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異世界迷宮の最深部を目指そう  作者: 割内@タリサ
6章.唯二人の家族
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253.話し合い

 動く城を背後に立ったとき、シス一人だけはテーブルに着いたまま動いていなかった。

 それを見かねたアイドが声をかける。


(……はあ、使徒様ともあろう方が泣かないでください。だから、やめたほうがいいと言ったのです)


 それにシスは震え声で答えながら、顔を上げる。


「な、泣いてなんかないわ……」


 確かに泣いてはいなかった。

 けれど、いまにも泣き出しそうなほど身体を震わせている。

 僕が拒否したのが本当にショックだったのだろう。その内情をぽつぽつと、ここにいる全員へ語っていく。


「でも、盟友なら理解してくれるって信じてたの……。初めて会った日から、運命を感じてたの。私たちは似たもの同士だって思ってたから……。いつか、絶対に、分かり合えるって……思って……、だから……!」

(あなた様と始祖渦波の仲が良かったのは遥か昔のこと――諦めてください。たとえ、彼が世界の全てを知ろうとも、もう二度とあなた様と交わることはないでしょう)


 そのシスの言葉を、アイドは断ち切る。


 正直、僕もアイドと同じ気持ちだ。

 彼女の世界最優先の人間離れした考え方は、死ぬまで理解できる気がしない。


(確かに、根気よく説明を続ければ、いつかは賛同を得られるやもしれませんね……。しかし、いまはやめたほうが賢明かと。いまにも始祖渦波はあなた様の身体を奪おうとしています)

「そう……みたいね……」


 もし後一秒でも城が動き出すのが遅ければ、『決闘』を前に僕とシスの戦闘は始まっていた。それを認めたシスは、一度だけ深呼吸をして、身体の震えを止める。

 

 そして、先ほどの続きの交渉が行われる。

 ただ、その背中に圧倒的な力を置いてしまった以上、もう和平交渉ではない。


「……盟友、アイドはさっきの話に納得してくれたわ。そこの王様と一緒に世界を平和にできたら、あとは好きにしていいって言ってくれた。とてもあっさり協力関係を築けたの」

「これだけはっきりと拒否しても、まだおまえは僕を諦めないのか……?」

「ええ、もちろん。だって、盟友たちを使ったほうが、とても早いもの。もし、いまの話を拒否したいのなら、この私にも『決闘』でもしかけるしかないわね。当然、そのときは陽滝も一緒に戦うわよ? だって、私と陽滝は昔からペアだもの」


 綺麗な言葉を使ってはいるが、結局のところは死にたくなければ戦えという話だった。


 和平は決裂し、僕とシスの間に緊張が高まっていく。

 テーブルの上にあった紅茶のカップは、先の振動で全て砕けてしまった。もはや、共にお茶を楽しめる時間は終わった。


「ただ、アイドは一対一で『決闘』がしたいって言ってるのよね……。なら、こっちはまず新旧『統べる王ロード』対決でもやってみる? そうするのが一番時間がかからないわ」


 シスは戦う相手に僕ではなく、隣のティティーを誘った。とにかく早く終わらせようと、戦えるもの全てを倒そうとしているのが、その目に燃える戦意からわかる。


「構わぬぞ。元々、童とスノウは『決闘』の間、そなたらを抑えるつもりじゃったからな」


 その提案は、事前に決めていた計画範囲内だった。

 アイドと僕が戦っている間、ティティーとスノウでシスと陽滝を押さえる。理想の展開の一つだ。


「ただ、使徒殿よ。その前に、我が弟と話し合う時間を少しくれぬか?」


 だが、その理想の展開を前にして、ティティーは口を挟む。

 僕はシスとの対話で頭に血が上りかけていたが、彼女は未だ冷静だった。僕たちの計画の一番の肝を忘れていない。


(『統べる王ロード』。いまさら、話など――)


 守護者ガーディアンとの戦いでの一番の肝――それは言葉だ。

 言葉で説得することこそが、守護者ガーディアン戦で最も有効な攻撃になると僕は思っている。ティティーは身をもって確信している。


「聞くのじゃ、アイド!」


 対話を拒否しようとするアイドを、ティティーは拒否して叫びだす。


「おぬしがかなみんのことを憎むのはわかる! おぬしから見れば、始祖渦波という存在は千年前にあらゆるものを奪っていた怨敵! それはわかる! いまさら、童がかなみんを悪くないと言っても無駄じゃろう!!」


 その力強い叫びに呑まれたのか、弟のさがか――アイドは黙ってティティーの言葉に耳を傾けてしまう。意外にも、シスも邪魔をしようとする気配はなかった。


「しかし、だからと言って暴力で終わらせるのは違うじゃろう!? 千年前の我らだって、そこまで横暴ではなかった! それは『宰相』であったおぬしが最も嫌う方法だったはずじゃ!」


 ティティーは正面からアイドを否定しない。

 先日のように僕を持ち上げたりはせず、アイドがこだわっていると思われる『宰相』を話に出す。

 とても上手い――大人の説得だった。


「その強大な身体と『理を盗むもの』の力で『決闘』をし、望みを通す! 勝ったほうが正義! そんなものっ、子供の喧嘩じゃ! アイドの信じる『宰相』とは、そんな子供の喧嘩を行う存在なのか!?」

(そ、それは……)


 アイドから迷ったような声があがった。

 それに合わせて、ティティーはとても姉らしく優しい言葉を投げかける。


「力で無理やりことを通そうとしても、話はこじれるばかりじゃ……。まずは、童と今日までの全てを語り合おうぞ……。戦うにしても話し合うにしても、まずは互いを理解せねばならん。素直に心の内をさらけ出せば、案外それだけで解決することもあるのじゃぞ……?」


 心の内をさらけ出し合っての解決――おそらく、それは港町コルクでスノウを引き止めたクロエさんのことを言っているのだろう。

 自分たちと似た歪みを抱えた二人が分かり合ったのを見て、ティティーも同じような結末を迎えたいと思っているのだ。


 それを僕は不可能だと思っていない。

 いまここにいるのは千年前のロードではない。千年苦しみ、未来を旅し、僕と共に学び、少し大人になったティティーだ。


 千年前と違った結末を引き寄せられると信じている。


「『理を盗むもの』の力に頼るのは最後の手段じゃ……。でなければ、力に振り回され、誰もが大切なものを見失ってしまうぞ。例えば、この街など、童たちが全力で争えば簡単に消えてしまうじゃろうな。……なあ、アイド。この街は素晴らしいぞ。一目見ただけで、民たちの笑顔が頭に浮かんだ。本当によい仕事をしたな」


 巨人となった城の中から息を呑む音が聞こえた気がした。

 自らの育てたヴィアイシアの街を褒められ、間違いなくアイドは揺れている。


「この街を傷つけたくはないと思わぬか……? 少なくとも童は、無人の街であろうとも傷一つつけたくないと心の底から思っておる」

(……わ、わかりました。そこまで『統べる王ロード』が仰るのならば、場所を変えましょうか。南東の方角に平原があります。そこならば壊すものもなく、存分に戦うことができるでしょう)

「南東の平原か……。童たちの故郷に近いのう。確かにあそここそ、決着をつけるに相応しい場所かも知れぬ」


 あっさりと場所の変更を引き出すことに成功する。

 だが、ティティーはそのくらいでは満足しない。

 

「しかし、まだじゃ。まだ童はおぬしと話し足りぬぞ!! いま、面を合わせて話して確信した! おぬし――」


 いまここで勝負を決めるが如く、大声を張り上げていく。


「――本当は誰も傷つけたくないのじゃろう!? 正気なのじゃろう!? おぬしは昔から何も変わっておらぬ! 人だけでなく、草木の命さえも心配でたまらないのじゃろう!? 人々が丹精こめて作った建造物全てが愛おしいのじゃろう!? 目の届く誰もが笑顔でないと気がすまぬのじゃろう!? 本当は戦いなど、大嫌いなのじゃろう!?」


 確信を持ち、弟の全てを決め付けて叫び、叩きつける。

 傲慢に満ちた行為だが、この世界で只一人――ティティーだけがそれを許されると、そう僕は思う。


「『第二迷宮都市ダリル』でルージュやノワールをけしかけて、おぬしは酷く後悔したのではないか!? おぬしは何度も狂いかけていたのじゃろうが、誰かが傷つくのを見るたび、何度も正気に戻ったのではないか!? 自分のせいで誰かが傷つく――たったそれだけのことで戻れてしまうのがおぬしという優しい男じゃ! そうじゃ、当たり前じゃ! おぬしは童とは違う! 誰よりも心優しい『魔人』! 最後の最後まで誰かのために生き続けた強き者! 童の自慢の弟っ、白い樹人ドリアードのアイドなのじゃから!!」


 姉は叫びきった。

 最後の最後に『宰相』でなく、自慢の弟に呼びかけた。


(…………っ!!)


 アイドは動揺を隠せなかった。

 城ごと身体を震わせてしまい、王都を揺らしてしまっていた。


「……頼む。どうか答えてくれ、アイド。もう少しだけ話し合おうぞ……。童たちは家族……姉弟なのじゃから……」


 その動揺を見て取り、ティティーは泣きそうな顔で頼み込む。

 およそ、『統べる王ロード』には似つかわしくない表情だった。


 だが、その表情と声がアイドに届き――動揺を誘っているのは間違いなかった。


 いまアイドはヴィアイシア城の中で迷っている。

 ただ、姉の言い分を弟として受け入れてしまえば、もう僕との『決闘』など起こりようがない。

 譲れぬ大切なもの二つがぶつかり合い、一言も返せなくなってしまっているようだ。


 ――王都の中央。


 ヴィアイシア城の周囲が静寂に包まれる。

 その厳正なる空気の中、誰一人言葉を発せない。


 遠くから鳥の鳴く声と風の吹く音だけが聞えてくる。

 

 その沈黙を破ったのは――姉のティティーでもなく弟のアイドでもなく、ずっと真剣な表情で見守っていたシスだった。


「……まずいわね。私と陽滝はともかく、もうあの子が抑えきれない」


 悪意があって姉弟の邪魔をしようというわけではなかった。それどころか二人を心配しての発言であることが彼女の様子からわかる。


「シス? 何を言って……、――っ!!」


 その心配の意味を問おうとした。

 だが、その問いは背中に触れた冷たいものによって、喉の奥に引っ込む。


「――ふふっ・・・


 続いて、くすくすと控えめな笑い声が、耳元から響く。

 その不可解な現象に、僕は悲鳴をあげかけた。


 いま僕は《ディメンション》を展開している。

 かつてないほど慎重に入念に王都を魔力で満たしている。

 守護者ガーディアンを目の前にしているのだから、それは当然の話だ。


 だから、王都にある全てを僕は把握できている。

 間違いなく、隅から隅まで、蟻の一匹さえも見逃してはいない。


 にも関わらず、いま背後から、僕の服の中に誰かが手を入れた――


 幽霊に出会ったのかのような恐怖のまま、振り向く。

 そして、《ディメンション》でなく肉眼で、その人物を見る。


 その人物を目にした瞬間、僕は咄嗟に跳び退き、距離を取った。


 声色から予測はしていた。

 その可能性を王都に入る前から考えていた。

 それでも、その姿に驚き、僕は声を失う。


「ふ、ふふっ、うふふふっ。ふふ、ふふふフフフッ――!!」


 背後にいた人物は『光の理を盗むもの』ノスフィー。


 その以前より頬のこけた顔を見たとき、ぞっと背筋に寒気が走った。

 相変わらずの真っ黒な衣装に、黒く染まりかけている栗色の髪を振り乱し――そして、全身に隈なく刺青のような・・・・・・文字を纏い・・・・・、身体のところどころが消えている・・・・・


 身体が透き通り、向こう側が見えるようになっているため、バラバラに切り刻まれた四肢が浮いているように見える。


 その亡霊よりも恐ろしき姿の少女が、抑え切れない笑いを外界にこぼしていく。


「ふ、ふふっ、ふふふふっ、は、な、し、あいぃい? 話し合いですか!? わたくし、『決闘』と聞いて色々とお膳立てに協力したというのに! さっきから喋ってばっかり! はっきり言って、見ている側はとてもつまらないです! つまりません!!」


 その話し方から、間違いなく自分の知るノスフィーであると確信する。

 しかし、それならば、なぜ《ディメンション》に引っかからなかったのか。

 

 すぐに僕は彼女の全てを分析しようとする。

 しかし、《ディメンション》では何も異常を感じ取れない。

 いや、肉眼でノスフィーが見えているところには何もないという異常を、《ディメンション》が観測している。


 理由はわからないが、ノスフィーは《ディメンション》から逃れているのは間違いないだろう。その身体の一部の透明化は、光の屈折を利用しているように見える。『光の理を盗むもの』の力の一つかもしれない。


「ノ、ノスフィー……! 南に行ったんじゃないのか!? いや、それよりその姿は……!?」


 ノスフィーが姿を隠して、待ち伏せていたのだ。


 それはわかった。

 わかったが――その異様な姿に、まだ疑問は尽きない。


 透明化は姿を隠すためだ。それはわかる。

 しかし、その刺青まみれの身体の理由がわからない。その亡霊のような顔色の悪さの理由がわからない。

 顔は綺麗なままだが、迷宮で会ったときと違って、目が充血しきっている。目の下に濃い隈を作り、もう何日も寝てないように見える。明らかに体調が悪そうだ。


「ふふっ、この身体ですか!? これは――ふふっ、そうですねえ、いわば――恋の、ふふふっ、ええ、『恋のお呪い』です! 渦波様に負けた日から、休む間もなく寝る間もなく、毎日毎日ずっと書き続けました! この思いが届くように! 渦波様の次元属性の魔力を弾く『呪印』を書いたのです! なまじ色々と視えるから、気づけなかったようですね! 油断大敵です、渦波様っ!」


 その刺青の意味をノスフィーはあっさりと教えてくれた。

 それには僕の魔力を弾く効果があるから、《ディメンション》で捉えられないということらしい。鵜呑みにするつもりはないが、それに近い効果をノスフィーが得ているのは間違いない。


 僕は息を呑み、冷や汗を垂らす。

 アイド、シス、陽滝相手のときにはなかった緊張感だ。


 顔をしかめる僕を置いて、ノスフィーは何の遠慮もなく言葉を振りまいていく。


「ロードぉ! できれば、話し合いで終わらせる……なんて、このわたくしが認めません! だって、そんなの余りに正しすぎるでしょう? それは普通の戦争過ぎます。大人の対応過ぎます。いい子ぶってます。それはわたくし達らしくありません。話し合いのプロとして、それだけは認めません! 皆様、もっとらしくやりましょう!?」


 ノスフィーは演説のように全員の中央で叫ぶ。

 その間に、右手から光の旗を作り、大地に突き刺した。そして、大仰な身振り手振りを付け加えて話し続ける。


「いいですか、皆様!! これはそういう話じゃないのです! ロードの言っていることなど、当の昔に宰相アイドもわかってます! そんなこと重々承知です! 百も承知でやってるんです! でも感情がっ、心がっ、いまさら反省なんて許してくれるはずもないから! 承知の上で繰り返しちゃっているのです!!」


 それは鼓舞のようでいて、巧みな扇動だった。

 ただ、その対象がそこらにいる一般人でなく、地図を書き換えるほどの力を持つ『理を盗む者たち』であることが問題だった。


「なのに、それをいまさらあっ、話し合いなんてっ、ねえ!? 無駄ですよねぇっ、渦波様ぁ!?」


 いいから戦えとノスフィーは叫ぶ。

 さらに僕に向かって極めて強引な同意を求めてきた。その相変わらずの調子に、僕は苦い顔をするしかなかった。

 

 ただ、ティティーだけは僕と違った。嬉しそうな表情で名前を呼ぶ。


「ノスフィー! 来てくれたのじゃな……!」


 あれを未だに友人だと思っているのだろう。

 この大事なシーンでの乱入でも、ティティーは歓迎していた。


 その反応はノスフィーも予想外だったのだろう。少しだけ驚いた様子で口を開けてから、冷静に返答する。


「……いいですか、ロード。そうやって、言葉で敵を崩そうとするのは感心しませんよ。『決闘』は約束です。約束を守るものです。魂と魂のぶつかり合いもなく、答弁のみで『未練』を終わらせるなんて、わたくしは正しいまちがってると思います」


 ティティーのおかげでノスフィーの勢いが削がれたように見える。

 けれど、まだ場の主導権はノスフィーが握っている。

 一方的に一人ずつ話しかけていく。


「使徒様も、渦波様たちのペースに呑まれてはいけません。そうやって、誰とでも最後まで対話を試みるのは悪い癖です。そんなことをしていると、また話している内に殺されますよ?」

「……え、そうかしら?」

「そうです!」

「そ、そうね。確かにそうだわ。でも耳元で叫ばないで。びっくりするわ」


 ノスフィーの登場と勢いに呑まれているのは僕たちだけではなかったようだ。仲間であると思われるシスですら困惑している。

 その困惑の中、ノスフィーは魔法を唱えていく。


「さあ、話もまとまったところで、りましょう! やらなければ後悔します! もちろん、やっても後悔するでしょう! ならば、やった上に後悔までできたほうが、お得! ――魔法《ライト・イライア》!! ふふっ、ならばっ、悩む必要などなく、これはもうやるしかありませんでしょう!? 『話し合い』の専門家プロフェッショナルであるわたくしが保障します! 殴り合いの殺し合いこそ、最上で最愛の『話し合い』なのですから!!」


 ノスフィーの持つ旗から、目を眩ませるような光が連続で散った。


 真昼の街中に、星屑の如き光が満たされていく。

 世界の明るさは限界を超えて、真っ白に染まっていく。


 それは『光の理を盗むもの』の力。

 問答無用であらゆるものに侵食していく『話し合い』の光だった。


 その光は僕たちの身体に入り込み、『話し合い』の魔法で直接頭に語りかけてくる。

 いまノスフィーが話した扇動の言葉が、繰り返し繰り返し、頭の中を反響する。

 戦え、悩むな、心のままに、後悔するな――と、囃し立てる。


 次第に身体の中が熱くなっていき、言葉を交わすことが煩わしくなり、暴力で全てを解決したくなってくる。


「光が! 戦意を――くそっ!!」


 光を媒介にしている以上、防ぎようがない。

 近くを見れば、仲間たちも同じように顔をしかめていた。

 それどころか、これから戦うであろう敵たちも同じだった。


 シスは頭を抑え、陽滝の手を強く握っていた。

 城にこもっているアイドは、外壁の植物を蛇の群れのようにのたうち回らせながら叫ぶ。


(ノスフィー様! その光は! 城の制御が狂います!!)


 協力者を叱責し、解除を求めた。

 だが、それに返るのはノスフィーの助言めいた否定。


「――宰相アイド、あなたは『決闘』をすると心に決めたのでしょう? ならば、迷ってはいけません。躊躇ってはいけません。一歩も退いてはいけません。さもなくば、挑戦すらできなくなりますよ? ……このわたくしのように」


 その言葉は優しかった。

 いままでのふざけたものとは違い、慈愛に近いものすら感じる。

 ノスフィーは心の底からアイドを心配している。


 ただ、その言葉の中に正しさなどない。ノスフィーは自分の経験から、間違ってもいいから思うが侭にやれと――優しさゆえに、暴走を促しているのだ。


「その苦しみをあなたはよくわかっているはずです。好き嫌いをしてはいけません。あなたの同胞はらからたちのためにも、あなたには戦う義務がある。そのために、今日まで力を維持してきたのでしょう? ええ、それは間違いただしいです。そう……魂と魂というものは、飾りばかりの対話のために在るのではなく、ぶつかり合うために在るのですから……」


 その言葉は美しく、その姿は神々しく、まるで聖母のようだったが、内容は物騒極まりなかった。


 ぶつかれ。

 ただただ、魂のままにぶつかり合え――と煽り、背中を押し飛ばしている。


 そして、その鼓舞をアイドは受け入れてしまう。


(……確かに。あなた様の仰る通りです。渦波様の魔法ならば、言葉だけで全てを終わらせてしまう可能性があります。何をしてくるか――未知数。ならば、問答無用こそ最善! ええ、迅速に『決闘』を始めるべきでしょう! そうっ、いますぐにでも!!)


 アイドは覚悟してしまった。

 光の浸食によって高まった戦意のままに、城を動かし始める。

 急速に育っていく植物たちを解放し、城を肥大化させていく。どこまでも成長していく木々が、最上階を越えて、天高く登っていく。

 城壁や塔に張っていた木々の根は、さらに太くなっていき、人間の筋肉のように伸縮し始める。


 地鳴りのような音をたてて、ゆっくりとヴィアイシア城の側部にあった巨大な幹の一つ――巨人の右腕が動き、街道のレストランに向かって振り下ろされていく。

 それはまるで壁が落ちてくるかのような広範囲攻撃だった。


「ま、待て! 『決闘』はティティーの話が終わってからでも遅くは――くっ、伸びろ! 魔法《次元断つ剣ディ・フランベルジュ》!!」


 その一撃が止まることはないと判断し、咄嗟に『アレイス家の宝剣ローウェン』を抜き、魔力を纏わせて剣先を伸ばした。

 まだ無属性の魔力によるスキル『魔力物質化』は使えないが、いまの僕ならば次元属性の魔力で似た真似ができる。


 その長さ一キロメートルをも越える長い《次元断つ剣ディ・フランベルジュ》を振るって、巨人の腕を縦に断ち斬る。

 もちろん、実際に斬ったのではなく、空間をずらしただけだ。

 結果、レストランの両隣に、二つに別れた拳が落ちる。


 今日最大の揺れと爆発音によって、王都に大きなクレーターが二つできる。当然だが、その余波は凄まじい。


 衝撃と暴風が吹き荒れ、周囲の建物を破壊する。当然、隣にあったレストランは、高くから落としてしまった玩具のように壊れてしまった。テラスに並んでいたテーブルとチェアは全て吹き飛ばされ、街道を彩っていた自然が掻き乱れていく。


 その一撃によって、場にいた全員が一斉に動き出した。

 余波は衝撃と暴風だけでなく、破壊された家屋の断片も混じっているのだから当然だ。


 まず、この惨状を引き起こしたノスフィーは近くの高い建物の屋根上に跳んで避難した。シスは隣の陽滝の手を取り、神聖魔法の壁で余波を防ぎながら留まる。

 スノウも同様にルージュちゃんを守るように、振動魔法の壁で余波を防ぐ。

 ティティーだけは魔法でなく、迫り来る全てを手で払いながら、屋根上に向かって叫ぶ。


「ノスフィー、その眩しいのをやめるのじゃ! 待て! みな、待つのじゃ――!!」

「もう駄目だっ、ティティー! おまえはスノウとルージュちゃんを守ってくれ!!」


 僕はティティーに仲間を頼み、ノスフィーと同じように屋根上へ跳んだ。

 いま警戒すべきは、戦うと決めたアイドとノスフィーの二人だ。

 この二人を肉眼で捉えられる位置に陣取り、破壊された街を見て歯噛みする。


「くそっ! ノスフィー!!」

「ふふっ。お優しいですね、渦波様。しかし、そんな心配をしている場合でしょうか?」


 少し遠くの屋根上に立つノスフィーは笑う。


(やはり、斬られますか! しかし、そのくらいはわかっていますよ!!)


 空高くから僕の名を呼ぶ声が聞こえた。

 続いて、太陽を遮る巨体が残った左腕を動かし、上から僕を叩こうとしていた。

 すぐさま、また長剣を構えて、迎撃しようとする。


「そんな鈍い動きで僕を攻撃しても無駄だぞ! アイド!」


 大きいだけならばいくらでもやりようはある――アレイスの『剣術』ならば、空をも貫く巨体を相手取る技はある。

 それを叫び伝えたが、アイドは動きを止めない。


(ええ、この大きいだけの身体が通用するとは自分も思っていません! もちろん、本命は別! この巨体の目的も、また別!)


 意味深な発言を聞いたが、構うことなく僕は剣で迎撃する。

 《次元断つ剣ディ・フランベルジュ》で伸びた剣が空を裂き、また敵の巨大な左腕を縦に斬り裂こうとする――その直前、背後から笑い声が聞える。


「ふふっ、渦波様。そちらでよろしいのですか?」


 ノスフィーの声。

 敵の発言に惑わされるものかと、僕は剣を振り抜く。


 確かに《次元断つ剣ディ・フランベルジュ》が敵の腕を断った――剣には何の感触も返ってこない。

 

 ――空ぶったのだ。


 巨人の左腕は蜃気楼のように歪み、掻き消えていく。

 そこで《ディメンション》が真横から迫りくる巨大質量に反応する。

 上からではなく横――真横から、巨人の左腕が近づいてきていたのだ。


 ここまで腕が近づいてきたのを気づけなかったのは、おそらくだが、後ろで笑うノスフィーの魔法――!


「なっ!? また光の屈折か!?」

正解せーかいですっ。これ、渦波様の教えてくれた魔法です。お揃いの『ずらし技』ですね。ふふっ、渦波様と、お、そ、ろ、い――ふふふっ!」


 どういう原理かわからないが、ノスフィーだけは僕の《ディメンション》を無効化している。そのノスフィーの気づけぬ魔法によって、完全に騙されてしまった。


 巨人の腕が真横から、その手の平で王都の領土ごと家屋を削りながら、すぐ近くまで迫っている。


 巨人の手の平だけでも、高さはそこらの城壁を軽く越えている。

 このままでは足場ごとすくい取られてしまう。

 腕とは逆方向に逃げようと足に力をこめる。だが、逃げようとした先に、旗を立てたノスフィーが通せんぼをする。


「駄目です、渦波様。『決闘』から逃げてはいけませんよ。肉親や家族を利用しての平和解決なんて余りに卑怯ただし過ぎる戦い方を選んだ渦波様と違い、あの宰相アイドは小細工なく、遠回りも寄り道もなく、生まれの弱さを呪いながらも、真に正しく・・・・・『決闘』しようとしています。それなのに逃げるのですか? ――城の中で、いま、彼は待っています。ええ、待っているのです! お待ちしております! 渦波あなた様を!!」


 彼女の叫びに圧され、僕は立ち止まってしまう。そして、上空で巨人は吼える。


(決戦外装『ヴィアイシア城』っ、『神格封印形態』へ移行! 我が魂の世界樹よっ、怨敵始祖渦波を捕まえろぉおおおお――!!)


 迫り来る巨人の手の平が蠢き、木々の根や枝の数が増え、百の指を持った手のように変化する。絶対に僕を逃さないという意思を感じる。


 その巨人の手の平が、僕とノスフィーの立つ家屋を地面と共にすくい取る。

 文字通り、僕を手中に収めた巨人は、そのまま握り潰そうとはしない。


 僕は屋根上に足をつけながらも浮遊感に襲われる。巨人は手ですくった土と建物を、胴体まで持っていこうとしていた。


 その身体の中心部に見えるのは、巨大な外壁門。

 ヴィアイシア城内――いや、巨人の体内に続く門だった。


 間違いなく、アイドは僕を招き入れようとしている。

 つまり、この巨人は戦うために用意したものでなく、僕を捕まえるためだけに用意されたものだったということ。


 もし、その招待から逃れるために手の平から飛び降りようとすれば、ノスフィーは邪魔をしてくるだろう。最初からずっと、彼女は決闘しろと繰り返しているのだから間違いない。

 仕方なく、僕は声だけを地上にいる仲間たちへ投げかける。


「ティティー、スノウ!! 話し合いは失敗だ! もう説得にこだわるな! すぐにそっちに戻るから、そっちはそっちに集中してろ! いいな!!」


 僕が観念したのを見て、ノスフィーも同様に声を投げかける。


「ふふっ! ではっ、『決闘』を『合意』したとみなします!! シス様! そちらはロードとスノウ・ウォーカーの確保を!」

「確保とまでは言わないけど、抑えておくつもりよ! ただ、相手は旧き『統べる王ロード』と新しき『竜の化身』! 私と陽滝の二人が本気を出して抑えるとなると、氷漬けにしてしまう可能性は高いわ!!」

「ふふっ、さすがは使徒シス様! 頼もしいお言葉! どうぞ、ご遠慮なく! 死にさえしなければ、わたくしが必ず回復させますので! この史上最強回復魔法使いヒーラーのわたくしが!!」


 シスとノスフィーの絶対的な自信による発言が飛び交い、遅れてティティーの声が返ってくる。


「かなみん! こっちも心配いらない! こっちは、この無敵の童がいる!!」


 風の防壁を張ってシスたちと向かい合っているティティーを、《ディメンション》が捕捉する。その中にはスノウとルージュちゃんが、しっかりと保護されていた。


 ティティーの実力は僕が一番よく知っている。

 相手がどれだけ規格外の敵であろうとも、そう易々と敗北するやつではない。


 この巨人の中で、アイドを倒す時間は十分にある。

 分散していた意識を外ではなく、これから戦うであろうノスフィーとアイドに集中させる。


 そして、僕は巨人の胴体まで運ばれ――そこで、城壁門が一人でに開く。


 大口を開いたかのような門の中に、巨人の左腕が突っ込まれる。すくい取った街と大地と僕達ごと、乱暴に城内に客を招き入れる。


 続いて、城壁門を通った先にある二つ目の門――外門も自動的に開き、そこを左腕は通り――三つ目の門、正門もまた同様に開き、そこを左腕は通り――そこで、とうとう巨大すぎる腕が入りきらなくなる。


 だが、まだ僕の浮遊感は終わらない。

 巨大な左腕の中から、蠢く木々の枝や幹だけが出てきて、僕とノスフィーの足場となっている家屋の屋根を城内に運んでいく。

 

 半壊している城の玄関を強引に通り、城内の扉という扉を木々の根が開き、どこまでも運ばれ――僕は辿りつく。


 それは迷宮の六十六層の裏でも見た景色。

 この巨大な城が誇る大自然の空間。


 ――ヴィアイシア城の大庭。


 そこでようやく運ばれる勢いは止まった。

 足場が地に落ち着くと同時に、いましがた入ってきた扉が太い木の根で塞がれていく。


 退路が消えた。

 つまり、ここがアイドの選んだ『決闘』の場所ということだ。


 相変わらず広い庭だ。

 ただ、僕の知っている整然とした庭とは、少し様子が違う。

 その庭の天井には葉が敷き詰められ、空の光を完全に遮ってしまっている。多種多様の木々たちが気ままに成長してしまっているためか、妙に鬱蒼としていて開放感がない。


 庭師の居ない乱雑な庭――そう僕は思った。


 その草花が隙間なく敷かれた地面の上に、長身痩躯の男が一人立っていた。

 男は腰ほどまである白髪を、白衣のような服と共に無造作に流している。その衣装と目元にある眼鏡から、学者のような印象を受ける。

 しかし、腕に嵌めてある手甲がそれを否定する。何より、その地を踏みしめる壮健な両脚と、その細く鋭い両目が、彼が実践の者であると証明している。


 間違いなく、彼は僕と『決闘』するために待っていた。

 その身から漏れる木属性の魔力が戦意に満ちている。

 彼が侍らせている植物たちも全て、まるで戦う相手を求めているかのように蠢いている。


 これが『木の理を盗むもの』。


 いま僕は本当の意味で向き合った。

 四十層の守護者ガーディアンであるアイドと――


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