直し、こちらへ向かって突進し直す。

 それを自分は内心の感動を抑えて、迎え撃つ。


 ――当たった。


 自分の拳が当たった。

 自分の戦い方が、始祖渦波に通用したのだ。


 次も過去に将軍から教わった技を放つ。

 先ほどの拳と同じく、体格や力で劣っている人のための技だ。『拳闘』と先ほど言ったが、正確には『護身術』。初見での攻撃を確実に成功させ、敵の能力を確実に殺ぐことに重点を置いた特殊な『亜流体術』だ。


 独特な軽いフェイントを入れてからの急所狙い――だったが、それを始祖渦波は予期していたかのように防ぐ。

 まだ二撃目なのに、軽く対応されてしまった。


「くっ――!!」


 驚きながらも、すぐに気を取り直す。

 わかっていたことだ。

 初見なら回避不能のはずの技――それを覆すから、始祖渦波は始祖渦波なのだ。

 『木の理を盗むもの』は接近戦が弱いという情報データを、『木の理を盗むもの』はそれなりに接近戦もやれるという情報データに更新しただけで――こうなる。


 わかっているから、自分は次の行動に迅速に移れる。

 事前に懐に忍ばせていた袋を開けて、中身をぶちまきながら始祖渦波に掴みかかる。


「煙幕か! だが、僕に視界塞ぎは通用しな――……っ!?」


 その掴みを始祖渦波は視覚に頼らず避けたが、その煙幕に異常を感じて、一歩引く。


「こ、これは煙幕じゃない――もしかして、種か?」

「ええ、自分の武器は毒だけではありません。その種子が肺に入り込めば、内部から破壊してくれるでしょう。ふふ」


 自分も種子を吸いながら、罠の成功に笑う。

 自分は樹人の魔人なので、種子との共生が可能だ。ゆえにこのような自爆に近い形で、種子を大量に撒ける。


 始祖渦波は険しい顔になって、距離を取ってから魔法を構築し始める。珍しく、次元属性でない魔法だ。

 

「《キュア》! 《キュアフール》! 《リムーブ》!!」

「そんな稚拙な基礎魔法で回復するようなものだと思いますか!? この『木の理を盗むもの』が品種改良し、育て、魔力を与えて発動させた『毒』たちです!」


 その回復魔法の発動に、大広間に忍ばせていた『魔力吸いの聖木ド・リフィドゥ』が反応する。

 それを鬱陶しげに始祖渦波はかわし、状態異常の回復を断念し、魔力を体外に出すのを抑える。


 そして、呼吸を浅く抑えて――しかし、大胆にも舞い散る花粉と種子を厭わず、自分に向かって全力疾走し、発光する腕を伸ばしてくる。


「なら、すぐに勝負を終わらせるだけだ! ――魔法《ディスタンスミュート》!!」

「それも対策済みです!」


 自分は時間を稼ぐことだけを考え、両腕につけた手甲で紫色に発光する始祖渦波の腕を弾く。


 庭の神樹を削り取り、『神鉄鍛冶』を身につけた弟子が鍛え、ノスフィー様によって次元属性耐性の術式が書き込まれている手甲。まさしく、始祖渦波を倒す為だけに特注された『伝説級レジェンドクラスの武具』により――魔法《ディスタンスミュート》の侵食を防ぎきった。


 始祖渦波は驚きながらも、冷静に右腕の《ディスタンスミュート》を解除する。その気になれば手甲を侵食可能だが、『魔力吸いの聖木ド・リフィドゥ』が潜んでいる空間では難しいと判断したのだろう。


 まずは敵を気絶させるのが先決といった様子で、自分と同じく拳を振るい出す。

 それに自分は呼応する。

 拳には拳で対応する。

 

 ――さあ、殴り合いだ。


 ようやく、自分が唯一戦える分野での戦いになった。

 この殴り合いならば、自分に一日の長がある。


 千年前、自分には他の人たちのように刃物を扱う器用さはなかった。

 棒一つが介在しただけで、剣先がどこにいくかわからず、何度も『剣術』に挑戦しては自分の腕や太ももを傷つけたものだ。自分の腕だけならば動きは把握できても、自分以外のものが混ざると途端に駄目になるのだ。運動のできないものの典型と言ってよかった。

 同じ理由で槍も弓も、何もかも扱えなかった。


 その姿を見て、北軍の老将軍ヴォルス様は拳一つで戦うことを自分に薦めた。

 女子供の『護身術』から初まり、基本的な『体術』を経て、『理を盗むもの』となったことで得た筋力による自分だけの『亜流体術』を身につけた。


 この距離の殴り合いだけは負けるものか。

 これしか無理だと言われ続け、これのみ鍛え続けたのだ。


 『木の理を盗むもの』になる以前からずっと――!

 『木の理を盗むもの』なってからもずっとずっと――!


 この戦いのため! 

 この日のために、自分は――!!


「負けるっ、かぁあああっ――!!」


 自分には敵の動きを見てから、対応を変えるような器用な真似はできない。

 敵の攻撃を見て、それに最適な動きを、身体に染み付いた技で対応していくだけ。


 そして、目まぐるしく交差する拳の中――最も得意とする技が決まる。

 始祖渦波が両の拳を動かしたのを内側から払い、足をかける振りをして一歩踏み込み、懐に入り、渾身の掌底打ちを放ってみせた。

 

 腹に攻撃を受け、始祖渦波は歯を食いしばって耐えた。

 後退こそしなかったものの、明らかに表情を変えた。

 目に見えて、次の動きが鈍った。


 ――いける!


 今日までの人生が無駄ではなかったと思える一撃だった。

 寝る間を惜しんで、毎晩同じ型を繰り返してよかったと思える一瞬だった。

 自分が自分でよかったと思える瞬間の中、自分は勝利に近づいたのを感じる。


 準備した全てが上手く働いている。

 千年前に用意したヴィアイシア城によって分断は成功した。

 今日まで育て続けた植物たちによって剣を封じた。

 ノスフィー様の協力によって魔法も使わせない。

 罠の全てが機能し、敵の能力を殺いでいる。

 そこに自分の人生を賭けた『亜流体術』――!


 通用している――!

 あの始祖渦波に、自分の力が通っている!!


 あとは、このまま最後の切り札を放てば終わりだ。

 始祖渦波を弱らせ、腕を掴み、自分ごとヴィアイシア城の『対始祖用封印魔方陣』を発動させれば――勝ち。この宰相アイドの勝利だ。


「渦波ぃいいいイイ――!!」


 勝利を目前に自分は吼えた。

 拳を払っては拳を放ち、染み付いた技に任せて身体を動かし続ける。

 

 ただ、その全力の連撃の最中、もう自分には敵の顔を見る余力はなく――



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 面白くて1日ちょいでここまで読んでしまいました [一言] 事前に植物を準備したりするのは決闘というのでしょうか ずるいですよ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ